第三話 ベネノ、マドンナを目指す

天使の隠し子

『あ、ねえ先生!』

『ん? あんだい?』


『昨日ね、パーシーに会ったよ!』


 それがファートムの耳に入った時、彼は直ぐに「隠し子」のことを思った。


 * * *


 悪魔には「愛し子」という存在が居る。ファートムの作用による物語の暴走時、若しくは自分にとって気に入らない展開になった時に運命を大きく変えてくれるキャラクタのこと。要するに彼公認のシナリオブレイカーであり、キャラクタ達の人生を誰より大きく変える力を持つ。二人目を抱えたらしく暫く上機嫌だったが、その新人が自ら離脱したらしい。

 昨日の機嫌は最悪だった。


「まあ、嫌われて仕方ないよな。あんな性格してれば」


 そう思っていたが、それが何やら面倒そうなことになっているのだ。


 始まりは少しの違和感。助けに行こうと走った自分を彼が懸命に止めた。まだ間に合うタイミングだったのにもかかわらず、あんな言い方をするのが不思議でならなかった。――その時はアイツが手を下したのだと早とちりして殴りかかった訳だが。

 ……そうか、道理でその子を悪魔王が隠したがった訳だ。

「対俺専用の兵器として凡太郎を引き抜いたっつー訳か」

 だが彼の手懐けは上手くいかず、そのまま嫌われて愛し子の呪縛から逃げられた、と。

 ジャックの話から察するにそういうことらしい。

 嫌われて不仲になる分にはこちらとしても何かすっきりするので、それに関しては何も言わない。

 ……そう。ただ嫌われたならば良い。


 


 愛し子として選ばれたということは元よりシナリオブレイカーとしての適性があり、今までも無意識・無自覚の内に壊していた可能性があるということ。

 加護を受けず、魔術も使えない彼がこの「運命管理局」にて十分働けていたのも、その適性のおかげだったかもしれない。

 で、その能力が悪魔王の手によって強化された。そんな爆弾みたいな奴が宙にふわふわと浮いたまま、そこら中を彷徨っている。

「マズい。非常にマズい」

 その一言に尽きる。

 どれ位マズいかと言えばこの反動が別の物語にも影響を及ぼし始めているといったところか。


「現代ファンタジー」に新たなシナリオブレイカーの出現が確認された。


 * * *


「なあ杉田。シナリオブレイカーって、何だ?」

「ブッ」


 ある日の昼下がり。

 アネモイの問いかけに思わずコーヒーを吹き出し、盛大にこぼした。

「ああ、ああ、汚い汚い! 即座に拭け! 今直ぐ拭け!」

「わりわりわり……お前からその話が出てくるとは思ってなくてさ。コホコホ……何かあったの、コホ」

「まあ、な」

 紅茶を飲みながら綺麗な琥珀の瞳がこちらを見た。

 話を聞くと彼女が「神風フウ」という名で暮らす「現代ファンタジー」の世界に死神が現れ、「シナリオブレイカー」とのたまったという。

「シナリオブレイカー!?」

「だからそのシナリオブレイカーというのは何なのだと聞いているんだ」

「え、え!? あ、その……要は運命通りに生きない人の事だ。説明終わり!」

「ふうん……」

 説明が雑になってしまったのは許して欲しい。

 そこら中の物を散らかしつつ、「運命の書」を慌てて探すと確かにあった。


「境界を穿つ者」


 誰かは分からないが、運命の破壊者が「現代ファンタジー」に登場した。それを彼らがいち早く察知し抹消に動いているという訳か。

 それで納得しかけたが、その話にはもう少しおまけがあるらしかった。

「あに!? 死神がお前達を襲っただ!?」

「流石は闇属性って感じだよなぁ。この私が押されるとは思わなかった」

「ちょ、待て待て。は? 死神がお前達を襲っただ!?」

「何回繰り返すんだ」

「でも、いや、その筈は……」

「もごもご喋って一人で混乱するな。説明しろ。和樹にそのことを話してやる約束をしている」

「……じゃ、じゃあ言うがな」

「おう」

「驚くなよ」

「しつこい」


「死神が


 暫く沈黙が流れた。

 アネモイは暫くきょとんとしてから

「……は? じゃあアイツらは死神じゃないって言いたいのか? だとすると私が見たアイツらは誰だ」

と口元を引きつらせながら言った。だから驚くなっつったのに。

「確認する。取り敢えず特徴を」

「計二名。エメラルドの長髪に糸目眼鏡、茶髪のロン毛に髭」

「……前者は太刀を使って、後者は戦斧を使ってたな」

「およ、よく知ってるじゃないか」

「剣俠鬼に斧繡鬼……」

 がっつり死神の幹部じゃねぇか……。

「その顔は死神なんだな」

「おう」

「私の見立ては間違ってないんだよな」

「間違ってございません」

「ふうん……」

「はい……」


 ……。

 ……、……。


「じゃあつまりはどういう事なんだ?」

「……うふふふ」


 ……ですよねぇー。

 そう来ますよねー。

「説明しろ! ヤバいのか!?」

「え!? あ……」

 ヤバイ。「かなりヤバい」という単純な語で片付けても間違いない位にはヤバイ。(自分でも何言ってるのか分からない)

 ただこれを全て話して混乱させてもいけない気がして、どうしようかとまごまごしているとアネモイが苛立ったように立ち上がり、胸倉を掴みつつ顔を至近距離まで近づけてきた。

 彼女が持つ爽やかな風の香りと唇の厚みが心臓を跳ねさせる。


「話せ。さもなくばを潰してやるぞ!」

「神がマジ顔で言う事かよ! 恐ろしいな!」

「何を言う、私は本気だぞ。説明されなければ満足できない。栄光を地に堕としたくなければ早く話せ、今すぐ!」


 それで遂に折れた。

 丁度良いから君達読者にも説明をしよう。


「この世界では『運命の書』を持つ四神を中心とした『運命』の管理体制が万全に整えられている」


「それを俗に『シナリオ』と言うんだ」


 * * *


「確かお前はその四神の内の一神だったよな」

「その通り。俺こと運命神ファートムと悪魔王ディアブロで『運命の書』の執筆を行い、『生命』の運命を死神達が、『自然の動向』を龍神達がその書に従って管理する。俺が局長をやっている『運命管理局』の仕事はシナリオを進めるにあたっての最終調整だ」

「ふむ、なるほど……どの話にもお前の部下が紛れている訳だな」

「大体は子どもの姿をしているがな」

 例えば黒耀、ナナシ、ぺんぎん、それにリオ、ルイ、ピオ、他多数。

「そういう訳でこの体制が崩れない限りはまずシナリオブレイカーは発生しない」

「でもいるんだよな? 現実」

「そりゃシナリオ破壊の生まれながらの天才として生まれてきちゃう訳だから、そこは抗えない。大神様だって真逆丹精込めて作った人間が自分達の住む地球を少しずつ壊していく天才とはとても思わなかっただろ」

「……なるほどな」

「その為の管理者『死神』と『龍神』だ。ヤバい奴は彼らに抹消してもらうか、それでも駄目なら『悪魔の愛し子』みたいに逆にこちらの手駒として引きずり込む」

「ほう。それで運命の管理が上手くいっていた訳だな」

「そ」


「……だから無関係のキャラクタを襲うというのはおかしい訳か」

「大分おかしい。そこから崩れるっていうのは相当だ――だって四神だぞ?」


「考えたくはないが俺達が存在する為の基盤『ストリテラ』が狂い始めた可能性すらある」


「そのシナリオブレイカーのせいで、か?」

「そうだ」

「そしたら……下手したら……」

「ストリテラは消失する。小さな辻褄のズレは大きな齟齬を生むものだ」

 ふうむ、それは困ったな……と唸って紅茶を一気に一飲み。

 自分もコーヒーを啜った。

「原因の心当たりはあるのか?」

「……まあ。まだ確証は無いけれど」

「食い止められそうか?」

「それが様々な物語を転々としているらしい。二つの物語が消失したのはアイツの仕業だと俺は思っている」

「……」

「今回の『境界を穿つ者』も、あるいはアイツなのかもしれない」

 シナリオブレイカーである為の最低条件。

 一つ、「運命の書」に書かれる二つ名の特徴に見合う者であること。

 一つ、運命上に二名以上同一人物が確認出来る事――今回の場合に言い換えれば名前を沢山持っている人物のこと。

 そして最後、合計百年以上生きている事。

 どれも凡太郎ならば当て嵌まる。

「そしたら彼らには何と伝えれば良い?」

「取り敢えずシナリオブレイカーの基本情報だけを与えて、死神がどうして襲いかかって来たのかについての理由を探るよう誘導しろ。出来るならばそのシナリオブレイカーを突き止めた上で排除を依頼しても構わん」

「良いのか?」

「人手は多い方が良い。――だが裏事情だけは伏せておいて欲しい。読者もキャラクタ達も混乱する可能性がある。黒耀とナナシにおいても例外なくだ」

「……分かった。お前は?」

「こちらはこちらで手を打つ。どうやら次は『恋愛』の世界へ行くらしい……それを追って『隠し子』に探らせる」

「それで世界は救えそうか? 英雄ヒーロー

「分からん。だがやってみるしかないだろう」

「……」

「きっと暫くはアンタにも会えなくなるな」

「……そうか」

「大丈夫。アンタだけでも俺は守れるように尽力するさ。その為にも舞台が無くなるのは困る」

 彼女の柔らかく小さな手を取り、引き寄せ、うなじに手を置いて彼女の口を塞いだ。そのまま喉を滑る。

「これが最後にならないようにするまでだ」

 惜しむように静かすぎる彼女の体を抱き締めた。

 世界を失する。彼女を失う。

 子ども達を失う。

 恐怖が無いと言えば嘘になる。

「……もしもの時は子ども達は任せろ。お前はお前の子ども達を守るんだ」

「……」

 きっと長い戦いになるに違いない。


 * * *


「ああ、頼む。――そうだ、黒髪の男の子。彼のの名前と、動向、所在、目的が知りたい。協力者がいる可能性もあるから、それについても」


 ――「天使の隠し子」。

 別に浮気をしている訳ではない。

 要は「悪魔の愛し子」と同じ存在だ。


 彼の秘蔵っ子である。


(つづく)

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