制服のスカート丈は校則遵守でⅨ

 湊さんの予想は当然のように的中した。顔を出したんだから大丈夫だろうと昼休みに様子を見に行かなかったのが悪かったのかな。


 いつもなら校門で待ち伏せているところを学校の中に堂々と侵入している玲様は、待ちきれなかったのか僕の教室の前で当然のように立っていた。クラスメイトも振り切ってきたのか、ちょっと息が上がっている。


 ややはだけている制服を見るに、結構クラスメイトから根掘り葉掘り聞かれていたんだろう。ついでにお嬢様の振りにも疲れたみたいで、顔からイライラが漏れ出ている。溜まったストレスは丸ごと僕に向けられるから困るんだけど。


「あ、玲様。お疲れ様」


 手招きしている玲様から逃げることなく、まっすぐ忠犬のように向かった。逃げ出したところで最後には捕まってしまうのだから。捕まえる役割の干将さんと莫耶さんの姿は見えないけど、どこから出てくるかわからない。


「さぁ、直。これから付き合いなさい」


「はい。わかってるよ、玲様」


 僕が素直に頷いたことにずいぶんと気をよくしたみたいで、玲様の顔があっという間に満面の笑みに変わる。そんな主人の帰りを待っていたペットみたいに表情を変えられると、どっちが持ち主なのかわからなくなってしまう。


 なんだか玲様の頭を撫でてあげたくなるような気持ちになるけど、そんなことしたら何を言われるか分かったものじゃない。欲望に忠実に動こうとした右手を必死にこらえて玲様に意味もなく手を振ってみた。


「どうしたの? 直も私に会えるのが楽しみだった?」


 むしろ何を言われるかわかったものじゃないから、今日はまっすぐ帰ってくれてよかったんだけど。そんなことを言ったらこの満面の笑みが消えてしまうから言えないけど。


「えぇ、まぁ」


 濁した答えなんて気にならないみたいで、玲様は意気揚々と僕に手招きをして進んでいく。


「さぁ、行くわよ」


「玲様、帰るならあっちだけど」


「その前に一仕事あるのよ」


 いきなり転校してきたばかりだから、まだ何か用事があるのかな。一瞬そう思ったけど、これは僕の願望だ。玲様がこんなに楽しそうな顔で僕を迎えに来たんだから、僕にとって何か悪いことが起こるに決まっている。


「ほらほら、直。立ち止まらないの」


 人の数が増えてきた廊下を今にも踊りだしそうな足取りで進んでいく玲様に、僕は嫌な予感をひしひしと感じながらついていった。


 連れていかれたのは少人数授業なんかで使われたりする多目的教室だった。授業がある昼間ならいつでもどこかのクラスが使っているけど、今は生徒の姿は一人もなかった。空っぽの多目的室なんて初めて来たから、たくさんの人がいる学校の中でこんな寂しいところがあったなんて思ってもみなかった。


 玲様は教室の中がちゃんと空なことを確認して満足そうに頷いた。


「ちゃんと誰もいないわね」


 ちゃんと、っていう言葉がどういう意味なのかは想像できないけど、玲様の言動にいちいち反応していては身が持たなくなってしまう。


「なんでこんなところに?」


「なんでってこうして二人っきりになったらやることなんて一つしかないでしょ?」


 そう言いながら玲様は多目的室の鍵を閉める。前と後ろに二つある両方を、だ。


 退屈な授業から解放されて、賑やかになった廊下からこの教室だけが取り残されたようにしんと静かになった。


「それじゃ、準備はいい?」


「えっと、それは、つまり」


 明かりをつけないままで玲様が僕にゆっくりと近づいてくる。いつもと違うブレザー制服の玲様がふわりと黒髪なびかせながら、僕の顔をその白い指で柔らかく撫でた。


「はい、これ」


 そして、玲様は空いていた左手で僕の胸にビニールで包装された一式の服を押しつけた。わかってました。僕が玲様に命令されるときに待っていることの半分はこれなのだ。


「ほら、それに着替えて遊びにいきましょう」


「これって……」


 さすがに入学から一ヶ月以上も経てば、すっかり見慣れてしまった高校の制服もこうやって渡されると意味合いが違ってくる。だって女の子が着ているのは見たことがあっても、自分が着せられるのは当然初めてだ。


「どうやって手に入れたの、こんなの?」


「制服を買うときに二つ買っておいたのよ。直のために」


 こんなに嬉しくないプレゼントもそうそうない。できることなら今すぐお断りしたいところなんだけど、残念ながら僕には拒否権が与えられていないのだ。


「ほら、早く着替えて。迎えが来ない放課後なんて初めてなんだから寄り道して帰りたいの」


「それはいいけど、なんで着替えなきゃいけないの?」


「どこでお母様が見ているかわからないでしょ?」


 それは間違ってないんだけど、僕が男だって玲様のお母さんは知らないんだから、また別の男だと思ってもらえるんじゃないかな。言ったところで、そんなこと玲様には関係ないとわかっている。これは僕に女の子の制服を着せるための方便でしかないのだから。


「でもまだ知ってる人が残ってるかもしれないし」


「大丈夫よ。ウィッグも持ってきたから」


 そんな万端な準備なんていらないんだけど。逃げ道をあっさり塞がれた僕は、諦めて新しい匂いがする制服を広げて自分のブレザーに手をかけた。

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