紙芝居屋

「ふふ。私は代償さえお支払い頂ければお客様が知りたいものを何でも教えられる紙芝居屋。この紙芝居劇場には世界のあらゆる秘密が詰まっているんです。今日は門田町に出張中ですよ。今ならお安くしておきますが、いかがでしょうか」


 何でも……。

 今の事件を追ってる僕らからすれば丁度良いが……。


 それ以前にこのお兄さん、信頼して良いのか?


「どうする? 和樹」

「うーん……」

 一頻り目を瞑って腕を組んで考え込んだ和樹。

 暫く経ってから恐る恐る尋ね始めた。

「例えば代償っていうのは……」

「それは時と事象次第」

「教えて頂けるものというのは」

「それも時と事象次第。何でも時の運です。唯、お客様が結果的に知りたいものになる、それだけは保証致しましょう」

「……」

 うーん。

 益々分からん。

「つまりはこの宝石館や情報屋とやっていることは殆ど同じわけです。過去も未来も心情も理想も条件も、代償さえお支払い頂ければ何か一つ、貴方がたにお示しできるってことなんですよ」

 怜さんの情報屋ではお金を払って欲しい情報を買う。

 黒耀の「記憶の宝石館」では代償を払って、覗きたい記憶・思い出したい記憶を買うなり覗くなりする。

 そんな両者と殆ど同じことをするという目の前の紙芝居屋。

 本当か?

 どう考えてもそうは見えない。

 それに――。

「で、でも……やってることがおんなじだって言うんなら俺らは怜さんとか黒耀の店使いますけど」

「まあ、もしもやっていることが同じであるのだとしたら、そりゃあ信頼している方をお使いになるでしょう」

「……? 何か違うことでもあるんですか」

 その質問にまたによっと紙芝居屋が笑んだ。


「勿論。で貴方がをお示しいたしましょう。私『紙芝居屋』と他の店との決定的違いはここにあります」


 ……!!


 あ、あああ明らかに条件が怜さんのよりは良い……! よりは、よりは、良い……!! よりはぁ……!! (でも平気! あれは支払うってよりは貢ぐ、だからっ! ――何言ってんだ、僕)


「ね、分かるでしょう。私の方を選ぶべき理由が」

「分かりたくない……」

「あのがめつい情報屋、質は良いのに何しろ値段がバカ高い。ぼったくり。暇さえあれば金儲けの話ばかり。そろばんを枕にして寝てる」

「――え、そろばん!?」

「それは比喩ですよ」

 茂右衛門知らないんですか? とか付け加えつつ。

 知らねぇよ。

「更に言えば黒耀の場合は適正価格で提供してもらえるが、本当の望みに近付けば近付く程値段が釣り上がる。安値で仕事してもらうためにはサービスを犠牲にしなければならない」

「確かになぁ……」

 今度は僕の隣でサービスの質を天秤にかけてる少年がいる。


「ちょっとちょっと!」


 ――と。


「店の前で何ちゅう店構えてんの! 営業妨害だよ!」

「アッ、黒耀!」

 からんころん、と気持ちのいい涼しい音を立てながら勢いよくドアが開く。その奥から出てきたのは僕と同じぐらいの背丈の座敷童。桃色の硝子の耳飾りがゆらゆら揺れて綺麗。柄はその色に違わぬ「桃の花」。

 名前は黒耀。さっきからしょっちゅう名前だけは出てきた座敷童、そのひと。――あれ、この展開は怜さんも出てくるんじゃないですかっ!? 出てくるんじゃないですか!? ねえ!!

 ねえ!!!

 ……え? そうですか、出てこないですか。

「む。そちらこそ営業妨害ではありませんか? 私は呼ばれた場所に呼ばれた時に、そして私を呼び寄せた相手の所にしか商売に行けないんですよ? いつでも店を構えられるようなひとにあれこれ言われたくないですねぇ、すっこんでて貰えませんでしょうか?」

「そんな事言って、しょっちゅうあっちこっち行ってるんだろう?」

「仕事の無い日だってある」

「こっちはもう一人のおかげで店が開けない日もある!!」

「こっちは日当制だ!」

「こっちはノルマ制だ!」

 ん?

「もう一人? 居るの?」

「ナナシ。彼がもう一人の店主。黒耀の双子みたいなもんでね、黒耀と違って耳飾りが水色なんだ。川の流れの模様がうっすら入ってるの」

 突然喧嘩を始めた二人をよそにこっそり和樹に聞く。

 へぇー。二人は双子かぁ。道理で似てると思ったよ。

「へへーん。散々僕のことこけにしてくれたみたいだけどさ、アンタのとこにもデメリットはあるでしょ? ここでバラしてやろうか。ん?」

「それは言わないのがお約束じゃないですかぁ!」

「ねね、和樹。こいつね、確かにお客が本当に望んでるっていう情報を一つだけ提供できるんだけど」

「ちょ、ちょちょ!」

「それがどんな情報かは本人も分かってないんだよ!!」

 ……。

 ……ん。

「や、それはさっき本人の口から聞いたけど……」

「そうじゃなくってさ! それがってことさ!」

「ええ!?」

 え、そうなの!?

「そうだよ! そういうのを見極められるから僕らんとこはこうして店を構えてられるんだよ! こいつはそれが出来ないからこうやって行商人やるしかないんだぁ!」

「だって仕方ないじゃないですかぁ! 全ては紙芝居のお導きなんですから!」

「えええ!?」

 良いのか!? そんな言い訳してるけど!

 ってか、こういう暴露って大分信頼度とかそういうのガタ落ちさせちゃうんじゃないの!? 大丈夫!?

「唯、この紙芝居が君達の本当に欲しいものを見せてくれるのだけは確かだよ。――和樹がベネノと一緒に来てるってことはどうせそういうことなんだろ? 何か情報が欲しい、と」

「うっ。よく分かったね」

「分かるさ。何年この仕事やってると思ってんの」

「三百年でしょ?」

「それは年齢」

 ……夢の無い数字だけど、そんなぽろぽろ言っちゃって大丈夫なのか?


「要するにはさ、最終的に選ぶのは和樹とベネノってことでさ」


 黒耀が真剣な顔で僕らに話しかける。

「ふむふむ」

「二人がここに辿り着いたのは和樹達が僕の施設を必要としてくれたから。そしてこの行商人が迷惑千万の店構えしてまでここに居るのは君達にこの行商人が引き付けられたから。でも利用できる施設は一つだけだし、君達の悩みに合ったサービスを提供できる店が本当はどこにあるのか、それはその悩みを聞いてみないことには分からない。ここまでは分かる?」

「何となく」

「だからちょっと気が早いようだけど、その悩みを是非打ち明けて欲しいんだよ」

「え、今?」

「そう、今」

 な、何か色んな過程をすっ飛ばしてる気もするけど……。

「まあ、悩みってのはセンシティブな内容だからさ、本来だったら取引をする相手に話すべき内容ではあると思うんだけどね。今はどっちを利用するべきなのか見当もつかないからさ」

「いや、絶対私の方だ宝石館の座敷童! こっちは悩みも言わなくて良いんだ、私の望む代償さえ支払ってくれれば! 何より私は紙芝居の導きによりこのお客に呼ばれている! 断じて私の方が良いに決まっている!」

「馬鹿言うんじゃないよ、僕だって生活かかってんだ! ここは平等に勝負だよ!」

「そんな事言って、お前は弁が立つからどうせ言いくるめようと画策してるに決まってる!」

「分かんないじゃぁん、そんなこと!」


 そんなこんなで公開処刑よろしく僕らの目的を二人に話すことになった。

 ……この二人、商売敵か何かなの?


 * * *


「あれれ? 主、こんな所で何やってるんですか?」

「そういうマモンは今の今まで何やってたんですか?」

「いやぁ、トッカ氏と一番おいしい棒状の食べ物は何か論争になりまして」

「……」

「意外と白熱しましてねぇ、今は互いの好物を食べ比べあってるところです」

「……何か発見はあった?」

「やっぱり麩菓子が一番だってことが分かりました」

 本当、マモンってこういう奴。

「で、主は今の今まで店にも入らず何を?」

「見て分かんない? 顧客の取り合いに巻き込まれてんの」

「おやおや。それで和樹氏が事態の説明をしてるって訳ですか?」

「どっちが最適なお店か勝負だってさ」

「必死ですねぇー」

「片や最低価格でのサービス提供、片や手厚いサービス提供。やってることが殆ど同じなだけに二人とも必死みたいでね」

「へー」

「黒耀のとこじゃ駄目なのか?」

 トッカが腕を組みながら尤もなことを仰る。

 確かにな。確かにそうだよな。

 ……巻き込まれたんだよな、殆どな。

 嗚呼、話が始まらない。


「ええっ!? 『天使の隠し子』!?」


 そこまで話したところで向こうから大きな声が聞こえてきた。

「あ、あれれ。それって先生の配下じゃなかったっけ」

 そうやって蒼い顔をしているのは黒耀だ。心なしか目もぐるぐるしてる気がする。

「ん? 黒耀、知ってるの?」

「まあ、先生は直属の上司だから……でも、先生の配下が何で和樹の補正を盗る真似なんか……」

「……? それに何か不都合なことでもあるの?」

「いや、不都合っていうか、信じられないっていうか……その……」

「和樹、ご説明いたしましょう。先生というのは運命神のことです。この世界の運命の記述を行い、我々キャラクタの行くべき道を定める神。『天使の隠し子』というのは彼が認めたシナリオブレイカーとなるのです」

 何だか言いにくそうな黒耀に代わってマモンが説明をする。

 それに何故だか紙芝居屋が必要以上にぎょっとした表情を見せた。

 何だろう。

「運命を定める神様が認めたシナリオブレイカー?」

「情報量えげつないな。話を作りたいのか壊したいのかどっちなんだよ」

「彼は普通のシナリオブレイカーとは一線を画した存在。人生を掻き回す存在でありながら抹殺が不可能。なので寧ろこちら側に引き込んで物語づくりを手伝わせてしまおうということで特別枠に入ることになった。それが『天使の隠し子』なのです」

「うんんー、ややこしいなぁ」

「香水もきつい臭いや不快な臭いが入ることで、逆に良い臭いを作ることができるもの。物語とて同じ、敷かれたレールに一つ二つ石が置いてあった方がわくわくするというものです」

「平凡な日常は平穏というより退屈ってのがこの世界だからなぁ」

「そういうものなのかー」

 それ現実で起こったら大事故どころの騒ぎじゃないけどな。

「あれ……? そうすると『天使の隠し子』はアクシデントを作りたくて俺の補正とやらを盗ったってこと?」

「いや、とはいえ彼はあくまでも先生の部下にあたる人物。物語が本当に崩壊しかねない重大事件を進んで起こすとは思えない」

 確かになぁ。

「っていうか『補正』ってそんなに大事な物なの? 盗られた身だけど、あんまり実感が湧かないというか」

「ちょっとメタい話するけど、それがあるないで物語の堅さにも影響が出るんだよ。ひいてはストリテラ全体に影響することもある。この話はストリテラにおいて結構大事な役割担ってるはずだから、ここの補正が盗られるっていうのは相当マズい案件」

 う。

 SF辺りの嫌な思い出が。

「じゃあマジで一体何が目的なんだよ、奴は」

「どこに行ったかってのも大事だよね。だって補正持ってる奴の所に行かない限り、和樹の手元に補正は返ってこないんでしょ?」

「ベネノの言う通り。――ここも妙に引っかかる。本当に話がしたいだけならわざわざ補正を奪う必要は無いし、仮に奪う必要があったとしても、物語が壊れる可能性を加味すれば話す場所も明記するはずなんだ」

「とすると誰かに見られる可能性を恐れたとか?」

「それこそどうして? 彼はかなり強い部類に入るんだよ? 死神でさえ殺せなかったんだから『天使の隠し子』になったのに」

「……だよね」

 ここで話がとんと行き詰ってしまった。

 どこに行ったか分からず、目的も分からず。

 不可解なことが多く、謎も多い。


「――これらの謎を一気に解こうとすると莫大な予算が必要になりますねェ」


 当然紙芝居屋がによによと笑んでこちらに近付いてくる。


「場所、目的、数多の謎、そして彼の正体……解くべき謎は山ほどあるが、それを施設利用で全て解こうとするととても難しい。それに相手は先生の直属の配下とのこと。座敷童の『記憶覗き』にも対策を施していることでしょう」

「……」

 何かちょっと、胡散臭いな。今更だけどさ。


「その点! 私の紙芝居は神々やシナリオブレイカーの干渉を受け付けない! それに今、得るべき情報をひとつだけ提供することもできる!」


「どうです! 矢張り私から情報を買うべきだったんです! これを手掛かりとしてこの後の物語を進めて行けば良い!」


 そう言いながら「紙芝居劇場」の蓋の掛け金をかちかち言わせる紙芝居屋。

 マジで胡散臭いな。


「ほらほら、どうします?」


「お早くご決断くださいな」


「お代は髪の毛一本でも結構ですよ?」


「まあ、お応え次第みたいなところもありますけどね」


 ……益々怪しいが。


(つづく)

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