はらい者のこと
「昔。この世界にはあの世もこの世もありませんでした」
緑がざわざわ揺れる丘の上。
緑茶を飲み飲み話が進む。
「え、そうだったの?」
「そりゃあ物語のジャンルが『ミステリ』『異世界ファンタジー』……と様々あるように我々の住む世界と言うのも様々あります。故に『この世』『あの世』と我々が勝手に定義している世界が私達の想像通りにいつでもそこにあるとは限らないんですよ」
マモンが解説の為に和樹から話を継いだ。
「……哲学?」
「ピンときませんか?」
「うーん……」
「そしたら……そうですね、じゃあストリテラを想像してみてください」
「はいほい」
「世界とは単純に言えばあんな感じになってるんです。隣に何の世界があるのかはここからだと判別がつかないけれど、確かに隣に何かの世界がある。神の視点からならばそれが何であるかは判別できるけれど我々の視点からではさっぱり分からない、そんな世界です」
「はいほい」
「決して最初から境界が開かれているような世界はありませんね?」
「ふむふむ。確かに無いですねェ」
「そう。この世界においても最初はそんな感じだったんです。『この世』と『あの世』の定義は確かに存在したけれど、その世界自体がまだ見つかっていなかった。それが今回和樹が言ったこの世とあの世の境界が開かれる前の世界の状態です」
「なるほど。何か分からんけど物凄く分かりやすかった!」
「光栄です」
「そういうことだ」
そこでトッカが話を継いだ。
「最初は唯の一つの世界だった所謂『この世』という存在。当然魂も本来の安楽の地である『あの世』に行くことは無かった」
「……あれ。それってパンクとかしたりしないの?」
「良い視点だね、ベネノ」
「あ、ありがとうございます」
神様に褒められると照れる。
「この世の空気ってね、魂にとっては毒性が強くてさ。守りである外殻が無い限りは暫く経つと自然消滅しちゃってたんだ。――だから逆を言えばパンクすることはなかった。それが自然の摂理」
「第二の死ってやつだな」
第二の死……。
キャラクタが完全に読者から忘れ去られるストリテラの定義とはちょっと違うんだな、とかふと思ったりする。
「だけどとある時代で、その摂理がひっくり返される。いつだか分かる?」
――突然のクイズ!
「え、ええっ!? え、えーと……」
「主、主。戦国ですよ、戦国」
「……」
「あーるーじー。戦国っ。戦国って言ってみましょう」
「……」
「せーんーごーくー」
……滅茶苦茶耳元で囁いてくる悪魔がいる。
「え、えっと……戦国、時代?」
「そうっ! 正解! 勘が鋭いんだね、ベネノ!」
う、うーん。何だろう、褒められても嬉しくないぞ。
「今までは魂の自然消滅を待てば良かった。だけど戦国時代はそうもいかなかった。国中で戦が次々に勃発し、毎日何百何千という人々が犠牲になり戦場の露草となった時代。だけど、だからといって魂の自然消滅のスピードが速くなるわけでも気を利かせて大人しくしている訳でもない」
「――当然と言えば当然なのですが、戦国なので怨念・憎悪を抱える霊魂が自然と多くなります。いわゆる怨霊という奴は厄介なことにそれだけしぶとく、現世に与える影響もそれだけ大きくなる」
「分かるな? 怪奇現象・怪異・怨霊が一気に増大した」
「当時の祈祷師だったり陰陽師の手には負えなくなっていったんだ」
想像するだけでも恐ろしい。
血の川が流れる戦場、戦火に焼け焦げる夜闇。その影で怨霊に頭から食われているかもしれない人がいる。そしてそれが日常茶飯事。
伝染病なんかも多く発生したことだろう。
「その時魂達の安住の地を探し出し、境界を開いた男」
「それが山草千吉」
――山草。
「はらい者の祖、かつ、こいつのご先祖様だ」
* * *
「アイツは不思議なチカラを操る男だった。その地に昔からいる精霊と対話し、不思議な術を使う事も出来た」
「不思議な術?」
「そう。俺達はそれを『鬼道』って呼んでいる。――和樹」
「うん」
トッカに言われ、和樹は突然自身の親指の皮を食い破り始めた。
って、ええっ!?
「なななな、な、何してんの!?」
「何って鬼道だよ」
そう言った和樹の犬歯は血に塗れ、親指から玉のように血が膨らんで出ている。
そして彼の瞳も同じく真っ赤に染まっていた。
「……!?」
「まだ上手に使いこなせないんだけどね。こうやって空に陣を書いたりして、様々な術を使うんだよ」
血が出ている親指を立て、見えない壁に塗るような仕草をした。それに伴って空中に赤い線が引かれていく。
「自分の血液に自分の霊感――霊力って方が正しいのかな――を乗せ、術として発動する。それが『鬼道』。長良のチカラだよ」
言いながらどんどん書き、最終的に円で囲んだ五芒星が空中に出来上がった。
会話に知らない単語もどんどん出てくる。
「長良……?」
「ああ、そこら辺の話をしていなかったな」
僕が首を捻るとトッカが思い出したかのように手をぽん、と打った。
「『はらい者』には二つの家があるんだよ。それがうちら『山草』と『長良』」
「はらい者の祖は山草なのに?」
「この世とあの世の境界を作る時に二人の子どもをそれぞれ違う家の次期当主とさせ、自分の二つのチカラもその時にそれぞれの家ごとに分けたんだ。はらい者という職が出来たのもその時」
「どうして分けちゃったの?」
「そりゃあ、物凄いチカラだからさ」
トッカがそう言って不意に彼の鞄から何やら細長い紙を取り出した。
「……それ何?」
「陰陽師とかの話で有名なあの『お札』です!」
「お札!」
本物初めて見た!
何か格好いい!
「今回は俺達が主役って訳じゃないから細かい話はカットするけど、コイツは妖との契約のために使われたり、封印の為に使われたりする」
「ほへぇー……マジの札だぁ」
「マジの札だって言ってるじゃん」
夢丸がぽそっと笑む。
トッカは構わず続ける。
「これが持つチカラは絶対だ、封印や契約をした本人が解除をしない限りその効果は半永久的に続く。山草が受け継いだチカラはこっちの方だな」
「ほへぇー。さっきのは実戦向きっぽい能力だったけど、こっちは何というか……格好よくないというか何というか……」
「守備に力を注いだと言え! 先の長良の鬼道はお前の言った通り『実戦向きの能力』。一方、山草の封と契のチカラは『守備・関係性に重きを置いた能力』。この二つの能力が揃えば戦闘も出来て守備も出来る完璧超人が出来上がる。これは言うまでもないな?」
「ふむふむ。確かに」
「しかし完璧超人たり得る為にはそれだけの器が無ければならない」
「……ふむ? 確かにね?」
「――千吉はその存在自体が特別だった。故にこの二つのチカラを一気に操ることができていたんだ」
「裏を返せば他の子孫が必ずしも彼と同じように振る舞えるわけではないってことなんです。俺みたいに、長良のチカラが上手く扱えない者もいる」
いつの間に元に戻った和樹が指に絆創膏を巻きながら言う。
「毎回超人がぽろぽろ生まれてくれれば楽ではあるんだが……現実、そう上手くはいかない。更に言えばこんな強大なチカラをたった一家に預けてしまうと、そのチカラを悪用する不届き者が必ず現れる」
「そうだね」
マモンなんかは独り占めしたくて仕方ないんだろうな。――マモンがこの家の人間だった場合、一家の転覆のきっかけはこの男になると見た。
「故に分けることとしたんだ。互いが互いを助け合えるように、そして互いが互いの過ちに直ぐに気付けるように」
「それが家を二つに分けた理由なんだね」
「そういうことだ。この制度は今も続けられており、湯羽目に長良の本家がある。……今の当主は岳だったか」
「なるほどなるほど。『はらい者』の概要については大体分かってきたぞ」
「それは良かった」
そう言ってトッカがカッカッカと笑う(ダジャレじゃないぞ)。
でも……?
「あれ? でも、そしたら何で和樹はその『鬼道』を使えているの?」
「……」
「……」
それに「そうきましたかー」みたいな顔をする妖二名。
ん。あれ、聞いちゃいけない質問だった?
「い、いや! そういう訳じゃないんだけど、ね?」
「何というか、その……」
否定する割には話を中々切り出さない。
ずっともごもご言ったまま指同士をちょんちょん。どう言えば良いのか決めかねているような。
いい加減痺れを切らして、問い詰めようとしたところで和樹が口を開けた。
「若しかしたら矛盾に聞こえるかもしれないんだけどね」
「和樹……」
「大丈夫。はばかられるような内容でも言わなくちゃ」
心配そうに見つめたトッカを片手で制し、改めて言葉を紡ぎ始める。
「その昔、この町――いや、この世界は一度崩壊の危機に陥っていてまして。一度は山草家が抑えたんだけど、その時の封印が完璧じゃなくて」
言いながら拳をぎゅっと握る。
「また起こるかもしれないその可能性を案じて父さんと母さんが契りを結んだんだ。――妖と人間のあの『契り』じゃなくって、男女の契りの方」
「……真逆」
「父さんの方の名前は『山草拓郎』。母さんの方の名前は『長良叶歌』」
「そう。その真逆なんです」
「世界の崩壊を目論む『奴』という存在に対抗するべく俺の代からチカラが一つにまとまったんです。岳おじさんは俺を補助する為に居てくれてるんだけど、もう長良の鬼道は
……急にくそ真面目な話になってきた。
姿勢を正して次の言葉を待つ。
「『はらい者』についての説明をしている内に浮かんだんですけど、俺、今回の『天使の隠し子』騒ぎはこの『奴』が起こした事件が絡んできてるんじゃないかなって、思ってるんです」
「……『奴』?」
「良い話か悪い話かは全く分からないけれど……多分その件について話がしたいんじゃないかな? って……憶測だけど……」
「和樹、その『奴』って誰なの?」
僕が身を乗り出して聞くと彼は一、二度まばたきをしてからこちらを真っ直ぐ見つめた。
そして口に出した名前。
「ベゼッセンハイト」
「女神を執着的に追いかけ、新世界の創生を目論む黒魔術師だよ」
「……!!」
僕もマモンも同時に目をまん丸く見開いた。
とんでもない野郎の名前が出てきやがった。
(つづく)
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