ウェディングドレスは無垢な純白に守られてⅤ

「ねぇ、ちょっと聞きたいことが」


 スタジオに入ってきた遥華姉は佐原さんに何か話があったみたいで、こっちに近づいてくる。そして、半分くらい歩いたところで視線が明らかに佐原さんから僕に移った。前にもこんなことがあったような気がする。


「いったい何してるの?」


 前にも同じ状況でまったく同じようなことを言われた気がする。っていうか遥華姉もそろそろ覚えてよ。僕がこんな状況にあるときは、決まって僕が強引に女装させられているときなんだから。


「ちょっとドレスのモデルさんが来てくれたからね」


「そのモデル、この町じゃある意味有名人だよ?」


 名前は知らないし素性も知られていないけど、浴衣のモデルや玲様の隣によくいる美少女ってところかな。全然嬉しくない。


「それはわかってるんだけどね」


 遥華姉の話ぶりを見ると、どうやら佐原さん、もとい佐原先輩は遥華姉の同級生らしい。なんでこう僕の周りにはそんな趣味の人たちしか集まってくれないんだろうか。そういう人を引き寄せている自覚はあるけど、それでも住人が多くないこの町のしかも少数派を一手に引き受けている気がする。


「おばさんが呼んでるよ。使ってた型がないって」


「えぇ、そのくらい探してよ。たぶん洗ってそのままか、元に戻したはずだから」


「もう。適当なんだから」


 そうして一通りのやりとりが済むと、遥華姉は僕の方に向き直る。


「ナオ、結婚するの?」


「しないよ。したとしてもこれは着ないよ」


「せっかく似合ってるのに」


 まぁでもこの状態を見て一切引かない幼馴染っていうのもある意味貴重なのかもしれない。食いついてくるのはやめてほしいけどさ。


「でもなんでこんなところにいるの? 知り合いだったの?」


「こっちが聞きたいよ。遥華姉こそどうしてブライダルショップにいるの」


 僕は湊さんに押し切られる形でここに来て、見事にいつものパターンに入ってウェディングドレスを身にまとうハメになっている。


「私は佑美のお母さんからお菓子作りを教わってて」


「部活の後に、いつも?」


 そういえば顔に少し粉がついている。型っていうのはお菓子作りに使う焼き型の話らしい。そりゃ毎日帰りが遅くなるわけだよ。マネージャーとはいえそれなりに仕事をこなして、それから部員の指導もして、その後さらにお菓子作り。いくらなんでも無尽蔵すぎるよ。


「まぁ、他に時間もないしね」


「うちのお母さんすっかり遥華にご執心でね、おかげで私は店番に借り出されてるわけ」


「それは悪いと思ってるけど」


「ま、いいわ。幼馴染の献身に免じて許してあげる」


 僕は完全に人身御供ひとみごくう状態なんですけど。遥華姉が助かるっていうなら悪い話じゃないけどさ。当の本人はそんな話も半分に僕に見惚れてるんだけど、何かしでかす前に止めてほしい。遥華姉ってこういうフリルとかレースとかコサージュとかそういった装飾のついた服が好きだから、ドレスなんて大好物に違いないのだ。


「ねぇ、ベールとかはつけないの?」


「それは後。うちのパンフレットに載せるんだから」


「後でちょうだいよ」


 その話もさっき聞いたよ。みんな同じことしか考えてないんだから。


「それより、お菓子作ってるなら戻らないといけないんじゃないの?」


「あ、そうだった。ナオ、後でどうしてここにいるのかしっかり教えてもらうからね!」


 そう言って遥華姉はスタジオから出ていった。なんか変なことに巻き込まれてすっかり忘れていたけど、僕は湊さんと一緒に遥華姉を尾行していたんだっけ。葛橋のときのこともあるし、さすがの遥華姉も怒っちゃったかな。このドレス姿で少しくらいは落ち着いてくれるかもしれない。なんだかちょっと嫌だけど。


「遥華は怒るかと思ったけど真逆の反応だったね」


 遥華姉が戻っていったのを確認して佐原先輩がドアを見ながら言った。確かに長年連れ添った幼馴染が女装を強要されていたら怒りだしてもおかしくない。

 問題は僕に一番長くそれをしているのが、遥華姉だってことなんだけど。


「まぁ、でも許可も出たし、やりたい放題やっていいってことだよね」


「いや、僕の許可は?」


 女の子っていうのはどうも僕を着せ替え人形にする自由をみんな平等に持っているらしい。そういうのは幼い頃におもちゃ屋さんで親にねだって買ってもらって手に入れるものだったはずなんだけど、ここではそうじゃないのだ。


 僕の方も変に着てきた数が多いから、今はもう服のデザインだとか生地だとかできれいかどうかは別として着心地だとか動きやすさだとかを比べるくらいの余裕はできてしまっている。写真撮影だって慣れたものだ。


 言われるまでもなくポーズをとり、カメラのフラッシュにも顔をゆがませることもない。

 デジタルカメラに映った自分の姿を見る。やっぱりメイクすると自分の顔が違って見える。正直これだけ違うなら僕じゃなくても誰だってきれいになりそうだけど。


「いやぁ、いいものが撮れたよ。これで売上アップだね」


「うちの浴衣もすごく売れたんだよねぇ」


 絶対にそれは僕の効果じゃないと思うんだけどなぁ。それにブライダルショップは幸せな気分でお店に来るし、一番好きな人と一緒に来る場所なわけで。だったらいちいちモデルの姿がどうかなんて考えないと思うんだけど。その方が僕にも都合がいいかな。


 結局遥華姉のお菓子作りが終わるくらいまで撮影がかかってしまった。途中から完全に趣味で撮られてたんだけど。着替えを済ませ、メイクを落としてもらってやっと自分が返ってきた。これならおとなしく勉強しておけばよかった、といまさら疲れてきたのだった。

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