ウェイトレスはフリルのエプロンで包み込んでⅤ

「ディナータイムの時間だけでいいのよ。二、三時間くらいかしら。あとは土日のランチタイムね」


 今は二人でなんとか間に合っているが、ときどきお客さんが増えてしまうといっぱいいっぱいになってしまうらしい。仕事は料理を運ぶのとテーブルの片付け。それから忙しいときはレジ打ちもしてほしいという。


「オレだけで間に合わせられるって言ってんのに」


「だって眞希菜ちゃんすぐにお客さんに怒鳴るじゃない」


「いい歳したジジイがナンパしてくるのが悪りいんだよ」


 眞希菜さんはバツの悪そうな声で答える。なるほどだから今も顔が見えないところで作業しているのかもしれない。本人は気にしてるのかな。


「それで接客のバイトが必要なんですね」


「そうなのよ。清代に聞いたら娘が暇にしてるからって」


 暇にしてるにしても明らかに人選ミスじゃないかなぁ。玲様に接客業なんて絶対向かないことくらい玲様のお母様ならわかってるはずなのに。


「なによ、その目は」


「別になんでもないよ」


 玲様だってなんとなくわかっているから僕の姿勢が気になるんでしょ。玲様はちょっとむくれたまま僕から恨めしそうな視線を外す。


「それでもう一人いい人がいるって話だったんだけど、まさか彼氏を連れてくるなんてねぇ。清代が私に紹介するってことは公認なのかしら」


「いや、だから違いますってば」


 完全に僕の方がメインの紹介なんじゃないかな。もしかして玲様のお母さんってまだ僕のこと根に持ってたりするのかな。いろいろ原因があったとは言っても道端で投げ飛ばしちゃったり家に押しかけて気絶するほど大声出したり、思い出してみると恨まれる理由がたくさんあるなぁ。


「でも見るからに使えないだろ。特にこっちは」


 厨房の奥から眞希菜が顔を出して、玲様を親指で差す。まだまったく働いていないのにきっちり見極められている。玲様のダメっぷりは初めて会った人にもしっかり伝わってしまうらしい。やる気が偏ってるだけで能力はあるんだよ、実際は。


「さっきから失礼ね。私を誰だと思ってるの?」


 玲様が立ち上がってお返しとばかりに人差し指を眞希菜さんに突きつける。


「知らねぇよ。どこのどいつだ、てめえはよ」


「ひうぅ」


 思い切り睨み下ろされて、玲様は隣に座っている僕の腕をとって身を隠すように僕の背中に隠れる。僕よりも小さな玲様ならなんとか隠れることはできるんだろうけど、今の僕は座ったままだから中腰状態の玲様はたぶんものの数分で根を上げるだろう。厨房のカウンター越しに睨みつける眞希菜さんの威圧感は僕の体を貫通して玲様にまで届きそうな勢いだ。


「はいはい。怖いなら言わなきゃいいのに」


 背中に隠れた玲様の頭を軽くなでるように叩いてあげる。これで落ち着いてくれるといいんだけど。それにしてもやっぱり玲様ってスタイルがいいからこうしてるだけでもなんとなく温かさが伝わってくるみたいで恥ずかしい。椅子の背もたれがあってありがたいような残念なような何とも言えない気分だ。


「子ども扱いしないで」


「じゃあどうすればいいんだよぉ」


 どうやら逆効果だったみたいで、玲様は僕の耳元が文句を言っている。それでも離れようとしない辺り眞希菜さんが相当怖いんだろう。僕は怒ると今の眞希菜さんの百倍は怖い女の子を知ってるから全然なんとも思わないんだけどさ。


「ほらもう。怯えちゃったじゃない」


「オレが悪りいのかよ」


 呆れたように朱鷺子さんが言葉を漏らすのを聞いて、眞希菜さんはさっとまた厨房の奥へと身を隠した。確かに悪い人ではなさそうだけど。玲様はこの調子で大丈夫かなぁ。


「それじゃ、どの日に入れるかだけ決めておきましょうか」


 眞希菜さんが厨房に隠れてくれたおかげようやく玲様は僕から離れてまた静かに椅子に座った。今さら取り繕ったところで何の意味もないと思うけど、朱鷺子さんは微笑ましいやり取りだと思ってるみたいで特に気にしてないみたいだ。うちのお母さんもそうだけど、なんていうか僕らの歳じゃ絶対に手に入らない安心感はやっぱり経験の差なのかな。


「あ、えっと最初だけは二人一緒でいいですか? 僕も玲さ、んもバイトの経験がないので」


「あぁ、そうね。今の高校生ってみんなアルバイトしてるものだと思ってたけど」


「甘えてんな。男ならもっとデカく構えてみろよ。小っせえ男だな」


 何か嫌な思い出でもあるのかな。よくわからないけど。とはいえそんなことはじいちゃんに言われ慣れている僕にはいちいち気にしていられない。たとえ体は小さくても心意気が立派ならそれは紛れもない日本男児なのだ。実際になれているかは別の問題なんだけど。


「そのくらいのことじゃ動じませんよ」


「ちっ。まぁいいか」


 眞希菜さんは不満そうに声を漏らすけど、何が気に入らないのか。一緒に働いていればそのうちわかってくるかな。


「それじゃあさっそく明日来てもらえるかしら? 学校が終わってからでいいからね。エプロンはあるんだけど、制服はないから派手じゃない服があると嬉しいんだけど」


「それはこっちで用意しておくわ。直の分もね」


 玲様が用意してくれるってだけでものすごく不安なんだけど。ちゃんと指定されてるからそれは守ってくれるかな。スカートとか持ってこないといいけど。

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