可愛いです、主!
「可愛いです、主!」
「……未だかつてこんなに速くタイトル回収する話があっただろうか」
はちゃめちゃに楽しそうなマモン。可愛いを連呼してはきゃっきゃ言ってる。
で、彼の真ん前で着せ替え人形にされてる僕。男の娘ってやつでしょ? これ。今流行りの。
「いや、冗談抜きで可愛いですよっ、襲われそうになったら私が守りますからねっ、ご心配なく……っていうか主は十分強いですから、襲われそうになったらやり返すってのもありですねっ!! ははは――あ、これ相当面白い絵面だな。ビデオ回しときますよ、遠慮なく襲われてください」
笑いを堪えながらずっとくっちゃべってるマモン。
――っていうかそんな危ない所に連れて行くつもりなんですか!? マモンさん!
「いやはやぁ、主の童顔には助かりました。ウィッグ付けるだけでこんなに可愛い見た目になるなんて! ――ってか、や、マジ女の子じゃないですか、良いなこれ……写真撮ってジャック氏に送っちゃおうかな」
「やめてよマモン!! それだけは勘弁!」
こんなに上機嫌になってマモンが着せ替え遊びをしてる理由。
原因の一因は……情けない話だが、実は僕にある。
話は遡ること数分前。
「そろそろさ……。『恋愛』の話に行きたくない?」
* * *
「モテたいんですよ」
「動機が不純過ぎでは」
紅茶に浸した麩菓子をあむっと頬張りながらマモンが即答。
――分かってるよ、僕だって分かってる。安心して。
でも言いたい叶えたい、この欲望!
「歩いてるだけでチラチラ見られるようなモテ男になりたいんですよぉ!」
「だから主人公補正が欲しい、と?」
「ええ、そうです!」
恥ずかし気もなくズバリ言い切った。
最近気付いた。こういう願いは言ってかなくっちゃ変わらないと!
特にマモンくんに聞かせないと叶わな――いえ、敵わないと! あの生まれつきイケメン達には!!
「ほぉ。貴方も大層な欲張りに成長しましたね」
紅茶に麩菓子を浸しながらびっくりしたように言うマモン。
「隣で毎日強欲が寝てれば、そりゃあねぇ」
「ふふ、まあ良い事ですよ。私の力は主が欲張りになればなるほど強くなるのですから。寧ろ期待していた展開でした」
「……っていうかさ、いつ聞いてもそれ凄い設定だよね。僕がずっと謙虚だったらどうしてたの?」
「そりゃあちょっと欲張りの唯の上位悪魔に留まるばかりですね。沢山麩菓子が食べたいぞ! って言って駄々こねる位の」
「ふうん」
駄々こねる上位悪魔って逆らえないじゃん。十分強いじゃないか。
「だからこれは良い傾向です。――よし。そうと決まったら直ぐに実行しましょう!」
紅茶と麩菓子を腹にしまいすっくと立ちあがるマモン。
スーツのジャケットを羽織りシルクハットを被って、彼は眩いばかりの笑顔でこちらに近付いてきた。
「ところで、本当に『恋愛』で良いんですね?」
「……? うん、良いけど、どうして?」
「本当に?」
笑顔のまんまそうやって迫ってこられるとちょっと不安になる。
「良いんですよ? 今ならまだ間に合います。SFとかでも全然私は構いません」
「な、何を言いたいんだよ」
聞き返すと突然マモンは演技モードに入った。
カッとスポットライトが当てられ、彼のいかにもわざとらしい悲しそうな表情が印象的に現れ出でた。
「嗚呼、主、私は心配しているのです。年齢イコール彼女いない歴とかいう少年が突然恋愛の世界に入って恥ずかしさの為に爆散してしまわないか」
「そんなになる訳はないだろ!? 僕のこと何だと思ってるんだ!」
「恋愛界のひよこちゃん」
「馬鹿にしすぎだ!!」
ぴよぴよ! 僕、恋してみたいぴよ! 恋の為に旅に出るぴよ! ――ってんな訳あるかい!
「……とか言いつつ素敵な女性に出会うと直ぐにまともに喋れなくなる癖に」
ギク。
そ、それはそれ、これはこれで!
ああううう……。
ああああああああああああっ!! もう!!
「と、兎に角! 何と言われようと僕は『恋愛』の世界に入るんだ!! もう絶対に覆したりはしないからな!! 以上!!」
両手をぶんぶんやりながら一息に叫ぶとマモンは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
「言いましたね?」
「言った」
「天に誓いますか?」
「しつっこいなぁ、だから何なの?」
「ふふふ……」
そこで何やら怪し気に笑うと僕の両手を取ってにっこりこう言ってきた。
「それでは女の子に化けてみましょうか!」
……。
……、……。
「え」
「え――って、『恋愛小説』の主人公は女性ですよぉ、若しかして主は『ラブコメ』知らないんですかぁ?」
「え?」
「嗚呼このマモン! 実は不思議に思ってたんですよぉ、ミステリの時に恋愛小説とは言ってもラブコメって言わないなぁこの人はって。――が、真逆本当に知らないとは。へぇー、そうだったんですねー」
「え!?」
「はい、それじゃあお洋服はこちらでお出ししますから、急いでお着替えとすね毛とかの脱毛をしましょうね。あ、化粧水とか保湿剤とか使いますか? まあ、眉毛整えて色付きリップ付けるだけでも大きく違ってくるんですが……云々ぺらぺら」
「え、え!? え!!?」
マモンの意外過ぎる知識と突然始まった準備に驚いてる内に後ろからわしっと猫でも持つみたいに僕の体を抱くマモン。
「さ、お着替えしましょうねぇ」
「え、あ、あ……」
いあああああああああああ!!!
だ、騙したなああああああああっ!!?
若しくはわざと伏せてたんだろ! この野郎めは!!
「暴れるな!」
そんなん聞いてなあああああああい!!! 聞いてなぁい、聞いてなーい、なーい……(自前エコー)
そうして今に至るのである。
* * *
「それではベネ子ちゃん……今回の物語なんですけど……フフ」
「笑い堪えながら言うんじゃないよ、傷つくだろ」
「いや、主、可愛いですって……フフフ」
……や、こんなの、ウィッグ被った唯の男子じゃないか。男特有のこの骨ばった四角い体型でセーラー服着ると最早その場はバラエティー番組と化すんだよ。
絶対文化祭で男子が一人は着るやつじゃんか!
恥ずかしくて鏡も見れない……この格好で本当に行くの?
「じゃあ、物語の説明……始め、ますね、フフフフ」
この後もずっと笑いながら説明していた為に、とんでもなく聞きづらかったが、一応要約を書くとこうだ。
舞台は『スクールアイドルになりたいっ!』。主人公の
これがこの物語の概要だ。
「今回は前回のように補正に大きな力がある訳ではないので簡単に取れると思います。なので折角ですから彼らが恋に落ちる正にその瞬間に取ってやりましょう」
「お前、最低の極みかよ」
ドン引きしながら言うと、彼はちっちっちと指を振り
「残念ですが主、物語の主導権を握るにはそのタイミングが一番良いのです。目の前で早速違う女に心変わりする相手役の男。主人公の心はそれだけでズタズタです。これが一番簡単でかつ、一番物語を大きく変えやすいんです」
とかのたまう。
「……」
「――嗚呼よよよ! マモン、本当は心が苦しいんでございますよ! でも……ほら、物語破壊の、為ですから……フフフ」
マジか、お前。ってか泣き真似とかしてんじゃないよ。本心が最後の三文字から駄々洩れてんだよ。
「もう一度敢えて言うけど、お前、最低の極みかよ」
「そうして補正を取りましたらいつもの通り、彼の愛する千草を演じながら物語が辿るべき終幕とはずれたエンドを目指していきましょう。そうしてシナリオブレイク。晴れて三つ目の補正を手に入れられる訳です」
うわあ、そんなことにっこり笑いながら言うんじゃないよ! ってか泣き真似を一瞬でやめたな!
お前、本当にそういう所!!
「でもそうは言ったって、主。もしも今回『ラブコメ』に行くことになっていたら主人公がはべらす予定だった沢山の女の子をまるっと頂くつもりだったんでしょう? 今回のと何が違うんですか? しかも頂く量はこちらの方が少ないですよね」
「う」
さ、最後のは何かちょっとズレてる気もするけれど……。
「それに、世界の王たるには出来るだけ沢山の補正が必要です。存在する全てのジャンルの補正を手に入れずともこの作者が書く物語の補正を手に入れられれば良いんですから」
「……」
「一応言っておきますと、女子を演じきれるかどうかということに心配を置く必要はありません。主人公の女子から恨まれて刺されそうになってもミステリの補正が貴方を完璧に守ります。前回『陰』をその体にべたべた巻き付けられても死ななかったのは『ミステリ』の補正のおかげでした。それと、スノードームの閃きも。それに前回手に入れた『異世界ファンタジー』の補正の特徴は『勇なる者に加護を与える』、そして何と言ってもその『煌びやかさ』。誰もが自然と貴方にその視線を向けることでしょうし、自分から突っ込んでいけばいくほど貴方は輝くのです」
「……」
なるほど……。
タイミング的にもこれはこれで良かった訳か。
「後は、それをどう活かすのか。それとも殺すのか」
「意外と難しいシナリオですよ」
そう言って微笑を浮かべるマモン。
……こいつ性格悪いし、変なところも抜けてるところもある癖に、説得力とか頼もしさとかそういう格好良いスキルは振り切れてるから、嫌な感じ。
――や、満更でも無いんだけどさ。そこがコイツの良い所に違いは無いから。
「さ、行きましょうか。新しい展開を物語は待っていますよ」
「お、おう」
「お手を。――ベネ、子ちゃん、フフフ」
「あ、待って。やっぱ一発程度殴ってからで良い?」
(つづく)
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