ビルのてっぺんより愛を込めて
あの後泣き叫んだ僕を見て、マモンが大慌てで瓦礫を「強欲」の力で浮き上がらせ、悉くどかしてくれた。
被害は予想以上のもので、今いる最上階――つまり十五階から相当下の階までが全て瓦礫とビームの威力で大破。壁だけで何とか持たせているような状況であった。
そんな僕の視界の中に怜さんの姿は――ない。
「主……一番下のあの瓦礫、どかしますか」
「止めてっ!」
学生服の端っこを握りしめながら久し振りに大粒の雫を目から零した。
思い出の中に居る怜さんは元気そうでどこか蠱惑的なあのままがいい。
信じないけど。絶対に。
* * *
「えぐ……ぐず……怜しゃぁん……」
「主、大丈夫ですよ。あんなんで死ぬような人ではありません」
「分かんないじゃん! 怪我してるかもしれないじゃん!! 死んでるかもしれないじゃん……! うああー!! 怜しゃあああん!! 僕、こえがやどうすえば良いのおおおお! ああああああん!!」
「あ、主、落ち着いて」
あの後、「勲章」という名のいわゆる主人公補正は直ぐに見つかった。直ぐ隣の部屋にあったのだ。
こんなに簡単に取れるんなら、怜さんと一緒に喜び合いたかった。二人で持ち上げて、目の前で装着なんかしてみたかった。
寂しいよ……悲しいよ……。
あんな風に突然いなくなってしまうのだったらもっと注意しておくんだった……。
今どこに居るの??
「主、泣かないで。仮に死んでたとしましょう」
「勝手に殺さないでよ!」
「仮にと言ったでしょう」
「……」
言い返せない。
「そうだとしたら情報屋は物語の綺麗な終着を求めていると思いますよ?」
「そ、そうなの?」
「大丈夫。ぶっちゃけて言いますが、ここでの単純な死はストリテラでの死には直結しません」
「……まあ、紙にはならないもんね」
「存在ごとストリテラからさよならグッバイされない限り、彼は必ずどこかで生きています。主の晴ればれとした帰還を求めているはずですよ」
「……そっか。そうだよね」
「そうです! この不安定過ぎる物語で良い結末を残してあげること。彼が思いを馳せているであろう博士を敵の束縛から解放してあげること。それが彼へのせめてもの弔いとなる!」
「……」
「そこにどんな疑いを持ちましょうか!」
「な、なるほど……!」
「そうですよ! それが彼への最大級の礼となるはずです!」
「さあ行きましょう! 後は博士に接触するだけです!」
「うん……!」
「きびきび行きましょう!」
「うん!!」
すっかり真っ赤になった目をゴシゴシ擦って更に真っ赤にする。
そのまま夜のような宙を見上げ、
「見ててね怜しゃん!! 僕、やい遂げゆから!」
鼻声のまま、彼に誓った。
……、……。
――ところでこの時。
マモンが僕の見えない所でそっと口元で笑んでいたこと。
あの時、どうして気付いてやれなかっただろう。
彼は「強欲」の能力者だ。
まあ、今更言っても遅いけど。
* * *
「見えますか、主」
「あー……双眼鏡でようやく……」
ビルディングの屋上で。
遥か頭上の方、少し暗がりになっている場所に浮遊大陸がある。今までは無かったものだという。強力な手駒を隠しておくために新設した空島なのだろう。
「博士はあそこにいます。補正の皮を被った我々一般人はそこまで飛翔で飛んで行くしかないのですが……今あそこはこの星の政府、幹部に守られた場所。機密も機密、トップシークレットです」
「厳重だなぁ」
「その為、本来のルートを通らない者は悉く撃ち落とされるでしょう。しかも博士の絶大な技術力のおかげでパワーアップ済みの可能性大」
「あー、どんどんSFっぽくなってきた」
「作者もどんどんノッてきましたね」
「そこで、これ?」
「ええ。ここで、これです」
手にしたのはお馴染み素敵なステッキ。やっぱり戦闘機に乗った方がSFらしいよという意見は最早聞こえないのだ。
「何度も繰り返すようですが今回は私、一切変身をいたしません。全て神仏の魔法の力でめっためたを目指します!」
「おおー!」
「『陰』の使い方も先程の苦しい戦いで分かってきましたでしょう?」
「うん」
悲しい犠牲は出てしまったけど。
「それではこれから出会う敵など主にとっては物の数でもないはず!」
「そうかなぁ? 大部分怜さんとマモンのおかげだったように思うけど……」
「そんな事ないですよ! 主の『猛毒』が無ければ打開できない場面や状況もありました!」
「そう?」
「そうですよ! You can do it! なのです!」
「何か知らんが自信が湧いて出てきたな……」
いつもよりハイテンションなマモンの励ましに、何か出来るかもしれないと思いだすマジック。
やっぱり言葉って凄いや。
ステッキをぐ、と握りしめた。
それを見てマモンが待ってましたといわんばかりにすっくと立ち上がる。
「それでは行きましょう! 時間はありません! 博士の洗脳と居場所が艦長らにバレる前にさっさか行くのです!」
「おう!」
「ビルのてっぺんより、愛を込めて! いざ情報屋の仇討ち!」
「かーっこいい!」
マモンの背中に飛び乗りビルディングの屋上を蹴り飛ばし、いざ出陣。
大空を巡回中の先のロボット(飛行型)が直ぐに迫って来た。
この野郎……! 怜さんの仇、怜さんの仇め!!
【陰!!】
大振りに振って、その先端から大量の「陰」を飛ばす。全てが思い通りの軌道を描き、ボディに巻き付いては破壊する。
「よぉし!」
「主、第二陣です!」
「いくらでもこい!」
空の彼方から狂いなく撃ち込まれるビームの数々。地上で数多の爆発を生むそれらを確実に避けつつ、一機一機確実に破壊していった。
――と。
明らかに敵軍のそれとは違うビームが右斜め上より降って来る。
「うわわっ!」
「マモン!」
今までのそれらとは明らかに違う! そこには敵軍のそれとは違う明確な殺意・攻撃の意志が込められていた。
な、何……。
「マモン、大丈夫? 怪我は無い?」
「支障をきたさないレベルです。問題ありません」
「本当に?」
「それよりアレです。アレをご覧ください」
「アレ?」
言われた通り指された先を見ると――ゲッ。
『ようやく見つけたわよ、猛毒少年ベネノ! いい加減諦めて帰還して頂戴!』
「出たな!? 物語の癌!!」
『誰が癌よ!!』
お前が出てくると何というか、物語全体のテンションがダダ下がるんだよ!! 読者一同から怪しまれてんのを知らねぇのか!!
* * *
「マモンー、やばいのが来ちゃったよ……」
「諦めてはいけません。癌の特効薬こそ物語にとっては必要な人材。あのトンチキシナリオブレイカーを主の黒魔術で撃ち落としてやるのです!」
「前のはもう効かないよね?」
「勿論。だからあんなみみっちい魔法を使ったんですよ」
「な、なるほど? 切り札は最後まで取っておくってことだね?」
「その通りです。『黒い炎』レベルの魔術はもしもを考えて後に回しましょう。第三陣が合流する前に何とか対処を」
「うん……!」
『ベネノ! 食らいなさい!』
「今はその暇ねぇんだよ!」
背後から飛ばされてきた攻撃力のずば抜けたミサイル。
全て避けた上で「陰」を彼女の乗る戦闘機のエンジン二つに向けてぶっ飛ばす。
戦闘機のエンジンはそのまま簡単に大破。
しかしまだまだ終わりじゃないのがコイツの厄介な所。何故なら彼女には「強欲」が標準装備されている。彼女自身が力尽きない限りは物品の故障で倒れることは無い。
もういい加減博士に合流してラスボス倒しに行きたいんだけど! どうしてこんなに邪魔してくるかなぁ!
すぐにエンジンを復活させたエンジェル。マシンガンのようなビームの嵐を放ちながらしつこく追いかけ回してくる。
――でもなぁ。こっちにも考えはあるんだぞ。
多少は疲れるけど、マモンの魔力を貸してもらってるから大丈夫だ。
指示をしてちょっとずつ戦闘機に近付いてもらう。
近付けば近付く程危なくなるのは分かっている。
でも僕のこの「能力」は近付かないと発動できない。
「食らえこの野郎!」
思い切り手を伸ばし――
「猛毒!!」
腹の底から思い切り叫んだ。
戦闘機の翼にぎょろりと例の目玉が現れ、彼女の乗る戦闘機の端々に到るまで侵蝕を開始した。先程の戦いでこの「猛毒」が無機物にも効くと分かったが故の作戦だった。
そしてこの能力は原因となる目玉が
『イヤアアアアア!』
「ざまあみろ!」
なす術なく、ひらひらと落ちていった。
が。
「コノヤロォー! こんなんでくたばると思わないでね! 私はしぶといのよ!」
「何で戦闘機棄ててくるんだよ!」
マジかよ! お前も宇宙の法則無視できる質か――ってそりゃそうだよな。シナリオブレイカーだもんな。
「主! 目の前から遂に第三陣です!」
「あああマジでヤバイ!」
忙しい! 忙し過ぎる!
「くたばりなさい!!」
そこに横入りしてくるエンジェルの攻撃。
もうマジで勘弁!
「お前がくたばれや、物語の癌!!」
「だから誰が癌よ!!」
「逃げるぞマモン!!」
「はい!!」
前から来るビーム部隊、後ろで召喚されてるであろう大量の大剣。
ヤな奴らに挟まれた……止まったら死ぬ!
どうする、どうする……! このままだと怜さんの無念も晴らせないまま、物語から一発退場待ったナシなんだけど……!
そうこう思っている内に前から後ろから照準を定めたであろう剣とビームがこちら目がけて襲いかかってきていた。
「あ、わわ……!」
「主!」
今回はギリギリのところで避けられた。衝撃波でマモンが思わずバランスを崩す。避けるだけなのに相当無茶をしていることが嫌でも分かる。
となればこちらが潰れるのも時間の問題だ。
どうしよう、どうしよう!
早く何とかしないと!
「主、落ち着いてください!」
「落ち着いてらんないよ! どうしよう、どうしよう!」
その間にも奴らのレーザーポインターは元気よくこちらに狙いを定め始め、後ろでは新たな武器が空中より現れる。
焦りは益々募った。
きっと、これから第四陣もやって来る。それまでに対処できなければ――僕らは、そのまま……。
心臓の鼓動凄まじく、胸は今にも破れそうで。
頭は真っ白、脇汗びっしょり。手は痺れ、震えた。
こんな時ばかり頼もしい「彼ら」の笑顔が頭にちらつく。
こういう時、ジャックならどうしてるんだろう。
テラリィなら、怜さんなら。
こういう時、マモンなら……。
またしても目の前で数多のビーム射出部位が光を放ち始め、後ろで刃が空を切り裂くような音が聞こえた。
全てがゆっくりに見える。
死期の迫るさまを体全部で感じた。
嗚呼、どうすれば。
どうすれば――!
――、――。
『己のことは己がよく知っている。理解不能なアクシデントに陥りることがある「デジタル」に全てを委ね己の可能性を放棄すれば、いつか崩壊した時に共に崩れ去る。そんな「人間性を残す必要性」をSF文学だけが強く、強く主張していた』
れ、怜さん……?
* * *
――走馬灯。
死期迫る時に、突然眼前に浮かぶとされる過去の記憶のことを指す。
時にそれは「今の危機を脱する方法を過去の記憶から探ろうとする行為」である、とも言われる。
『今度やるΞΓ〈についてさ。やっぱり遊びを営む集団は社会性が高いよ』
統率の取れたようで一機一機、意志を持つ個体の群れ。
『彼の発明は画期的だ。死を無意識的に恐れた彼によって造られた次世代の人工知能は死を知らない。ボディーは頑丈、通常錆びるなどして使い物にならなくなる各部品も新しい技術である「体内の再生促進部」により故障、破損を即自的に修復』
まるで博士の発明品のような、永遠の天使。
『まるでゾンビだ!』
――本当だ。
本当にゾンビみたいな輩だ、全く!
突然天使のはしごのように、視界が開けた気がする。
この状況を打破する為の極めてシンプルな作戦が一つだけ残っていた。どちらの攻撃も受けず、かつ、安全に博士の元まで行く方法が……!
単一的にも見えるが、厄介過ぎる挟み撃ち。今回もギリギリでマモンが避けた。しかし毛先がちょっと焦げてる。
かなり苦しくなってる。次はきっと当たる。
だからこそ。今、こういう状況だからこそ。
「マモン」
「は、はい。何ですか?」
「ダイヤモンドってさ、ダイヤモンドでしか削れないんだよね?」
「え、え?」
当然だけど混乱するマモン。そりゃそうだ。余りに話が的を射ていない。
「どういう事ですか?」
「良いから。削れないんだよね?」
「え、ああ、それは……そう言われたりもしますね。世界一硬い鉱物故に、ダイヤモンド自身で削っているとか……」
「そうだよね。ありがとう」
「……?」
――でも、その答えに関する明確な確証が欲しかった。
ただそれだけなんだ。
「マモン」
「はい」
「僕の言う通り動いてくれる?」
「何か作戦でも?」
「そんな感じ」
そこまで言って、会話を切る。
状況を整理しよう。
縦横無尽に動き、照準から少しでも外れるようにするマモン。それをエンジェルが数多の武器の投擲で妨害している。そこに目の前のロボットがビームを撃ちこんでいるんだ。
動いていれば当たる物も当たらないのに何故今当たるのかと言えば、それは後ろの天使がちょっかい出しているからに違いない。
つまりここではロボットと天使が暗に協力関係を結んでいるということだ。そしてそれはたった一つの「信頼」から成っている。
もしもロボットが意志を持たず、機械的に「ロボット以外」を「敵」と認識していれば僕らと天使が協力関係を結んでいただろう。そして僕らの放つ「陰」という脅威にプラスして付け加えられた第二の「強欲」によって打ち負かされていたはずだ。
以上を踏まえてロボット達は僕らに攻撃してきた天使にそっと力を貸した。
それがいけない。
ならばその流れを僕らが変えてしまえばいい。
事は、こんなにも単純だった。
さあ。全てを思い出せ。
マモンがあの時弾いたビームがどのような軌道を描いたか。
エンジェルを止める為にはどうすれば良いのか。
ロボット達にとっての有効一打とは一体、何だったか。
機械的に黒魔術に頼るだけでは駄目なのだ。
今は人間的に、頭を使って……!
「主! そろそろ危ないです! 早くご指示を!」
「待って。でもどんな動きも出来るように準備だけはしておいて」
レーザーポインターの照準がマモンの眉間を捉えた。
後ろの天使も大きく振りかぶっている。
……。
……、……。
……、……、……。
「今だ、下に!」
その瞬間、マモンが体の力を抜くようにして真下に降下。
その一瞬でレーザーポインターの辿るべき道がミリ単位ではあったがズレた。
それがエンジェルの目の前にビームを誘導した。
「ク……!」
突然のことに動揺しながらも咄嗟にバリアーを展開し、弾き返すエンジェル。
それにビームが真っ直ぐ跳ね返り、ロボット自身の体をメインエンジンごと貫いた。
「……!」
マモンが息を呑んだ音が聞こえ、すぐさまこちらを振り返った。
「そういうこと、でしたか……」
ちょっと興奮でニヤニヤが止まらない。そんな顔のまま僕は確信の下、強く頷いていた。
目の前でバラバラに砕け散ったロボットが爆発、それに何機か巻き込まれた。
そのままロボット達は敵意を向けるべき相手が誰であるのか、混乱しているらしい挙動を開始。
統率が乱れ始めた。
――意志を持っているとはいえ、所詮はロボット。
自分達が理解不能なアクシデントに落ちた後の対処法を知らない。
ここに理解不能の魔術をどんどんぶち込めば――!
「これは面白いことになって来た」
マモンも興奮したように笑う。
「ああ」
それにキザったらしく答えた。
「ビルのてっぺんより愛を込めて」
「怜さんに、
反撃開始!
(つづく)
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