博士を追え

「べんべんー、コイツ元からこんな奴だったのか? 何か初めて会った時と印象が、なんというか……大分違うんだが……」

「え? えっと、あはは……どうなんでしょう? 実をいうと僕もこんな姿見るのは初めてで」

「『嫉妬』かねぇ? おい、『嫉妬』なんだろ。何とか言ったらどうなんだい」

「……」

「ディアブロさんに言いつけちゃうぞ」

「……」

「参ったなぁ、無視かよ」

 針鼠に変身し、肩に張り付くマモン。さっきから時々刺さる針が痛い。

 どっちが行くの行かないのという話になり、効率だなんだみたいな話になり、何だかんだあって無理矢理引っぺがされそうになった結果、最終的にマモンが「触ると痛い」でお馴染みの針鼠になることでその場は収まった。……収まったというよりかは、話が進まなくなったの方が正しい。ほぼ籠城である。

「まぁ、俺の癖も悪いよな。情報を買う時はなるべく波立たせないようにって努力はしてるんだけどねぇ……どうも昔の癖がさぁ」

「昔? 何かやってたんですか?」

「ん? 俺? ――ふふふー。その手には乗らないよ、ベネノくん。おいさんから情報を買う時は何か代償を支払わないと」

 ……ちぇ。

 そういうとこはしっかりしてんだなぁ。

「そーゆー悪い癖が色んな所で滲み出てるんですねー」

「何? アンタにだけは言われたくないかなぁ」

「つーんだ!」

「あ、今そっぽ向いたな! お話し中だろうがよっ!」

「主、この親父煩いのでポケットに入れてください。私は主のぬくぬくポッケの方が良いです」

「親父って言ったなァ!? まだジジイの方が嬉しいのに!」

「しつこいですー」

「ジジイに訂正しろ! その方が格好良く聞こえる!」

「しつこいですー!」

 移動中に体中ちょこまか走り回る針鼠とそれをドタバタ追う情報屋。

 勝手に自分の中で神格化してたけど、怜さんってこういう一面もあるんだなぁ。ギャップ萌えとか親近感も勿論だけど、それより何より兎に角煩い。

 まあ、喧嘩する程仲が良いとはよく言うけどさ。

「それで怜さん。本当にこの先に幹部クラスのレダヴの民が居るんですか?」

「居る、よ! ――おーし捕まえ……アーダダダダ!!」

「高貴な悪魔にそうやすやすと触らないでください! 未来の王なんですよ!」

「だとしてもそんなに本気で噛むな!!」

「主、ぬくぬくポッケに入れてください。この床冷たくて寒いです」

「あ、話逸らした! そういうの何かずるい気がする!」

「何がですか? 何がずるいんですか? 小動物は寂しいと死んじゃうんですけど!?」

「それうさぎじゃん!」

「うさぎって誰が決めたんですか!」

「世界だよ!!」

「……」

 ……ほんっとうに煩い。

 二人の好感度ゲージがマイナスぶっちぎる前に早くやめて欲しいかなー。


「で、さっきの話の続きなんだけど」

「いちゃちゃちゃ、いちゃい、いちゃい!」


 針鼠マモンの口をぐいぐい引っ張りながら説明の続きを話し出す怜さん。

「この先――この街の中心部に存在するあのビルディングの中が幹部クラスの居住地となっているらしい。だから」

 言いつつぽいっと針鼠マモンを投げる怜さん。


 ぽて。

 ビーッ、ビーッ、ビーッ!!


[Дξй!! Дξй!!]

「きゃーっ!?」


 何やら険悪な雰囲気の警報と警戒アナウンスが鳴り響き、針鼠をビームで容赦なく追いかけ始めた。

「――このように一定ラインを勲章も持たずに勝手に踏み越えちまうと、大変なことになるってこったな。要は認証って訳よ」

「ほへー、ハイテクだぁ」

「主助けてー!」

 二人だけで来てなくて良かったなぁ。

「そこで! ――よっと」

「はひーっ、はひーっ」

 釣り竿の先にカッテージチーズの入った小さな器をくっ付け、ぶら下げる怜さん。それにマモンが縋りつき、危機一髪釣り上げられた。ちょっとチーズにかじりついて、美味しい美味しいと泣きながら口をもぐもぐさせていた所に怜さんがずいと詰め寄る。


「『強欲』の悪魔さんの出番になるって訳だ」

「もむ……!?」


 * * *


「うー……不服です……主以外の命令に従うなど……」

「けっけっけー。ベネノが人質だぁ、オラオラァ」

 いつの間に着けられたのか、犬みたいな首輪とリードにうんざりしているマモン。(ちゃんと元の姿に戻っている)

「だから貴方と一緒の行動は嫌だったんですよ……面倒臭いことになるし、目的も謎なままだし」

「だからー、難儀してるアンタ達を博士の所まで導いてあげようって寸法でさ」

「そういう所も何だか疑わしい」

「……若しかしてお前ぇ、『恋愛』の時からそれ思ってたんか?」

「当たり前じゃないですか。主に一旦毒牙を向けた者は全員敵ですよ。主が好感持ってる様子だったので私も好感を持っているように演じてはいましたけど」

「ふーん、忠誠心は本物か」

「当たり前です。さっきから言ってるじゃないですか」

 そこまで言って深ーい溜息をつく。一度さらけ出しちゃえば隠す必要性もなくなる。あれが怜さんに対する彼の本心ということなんだろう。

「それで怜さん、これから何をするんですか?」

「『強欲』の能力、それは『意識の干渉しない無機物に対して絶対の支配権を持つ』。そこら辺はべんべんも知ってるな?」

「はい」

「ここは。――ということは?」

「……!」

「その顔は分かった顔だな」

 にこ、と笑む。そんな彼は懐からリボルバーを取り出し、弾丸を込め始めた。

「それいけやれいけ、もんたんー! 俺達を幹部の所まで引っ張っていくんだぁ!」

「頑張って、マモン!」

「はぁ、やれやれ……主に気に入られていることを感謝してくださいよ、全く。契約も結んでいない相手の世話は基本しないんですから」

「グチグチ言わんと、とっととやれー」

「……」

 不満そうにぎろっと怜さんを睨んだマモン。直後、すっと前に突き出した左手でパチッと指を鳴らした。


 バチバチッ!! ボカン!!


 火花を散らしながら全ての監視システムが破壊・爆破され、所々で黒煙が上がる。電灯や設備も所々で故障、システムはダウン。各地で大騒ぎになった。直ぐにさっきのそれとは違う警報機も鳴り始める。

 UFOも困ることはあるのか。

「己のことは己がよく知っている。理解不能なアクシデントに陥ることがある『デジタル』に全てを委ね己の可能性を放棄すれば、いつか崩壊した時に共に崩れ去る。そんな『人間性を残す必要性』をSF文学だけが強く、強く主張していた」

「誰かの言葉ですか?」

「俺達の後悔さ。――さ、行こう。ここに最強のバグがいるんだ、今の内に中からぶっ壊してやろうぜ! それ行けもんたーん!」

 先程、針鼠を容赦なく追い立てていた監視システムが黙っている内に幹部クラスの居住ビルの入り口前に侵入。扉を固く閉ざす鍵を手にしたリボルバーでぶっ飛ばし、次いでマモンが扉ごと蹴ってぶっ飛ばした。

「情報屋、次はどこへ」

「上がれ! 地下を壊せば俺達も死ぬ!!」

 何があるって言うんだ……。

 勢いよく綺麗な螺旋階段を突き進む三人。そこに前方から警備ロボットが突っ込んでくる。

「主、下がって!」

 視界に入ったそれらを空中に持ち上げ、自分達の後ろへ投げ飛ばした。その衝撃に固いボディーは耐えたが、勢いを殺すことは出来ず、ゴロゴロと転がり落ちていく。辛うじて残った個体は怜さんがリボルバーでぶっ倒した。

「離れるなよ、べんべん。勲章を取るにはお前が必要不可欠だ。それまでは俺達が守ってやる」

 肩をしかと抱き、レーザーの出る装置を瞬間、破壊する。収納されていた壁から飛び出し、ビームが出てくるまでのほんの零コンマ何秒間の出来事。

 か、格好いい……!

「次だ! その角を左――危ない!」

 突然鉢合わせた別の警備ロボットを、襲いかかられる寸前で撃ち抜いた怜さん。しかしその背後から先程落としたロボット達が……!

「怜さん!!」

「グ!」

 僕を抱き締め向こうに転がった所で、何やら騒がしい金属音が派手に響き渡る。恐る恐るそちらの方を見るとマモンの持つ大剣に刺し貫かれ、完全に破壊されたロボットの数々が。

「主、怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫……」

「俺は、俺の心配は」

「主がご無事なら何よりです」

「おっ、おいさんのことは」

「盾は黙っていてくださいよ、無機物の癖に」

「えーっ!? 辛辣ーっ!! おいさんは生きてるんだぞー!!」

「煩い、盾」

「酷いー!」

 本当は気が合うってやつなんじゃなかろうか。

「何か、バディみたいだね」

「「こんな奴とバディなんて冗談言うんじゃない!!」」

「真似すんな!」

「そっちこそ真似しないでくださいよ!」

 やっぱり仲良いよ、この二人。

 そんなこんなで言い合いしている内にどんどん出てくる警備ロボット。今度は犬型までご登場。地球の生物をコピーでもしたのかしら。警備ロボットがヒト型なのも若しかしたら……。

 ゴクリ、と唾を飲んだ。汗がつ、と頬をなぞるように通り抜ける。

「ほらぁー! お前がいつまでも口悪いせいで沸いて出てきちまったじゃないか!」

「湧き水みたいに言わないでくださいよ、湧き水に失礼です!」

「ねぇー、湧き水こんこん敵もこんこん、雪もこんこん……煩いわ!」

「全然面白くないです、そのノリツッコミ」

「お前がけしかけたんだろーがよ」

「乗ったのは貴方でしょうが」

 そちら側を一切見ずに遠距離からどんどん敵を倒していく二人。瓦礫、ガラクタがどんどん積み上がっていく横で当の本人は夫婦喧嘩でもしてるみたいにガミガミ言い合いをしている。

 本当、何者なんだよアンタら。

 ――と。


 ピシュウウン。

 ズガアアアン。


 言い合いをしている二人の間を駆け抜けるようにビームが飛び、彼らの毛先をちょっと焼いた。向こうでは蒸発しかけ、液体みたいになった床が沸騰している。

 キリキリと壊れた玩具みたいにそちらの方を見やると蜘蛛みたいに壁やら天井やらを這ってこちらに照準を合わせている無数の小型ロボット。

 怜さんが試しに二、三発撃ってみた。

 全部固い装甲に阻まれ、ガキンガキンと弾かれる。

 無傷。


「……」

「……」

「……」


[シンニュウシャ! シンニュウシャ!!]

[ハイジョシマス、ハイジョシマス!!]


「逃げろ!!」


 怜さんの大声に反応して三人揃って逃げ出した。

 まずいまずいまずい、まずい!!


(つづく)

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