不可思議商店街・まるめろ

 ベゼッセンハイト。


 三界大戦争を実質的に引き起こした黒魔術師。

 マモンの主、ベルゼブブ様を葬った黒魔術師。

 世界を、女神を手に入れようと暗躍する黒魔術師。


 全世界の敵と言っても過言ではない男。


「奴は少し前から再び俺ら『はらい者』の前に姿を現すようになってきたんです」

「……」

「沢山酷い目に遭いました……」

「……」

 表情の陰るその顔に何とも言えない気持ちが胸の底から押し寄せてくる。

 マモンの過去を思い、また苦しくなった。

「唯、逆を言えば俺に直接攻撃を仕掛けてくるような敵はソイツしかいないってことです。ソイツ以外に考えられない」

「なるほど。それでその『天使の隠し子』が貴方をおびき寄せようとしていると」

「ええ」

 マモンの言い分に頷く和樹。

 ふむふむなるほど。

「でもさ」

「何? トッカ」

 ふと発言したトッカの言葉に和樹が振り返る。

「アイツに限ってこんなに静かなことあると思うか? こんなジワジワ命を削るような真似。猶予もあるし、協力者も募って大丈夫なんて」

「うーん。実は俺もそれ思ってさ」

「え、え? どういうことですか?」

 身を乗り出して聞くと二人がこちらに向き直り、説明してくれた。

「今まで何度か奴とぶつかって、何度か戦ってきたんですが」

「おー」

「いつも何つーか、その、派手派手なんだよな」

「派手?」

「うん。ハデハデなんです」

 言いながら自分の周りで手できらきらのジェスチャーをする和樹。

 何でもある時は自らの傀儡とした座敷童を使って屋根の上で大掛かりなバトルを繰り広げて見せたり、ある時は死神のお姫様を手に入れる為に大胆に近付いてきたり、死神の幹部二人を一人で圧倒したり……その他、様々あったという。

 しかしどの例をとってみても今回のように気付いたら補正が盗られている! みたいなことは無く、ましてや手紙で呼び出すようなこともなかった。

 いつでも奴は「相手」に対して直接コンタクトを取り、傀儡・陰など様々な方法を使いつつ自らの手で相手を打ち倒していた。――しかも彼らの言うように、派手に。

「とすると、えっと、要するに」

「この『天使の隠し子』が本当にベゼッセンハイトかどうかは分からない、と言いたいんですよね、主?」

「あ、そうそう」

「でも和樹に危害を加えそうな相手もベゼッセンハイトぐらいしか考え付かないんですよね?」

「そうなんです」

 マモンの問いにまたも頷く和樹。

 うーん。なるほど?

 傷つけてくる相手・因縁の相手はベゼッセンハイトしかいないけど、今までの手口と比して考えてみると今回の犯人はベゼッセンハイトとはとても思えない、と。

 ……ややこし。

「でも、確かな証拠は無いよねェ。どっちの可能性においても」

「そうなんだよねぇ」

「井原西鶴の『好色一代女』って知ってる?」

「知らないー」

「僕、大好きなんだけどね。彼の作品ではないって説もあるんだよ」

「井原西鶴が『好色一代女』書いてないって説?」

「そう。今までの西鶴の作風と違うからだってさ。――その論文の場合は他にも色んな根拠は示されてるんだけどさ……どう? もしもその論文の根拠が『今までの作風と違うから』だけだったらさ。これだけで判断するのはちょっと短慮だなって思うでしょ?」

「じゃあ奴の心を何が突き動かしたんだよ」

「それは知らないんだけどさ」

 そこでとんと行き詰った僕ら。ふと庭を見ると雀が地に落ちた何かをついばんでいる。


「あ!」


 ――と、ここで和樹が手をぽん、と打った。

「そうだ、このまま話し合っても埒が明かないからさ、黒耀と合流するってのも兼ねて皆で記憶の宝石館に行こう! そこで黒耀も交えてお話合いし――」

「おおっ、なぁるほど!」

「そこで『天使の隠し子』の記憶を見ちゃうって寸法だねっ!?」

「――え?」

「流石は和樹だよ! 冴えてるじゃん! 代償は何にするの? 出来ればナナシが居る時にしたいよねぇ。何だかんだあの子、鋭いからさぁ」

「でも代償は割高だぞ。黒耀なら偶にタダになる」

「ああー、押しに弱いからねェ」

 そのまんま妖二匹の会話はどんどん弾んでいく。

 一方、その気はさらさらなかったらしい和樹。

「――そ、そうなんだよぉ! ビー玉とかで足りるかなぁ!!」

 無理矢理話を合わせ、勢いよく突っ込んでいった。


 愉快な集団だなぁ。


 * * *


「じゃあ折角だし、門田町案内するよ! ベネノ、行こう!」


 手を引かれ、されるがままに彼の後をついて行く。

 その後、僕らは(当初の予定通り)協力者として彼らと行動を共にすることになり、それに応じて和樹の僕に対する口調も同年代(っぽく見える)とのことでタメになった。僕が(夢の無い年齢)歳だっていうのは秘密にしておこう。

「ほら。東の方角のあの住宅街みたいなとこ。あれ、まるめろ商店街っていうんだ」

 この立石神社はちょっとした丘の上に建っており、立石地区であればここから一望することができる。

「あそこの商店街の隅っこにね、記憶の宝石を管理する店があって、それが『記憶の宝石館』なんだ。黒耀の店」

「うん、知ってるよ」

「あれ、そうなの?」

「同僚だからさ。よく話は聞くんだよ」

「へぇー! じゃあどんなお店かとかも知ってるんだね?」

「え、それは知らないけど……」

「あ、そうなんだ。じゃあそこの説明はしないとね」

「うー……ええかっこさせて欲しかった……」

 そこで和樹、大笑い。

 僕もつられて思わず笑ってしまった。

 そうして丘を下る時、ふと遠くでのろしのような煙が上がっているのを見つけた。

「ね、和樹」

「ん?」

「あれは? 火事?」

「あれ? ああ、あれは火事じゃないよ。火葬だよ」

「誰か亡くなったのか?」

「近所の田中さん。昨晩、あの世まで案内したあの」

「ああ」

 ん?

「カソウ? カソウって?」

「火で葬るって書いて火葬」

「火刑!?」

「いやいや、生きた人間を焼き殺してる訳じゃないんだよ!? その、慣例、的に? 死んだ人を焼いて、残ったお骨を埋めて弔ってるんだよ」

「弔う?」

「そう。大事な仲間とか、大切なひとが死んでしまうと悲しいでしょ?」

「うん」

「だからああやってさよならをする場を設けるんだよ。そしてあの世での無事を祈ったり、魂を慰めたりするんだ」

「……その弔いって、必要なの?」

「やったことない?」

「うんん……」

 いつも死ぬ側だったからなぁ。

「正直言うと、さよならを言うのが何で大事なのか分からない。死んだらそこには何も残らないし、どうせ聞こえないし、死んだらもうその関係は前世のものになっちゃうし、無関係だし……」

「まあそうだよね、最初はそう思うよね」

 俺もちょっと前までそう思ってたんだよ、と続ける和樹。

「でも、やっぱりさよならって言う機会って大事だよ。弔う場があるって、本当に幸せなこと」

「……」

「今は分からなくっても良いけれど、やっぱりいつかは直面するからさ」


「覚えておくだけでも良いんじゃないかな?」

「……」


 さ、しんみりしないでとっとと行くよ! と、しんみりする間もなくまたも腕を引かれていく。

「美味しいコロッケがあるんだよ!」

「え、コロッケ!?」

「え!? コロッケ食べたことない!?」

「さっ、流石にあるけど、その、突然だったから」

「それじゃあその時のコロッケ概念が覆されるね! 保証するよ!」

「え、え!? あ、ちょ! 転ぶ転ぶ転ぶ……」

 僕の話もろくに聞かずに坂をすたたたーっと駆け抜けていく。

「二人ともー、転ばないでくださいよー」

「分かってるぅー!」

「それじゃあマモンー、後でねー!」

 千田川の上を渡り、十字路を直ぐに右へ。

 古き良きって感じの町並みをよくよく見れば様々なお店がやっている。


「なんでもお悩み相談室」

「駄菓子 うさぎ屋」

「← 道夫の店 やってます 裏路地まで」

「紅茶とお茶菓子の店 アモル」

 他、様々。


「へぇー、個性的なお店がいっぱいだ」

「何たって、世界一怪奇現象が起こる町ですから! 変わった人とかそういったご縁がある人とか沢山集まるんだよ。――あ! これこれ! 美味しいコロッケ!」

「わわっ、ちょ、引っ張らないで!」

「すみませーん! 素朴なじゃがいもコロッケ二つ!」

「僕お金ないよ!」

「俺が払うから良いの! はい、おっちゃん! とびきりうまいのをこの子に!」

 出来たてほくほくのコロッケ。ほろほろの素朴なじゃがいもとちょっとのベーコン、ちょっとのコーン。衣はサクサクカリカリで癖になる味。

 家庭の味って感じでこういうの、大好き!

 和樹、ごちそうさまです!

「美味しいだろ!」

「美味ですな!」

「ははは、面白い言い回しだね! 俺、そういうの好きだよ」

「そう?」

「うん! 明治街に住んでる小沢怜さんって人もさぁ、言い回しとか超面白くって!」

「れっ!? れれれ、怜しゃん知っちぇるの!?」

「え!? ベネノも!? ――へー、流石はれいれいさん、顔が広いなぁ、広すぎるなぁ」

「ね、ねねねねねね」

「む。あに?」

「怜さん……、……格好よくない?」

「あーっ、それね! 普段ぐうたらしてたり、とんでもなくがめつかったりするんだけどさー、その実めっちゃ格好いいみたいなね!」

「分かるっ!! 分かる分かる分かる分かる」

「ああなる為にはどんなご飯を食べてきたのだろうか」

「髭でも生やせば良いのかな」

「あー……でも俺、似合わないからなぁ」

「いやいや、まだ分かんなくない?」

「そう? でも童顔だからさぁ」

「見慣れれば何とかなるって!」

「そういうベネノはどうなんだよ」

「髭?」

「そう。髭」

「うーん……あんま自信ないかも」

「はぁ!? おいおい、ベネノもじゃないか! 偉そうに言って! ったく!」

「ちょ、痛い痛い! 叩くなっての!」

 商店街をぐるぐる追いかけっこし合いながらげらげら大笑い。

 今度はこのコロッケを怜さんやマモン、その他大勢と一緒に皆で食べようという話をした。

 怜さんはウスターソース派か、オイスターソース派か、中濃ソース派かで口論したり、賭けたり、クレープ屋を二人で見て、財布と睨めっこしたり。

 遥か後ろのマモンとトッカ(夢丸は神社から出られないとか何とかでお留守番)は大人らしく談笑しながらゆっくり来る。


 穏やかな昼下がりだった。


 * * *


 そうしてあっという間に「記憶の宝石館」の直ぐ近くまで辿り着く。

 大正モダンみたいな外装が何というかお洒落。

 ……黒耀って、お洒落だよな。

「ほら、着い、た……」

 と、和樹の声のトーンが明らか下落していく。

「何? どしたの」

 聞くと彼が店の前でロボットダンスしてる男を黙って指差す。


 ……。

 ……、……。


 誰。


 傍には紙芝居劇場を乗せた台。学校の教卓にチェック柄のクロスをかけたみたいな、そんな台。

 何だアレ。

「和樹知ってる?」

「知らない。何してんの?」

「や、分かんないけど……ロボットダンスは上手いね」

「上手い。っていうか、ああいうのマイムっていうのかな」

 そんな感じで気付けば話は横にそれまくっていったけど、このままだと宝石館にいつまで経っても入れないのも事実。

 何てったって入り口の前でずかずかっとダンスしてるんだもん。

 無視する訳にもいかないしさ。

 ……どうしよ。

「どうする? 黒耀、召喚する?」

「出来るの?」

「お札使えば。――それとも後ろの二人の到着待つ?」

「来るかな? 全然見えないけど」

「何を話しているんですか? 二人とも」

「「ひょわわわぁーっ!!」」

 突然話に割り込まれ、ビクッと肩が震えた。

「ああ! 失敬失敬。怖がらせるつもりは無かったんですよ? 唯、気になっただけでしてね」

 慌てて手を振る紙芝居屋。

 長い前髪で目元は全く見えず、ちょっとだぼっとした白いシャツと燕尾服がこの店の外観に合っている。――だからと言ってこの紙芝居屋自体も許した訳じゃないぞ!

 そうしてちょっとの沈黙が流れたが、状況が進展する気配なし。

 仕方ないので勇気を振り絞って思い切って聞いてみた。

「だ、誰だお前は! 僕らはこのお店に用があって来たから、その、入りたいんですが!」

「ほう、誰と」

「そうだ! だから、その、ちょっと言いづらいんですが……その、通して欲しいって言いますか! 何といいますか!」

「簡単に言うと、邪魔です!」

「そう邪魔です――って何を言ってるんだベネノ!」

 そこまで僕らがうがーっと言ってみた所、彼はによりと笑んで自らの胸に手を当てて恭しく自己紹介をし出した。

「誰と問われれば答うるまで」


「私は紙芝居屋。神出鬼没、正体不明のパフォーマー」

「……自分で言う?」

「そこ煩い」


 こほん。


「一生に一度、会えるか会えぬか。神出鬼没の紙芝居。会えた貴方はラッキー? アンラッキー? それはここで占ってみると良いでしょう」

「どういうこと?」

 和樹がそう問うと紙芝居屋は待ってましたと言わんばかりの微笑を浮かべ、朗々と説明をし始めた。


「ふふ。私は代償さえお支払い頂ければお客様が知りたいものを何でも教えられる紙芝居屋。この紙芝居劇場には世界のあらゆる秘密が詰まっているんです。今日は門田町に出張中ですよ。今ならお安くしておきますが、いかがでしょうか」


 何でも……。

 今の事件を追ってる僕らからすれば丁度良いが……。


 それ以前にこのお兄さん、信頼して良いのか?


(つづく)

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