vs変異マモン-1

 * * *


「ウワアアアッ!!」

「テラリィ!」


 怪物に弾かれ、弾丸のようにこちらに飛んできたテラリィの体をファートムが辛うじて受け止める。

「くっそー、もう一度!」

「もうよせテラリィ!」

 攻撃が一つも入らない巨体に向かって何度目か分からないアタックをしようとする彼を神はぎゅうと抱き締めて止めた。

「で、でも!」

「大丈夫、俺が何とか頑張るから」

 そう言って前に出るが足下がふらついている。彼は既に奴との戦闘に多くの「運命の書」の頁を消費しており、その手元には僅か十数頁ほどしか残っていなかった。確か元々数百頁ある分厚い本ではなかったか。


 もう全員が全員限界だった。

 正しく言えば「心」が、である。「体」が、ではない。

 こんな奴と相対せば誰だって、限界を迎えていなくともそう思うに違いなかった。


 もう戦えないし、戦いたくない。


 神の創作物である「補正」に守られた怪物は強い。

 不死身、無敵、身体強化……その他エトセトラ様々の効果により傷を付けることはおろか、近付くことすらままならない。守護天使ですらこれだけ苦労しているのだから、その絶望感たるや言うまでもないだろう。

 並のキャラクタの力ではどうすることも出来ないのだ。


 更に言えばそれは「隠し子」や「王」といった名だたる者達においても例外ではない。


 怜が先程治療を終え、和樹の使い魔達と共にこちらへ合流してきた。王もベゼッセンハイトも今だ物語の保持の為に戦い続けてくれている。――しかし彼らさえ奴にダメージを入れることが出来ていない。惜しいところまで行っても必ず奴の体の手前でその攻撃が減衰する。


 そう。やろうとしているのはキャラクタによる「物語の核」へのアプローチ。

「核」と「陰」とに融合してしまった強欲自身に対峙する為にはどうしても「物語の裁量権」が必要だ。

 持っているのは現時点では唯一人。


 物語の運命全てがファートムの双肩にのしかかっていた。


「杉田こそ、もうやめておけ!」

 重責に耐えながらふらふら前へ進む友を見ておれず、遂に怜が口出しを始めた。

「嫌だ、やめない。俺には子ども達を守る使命がある!」

「だとしてもこれだけ肥え太っちまったらもう無理だろ!」

「……」

「今や地上の八割を飲み込み、足下の地面をもその毒で沈めた。草木は枯れ果て精霊龍も死に、正に地獄絵図! こんな、最悪を煮込む鍋みたいになった状況下でこれ以上一体何をする?」

「そうだけど……」

「それにお前……こんなに傷だらけになって」

「……」

「もう自分でも分かってんだろ?」

「……」

「その体に力が殆ど残されていないこと」

「……」

「物語を保持するだけで精いっぱいだってことも」

「……分かってる」

「なら休んでくれよ! お前がいなくなったら子ども達が路頭に迷っちまう!」

「でも、でもその子ども達を俺が安心させてやらなくちゃならない!」

「安心させてやる方法は何も一つじゃないさ、杉田。タイタニックが沈む時、親は子を抱きしめた」

「……」

「氷山を打ち壊そうとはしなかっただろ?」


 それに――と話を継ごうとした時だった。


 怜のエメラルドの瞳に小さな影が映り込む。


「ベネノ……?」


 思わず小さく呟かずにはいられなかった。


「ベネノ?」

 ファートムが聞き返す。

「どこに!」

 指された方、ぱっと振り向くと肩で息をする座敷童の姿がそこにはあった。

 手にはきらきら光る装飾の綺麗な杖。

 嗚呼忘れない、あの大きな瞳。

 俺が産んでやった大事な大事な息子だ。


 無事だったんだ……。


 それを思うだけで胸の中を熱い何かがこみ上げてくる。


「ベネノ」

「お父、さん」

 呼びかけるとふにゃ、と顔をくしゃくしゃにしながら応えてくれる。よたよたと、こちらに近づいて来てくれる。

 もうそこで全てが弾けた。

「ベネノ!!」

「お父さん!!」

 親子が勢いよく駆け寄り、再会の抱擁を交わす。

 子はずっとずっとごめんなさいを繰り返しながら泣いていた。父はそれを黙って、頷きながら聞いている。

「ベネノ、俺もごめん。ごめんな……こんなにしてしまって……本当にごめん」

 そこで自分に抱きついている子どもを離せば腹の辺りがスースーする。

 あんなに時を過ごしたとしても、矢張りこの子はまだまだ子どもだった。

「ベネノ、天界はまだ安全だ。怜に連れてってもらって、そこに避難しなさい。ここは俺が何とか――」

「ち、違うんだよお父さん」

 言葉を被せながらそう言ったその必死な表情にふと口をつぐむ。

「あ、あのね、僕……僕……」

 ぎゅう、と杖を握りしめた。


「僕」


「僕、マモンを助けに来たんだよ!」


「助、ける……?」

「そう。アイツはマモンの力とか思いとか色々を贄に動く化物だ! あんなのマモンじゃない……操られてるんだよ!」

「分かるのかい?」

「分かる。だからここに居る皆の力を借りたいんだ。早く助けてやらないと、愈々手遅れになってしまう!」

「で、でもどうやって……」

 おろおろする父親に向かって子は静かに自分の頭上、「物語の裁量権」を光らせた。その輝きに、父含めその場に居た一同がハッと息を呑む。

「僕には王から強奪した『物語の裁量権』がある。この杖――エンジェルにはマモンの『強欲』が宿っている。この二つの力を使って彼を『補正』と『七つの大罪』の呪縛から解き放つ!」

「……」

「だって、どっちの呪縛もそれ自身に意識はない筈でしょう? なら、これで攻撃が通る筈だ!」

「……そ、そうかもしれないけど」

「お願いお父さん、僕に行かせて! 僕はこの物語のなんだ! この物語の決着は僕が付けたい!」

「でも……折角取り戻した息子を再び戦場に送り込むだなんて――」


「良いじゃんか、杉田」


 突然、今までずっと黙りこくっていた怜が割り込んでくる。

 困ったようなおかしいような微笑みを浮かべながら目の前の二人を交互に見やる。


「怜……」

「自分は運命神だから父親だからって、周りの言うこと全然聞かない誰かさんにそーっくり!」

「悪かったな、聞き耳持たない親父で」

「ははは! ようやく気付いたかー頑固親父ー」

 そう言って背後から肩に手を置き、そっと耳元で囁いた。


「な、本当に駆け出しの頃のお前にそっくりだ。俺とお前が出会ったばかりの頃、お前も俺ももっと若かったっけ……」

「……」

「大きくなったじゃないか」

「……」

「な、見守っておやりよ。きっとこの子も上手くやる筈だ」

「……」

「それに俺は、この頑固を助ける為にいるんだぜ?」

 そう言ってほっぺをむに、とやれば眉間に皺寄せて直ぐほっぺた膨らましてくる。

 不満そうな顔を向けた神に怜はにこっと微笑み、それを直ぐに目の前の座敷童に向けた。

「良いだろう、ベネノ。おいさんはアンタの熱意に負けた! この力、喜んでお前に貸そう」

 その言葉に分かり易く喜ぶ座敷童。


 ……何から何までそっくりだ、この親子は。


「ありがとう怜さん! 僕、僕、頑張――」

「たーだーし!」

 若干はしゃいでいるその唇に唐突に人差し指を押し当てる。

「条件がある」

「……何? お金?」

「それは欲しいけど今は違うわい」

 そこで彼はしゃがみ、ふと目線を合わせてきた。その真剣な面持ちに少年も気合いが入る。


「いいか?」


 頷く。






「俺のことは、れいれいって呼ぶこと!」






 ……。

 予想外の条件に思わずぽかんとなるベネノ。

「……本当にそれだけ?」

「俺はお前にはそうやって呼んで欲しいんだよ。ただそれだけ」


「でも、グッと距離が縮まった気がしてあったかいだろ?」


 その言葉に笑顔に、何故だか胸が熱くなった。



「はい!」



 これも、彼の魔法だろうか。


 * * *


「よっしゃ! 戦の前に元気チャージしとくかぁっ!?」

「するー!!」

 わしっと大きく手を広げたれいれいさんの胸元にぴょーんと飛び込むと、煙草の香りが香ばしい。

 お父さんとのハグも大事だったけど、やっぱこっちの方が健康に良いな。

 推しは世界を救う。この背中とんとんは宇宙も救う。

「大丈夫。お前なら出来る」

「うん」

「皆が付いてるからな」

「うん!」

 叶うならこのご褒美タイムを永遠に続けていたかったけど、状況が状況だ。残念だけどゆっくりはしていられない。

「――よし、世界を救ってこい!」

「行ってきます!」

 最後極めつけ、れいれいさんにバシッと背中に一魂注入して貰い、バネのように飛び出した。


 さて。


 黒い烏の頭の、巨大で醜い化け物に相対する。


 あれが、「変異マモン」。

 ごくりと唾を飲む。


 戦場は「変異マモン」を中心としただだっ広いフィールド。すき焼き鍋のような浅めの広い穴にすっぽり収まった彼の周りをぐるりと道が囲う。変異マモンの方が下にいるのと、こんな地形は元々存在していなかったことから、彼を覆う「陰」がこのような地形にしたのだろう。「暴食」よろしく世界の全てを喰らい尽くすって訳だ。

「……させない」

 何よりも先ずは相手の把握が第一。取り敢えず様子を見よう。

 そう思って走り始めたその時。






「パーシー!」






 聞き覚えのある声が遠く向こうから聞こえてきた。

「パーシーこっち!!」

 思わず振り向けばドラゴンが空を舞いながら近づいてきているのが見えた。

 あれは……!


「ジャック!!」

「手を!!」


 手綱を握る親友の手がこちらに伸ばされる。それに向かって跳べば彼の手は通り過ぎざまに、しっかりと僕を掴んでくれた。そのまま大空へと舞い上がっていく!




 嗚呼、本当に最後の戦いだ!


 見てるかマモン! 助けに来たぞ!!




 * * *


 フレディに乗ったジャックの手に掴まりながらぐるりと変異マモンの周りを巡る。

「ジャック、どうしてここに!?」

「君を助けに来たんだ、パーシー! あの怪物を打ち倒して大切な仲間を救うんだろ!?」

「え、どうしてそれを……」

「君のお友達からのお達しだよ、! 君を助けてやって、欲しいってさ!」

「え、え、え!? ――ぅわッ!」

 突然伸びてきたもう一つの手が僕の服を乱暴に掴み、豪快に持ち上げる。

 それは……。

「ぎゃーっ! 快楽殺人犯の黒山虹!? どうやって出所したんだよ!」

「へー。それが君なりの久し振りに会った奴への礼儀なのかい? ぼ・ん・た・ろ・う・く・ん」

「気に入らない事があるとそうやってすーぐナイフとお注射出してくるお前もお前だろ」

「へーっ! 二人とも、仲が良いんだねぇ! 知らなかったよ!」

「「良くない!!」」

「今度三人で星空の下、語らおう!」

「「絶対語らわない!!」」

「コイツ、絶対え○ちな話しかしないだろ!」

「そっちこそ、素敵な臓物の話しかしないんだろ!」

 何か、親友が助けに来てくれた素敵展開がコイツのせいで一気に興ざめだわ。

 あーあ。

 あーあ!

「って、ちょ、危なァい!!」

「「う、ウワワワワ!?」」

 と、突然フレディがぐるりと回るように軌道を変え、その下をぶっといビーム光線が瞬間通り抜けていった。

 遠く向こうの岩場を砕き塵にする威力。

 ……命の危機。

「やっぱりこんな大きな龍、気付かない訳が無いよね」

「時間が無い……凡太郎、今回の作戦を簡潔に話すからよーく聞いておけ」

「うい」

 うし、一時休戦にしといてやる。

「聞こえてるぞ」

「ひゃん……」

 ジト目を一生懸命見ない振りしてる僕を横目に虹が唐突に指を鳴らした。

 ふと視界に黄金こがねの輝きが映る。

 見れば変異マモンの額に円形の光が輝いていた。

「な、何あれ! マモンが光ってる!」

「補正だ!」

「補正!?」

 あれが……!

「怪物を怪物たらしめる原因の一つ。可視化の為に僕の視界を君達と共有した。ばっちり見えてるようで何よりだよ!」

「嘘、そんな事できんの!?」

「……気になる人各位にはコメントで質問してくれたら僕の力について詳細に答えるようにするから兎に角今は黙っててくれるかな!? 時間が無いんだよ!」

 う……メタメタだ。(でもそう言われたら引き下がるしかない。そういう小説だ、最初っから!)


「よし、良いかい」


「マモンの本体は間違いなくあの『陰』の塊の中にいる。今すぐにでもその中から引きずりだしてやりたいところだけれど……」

「あの外殻である『陰』が邪魔ってわけ?」

「その通り。並みのキャラクタは勿論のこと、元から主人公である君さえも突破は難しいだろう」

「……」

「しかもその外殻はその身に宿っている『補正』の力で強く守られており、故に絶対無敵・不死の要塞と化している」

「……だからこその『裁量権』と『強欲』なんだよね。これで補正を一つずつ打ち砕いていかにゃならん、と」

「分かってるじゃないか」

「元からそのつもりで来たんだもの」

「だとすれば話は早いな。――僕らのミッションは奴の身に宿る補正を完全に破壊し、融合してしまった『陰』と彼とを切り離すこと。補正の数は全部で五つ。ミステリ・異世界ファンタジー・恋愛。そしてSF、現代ファンタジーだ」

「この物語の補正は?」

「まだこの物語が続いてるのにどうして壊したいんだい?」

「……、……なるほど?」

「壊すな。間違っても。ストリテラ逝くぞ」

「らじゃ」

 エンジェルに呼びかけ、「光済の弓」に変身してもらう。第五話にて実績のある弓矢でここは押し切ろう。あの時の貫通力と弾速(矢速?)に期待したい。


「でも待って、虹」


 と、ここでジャックからのストップ。

「何?」

「俺の目が間違ってないのなら……補正、五つもなくないか? っていうか一つしか無いような……」

 た、確かに!

 他の補正はどこにあるの? 近付いてじっくり探すなんて無理だと思うんだが!?

 そんなこんな言ってる内に今度は大口開けてこちらに首を伸ばしてきた。ジャックが慌てて距離を取る。

「それは仕方ないよ、あれは『恋愛』の補正だから」

「え? どゆこと?」

「どゆことって、お前が一番知ってるだろ? アレが魅力の塊だってこと」

「まあ、そうだけど……、……待って? あの補正のせいで他の補正が皆隠されちゃってるって言いたい?」

「大正解ー。厳密には『恋愛』と『色欲』の強烈な色香に目が吸い寄せられちゃってるってのが正しいんだけども」

「嘘だろ!?」

 面倒くさっ!!

「何なら『SF』の身体強化と大罪『嫉妬』の影響で360°絶対反射バリアーが球状に張られています。アレは『嫉妬』の意志が働いているから『強欲』の力だけではどうしようも出来ないね」

「――ってことは?」

「当然、このままだとこちらの攻撃は入らないまんまだし、いずれあっちからの攻撃にやられるか疲弊するかで死ぬ」

「ウワアアア! 僕らはここで死ぬんだアアアアア!」

 お終いか!? ここでマモンのハッピーエンドに持ち込んでそのまま終了するか!? この物語!

 というかそれはハッピーエンドなんでしょうか! そもそも!


「落ち着け。ちゃんと弱点はあるよ。それも既に解明済み」


 もう一発指を鳴らす。

 その瞬間視界にもう一つ、それは現出した。今度は真っ白な光のようなもの……いや、が見える。

 丁度ガラスに野球ボールをぶち当てたような、あの蜘蛛の巣みたいなひびが彼の丁度尻の辺りに見える。


「あれが?」

「弱点」


 息を呑む。何て狙いづらい所に置いてあるんだちくしょうめ。

「運命神が書の頁を二百近く消費してようやく捻じ込めたウィークポイントの設定、絶対無敵が唯一瓦解するこの世界の穴。あれに鋭く一発、強烈なのをお見舞いできればあのバリアーは見事粉々に砕け散るだろうね」

「そしたら背中側に一度回ってあのひび狙ってバリアー壊して、頭側に回って額の補正を壊せば良いんだ」

「そんな簡単にことが運ぶ訳ないだろ」

「でぇすぅよぉねぇー!」

 正直、ラスボス戦がそんなヌルゲーで良いんだー! へー! って思いながら言ってたよ!

「やっぱ猶予時間とかそういう概念ある感じ?」

「あるよ。0.1秒ほど」

「少っくな」

「そりゃそうだろう! かの設定過多『SF補正』と絶対防御『嫉妬』のコンビネーションだぜ? そんな簡単に隙さらすもんか」

「で、でも、そしたらいつまで経っても攻撃通らないじゃんか! いつまで経っても勝てないじゃないかあ!! まだ一発も撃ってないんだぞう!!」

「そうだよ。だから良い解決案がいつまで経っても浮かばなかった場合、僕は皆を巻き込むからね」

「え、何に?」

「え? ――フフ」

 えええ!? ちょ、怖いよォ! 何で暗い顔して笑うの!? せめて嘘でも良いから勇気づけて!? 背中を押して! 誰だこんな奴乗せたのォ!!

「俺だよ?」

「そうだった!」

 ジャックを責めるつもりは無いよ!


 とはいえ……。


「どうすれば良いの?」

「兎に角後ろのウィークポイントを上手いこと突ければ良いんだ……その為に、何かこう、協力者を募ることが出来れば――」

『俺を呼んだか!』

「……!」


 それは本当に突然だった。

 この、素敵ボイスは真逆……!


「怜……れいさん!」

『よっ! れいれいさんだよっ! 健気な座敷童ちゃん達のお呼ばれに応じてこうやって参上したよっ!』

 わーっ!! この作者のことだから早々に捻じ込んでくるとは思ってたけど、真逆しょっぱな突っ込んでくるとはぁっ!

 あー、あー、耳が幸せだなぁ! 顔がにやけちゃうー!

「や、呼んでないですけど。それ盗聴じゃ――」

「呼んだんだよぉ!! 虹くん、彼は呼ばれたんだぁ!! 作者の一方的な需要が彼を呼んだんだよぉ!!」

「……??」

 突然顔を真っ赤っかにしながら裏声ではしゃぐ僕を不審者でも見るような目つきで見る虹。

 だからやめろ、そのジト目を。

『よし、べんべんに、にじりんにジャッキー! 文字数は限られてる、早急にこちらの作戦を伝えるぞ』

「はいっ! れいれいしゃんっ!」

「え、その『にじりん』ってのは僕か? 僕に対する呼称なのか??」

「あははっ、パーシーもれいれいさんも相変わらずだなぁ!」

 何かドラゴンの上が騒がしい気がするが、そんなものには目もくれずささっと説明を始めるれいれいさん。

 そういう所が格好良いし、そういう所がコイツと違う。

『今バイクで移動中。高台に着いたらスナイパーライフルでそこからウィークポイントを撃ち抜いてやる。その隙にお前達は「恋愛の補正」をどうにかせい』

「ありがとうございますっ」

 あれだよな。あんまり至近距離にいると作戦遂行前に気付かれる恐れがあるってのと、貫通力の高い「スナイパーライフル」の有効射程距離の関係上、平均で600mは離れる必要があるってことからなんだよな。高台に移動しているのは。

 うん、格好いい。

『にじりん。確か猶予時間はそんなに無いって話だったよな?』

「はい。零コンマ一秒です」

『そうか……とすれば、ほぼ同時に着弾しなきゃならんって事だ』

「まぁ、そうなりますね」

『うむ……』

 そこでちょっと間が空く。


『ジャッキー! ちょっと下見てみろ、この発煙筒が見えるかい!?』

「え!? ――あ、はい! 見えます!」


 ジャックと一緒にふと下を見れば遥か下の方、高台の上に細い煙が見える。

『上等! 目が良いんだね』

「ありがとうございます!」

『そしたらこのポイントと怪物の額を直線状に繋いだ延長線上200m地点を暫くの間、陣取っていて欲しいんだ。出来るかい』

「……」

『あれ、ジャッキー? 聞こえてる?』

「……、……」

『おーい?』

 あ、駄目だ! コイツ思考停止モードに入ってる!

 何とか説明をしようとあくせく手を振るけれど、れいれいさんの要求を上手く伝える為の術が見つからない。何だ、200m地点って。どうやって測れば良いんだ。

 ――と。

「ジャック、彼の言ってた場所に球体の印を付けておく」

 そう虹が言った瞬間、空中に金色の球体が登場。近づけばほんのり温かい。

「その範囲外からできるだけ出ないように、かつ、攻撃に当たらないようにしろ。それで大体何とかなる」

「おおー! ありがとう、虹!」

 ……なるほど。

 悔しいけど、流石だ。


 そんなこんなで準備が着々と完了していく一行。

 耳元の通信機から幸せなリロードの音が聞こえる。

『よし、ベネノ!』

「はいっ!」

 本気になった途端、本名で呼ぶそのギャップも良いよぉ!

『恋愛の補正を今から一気に仕留める! 準備は良いか?』

「いつでも、どぞっ!」

『よし。これから三、二、一で数えるから、お前は発射の合図で思い切り矢を放て』

 説明を聞きながらとても元気な変異マモンの額をじっと見る。

 ……今助けるからね。

『――で、その際の留意点なんだが』

「はい」

『こちらが狙撃を一発でもかませば十中八九こちらの狙撃地点がバレる』

「……」

『奴は自分を攻撃する存在を許さない筈。それで杉田は散々いじめられてきた。俺もお前達の計画に参画できなくなる』

 下手に動けば殺されるから。

 ……。


『よってチャンスは一回。失敗は許されない』


『神経を鋭く尖らせろ、猛毒少年!』

「はい!」


 ぴんと張った弦に指をあてれば「光済の矢」が出現する。そのままきりきりと弓を引き絞り、真っ直ぐ「恋愛の補正」目掛けて構えた。

 心臓が破れそうだ。


『カウントダウン!』


 音が、静かに引いていく。

 集中の世界。視界もじわじわと暗くなっていき、余計補正の光が眩く見える。

 エンジェル、頼むぞ。


『三!』




『二!』






『一!』











『発射!』

「行けっ! エンジェル!!」











 * * *


 瞬間。


 光の速さで同時刻に目的の場所へと着弾した両者。雷でも落ちたかのような轟音を轟かせ、その勢いに変異マモンが頽れる。

 そしてとうとう彼の体に隠されていたもう四つの補正が姿を現した。


「や」


「「「やったぁぁー!!」」」


 少年三人、快活少年の本能に抗えずドラゴンの上でぴょんこぴょんこ喜ぶ。


『こらっ! まだだ!!』


 ――え?




 変異マモンの反撃は既に始まっていた。




 怜がバイクで必死に逃げるが背後から迫る「陰」の津波の速度が異常に速く、勢いがえげつない。

「あっ」

 フル回転している後輪に「陰」が絡まり、バイクが思いっきり横滑りする。

「やべ……ッ」

 ぽーんと弾かれるように前に飛び出し、転がった体。彼の命を吞み込もうと迫り迫った大波から危機一髪、彼の体を連れ去ったのは魔導士デヒムだった。

「デヒムちゃんんんー!」

「大の男がそんなに目を潤ませて、何のつもりですか? Raymond」

「冷たいなぁ」

「おじさんがそんな事やっても全く可愛くないです」

「冷たい……」

「というか気持ち悪い」

「酷い……」

 軽口を叩き合いながら運命神の待つ安全地帯に向かって一直線に飛んで行く二人。


 獲物を早々に失った変異マモンはもう一人の狙撃者スナイパーに目を付けた。


 その転換を即座にキャッチした怜。

 転瞬、大声で通信機に向かって怒鳴っていた。


「こらっ! まだだ!!」






「きゃあっ!」

「パーシー!!」






 それは静かに訪れた。

 僕の足を「陰の手」がガシッと掴む。

「きゃあああああっ!」

「パーシー!!」

「凡! クソッ!」

 情けない声を出しながら真っ逆さまに「陰の海」の方に引っ張られていく体。ジャックと虹の伸ばした手も空しく空振り、どんどん落ちていく。

 わっ、ちょ、やば……息できない!

「えっ、エンジェル、何とか、してぇ!!」

『何とかしたいけど……聖光放って死なないよね!?』

「ア! そこは分かんないですぅ! 悪魔側にも優しい方法で何とかしてぇ」

『んな無茶なぁ!』

(僕が完全に余計なことを言ったせいで)どうにもできず、どんどん落ちていく二人。ここまで抵抗できない主人公も珍しいよ……!

 そうこうしている内に遂に、変異マモン側に僕が「元・主」だということがバレた。周囲の「陰」という「陰」が知らず「求める手」となり、僕の体を取り込もうとどんどんへばりついてくる。

 ま、マズい!

 更には危険な聖光を放つ可能性があるエンジェルと僕を引き剥がそうと両者に手をかけてきた。

 さ、更にマズい!! エンジェルと離れ離れになったら愈々死ぬ!!

「エンジェルー……!」

『離れないでよ……! セレナちゃんと約束してるんだから!!』

「そうは言いましてもォー!」

 ぬめぬめとした粘液で手が滑る。これぞチャンスと言わんばかりに「陰」がついに僕の首を肩を腹を思い切り掴み、引っ張り始めた。

 うそうそ、やだやだ! このまま死ぬの!?

「エンジェル!!」

『頑張ってる! あなたも頑張って!』

 僕だって、頑張ってる……!


 とはいえもう限界だよ……。

「ああっ!」

 弱気になった瞬間、左手が完全に杖から離れた。手首を掴んで思い切りマモン側へと引っ張っていく。

 体もほぼ呑まれかけ。手先が痺れてきた。「陰」の作用でどんどん生命力が落ちてってるのを感じる。

 目の前が霞んできた。

 力が、抜けていく。


 遠くでエンジェルの声がする。でも耳も塞がれてしまった今、その声はくぐもった形でしか届かない。


 どうしよう、どうしよう……。

 僕、このまま死ぬのかな……?




 嗚呼、最後にお願い……。お願いだから!




 ジャック。虹……れいれいさん……!




 セレナ、さん……エンジェル……。




 マモ、ン……!






 誰か、誰か助けて! お願い……!!






 そう思って目を瞑った――


 ――その時。






 * * *


「ぼさっとしないで!!」






 ――これまた聞き覚えのある声がして、目を見開いた。


 お前は。


 (つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る