野上千草

「主、主」

「何よ」

「その『猛毒』使って、私の背中で一体何してたんですか」


「惚れ薬作ってたにに決まってんじゃない!」

「何がそんなに不安なんですか!」


 * * *


 降り立ったのは明治高校の通学路の近くの空き地。今日、入学式で新たな子ども達を迎える高校の周囲はお祝いムードと浮かれた雰囲気で盛り上がっている。

 補正を取っていない現時点ではまだまだ僕らは不審者二人組。補正を取って学校に馴染むまでは目立ってはいけないし、安心も出来ない。

 それじゃあ何で先に変装した……ってそんなの聞かないでよ、そこの麩菓子の悪魔に聞いてよ。

「大丈夫ですよ、主。貴方には二つの補正があって、それが貴方の命を完璧に守り、かつ、貴方を主人公として際立たせてくれます。堂々としていれば良いんですよ」

「こんな、男子がウィッグとセーラー服付けて登場しただけみたいなフォルムで!? こんなフォルムで!? お前何言ってんだ、職質だぞ下手すれば!!」

 真逆「堂々」と言う言葉がその口から出てくるとは思わず、胸倉に掴みかかって頭ガクガクの刑に処した。

 だーれーのーせーいーだーとー思っとんじゃぁ!

「何泣いてるんですかぁ! 可愛いって言ってるじゃないですかぁ!!」

「紅茶に麩菓子浸してモリモリ食ってるような奴の美的センスなんて端から信用してねぇんだよ!!」

「私じゃなくて、主人公補正を信用すれば良いんですよ!」

 やめてーなんて可愛く言ったって無駄だからな! お前こそ暴れるな!

 そうやってかなりの大喧嘩ぶちかましている間にも通りすがりの高校生が「オモロー」とか言って写真を撮ってくる。

 ちょ! テメェ!!

「ぉわ、ちょ! やめてください主! 目覚めたてほやほやの『猛毒』を無力な一般人にぶつけるなんて小人ゲスの行為ですよ!」

「うるせぇ!! 僕の羞恥心とか尊厳とか色々返せ、コノヤロー!!」

「落ち着きなさい! 十分可愛いですって!」

「もう馬鹿にしてるようにしか聞こえねぇんだわ! その台詞!」


 その時。


「……! 伏せて、ベネ子!」


「あうー! その呼び方やめ――っ」

 反論しようとしたその瞬間。確かにそれは聞こえた。

 頗る明るい雰囲気、舞う花のような多幸感、そして何故か作品全体に流れるオーケストラ。

「これ……ディ○ニーのとこの曲?」

「『生まれてはじめて』。彼女をよく表す曲ですね。――まあ全てが彼女の人生に沿っている訳ではないですが、曲の雰囲気はもうぴったりでしょう」

「本当だね……」

 というか著作権とかは大丈夫なのかな。

 歌が始まった途端、彼女は現れた。

 艶やかな濡れ羽色の髪、まん丸の可愛らしく大きな目、そしてふわりと広がるセーラー、白い肌を飾る彩雲の頬。

 踊りながら走りながら歌う彼女のそれはさながらミュージカル。

「改めてご紹介しましょう、主。彼女が野上千草」


「この作品一の大物です」


 唾を知らず飲み込んでいた。


「追いましょう」

 マモンに言われてそろそろと後をついていく。

 会う人会う人に挨拶をして回り、お菓子とかを貰ったりしている彼女は歌が大好き。皆に見られているにも関わらず大声で熱唱し、楽しそうに踊ったり走ったりしてはそこら中に幸福を振りまいていく。


 これが、ヒロイン。

 なるほど、大物だ。


「彼女はこの時点で既に演劇部所属を熱望しています。それが駄々洩れているこの様子を偶然藤森先輩が目撃するのですね」

「あ、あの一目でイケメンと分かる男のことですか」

「そうです。彼女を目で追いかけているあのひ――ちょ、だから『猛毒』はまだ! キーパーソーンですよ! 貴方の未来の彼氏!」

「グルルル……」

 そんな今から将来が楽しみな少女はこの恋愛小説の主人公。大物とて、恋には勝てない。

 すれ違いざまにたまたま目が合った藤森先輩に思わず頬を赤らめる。

「あ」

「お」

 ――その様子に思わずマモンと二人で素っ頓狂な声を出した。

 僕らと違って恥ずかしさから声も出せなくなった彼女は、頑張って彼の視線に気付かない振りをしながら街角を曲がり、そこで顔を両手で隠しながら

「目が……合った……!」

とか小さく言う。

 おまけのちっちゃなガッツポーズ。

 あー……! 男殺し!

 可愛い、百点満点! 花丸あげます!!

 しかも彼とは違う遠回りのルートをそのまま歩み始めた。そしてそのまま恋の喜びに身を躍らせながら歌は二番に入る。

 恥ずかしい、からか? 見るだけでどきどきしちゃうからか!?

 そして嬉しいから歌が盛り上がるのか!?

 可愛いが過ぎるな! この子は! だいしゅきでしゅっ!

「どうやらあれを見る限りだと藤森先輩に憧れてこの学校を目指した節もあるのでしょう。その後、憧れを飛び越えて恋仲になるとは知らずに」

 ……マジ藤森、どうにかしてやりたいな。

「やめておきなさい、心の声が駄々洩れですよ」

 う。


 オ、オホン!


「ねえ、マモン。ところでさ」

「何、ベネ子」

 さらっと出たその呼称に思わず血管が浮き上がったが物凄い精神力で耐える。

「あのカワイ子ちゃんは生まれた時からあんなにカリスマ性溢れる人だったの?」

「そうですねぇ、幼い頃から歌と演技のセンス溢れるいわば天才少女だったみたいですが……良い意味でも悪い意味でも目立っていたようですね」

「悪い、意味?」

「先も説明はしましたが、暗い過去を持つ彼女。どうやらその心のうちには二面性があるようです」

 そう言って指した先。

 突然彼女が歌をやめて大人しくなる道があった。今まで恋の喜びに浮かれっぱなしで気付かなかったのだろう。しまったという顔でその静かな道を見つめる。

 彼女の後ろに見えたのは――明治中学校。

 傍をゲラゲラ笑いながら歩く女子グループを見つけると電信柱の後ろに隠れるように逃げ込んでいった。

 あー……。

「いじめ?」

「でしょうね」

 制服を見る限り、嫌なことに彼女らと千草は同じ高校に通うらしい。

「根が優しく、おまけに常時目立つあの明るく朗らかな雰囲気。誰にも相談が出来ず、強者からいじめを受ける日々。中学校や、その周りでは自然と喉が閉じてしまうんだそうです」

「何てこと……」

 敢えて繰り返すけど、僕らそんな過去を抱く子を襲うの。

 ねぇ、マジで言ってんの!? ねぇ! ――や、僕も共謀者なんだけどさ!

「運命的な出会いは高校に入ってから。良い親友に先も申した藤森先輩。そして切磋琢磨する最初は嫌な雰囲気の憎めないライバル。そうして彼女は少しずつ自分の苦手を克服し、運命を切り拓き、恋を実らせ、人生を変えていくのです」

「高校で勝ち組に急成長していくわけだ」

「言い方をもう少し変えてみましょうか、主。彼女は『過去の暗闇から逃げる人生』を『過去を乗り越え、先を見据える人生』に変えていくのです」


「そしてそれは、この入学式の日から心に決めていた変えるべき人生の目標だったのです」


 女子グループを何とか切り抜けた彼女は、先のグループとは違う道を通りやがて校門前へ。

 入学おめでとうの看板、花弁舞い散る桜並木。

 ――その明るい雰囲気とは裏腹に彼女の背に重くのしかかる「学校でのいじめ」という暗闇。

 葛藤を繰り返しながら彼女は明るく生きる方を選んだ。

 そうして人生を変えていくのだと。


 その決意を胸に、彼女は歌のクライマックスと共に校門を過ぎていく。


「応援してあげたくなっちゃうねぇ」

「彼女の人生の可能性を根元から断つのはちょっと気が引けますが……これも補正を手に入れる為です。見納めといきましょう」

 周囲の呆気にとられる目と、一人楽しそうな彼女。

 未来のライバル、気が合いそうと一人静かに思う未来の親友とも

 全ての出会いがこの広いようで狭い校庭の中で行われる。


 そうして最後のロングトーンをしながら正面玄関まで走り込んでいった彼女の後を追い、手を取った人物がいた。


「君! さっき通学路で歌ってた子だよね!?」


 ウゲ!


「是非とも演劇部に入らないか!」


 出た! 藤森!!


(つづく)

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