初イベントはワクワクとドキドキとトラブルが渦巻いてⅨ
ずっと座りっぱなしだった玲様は完売で自由になった。残りの一時間でたっぷりイベントを楽しんで初イベントは大成功だった。玲様は本が売れて、遥華姉はサインをもらって、湊さんはコスプレ写真をたっぷり撮ってきた。
僕はと言うと、なんだかファンがたくさん増えてしまったような気がする。いや、ダンス動画で知らないファンが増えていたんだけど、ステージで踊った上に奈央さんとは別人だって言われてしまった。じゃあさっきのは誰だ、ってなるのが普通だよね。
帰りの電車に乗って四人並んで座る。話題は自然と今日のステージの話に移っていった。
「あ、玲と直くんのことがネットに上がってる」
「え、もう?」
「ネット情報はスピードが命だよ。あれだけ大騒ぎしたんだからすぐに噂になるよ」
湊さんはスマホに指を滑らせて動向を調べているらしい。僕のはそろそろ型落ちもひどくなってきたガラケーだからそういう素早い検索は無理だ。
「結構みんな情報持ってるものだねぇ」
「どれどれ」
僕の名前なんかはさすがにわかってはいないけど、ライブで奈央さんの妹って紹介されたこと。ライブでダンスをした姿やコスプレ広場の写真。それに玲様がアップしたダンス動画が僕に似ていると話題になっている。
「うわ、高校まで特定されてるよ」
「そりゃ一本目は制服で踊ってるもんね」
「さすがにネットは
「まぁそうだろうね。せっかくだから小山内道場の宣伝でもしたら?」
それで道場生が増えてくれるかなぁ? それよりも僕が男だってわかったら一気に人が引いていきそうだ。
「まぁ悪いことはしてないんだし、大丈夫じゃない?」
「そうだといいんだけど。あ、玲様もステージに上がったところの写真が出てる」
あれだけの叫びを見せつけたらそりゃ話題にならないわけがない。マイクをつかんで声を張り上げている瞬間を切り取った写真は構図も完璧だ。結構いろんな人が写真撮ってたからなぁ。
「愛の逃避行。アイドルを追いかける親友の百合愛、だって」
「言いたい放題だなぁ」
「ナオが女の子にしか見えないのが原因なんじゃない?」
「女の子みたいな恰好しかさせてもらえないからだよ」
今日はいろいろあって疲れてるのに、ツッコミが追いつかないよ。玲様はもうすでにお休みモードでうとうとしている。
「でも結構マズいんじゃない?」
「なんで? さすがに何週間かすれば飽きるよ。ネット情報はスピードが命なんでしょ」
早く伝達されるってことはそれだけ情報量も多くなる。そうすれば古い情報はいつの間にか忘れ去られて埋まっていくものだ。これだけ騒がれてもいつかは風化するのがネット文化ってものだろう。
「だって、もうすぐCM放映開始でしょ」
「あ、そういえば」
「アイドルにそっくりな妹が男装してCMでダンス。話題は尽きなさそうだねぇ」
「もう。いつになったら僕は平穏に暮らせるんだろ」
これはまたネットの特定班たちがやる気を出してしまいそうだ。僕は芸能人じゃないから誰かが守ってくれるわけでもない。学校に集まってきたりしなきゃいいけど。
「まぁ、問題が起こったらそのとき考えよう」
それより今は疲れて頭が回らないのだ。電車に乗っている少しの間だけでも休んでおこう。まだスマホを覗き込んであれやこれや言っている遥華姉と湊さんに着いたら起こしてもらえることを期待して僕は目を閉じた。
駅で起こされて、凪葉に戻ってきた。改札を出ると干将さんと莫耶さんが待っていた。隠れてついてきてるのかと思ってたけど、本当に今日はお留守番だったんだ。
「お疲れさまです、直様」
「どうして主人の私より直が先なのよ」
「一番苦労していらっしゃるのは直様だろうと思いましたので」
そこまで予想できてるならこっそりついてきて助けてくれてもよかったのに。二人がいればここまで大事にはならなかったはずだ。ステージあたりまではおもしろそうに観客席で見守ってくれそうだけど。
「まったくもう。まぁ成果は上々よ。お母さまにも自慢できるくらいにね」
「結局ナオと奈央さんのおかげだよね」
「直様が二人?」
莫耶さんが不思議そうに首をかしげる。まぁその場にいなかったらそういう反応にもなるよね。僕だっていまだに今日あったことが本当だったのかよくわからなくなってくる。
「私は存じ上げてますよ。素晴らしいダンスパフォーマンスでした」
「干将さんはネットできるんですもんね」
どうやら知らないのは莫耶さんだけみたいだ。すぐ壊すからって携帯電話も持たせてもらえないくらいで、情報戦では一人負けだ。
「次は実力で今日くらいの人気になってみせるわ」
「そのためには次のマンガを描かないとね」
「今日はそのためにもゆっくり休むわ」
まぁそれが一番だよ。僕だってくたくただ。家についたらまっすぐお風呂に入って、そのまま眠ってしまいたい。イベントって非日常に連れていかれるような感覚があるけど、今日は本当に非日常に放り込まれた気分だった。
「家までお送りいたします。今日は玲様のお相手、ありがとうございました」
「なんだか私の扱いが悪すぎるわ」
不満そうな玲様と一緒に車に乗り込んで、僕は懐かしく感じるほど安心できる家まで帰ったのだった。
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