博士を追え-2

「逃げろ!!」


 怜さんに抱き上げられて、三人で逃げ出す。それでもビームは容赦なく僕らを追ってきた。マモンが「強欲」の力で支配をしようと試みるが何故か通用しない。――ええっ!? 何で!

「コナクソ!」

 ビーム放出部分をリボルバーで一発。しかし数秒経てば直ぐに回復してしまう、とんだ永久機関だ。

「どういう事なんですか、コレ!! 絶対倒せないじゃないですか!!」

「べんべんは数多くの物語を渡っていると聞いてはいたが……知らないか? シェリング――否、Schellingのことを」

「しぇ、しぇ?」

「Schelling」

「しぇり、しぇ……何でわざわざ英語で表現するんですか? 分かり辛い……」

「それはXXXX年のこと。科学の飛躍的な進歩により人工知能と人間が共に暮らすようになった時代のこと。その際、余りに互いの見分けがつかなかったので名前の表記でせめてもの区別をしようとしたんだ。龍淵語表記か英語表記かでな」

「それで、英語表記が」

「人工知能を指す。Schellingはそいつらの親玉だ」

「しええっ!?」

「彼の発明は画期的だ。死を無意識的に恐れた彼によって造られた次世代の人工知能は死を知らない。ボディーは頑丈、通常錆びるなどして使い物にならなくなる各部品も新しい技術である『体内の再生促進部』により故障、破損を即自的に修復」

「無敵じゃないですか!」

「そうその通り。こうやって特別な機械でシャットダウンしてやらないと永遠に生き続ける。まるでゾンビだ!」

 振り返りざま、昔のゲーム機みたいなシンプルな箱型機械を追ってくるロボット達に向けた。真ん中の派手な赤ボタンを押してやるとロボット達に突然眩い電撃が走り、各機能が死んでいく。――だが、これでも電源を落としただけなのだという。

 恐ろしい耐久力。

「矢張り新しい体と名前を貰ったのか……」

「え、何ですか?」

「間違いない。俺の知るSchellingの発明だ。奴ら、体内に『再生促進部』を埋め込んでやがる」

「ええっ!?」


「もう博士は敵の手駒だ」


 そう言って辛そうに自分の持っている箱型機械を見つめる怜さん。

「この機械で壊せるようにしてくれただけありがたい。博士の最後の抵抗って訳だ」

「……」

「許せな、Schelling。きっとその罪は俺が雪ぎ切ってやる」

 ちっぽけな手元の機械を胸に押し当て、祈るようにそう呟く。何かしんみりしてしまう。こんな怜さんも初めて見た。

 ……何か、ちょっぴり悪い気がしてきた。ブレイクのこと。

「怜、さん……?」

「ん? 大丈夫さ、気にすんな。――それより、べんべんはこれで終わりとか思ってるか?」

「え?」

 いたずらっぽい笑みが全く似合わない状況説明に思わずぽかんとなる。

「アイツはな、しぶといんだよ」

 促されるがまま、顎で指された方を見やると螺旋階段の上の方から大量のさっきのロボット達が降って来る。

「ひいいいっ!? 来たよぉ!! 怖いよ怜さん!」

「情報屋! 早くそのリモコンを!!」

「って思うでしょ?」

「は?」

「このリモコンがあれば最強って思うでしょ」

「……何言ってるんですか」

「これね、小さいながらハイスペック! ……おかげで一回の攻撃ごとに大量の電力を消費するんだわ」

「はあっ!?」

「要はアンタ達の魔法とおんなじよ。電気が無ければ使えない、アイツらも止められない。今はどんな鉄くずよりゴミ」

「じゃあ早くそのポンコツ捨ててくださいよ!!」

「まあまあ落ち着け。エコも考えた博士の発明品、ちゃんと充電できます」

「何なんですか全く! じゃあ早く充電してくださいよ」

「ただなぁ」

「だから何!」


「充電っつっても相当だぜ? 自治体五つは賄える位なくっちゃ」


 背筋がゾワゾワっとした。

 どこから補給するんだよ、それだけの電気を!! ってかそれだけの電力って何!

「前置きが長くなったな、取り敢えず黙ってついて来い。電力補給ポイントはもう把握済みだ」

 そこでようやく走り始めた。先程のビームのみを発射する個体に加えて、長い手足で滅茶苦茶に暴れて瓦礫でこちらの逃げ道を塞ぎつつ、かつビームもちゃんと吐き出す人型ロボットも出現。居住区をそんなに破壊しちゃって大丈夫なの? 博士!

「っていうかさっきの説明、移動中でもできましたよね!? そしたら逃げきれましたよね!? 少なくともあの数からは!」

「話面白くするためには一度追い込まれておかなくちゃぁ! ――なんならベネノを俺に預けて、アンタはこの物語から退避したって良いんだぜ? 身を挺して主を守る不変の忠誠心! くうー、美しいねぇっ!!」

「どんなに美しくても嫌ですよ、そんなの。どうせその後ファートムの所に主をかどわかして行くんでしょう! 主を怖がらせるようなこと絶対にさせませんから! 死んでもアンタらにしがみついて行ってやる」

「やっだなぁ! 俺がそんなことする訳無いだろぉ?」


「――ま。俺のアジトに関しては保証できないけど」

「ふぇ!?」

「どうやって食べようかなぁ」

「れ、れれれ」

「可愛いからなぁ」

「ひやあっ!」


 な、何か分かんないけど物凄いこと言われてる気がする。物凄いこと言われてる気がする!

「止めてください。主にハレンチなこと吹き込んで遊ばないでください!」

 無理矢理僕の体を奪い取ってすたこら先を走っていくマモン。

「あっ、こら! おいさんより先行くな! 道分かってない癖に!」

「情報屋がもっと速度上げれば良いじゃないですか! その代わり主の周囲、半径三メートル以内に入らないでくださいよ。刺しますから」

「そんな無茶な! 俺が死ぬ未来しかない!」

 言っておこう。一応言っておくね。

 ……凄いふざけ合ってるように見えて実は全部攻撃を避けつつ走ってるなんて一体誰が想像できる? この狭い廊下で!

 本当にさ。ほんっとうにこの二人、何者なんですか?

 何者なんですか!?


 * * *


 三人で非常階段を昇りつめ、最上階の真っ暗な部屋に着いた。

 後ろからは階段から溢れそうな程の量の大量のロボット。

 いつの間に増えたんだ、いつの間に増えたんだ、いつの間に……。

 僕とマモンがその圧倒的な量にたじたじしている中、怜さんは真っ直ぐとある壁の方へと走っていく。

 ガスン、と叩くと中から一本コードが出てくる。それを先程の箱型機械に繋いだ。直後、横の機械をいじり始める。

「れ、怜さん! 僕らこれからどうすれば良いの!?」

「何故私の『強欲』が効かないのですか!」

「いっぺんに質問するな、先ずは落ち着け」


「Schellingのもう一つこの功績として、感情の物質化がある」

「……??」

「最早何が何だか……」

「要するにさ、意識を手で持ち運びできるようになったってことさ。そしてそれは機械に埋め込むことができる」

「……ほう?」

「よって、あのロボット達には人間らしく、かつ、高速で思考する脳が入っていることになる」

「益々無敵!」

「だが弱点もあってさ」

「弱点?」

「待ってました! その情報!」

「……って訳でさぁマモン。この情報、ベネノと交換でどう?」

「柱に縛り付けてアイツらの中にぶち込んでやりましょうか?」

「じょじょっ、冗談だよ! 冗談冗談! ま、まあいつかアジトに遊びに来てくれれば良いかなって感じぃ? 直ぐじゃなくても全然問題ないし、何なら一人で来ても良いよ、おっちゃん大歓迎!」

「はぁん?」

「ななっ! 何でもない! 何でもない!!」

 早速殺意たっぷりに鉄の柱と縄を腹から真顔で取り出したのを見て、勢いよく取り消した怜さん。

 無理矢理無料にさせられた。

 ……ぼ、僕は別に良いけど。(怒られそうだから言わない)

「それで? 弱点とは」

「Schellingの場合は頭、他の人型ロボットは胸、そしてああいうその他の場合は大体底面に剥き出しのメインエンジンがある」

「ほう、なるほど」

 怜さんに向かってハンマーを振りかぶるマモン。

「ちょっ、何で俺にやるんだよ! 関係ないだろ!」

「いやぁ、イメトレイメトレ」

「人型はあっちにいるだろ! 実戦で掴め!」

 そう言って指した先。

 なるほど確かに。人型の胸の所にエメラルドグリーンのぎょくのような綺麗な円形のガラスみたいな装甲がある。あれが脆いのか。

「そ、それで? そのメインエンジンをどうすれば良いんですか?」

「強い力でぶっ叩く。若しくは刺し貫く。そうすると核の破損により一時的に機能を停止する。再生が完了するまでは絶対に動かない」

「それで時間を稼ぐってことですか?」

「そういうこと。俺がこの充電と準備を終えるまで、耐え抜いて欲しいんだ」

「なるほど」

「止まってる時間はどれくらいなんですか?」

「平均十数秒程度。より長い時間止めておくのなら刺し貫くことをオススメしておくが……それでも勿論、効果は永続じゃない。自分が何をどの順番で、どういう方法で倒したのかよく覚えておくことだ」

「もしも最初の警備ロボットみたいにバラバラに出来れば意図的に壊せますか?」

「出来れば、まあ可能かもしれないが……やめておけ。マグナム弾で駄目だったんだ、ちょっとやそっとの刃ごときじゃびくともせん」

「……なるほど」

 その瞬間、陣形を完璧に組み終えたらしいロボット達が一斉にこちらに向かってビームの照準を合わせ始めた。

 発射された瞬間、マモンの張ったバリアーで弾かれる。あちらこちらの壁が焼け、溶けた。

「マモン」

「どうぞ、このステッキを引き続きお使いください。今日はブレイクの関係上、鎌は使いません」

 僕にさっきの素敵なステッキを渡しながら自分専用の素敵なステッキも腹から取り出した。何というか、マモンがそれを持つとちょっとシュール。

「でもこれじゃあ刃が無いから刺し貫けないよ? ぶっ叩くの?」

「誰がそんな原始的な方法やるって言いました?」

「原始的で悪かったな」

「良いですか? あのエンジェル戦を思い出してください。ちょっとした頭の一ひねりで簡単に敵は倒せます」

「ちょっとした頭の一ひねりって」

 奴らに苦手なものがあるとでも言いたい?

「違いますよ、主」

 にこりと微笑みながらステッキを一振り。

 直後、地面から飛び出した大量の「陰」がロボット達の核とビーム射出部位を覆い、ぶち壊す。

「……!」

 突然ロボット達は動かなくなった。力を失ったアームがだらりと垂れ、再生の時を待っている。

「いつもの悪魔と変わらぬ所業。ゾクゾクしますね、主」

「何か物凄いことをしている気がする」

「ずっとですよ、この物語が始まってからヤバい事しかしてないです」

 ……確かにな。


「それでは行きましょう、主。科学ごときが『神仏』に対抗するなど不可能であると、世間様に教えてやるんです!」

「うす!」


 * * *


 それからというものの、何度か学習はされたがほぼ無双状態だった。何よりバックに射撃の名手が付いている。怜さんの射撃は何より正確だった。

「主! 後方、四体です!」

「ほい!」

 言われるがままにステッキを振り回し、次々その体に「陰」を絡みつかせていく。マモンは「陰」のみで対抗するのではなく、様々なエネルギー武器(実態がない武器)を作り上げたり、床からせり出した巨大なつららでメインエンジンを刺し貫くなどして戦っていた。優雅も優雅。僕も真似したい……。

「……! べんべん、後ろ!」

「えっ!? うわっ!」

 しまった!

 後方から突然ロボットが飛びかかってきて、蜘蛛のような足を体中に巻き付け、赤く点滅し始めた。

[ジバク、ジバクジュンビ……]

 ちょ、相当やばいんでないの!? メインエンジンも自分の体にぴったり密着してて叩けない!

「主!」

 助けに来ようとしたマモンの目の前をあの人型ロボットが瓦礫で塞ぐ。怜さんは自分の手持ちの機械を守らなければならない。あれが最終兵器だから。

 どどっ、どうしよう!

「えっ、えっ! こんな所で死にたくないんだが!」

「主! 何か案を! このままでは間に合わない!」

 そそっ、そうだよね! うー、考えろ考えろ……!

 ぴったり密着するロボットを引き剥がそうと手をかけたがびくともしない。どんどん点滅が早くなって焦る焦る。

 ちょ、やばやば! やめてやめて!


[ジバク、ゴビョウマエ、ヨン、サン……]

「アアアアアッ! もう止まれ止まれ」

「ニ」

「止まれえええええええ!!」


「イチ」






 ――その瞬間。






 ロボットのボディにどこかで見たあのぎょろりとした目玉が付いており、間接的にメインエンジンに侵蝕を始めていた。


「猛毒」だ!


 あああ! クソ胸糞悪いけど、ありがとうディアブロ!! クソ胸糞悪いけど!!

「主、流石です!」

「やったなべんべん! もうちょっとだ、そのまま耐えてくれ!」

「はい!!」

 突然底知れぬ自信が沸いてきた。僕らならやれる。この魔法の力で圧倒できる!


「よし、充電出来たぞ! 全員こっちに来い!」


 絡みつく無数のアーム全部に一気に「猛毒」を植え付けてから怜さんの所に急いで向かう。

 マモンも僕もちょっとずつボロボロになってしまったがまだまだ問題ない。

「よし、各々自分の目を保護しろ! 物凄い発光になるからな!」

 そう言う怜さんは既に真っ黒サングラスを装着済み。

 そんな姿も格好いい……。

「一、二、三で行くぞ!」


「一」


「二」






「三!」






 ズガアアアアアアン!!






 落雷のような轟音、腕で塞いでも目に入って来る凄まじい光量。

 それが何秒か続いた後、突然部屋の中は静まり返った。


 恐る恐る目を開ければ、目の前で肩で息をしている怜さんに、その向こう、ガラクタの山。


「終わった……?」


 自分で言って自分で気が抜けた。思わずぺたんと座り込んでしまった僕の頭を怜さんが柔らかく笑んでよしよしと撫でてくれた。

「頑張った頑張った。べんべんはよく頑張った」

「えへへ……」

「それじゃあ、お待たせしました! 勲章の強奪と参りましょう!」

「よ、ようやくだぁ……ちかれたぁ」

「もうちょっと情報屋の手際が良ければこんなことにもならずに済みましたがねぇ……」

「そこ煩い」

 マモンの背中を軽く叩く。

 相変わらずだ。


「それでェ、肝心の勲章なんだけどさ。実は他の奴らの主人公補正と同じでぇ――」






 そこまで呑気に言った時だった。






「……!! 二人とも危ない!!」

「うわわっ!!」






 突然ガラクタの中の一機が光を取り戻し、滅茶苦茶にビームを放ち始めた。

 物凄い音をさせて床やら壁やらを悉く破壊していく。

 怜さんに突き飛ばされた僕とマモンは廊下で刹那の間に起こったそれらをただ見るしかなかった。


 瞬間壊れる床。

 瞬間崩れてくる僕らと怜さんの間に降って来る瓦礫。


 その向こう側、抜けた床と一緒に階下に落ちていく怜さん。


 怜さん……!






「怜さあああああああああああああん!!」






 瓦礫に阻まれて、無事さえ確かめられない。


(つづく)

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