第一話 「人形館」とマモン
物語の始まりは
物語世界、ストリテラ。
広大な世界に幾つもの「
彼らの生きる道標は即ち「読者が楽しんでくれること」、その一つに尽きる。その為ならば危険も冒すし、アクションシーンだって恋愛だって何でもこなす。
彼らは永遠のジプシーだ。
そんなストリテラだが、一方で、ちゃんと犯罪行為も存在する。
台本に書かれたものならば仕方ないのだが、「台本に書かれていないこと」をやられると厄介だ。
* * *
「それを何とかするためにあるのが俺達『運命管理局』って訳だね」
「分かり切ったことを、何故今更?」
「読者に説明してるんだよ」
「メタすぎませんか」
下界の飲み物、コーヒーを啜る運命神に、無表情のその座敷童は思わず溜息を吐いた。
「てれってれってー、てれれってって、てってっばんばん!」
「また始まった」
「天国十二丁目ー、交差点をっ! 右折でお馴染み、『運命管理局』ッッ、てれつくばん!」
突然我らが運命管理局のCMソングをノリノリで歌い、踊り出す運命神。無視する職員。
こういう話が始まるとこの神はいつもそう。読者へのアピールだか何だか知らんがいつもこうやって踊り出す。
おかげで最近、頭痛薬が増えた。――水なしでバリバリ食えるのが最近できた特技です。
「不祥事、犯罪、困り事ー? あればすぐさま実力行使ッッ! 安心安全『運命管理局』ー!!」
ブギウギ系のダンスを華麗に決め、最後はバシッと決めポーズ!
「働きたい座敷童君達を、いつでも募集中っ! ワァオ!」
「ぷっ」
一人吹き出した。
「……」
「……」
からの、暫しの気まずい沈黙。
「それで人来ると思ってるんですか?」
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり」
いかめしい顔でそう言ってから、何事も無かったかのように話を戻す。
「で。で、なんだけど」
「はい」
「まあそういう訳ですから、今日も運命管理をお願いします」
「今日はどこですか」
「ミステリ小説、『黒山虹の冒険シリーズ』。今回はその……三作目、『人形館』かな。ちょっとここがやばそう」
「はぁ。して、何が原因ですか」
「うーん、とね」
そこまで言って、頭をかきかき。
名もなき座敷童に手招きし、こっそりとその耳に囁いた。
「シ・ナ・リ・オ・ブ・レ・イ・カー」
「何ですって!!」
「シーシー、シー!」
思わず口元を押さえた。それ程の衝撃。
そう。役者は所詮役者で、無意識下の内に定められた通り台本の上を歩いていく。それが運命の書とこの世界の住人達の基本的かつ、継続さるるべき関係だ。
だが、その台本が与えた道筋から意図的、若しくは無意識的に外れ、物語を悉く破綻させてしまうキャラクタが偶にいる。それが「シナリオブレイカー」。厄介案件堂々の第一位である。
破綻が起きた場合、早くに台本を書き直さなければその物語は完全に破壊され尽くしてしまう。その度ファートムは眠い目擦りながら何千頁とある台本を書き直すのだ――が、それではキリが無い。時には実力行使でこちらが望む道筋に強制的に戻してやるのも必要だ。でなければ運命神が過労で逝くしかない。
そう。それこそが座敷童達の仕事。物語に潜り込みながら、役者の知らない所で運命の管理を行う。それが「運命管理局」。
「最近神々がピリピリしてるのってその為ですか」
「間違いないね。四神会議がこの後あるし」
「ウワ」
「そう、マジでウワなんすよ」
いなくなりたい、とマジ顔で言う運命神。そう言うのも無理はない。運命の書を持つ残り三神――死神、龍神、悪魔王――はいずれも「名のある神」と称される強大な力の持ち主。どんなに弱っていようとファートム如きが一人で歯向かえるような相手ではない。
そんな三神が集結する四神会議(三神会議・ファートムのおまけつき!)が開催されるというのだからどれだけ異常事態であるかは、ご想像の通りであろう。
事態は思ったよりも切羽詰まっている。あの踊りも現実逃避の可能性が出てきた。
「最近シナリオブレイカーの動きがやけに活発でさ、シナリオの執筆も今は意味が無いって緊急中断してるわけよ」
「そうしたら物語は……」
「残念ながら一つ破壊された。永遠にあの物語は復活しない」
「……」
「良い物語だったのに……真逆主人公が食われるとはな……」
主人公が犠牲に。ちょっと胸に迫るものがある。
それは作家の筆折り、行き詰まり程重い物。楽しみにしていた読者だけでなく、その世界で専ら活動していたキャラクタ達の行き場をも奪う行為だ。
悔しい。
「ここで何としても食い止めねばならん。例え相手が紙に戻ったとしても、それはそれで仕方のない事だ」
「じゃあ、最悪の場合は……」
「設定段階まで戻して存在を無かったことにしても良い。きっと王はそれで良いと仰るだろうし、俺も今回ばかりは仕方ないだろうと思う」
「突壊棒も?」
「許可する。他、好きな武具防具を持って行け。今回は限度無しだ」
「でなければ、最終的にはストリテラ自体がなくなる」
「……」
「民の住む場所を確保してやるのも、生活を保障してやるのも俺達の最低限の義務だ。これだけは死んでも必ず達成しなくちゃならん」
「……ありがとうございます、準備します」
ありとあらゆる可能性を加味し、累丸に聖水に聖書にと、悪魔退治よろしくのアイテムを次々鞄に放り込む。
「おうおう、すげぇ持ってくじゃん」
「主人公を狙うってのが許せないので」
「――ああ。確かそれがお前の志願理由だったな」
「……」
「ここでの仕事は充実しているかい」
「……ええ」
敢えて目は合わせずに答えだけ返しておいた。
誰にも分からない。この気持ちは、一生。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってこい。君ならできるでしょ、討伐しくよろ」
「はい」
「あ、それと」
「はい?」
何か言い忘れたかのように、こちらにトトト、と近寄ってくるファートム。
訓練ですっかりタコだらけになった座敷童の固い手を己が両手で包み込み、
「自分が物語の薬であることを、くれぐれも忘れないように」
と真面目な顔で言ってきた。
「は、はあ」
「お前にはそれだけの価値があるってことさ。決して無理はしないで」
「わ、分かってます」
「命より大事な仕事もない。危険を感じたら直ぐに帰還すること。良いな、無茶はしても無理だけはするな」
「わ、分かってますってば」
「よしよし。良い子だ」
大きな掌で神から頭を撫でられると、流石に変な気分。
「ちょ、やめてください!」
「ふふ。可愛い奴め」
滅茶苦茶に手で払うと、ファートムは子どもでも見るかのような目で彼を見た。
その優しさが、何故かは分からないけれど、ちょっと苦手だ。
「さあ、行ってこい! お前の本気を見せてくるんだ!」
彼の神の声を背中に抱きながら下界へと飛び出す。
目当ての箱庭はここから北の方にある小島。
そこに建つのは「人形館」。
* * *
『再確認』
「はい」
『今回のミッションはミステリ小説「人形館」に潜入し、シナリオブレイカーを討伐することが目的だ』
下降しながら通信を受ける。適当な所でパラグライダーを開き、滑空を開始する。
『仮称として物語内部での名前「平 凡太郎」を一時授けよう』
「ありがとうございます」
『多分今回もお前は一番最初に死ぬだろうから、そしたら転生。ウエイターとして秘密裏に捜査を行え』
「承知しました」
『で、相手の特徴だが……これは残念ながら一切不明。ただ、派手好きだということだけ分かっている』
「派手好き?」
『それが犯人のシナリオ内での唯一の共通点だそうだ』
「なるほど。それを手掛かりに探せば良いと」
『そうだ。それと――』
「主人公に異様に干渉してくる奴、ですね」
『その通り。今度こそは主人公を守り抜け』
「承知しました。そろそろ着陸します」
『頼んだぞ……俺の首が王様にぶっ飛ばされる前にな。頼んだからな』
切実な願いが通信機の向こうから聞こえる。
「……頑張ってください」
「ちょっとおおお」
ブツ。
敢えて答えず、通信を切っておいた。
雲の下に入れば、そこは永遠の夜。銀の月が綺麗だ。
館の玄関前に移動して、深呼吸を二、三回。
そしてノックを四回。
「はい、どちら様でしょうか」
「ここ、こんにちは。かおるさん。おひしゃしぶりです!」
物語が、始まる。
(つづく)
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