vs変異マモン-2

 誰か、誰か助けて! お願い……!!






 そう思って目を瞑った――


 ――その時。






「ぼさっとしないで!!」






 * * *


 突然聞こえてきた聞き覚えのある声。

 直ぐに全身を覆う「陰」をが爆破。衝撃波が体を押し出し、少し自由になったところで何者かが後ろから華麗に掻っ攫っていく。

「うわわっ」

 更にその人は直前に吹っ飛ばされてしまった「光済の杖」もちゃんと回収、それをあろうことか大泥棒やスパイが使う感じのあの「ワイヤー」に変化させそのまま物凄いスピードで空中を進み始めた。

 断崖絶壁の崖に次々ワイヤーの先端を渡していき、「陰」の猛攻を軽々すり抜けながらまるでそこに地面があるかのような勢い。

 え、す、すご……。

「あ、あの、助けてくれてありがとう!」

「助けてくれてありがとう? ……ったく、が聞いて呆れるわね。ネコなら高いところからでも飛び降りれたでしょうに」

 その瞬間空気がピシッと凍り付く。ついでに眉間に皺も寄った。

 この、この嫌味ったらしい台詞は!

「よりによって千草かよぉ!」

「富士子」

「富士子かよぉ!!」

「叩き落としてやりましょうか」

 つ、強い……。生殺与奪の権どころか行動を決める権限まで握られてる気がする……。

「ってゆーか、どーしてここに!? 何で来たの? どーやって来たの!? 何しに来たの!?」

「相っ変わらずうっさいわねぇー、全部アンタには関係ないでしょ!? 馬鹿の一つ覚えみたいにあーだこーだお決まりの台詞ばっかり言って……アンタ、それでもこのストリテラの住人!? ……運命神が聞いて呆れそうね」

「ンガッ――んだとぉ!?」

「あーら、事実でしょ? 噛みつく元気があるんならもっと面白いこと言ってみなさいよ」

「……ぐぬぬ」

「あらら。芸がないのね」

「ぐぬぬぬぬ!」

 コイツに半笑いで正論言われることほどムカつくこともねぇだろうなァ、おい!

 くそー! 馬鹿にしやがってぇ!

「じゃあ芸の無い泥棒ネコさんに教えてあげるけど、私はね『運命を変えてくれたひと』を助けに来たの」

「……藤森?」

「……それ、アンタが言うの?」

「え、や、違うとは思ってたけど……」

 そ、そんな……アイツだけはこのヘドロに頭から突っ込ませてやるわみたいな怖い目しなくても。

「はあーっ。視野も狭かったかぁ」

「はぁ!?」

「コイツに惚れた奴らは相当の馬鹿ね」

「ちょ、待……んもう! いちいち文句が多いんだよ! 最終決戦なのに自己肯定感ガッタガタに下げてきやがって! 結局何がしたいんだよ、お前は!」

 遂にぷっつんきて彼女をほぼ問い詰めるような形で怒鳴ったら、富士子は急に静かになり、ぽつりと言いだした。


「……この世界を助けにきた」


「物語を勝手に変えておきながら呆気なく吞み込まれた人に責任取らせにきたのよ。大切なひとを悲しませた責任を」


 前を見据え、真剣な眼差しを放つ富士子に思わずドキッとする。

「……マモンは倒さないよ」

「知ってる。取り敢えずこの世に引きずり戻さないとなんでしょ?」

 瞬間こちらに向かって振られた変異マモンの爪をぎりぎりの所で回避し、崩れ行く瓦礫の下を寸での所ですり抜けていく。僕らの背後をしつこく追いかけていた「陰」がまるで防波堤にぶち当たった海のように弾けた。

 空を切る顔に焼け焦げた世界の臭い。死臭。そんな「陰」特有のきつい臭いをぶった切るかのように彼女はどんどん進んでいく。


「……私ね、幼い時からお母さんに色んなお話を聞かせて貰いながら育ってきた」


「グリム童話なんかは特に大好きで、いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるんだって。ずっと信じてた」

「お前なんかに来る訳ないだろ」

「黙って」

 ギン、とひと睨み。

 慌てて目を逸らした。

「でも待ってた物語はそんな御伽噺とは無縁の世界。現実を突き付けてくるような試練に、裏切り……もう夢はズタボロ。滅茶苦茶よ」

「……悪かったな」

「悪いと思うなら最初からやらないで欲しかったけどね」

 そこでまた睨まれると思って顔を逸らそうとしたが――そこで初めて彼女がふ、と微笑んだ。

 そのギャップに知らず目を奪われる。


「でも私はそんな世界で生きていこうって、そうやってもう決めたから」


「私にこの名前と真実をくれたこの世界で生きていくって決めたから」


 そう言ったところで彼女は一際高い崖に目を付け、その壁の上の方にワイヤーの先をぶっ刺した。限界ギリギリまでワイヤーを巻き取り、自分達の体を出来るだけ上の方まで引っ張り上げる。

「早く、頂上まで登って!」

「何するの!」

「さっきの作戦を拝借する、火縄銃持ってきたのよ!」

 何とかして登りきったところで僕らの足下、崖の壁に「陰」の津波がぶつかった。

「うわわわわ!」

「早くこっちに! ぼやぼやしてたらこの崖も呑まれるわよ!」

「うわ、わわ……」

 向こうで絶叫する富士子の元まで腰抜かしながら走っていく。

 慌てて光済の杖を受け取り、再び「光済の弓」に変身させた。

「どこ狙うの?」

「SF。このバリアーを粉々に割ってやるわ」

「……どこ狙うの?」

「右足のつけ根!!」

 背負っていた銃を手に取り慣れた手つきで弾を装填。頬に銃を当て、もう狙いを定め始めた。

 ……悔しいけど格好いいな。

 自分も真似して弓の弦を引き絞る。

 確か、右足のつけ根……だったよね。

「で、富士子。いつ発射すれば良い?」

「……」

「……? 富士子? 聞いてる?」

「……ところでベネノ」

「あに?」

「……弱点が彼の背中の方にあるって話はもう聞いてるわよね」

「……? 聞いてる、けど」

 何の話だ?

 さっきまで偉そうに構えていた銃まで下ろして。

 珍しく富士子が気まずそうじゃないか。

「あの、ベネノ」

「何ってば」

「変異体は、その……巨体、じゃない」

「もったいぶるなよ」

「じゃあ言うけど」


「……火縄銃、有効射程距離100mぐらいしかないのよね」


 ……!

 背景にド派手な雷ピシャーン!!

 突然パズルのピースがカチャカチャカチャッと組み上がる!

 こいつテメッ――!

「僕に囮になれと、そう言いたいんだな!?」

「わぁっ! こういう時だけ勘が鋭くて助かるわぁ!」

「一言余計なんだよ!」

 とはいえその射程距離は光済の弓と比べても段違いに短すぎる。し、ここからではどっちみち彼女はバリアーの弱点には当てられない。

 繰り返しにはなるがマモンの体内にある補正を撃ち抜けるのは僕の手によって射出された「強欲」の属性を持つ「光済の矢エンジェル」のみ。そしてそれを確実に彼に届ける為には第三者の協力が必要。

 そんな状況下、彼女がマモンに気付かれずに近付き、かつ、確実に当てる為には――。

 ……。


「もおおおおおおっ!!」

「わーい助かるわあ!!」


「良いか! 失敗したら末代まで呪ってやるからな!」

「そんときゃ呪うための体もないでしょうに」

「怖い事言わないでよぉぉ!」

「ほらちゃっちゃと行く!」

 幸か不幸か崖は陸続きの国が連なるようにどこまでも続いている。そこを時折エンジェルの飛翔も借りながら駆け抜けていった。

 自分の武器の不備のくせに偉そうにしやがってまったくよぉ!

 最初から僕の体を狙ってるマモンは自然とこちらを向く。またその体から無数の手が伸びてきた。

 口から咆哮と黒炎の毒気が禍々しい。

「剣を!」

『了解』

 迫りくる「陰」の一群を「光済の剣」に変身させたエンジェルでぶった切りつつ逃げる逃げる。

 そこにふと、凛とした女優の声が響いた。

「準備を! シナリオブレイカー!! もうすぐ着くから!」

「富士子出来るだけ早くして!」

「十分急いでるでしょうが!」

「そうは言ってもぉぉー!」




 そんな情けない声を聞き、迂闊にも口元が緩む。




 ……、……。

 そう。


 は幼い頃からグリム童話とかそういう御伽噺を聞いて育ってきた。


 最初は本当にあるって信じていた。白馬の王子様が私を苦境から助け出してくれるって、悪い魔法使いをやっつけて私をお嫁さんにしてくれるって。


 でも、でも。

 でも知ってた? 昔の私。その御伽噺ではお姫様はさらわれた恋人――とはちょっと違うの。


 ――悪いドラゴンを倒せた者にはとして我が娘をやろう――


 女の子は商品なの。手柄を支払って買うものなのよ。

 だから「フェミニスト」は現れた。

 私の人生を私の手で決める為に。


「まあ、全部が全部そうかは知らないんだけどね」


「――あなたベネノは知ってた? この歴史」


 苦笑とも微笑みともとれる不思議な表情を柔らかに浮かべながら火縄を火ばさみに挟んだ。

 これで今度こそ本当に準備万端だ。


 ……ベネノ。敢えてもう一度言ってあげるけど、私は『』を助けに来たの。

 を悲しませた責任をアイツに取らせに来たのよ。




「だって私も鹿だから」




「気張れ! 人生の変革者シナリオブレイカー!! 数え始めるわよ!」


 遠くで富士子の声がした。

「エンジェル!」

『分かってる』

 飛翔で距離を取り、弓に矢をつがえた。

 聖光を先端に集約させながらきりきりと弓を引き絞る。変異マモンが僕らの立っている崖にその体で抉り込ませながらこちらに迫ってきた。無数の手も迫ってくる。

 こめかみを汗が通り抜けた。


「三」


「二」


「一!」




「放てェー!!」




 鋭い鉄砲の音が風を切り、空をぶち破った。

 バリアーも物凄い音を立てて砕けた。その奥からジャック達がドラゴンに乗って突っ込んでくる。

「パーシー発見!!」

「死ぬなよ凡太郎!」

 聖光による痛み苦しみに悶絶する変異マモンの手があちこちを破壊し、どんどん足場が狭くなる。

「手を取れ!」

 あわやもうちょっとで真っ逆さまというところでフレディが土煙の雲を飛行機のようにたなびかせつつ突入。

 変異マモンの巨体からしとど滴る「陰」の滝を縫い、かすめ取るようにして虹が僕の腕を取った。

 そのまま一気に大空へと舞い戻っていく。

 背後では僕らのいた円形の崖状の土地が悉く彼の体に飲み込まれていた。更なる力をつけて僕らに対抗しようと変異マモンが身をくねらせる。

「よく頑張った、凡太郎」

 虹のねぎらいと背を叩く力強い手。

 それは嬉しいんだけど――ちょっと待って!?

「ま、待って、富士子は!? 富士子がまだ地上に!」

「なんだって!?」

 ジャックがそれを聞いて慌てて戻ろうとするけど虹が瞬間「やめろ!」と止めた。

「確認したいところだが今は無茶だ! 全滅だけは避けないと!」

 額に汗を浮かべた虹が僕の肩を掴み、説得してくる。

 で、でも!

「じゃあ富士子はどうなるの!」

「今は彼女の無事を祈るしかない。大丈夫、主人公格はタダじゃ起きない」

「……そうはいっても!」

「四神とシナリオブレイカー達の加護を信じろ」

「……」

「信じてやるのも優しさだ、凡太郎」

「……!」

 仕方ない……仕方のないことなんだ……。

 ……。

 胸が突然いっぱいになってしまい、だからといって吐き出すこともできず。逆にそこにもっと詰め込むように僕は息を思いきり吸い込んだ。


「富士子ぉぉぉお! ありがとぉぉぉおおお!!」


「やっぱお前最高ーっ!! 大好きだああああ!」


 ――また憎まれ口叩かれたって良い。

 僕はこの世界を助けに来た!


「皆、行こう!」




「皆を助けるんだ!」




 * * *


「よし、凡太郎。バリアーが解けた、ということはここからは一刻の猶予もない。それは分かるな?」


 頷く。

 今やマモンは常に自分の弱点をさらしている状態。極度の緊張状態にあり油断大敵、かつ、バリアーを嫉妬と他の補正を用いつつ修復しようと試みるだろう。

 バリアーがもう一度完成してしまえば先程とはまた違った作戦で破壊せねばなるまいが、いまや狙撃手が殆どいない。優秀な人は先の二人で出尽くしてしまった疑惑まである。

「よって最初にミステリの補正を狙おう。奴の背中を見てくれ」

 体を構成する「陰」がどろどろと溶け出し、山麓のような背骨が見えている。――「骨肉」らしい色をせず真っ黒というのが唯一の救いか。

 補正はその丁度真ん中あたりにあった。今はまだマモンが態勢を立て直すために最後の地上をその巨体に取り込もうとしている最中。


 ぶち貫くならば今しかない。


「今なら奴の動きもおとなしい。さっさと破壊して回復の余地を完全に断ち切ってやるんだ、急げ!」

「うん!」

 思いきり弓を引き絞り、聖光をまた矢の先に集約させていく。

 狙いを定め、さっと射った。

 矢は真っ直ぐマモンの背中目掛けて飛んでいき、物凄い轟音と爆音とを轟かせながらその背の補正を粉砕。

「よっしゃ!」

「あと二つ!」

「畳みかけろ、パーシー!」

「今度はどこ!」

「右の脇腹! 異世界ファンタジー、彼に味方する幸運も断ち切ってラスボス級の補正破壊の礎とする」

「了解!」

 ノリに乗っている! 今この瞬間に、今このタイミングで!

 先程と同じようにまた弓に矢をつがえ、引き絞り、ひょうどっと放ったところで――




 ――マモンが消えた。




 ……!?

「――! 上空!」

 虹の絶叫に皆が真上をさっと向いた。

 ぼだぼだと垂れてくる「陰」。途端に走馬灯が如くスローモーションになる周囲の視界。


 彼からとめどなく発せられる「死臭」。

 巨大な魚のようなその姿。大きく開かれた血のように真っ赤な口。


 や、やばっ――


【ルーメン!!】


 ――と、今にも巨体が僕らを覆い尽くそうとした正にその瞬間。

 ジャックがありったけの声量を以てして呪文詠唱。

 僕の胸にかけられていたペンダントが太陽のような瞬間爆発的光爆をぶちまけ、変異マモンを何とか退けさせた。(因みに悪魔サイドの僕は並々ならぬダメージを負った気がしたが親友補正で何とかなった――いや、ということにしておいた)

「な、何? 今の!」

「脱皮……じゃないか?」

「悪魔が? 脱皮するの?」

「したのは外側だよ。『陰』の生存本能」

 先程よりかはそのサイズが小さくなり、攻撃力や防御力などは下がった一方で俊敏性が上がったとのこと。なるほど、回避率で勝負を仕掛けてきたということだ。

 避けるのも当てるのも一気に難しくなった。

 この弓、「強欲」のおかげで射程も威力も誘導性能もバカ程高いが速射力だけがない。聖光の集約がなければ補正の破壊すらできない!

「どうしよう! これじゃ戦いにならないよ!」

 僕がそう虹に言ってる合間にもジャックはフレディの口に毒消しを放り込んでいた。変異マモンが高い跳躍力でこちらに向かってくる度にフレディに重大なダメージが入る。


 落とす気だ。


 考えるだけでゾッとする。


「だっ、誰か。誰かに応援は」

 ぱっと思いついたのは魔法陣で縛る手法。皮肉なことだが第一話から何度も受けてきた技故にすぐに思いついた。

「それ、誰ができるんだ」

「えっとえっと」

 ――悪魔王

「今、世界の崩壊阻止のために動いてる」

 ――あの、執着の黒魔術師は?

「同上」

 ――ファートムは!

「消耗が激しすぎる」

 ――守護天使の皆さん!

「奴を止められるだけの力は残っていない!」

 ――死神ズ!

「どっか行った!」

 ――マモン!!

「誰と戦っとるんじゃテメェは!!」


「ああああああああああああんっ!! お終いだああああああ!!」

「恐ろしいぐらい絶望的だな」

「もうマジで死ぬしかないいいい」

 ビービー泣きながら天を仰いでいたところ。

 ふと。


 遠くから何やらガシャガシャ聞こえる。地響きが鳴り響く。

「何?」

 一瞬気を張り詰めたところで――待ってたアイツはやってきた!


『どぉけどけどけぇーい!』




『とおーっ!』




 ウィーン、ガショオオーン!!

 巨大ロボットの豪快な飛び蹴りが変異マモンの腹を直撃!

 あれは!


「クライシスマン・親!!」

「は?」

「わぁー! ロボットだー! しかも男子の夢でしかできてないやつー!」


 読者の皆々には説明不要の巨大ロボットが横向きにじたばた暴れる変異マモンをガバッとしっかり羽交い絞めにしている。

『行けっ、行くんだベネノ! 僕ごとやれぇ!』

「博士! 今日はイカれていらっしゃらないんですかっ」

『それはどういう意味かなベネノくん! 全く君という子はLIARに何だかそっくりだね! 先に心配することがあるんじゃあないのかな!? ん!?』

「いや、会うのが久々すぎて何だか嬉しくって」

 へぇ、元々はこんな喋り方をするひとなんだぁ。へぇー。




『こらっ! 感心しとる場合か! TAKE2! TAKE2をしろ!』




『行けっ、行くんだベネノ! 僕ごとやれぇ!』

「博士っ! そんな無茶な! 『陰』がロボットに浸透していってる……! そのままいけばどっちみち博士もやられてしまいます!」

「何の茶番を見せられてるんだ?」

 ぼそっと呆れてる虹の顔はクロマキー合成的パワーで全く映っていない!

『そんなものは構わないさ、ベネノ!』


『友人から君のことを聞いたんだ。君は一途な男の子だって、頑張る子だって、めげない子だって!』


『世界のために、大事な友人のために立ち向かえる子だって!』


『……大事な息子のことをちょっと思い出しちゃったよ。に良いものを見せてもらった気がする』


 ……。

 ……


 その瞬間言葉の端々に滲む並々ならぬ決意を一気に感じ取る。

「どういうことですか?」

 僕の問いかけに博士は一瞬黙り、一瞬迷った後恐る恐る呟くように話し出した。

『……僕は君を倒すために仮の体をもらったに過ぎないんだよ、ベネノ』


『それがどういう意味かは君なら分かるだろう』

「……」





『時はきた。世界にお別れを言う時間だ』


『だから僕の物語を主人公である君の、友人の大切な友達である君自身の手で終えて欲しい』





『そのために手を貸す。どうだい、良い契約だろう?』


『僕はスーパーヒーローとしてこの生を終える!』


『これ以上幸せなプレゼントもない筈さ!』


『ははは、独断契約でまっこと申し訳がないね!』


 ――運命の書には存在しない筈のひと。

 ――昔から伝統的に歴史小説はその「中身」にて歴史を捻じ曲げても終わりのみは、彼らの行き着くその果てだけは「史実」に従ったものだった。

 ……。

 こんなに明るい口調で言ってるけれど、その胸底ではどんな表情をしているのか。

 ……さっきまでの茶番が嘘のようにちょっとしんみり。や、心の底では何となくそういうの分かってたよ。


 あれは、彼なりの嘘だった。そして、爪痕。

 誰かを助けたいという気持ち、誰かのためになりたいという気持ち。

 もう、今後永遠に叶わぬ願い。


 運命を紡ぐにあたって、こういう余計な因子博士のような存在は時には必要だ。

 唯、その間にも(マジで)「陰」がクライシスマン・親の体に侵入し、その内部組織を破壊、及び博士ごとロボットを自分の栄養に取り込もうとしているので時間がない。

 何だかんだノリだけは最高に良い登場だったけど、この物語に「遺言」を遺す気なんだと思う。否、そうに違いない。

 何か最後に叶うならば爪痕を残してやりたいって気持ちがちょっと見え隠れ。

 このひとは「この物語」の中では本当に最初っから最後まで変わらなかった。


 良い意味でも、悪い意味でも。


『ベネノ。君は友人と同じ、シナリオブレイカーだったそうじゃないか?』

「いいえ、シナリオブレイカーだったのは相方の方でした。僕は唯の手駒です」

『……そうか』

「でもきっとアイツはアイツなりに苦しかった筈です。だけど――」


「僕との日々が全部苦しかったなんて絶対に言わせません」


「絶対に彼を助けて、アイツの笑顔を真の意味で取り戻してみせる」

『とても頼もしいね』

「それが相方の役目、ですから」

 ふと、沈黙。

 多分コックピットで頷いた。そんな予感がするだけだけど。


『さあ、そろそろ、時間かな』


『あ、さっきまでの会話はRaymondにはくれぐれも内密で』

「嫌です。『あ』から『ん』まで全部ばらします」

『よしてやめてよぉ』

「だって、そう言うってことは知って欲しいって気持ちの裏っ返しなんでしょう?」

『そうじゃないってばぁ、今思っただけなんだってばぁ!』

 そこまで会話を続けたところでクライシスマン・親の体が不自然な曲がり方を始めた。もう時間がない。

 ファートムが意図的に捻じ曲げた運命の狂いもここで元に戻される。

 ――それは今は、僕の仕事。


「博士、どうかお元気で」

『僕の子どもたちによろしく!』


 すべての物語の終止符が打たれていく最終話。

 何かしらの爪痕を残したいどこかお茶目な博士。


 集約された聖光の眩さとその直後に閃いた花火のような光の眩さはどこか似ていた、そんな気がした。




 人智を超えた物凄い叫び声。耳を裂く音量に音域。黒板を爪で思いっきり引っ搔いたみたいな音がする!

 そんな絶叫を辺りに響かせながら変異マモンはまた脱皮を始める。今度は細身の龍になってこちらに襲い掛かってきた。

 ジャックがギリギリのところでフレディの体を反らせ彼の攻撃を何とか避けるが、その速度、攻撃の鋭さは今までのどれよりも洗練されている。


 しかしすれ違いざまに確かに見た!

 その腹にはぎらぎらと光る黄金の輝き!

 今までのどの補正とも格が違う!


「間違いない! 最後の補正、『現代ファンタジー』だ!!」


「全ての物語の伏線を担う存在、ストリテラの核を担う存在、そして――」




「――『陰』とマモンとを接着する大本の存在」





 ごくりと唾をのんだ。

 胸の中がすっと引き締まる気持ち。


「行くぞ、凡太郎! 彼を現世に引きずり出すんだ!!」

「うまくやれよ、パーシー!!」


 二人の仲間からの声援に頷きを以て返事とし、最後のアタックを仕掛けにかかる。

 あのでっぷりと太った「陰」の体からは全く想像もできないような細身の龍の体。まずはあのすばしっこいのを何とかしないといけない。

 あっと思った瞬間にはこちらに向かって鋭い牙を剥き出しにしながら迫ってくる。時折黒炎も吐き出してくるんだからやたら近付けない。しかしぼーっとしてたら確実に喰われてしまうだろう、止まって考える暇さえない。



 どうしようかと考えていたところ、絶大なエネルギー二つがその瞬間、僕らの両側横を通り抜けた。

「……!」

 あっという間もなく目の前を疾走する龍にぶち当てられる「雷撃龍」と「火炎龍」。衝撃波が辺りを揺らし黒龍がぐらりと怯んだ。

 それを放ったはまるでアクロバティック飛行を披露する飛行機のように僕らの両側をすうっと通り抜けて行き、斧繡鬼の背に乗る傷だらけの誰かが軽く手を振りつつ、微笑み過ぎていったのを目撃した。

 それは――





「和樹……!」





【霊充つるは山草に在り、時流るるは長良を遡らん】


【今、神仙の霊力よ札に集い、悠久を支配せん鬼の血よ迸れ!】


 山草家に代々伝わる神宝たる「札」を五枚構えながら詠唱。親指を犬歯で齧れば眠れる力がたちまち呼び覚まされた。目に血の色が溜まり、長良の鬼道が血と共に流れ、逆巻き、発現していく。

 彼の噛み切った指から膨らんだ血が札を真っ赤に染め上げていく。


【鬼道展開――逮繋たいけいの陣!】


 極めつけに放ったこの詠唱により札が赤く発光。それを逃げ惑う黒龍めがけて放てば、赤い筋を空に残しつつ彼を追いかけ、各々で五芒星の頂点の場所に陣取り、突破困難の赤い魔法陣でカッと縛った。

「はらい者」の渾身の「天網」に捕らわれ身をよじる龍。全然外れる兆しがないが油断は大敵。

「さあベネノ! 今だ!」

「凡太郎!」

「パーシー!」


 フレディで空を駆け、一気に変異マモンの元へと近付いていく。僕はその間これが最後と思いつつ、力いっぱい弓を引き絞っては聖光を例の如くその先端に集約していく。


「行け、ベネノ!」


 ――届け。


「やれ!」


 ――届け!



「世界に光を!!」



 ――マモンの元へ!!






「マモン、帰って来い!!」






 ――届いてくれ!!






 一発絶叫。

 矢は弓を離れて彼の胸元目掛けて一直線に飛翔していった。









 ひょうっ、









 どっ。






 * * *


 怪物の口から苦悶の叫びがサイレンのようにけたたましく鳴り響く。


 決定的な一打は狂いなく変異マモンの胸のど真ん中に撃ち込まれ、彼は胸から眩い光を放ちながらその身を悉く崩していった。

 へどろのようなそのすべてが地を覆い尽くすように流れ尽くせばその中から現れたのは華奢なあのひと。

 ベネノの瞳が見つけない筈はなかった。



「マモン――!」



 黒い烏の羽のような衣装に身を包んだ彼の目はどこまでもうつろ。しかしその姿はどこまでもどこまでも裏切りの前のあの優しい悪魔のままだった。

「出た……!」

 虹とジャックもごく、と息をのむ。

「寄せるよ、パーシー。――良いんだね?」

「うん。あの体から七つの大罪全部引き剥がしてやる!」





「……ま、す……な……」


「……マエ、タチ」


 しかし様子が変だ。

 何とか立ってはいるがずっとふらふら、頭を両手で抱えるように抑えてはずっと何かをぶちくさ言っている。


「邪魔、す、るな」


「邪魔、スルな――!」




「私の邪魔を、スるナアアアアアアッ!!」




 喉潰さん勢いで絶叫をすれば周囲に衝撃波が走り、地が割れ、禍々しいオーラのようなものがその裂け目から溢れ出た。

 それが再び彼の体をどんどん包んでいく。


「まずい、再構築する気だ!」

「どこにそんな力が! ――ウッ!」

 先程まで何でもなかった空間にまで「陰」の放つ毒気が一気に充満し、ベネノ達一行を襲う。

 それに対して皆で毒消しを分け合いながら着実に近付いて行った。


 しかし少しでも体力を無駄に消耗すればもう愈々落ちる。

 これ以上速度を出す訳にはいかないのに彼の再構築速度が速過ぎる!


「そんな、マモン!」


「行かないでお願い!!」




 すがるような思いで手を力いっぱい伸ばすと――


 二つの影がマモンを囲む「陰」の海目掛けて飛び込んで行った。

 言わずもがな、「悪魔王」と「執着の黒魔術師・ベゼッセンハイト」の二人である。

 彼らはその手を「陰」に突っ込み、自らの「支配領域」を爆発的に増やしていく。


「陰」を大量に、かつ、自在に操れる唯一の二人だからこそできる足止め。

 マモンの体に纏わりつこうとする「陰」の力と、その「陰」を我が物にしようと力を拮抗させる二者。


 その策はうまい具合に働いた。


「パーシー……! これが、俺らの限界だ!」

「ここから飛べるか」

 こく、と頷き、エンジェルに促した。

「気を付けて、パーシー!」

「勝利を勝ち取って来い!」



「行ってきます!」



「エンジェル行くよ!」

『うん!』


 少しフレディの背で助走し、「光済の杖」で滑空しつつマモンの元へと急ぐ。


 地上ではこれまで激戦を重ねてきた「陰の使い手」二者に、少しずつではあるが限界が迫ってきていた。

 少しずつ、マモンに取られ返されてきている。


「もう、少し……!」



 王の額に汗の玉がじわりと浮かび、靴が数少ない残された地表をずず、と滑る。




「もう……、……限界……!」


 その瞬間一気にその支配権を奪われた二者はごろりと後ろ向きに倒れ込み、逆に今まで抵抗され続けてきた「陰」は大きなドーム状の半円球の姿になって固まった。



「ベネノ……」


 父であるファートムがぽつりと呟く。


 姿は見えないが、




 果たして。


(つづく)

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