件の脅迫状

「止めて! 夢丸、トッカ!!」


 向こうに少年が立っている。


 ふわふわの茶髪、白いジャケット、肩掛け鞄。

 見た所中高生の少年のようだ。

 ぱたぱた駆けてきて襲いかかってきた河童と天狗に詰め寄ってくる。

「ちょっと、何やってるんだよ! 初対面のひと達にいきなり乱暴はいけないっていつも言ってるだろ!?」

「ああーっ!! 和樹和樹、聞いてくれよー!」

「聞いて聞いて、和樹ー! それどころじゃないんだよー!」

 怒られているのにも関わらず、二人でお菓子をねだる子どものようにその少年に縋りつく。

「そ、それどころじゃないって何? 何か事情でもあるの?」

「聞けば分かる」

「こいつね、こいつね!」

「聞いて驚くなよ?」


「「今回の脅迫状の犯人なんだよ!」」


 素晴らしく息ぴったりのタイミングでこちらをびしーっと指差し――ちょっと待ったあああ!!


「……そうなんですか?」

「ち、違います! 違います!! まだこの世界、歩いてしかいないのにどうやったら犯人になるんですか!」

 僕が手をぶんぶん振って否定すると少年――和樹があちらにくるりと体を向け

「――と仰っていますが」

と問う。

「い、いやいやいや! 俺らが犯人っつってるんだぜ!? 何だよ、使い魔を疑うのかよ!」

「僕らは仲間でしょぉ、和樹ー! 僕んとこの神主じゃないかぁ!」

「そ、そうだけど」

「っていうか『この世界、歩いてしかいない』とか言ってる時点で何か怪しいだろ」

「あ、あ! あ!! 確かにー! ね! 和樹、怪しいでしょう? 『この世界』って何? 『歩いてしかいない』って?? ――ほらぁ。どう考えたって今朝の『天使の隠し子』でしょ!」

 え、え、え?? さっきからそれだけは違うって言ってるんですけど!

 このまま犯人扱いされるなんて、冗談じゃない!

「あーっ! そういうのずるいと思いますー! 僕らの意見もちゃんと聞いて欲しいですねェー! 話はそれからですよねっ! ねっ! マモンさん!」

「――ん。あ、あれ? 巻き込まれてます? これ」

 良いから同調して! と口パクで訴え、彼に無理矢理頷かせる。

「ほらっ! どーよ! まずは僕らの話を聞いてみても良いと思うけどぉ!? ね、和樹さん!」

「違うよ、聞いちゃダメなんだよ和樹!」

「そうだそうだ!」

「いやっ、いやいやいや! 何、村八分とかそういうやつですかぁ!? 外から入ってきたから怪しいみたいにされても困るんですけどぉ!」

 そんなこんなで僕vs天狗と河童みたいになってたその時。


「ちょっ! ストップ、ストーップ!!」


 和樹が声を荒げて僕らの間に割り込んできた。


「分かった。取り敢えずは話を聞いてみよう! 対処はそれから。ね?」


 二匹の妖怪をなだめる和樹。

 彼らは和樹には逆らえないのか、そう言われてしぶしぶ黙り込む。


「相手がどんな人なのかを決めるのは付き合ってみてからだよ、夢丸、トッカ」


「れいれいさんも言ってたじゃないか」


 柔らかな笑みは人を心の底から安心させる笑みだ。

 その後和樹はこちらに向き直り、にこやかに握手を求めてきた。


「さっきは俺の使い魔がごめんなさい。こっちの河童がトッカで、こっちの天狗が立石神社の御祭神、夢丸さま」


「そして俺は山草和樹。貴方は?」


「え、あ……僕はベネノ……」

「そちらは?」

「僕の使い魔で、マモンっていいます」

「よろしく和樹」

 僕がもぞもぞ言ってる内にマモンは紳士らしくきびきびと挨拶に握手まで済ませていた。は、はえぇ。


「えへへ、これからよろしくお願いしますね、ベネノさん!」

「え!? あ、ああ、よろしく……」


 僕は遠慮がちに彼の手をそっと握った。


 * * *


「で、お二人はどういった用件で門田町に?」


 山草家の居間に通され、お茶を出してもらった僕ら。マモンは出された麩菓子にすぐ飛びついていた。なんつーか「はとまっしぐら」みたい。僕は砂糖醤油のコーティングが美味しいお煎餅をぱり、と齧る。


「私達もシナリオブレイカー、特に『天使の隠し子』を探しに来たんですよ」


 ……。

 息するように嘘吐いたな、コイツ。

 まあ、全部嘘ってわけじゃないけど。

「そうなんですか」

「そうなんです」


「実は私達、物語を旅して回る者でして」


 笑顔でどストレートに言ったマモンの言葉に相手側が一斉に目を見開いた。

 和樹がごぼっと緑茶でむせる。


「え、も、物語?」

「何か物凄くメタいこと言い出したぞコイツ」

「すごーい! 前提からもうおかしいやぁ! わっはっはぁ!」

 たった一匹(一人?)夢丸だけ能天気な気がする。トッカの味噌きゅうりをぱりぱりやりながら大笑い。(当然それを発見したトッカに追いかけられてた)

「で、で、ど、どういうことなんですか?」

「この少年、私の主なんですが唯のキャラクタではなく『一番初めに死ぬ脇役』なんです」

「一番初めに!?」

「ええ。だから物語を――」

「渡り歩いてるって訳なんですか! へぇー、凄いなぁ! 本当に居るんだなぁ、そういうひと!」

 そう言ってめっちゃきらっきらした目でこっちを見てくる。ぴょんぴょん飛び跳ねた上に更に手まで取ってきた。

「何か黒耀から偶に聞くことはあったんです! この世には色んなひとがいて色んなことをしながら人生の主人公をやってるんだって」

「……」

「へへ、何か分かんないけどちょっと胸が熱くなっちゃった。彼から『中には何度も転生を繰り返しつつ俺らの人生が上手くいくようにしてくれる座敷童もいる』って話だけは聞いてたから」

「……黒耀が」

「そっか、そっか。ベネノさんもベネノさんのやり方で人生の主人公やってるんですねぇ、それで……えー、どういう仕組みで助けになってくれてるのかは分かんないけど俺らを助けてくれてるんですねぇ。凄いですねぇ! これが役割なんですねぇ! きゃはは!」

 にこにこ笑う彼の笑顔にちょっとびっくりした。

 僕が物語の主人公……?

 強奪してるから主人公って訳じゃなく、この生き方を脇役ではなく主人公と。そう一直線に言われたのは本当に久しぶりだった。

 この生き方に「すごい」とか「格好いい」とか言ってくれたのは彼の他にジャックだけだった気がするから。

「おほん」

「あ、す、すみません。つい」

 マモンにわざとらしく咳払いされ、我に返った和樹。金平糖をつまみつつ後ろに下がった。

「よろしいですか?」

「どぞ」

「では話の続き。それで彼はそういった役を任されていたのですが、ある日事件が起きまして」

「事件?」

「それってどうせあれでしょ? その子が一番初めに死ねなかったとかそういうことなんじゃないの?」

「ご名答。そういうことなんです」

 トッカに関節技かけられながらギブギブ言ってる夢丸の言葉にマモンが応えた。

 ……あれ、助けなくっても大丈夫なの?

「一番初めに死ぬことができない。聞くだけなら何でも無いようではあるのですがそれだけで彼の立場は揺らいでしまいます。それ以降の台本を知らない訳ですから、どのように振る舞えば良いのか分からない。下手なことをして物語が崩れても困るだけだし今更退場しても不自然だし」

「ほうほう、なるほどな。それでお前さん方は大変困り、黒幕を突き止めて倒そうとした……そんな所か?」

「驚きました。ここの妖達はかなり勘が良いんですね」

「それが……『天使の隠し子』?」

「もう説明は不要ですね。――そういうことです。彼らシナリオブレイカーは自分達の意図しない所で物語をぶち壊してしまうことがある。それは確かに仕方のないことではあるのですが、矢張りそれだと物語的にも主の事情的にも困る。そういう訳ですから私達は自分達の立場を確保する為にも物語を荒らして回るシナリオブレイカーを倒さなければならない。だから今は物語をぐるぐる巡っており、そうしてここに辿り着いたという訳なんです」

「だからあの脅迫状における『補正の強奪』について知っていたと」

「まあ、概略にはなるんですけどね」

「……なるほど。これまでどういった戦いをしてきたのかは全然分からないが、筋だけは通ってるな」

「ありがとうございます」

 にこっと微笑を浮かべたマモン。

 彼らは知らない。今この人、めちゃめちゃ自然に嘘吐きました。

 もうストーリーテラーやれよお前。そういう職業あるらしいしさ。

「……しかし和樹達の様子を見るに彼の所業は意図的?」

「だと、思います」

 そう言いながら和樹は不安げな顔で懐から丁寧に折り畳まれた紙を取り出し、見せてきた。

 広げてみると件の脅迫状だ。

「それが今朝、ポストに入ってたんです」




『山草和樹殿


 拝啓

 はらい者の仕事は順調に進んでいるかな?


 私は「天使の隠し子」。一部界隈では少しばかり名の知れている者で、君達も知る単語で表すならばシナリオブレイカーといったところだ。


 さて、早速本題にはなるが貴殿の「補正」を預かった。何のことやら分からないだろうが君の存在全てを掌握する大切なものとでも思ってもらえれば良い。それを返してほしければ一つ、条件を飲んで頂きたいのだ。


 ずばり。

 君と一対一で話がしたい。


 協力者を募るのであれば好きにすれば良い。だが、生半可な連中で太刀打ちできるような相手ではないということを念頭に置いておいて欲しい。

 また、時間をかけ過ぎれば君自身の存在と命が危うくなるということも。


 期限は今日の夕方五時までとする。

 それまでに私の居所を突き止め、私の元まで来るんだ。


 改めて言うが私は君と話がしたい。


 検討を祈る。


 ――天使の隠し子』




「……ふむ」

「マモン、これって」

「……」

 黙り込むマモン。

 きっと相手――「天使の隠し子」の意図する所が分からずにいるのだろう。

 僕だってそうだ。

 どうして和樹の補正を奪い、それを人質に彼を呼び出そうとするのか。

 そして何故、場所を指定しないのか。


 命・存在を奪いたいのか。

 話し合いがしたいのか。


 コイツがしたいのは何なんだ。


「心当たりはありますか」

「それが、全く」

「念のために確認をさせていただきますが、彼の存在も知らない?」

「ええ。初めて聞きました」

「とすると恨みによる犯行でもない訳ですよね」

「……」

 そこで沈黙が流れた。

 風が吹き過ぎていく。

 緑のざわめき、水面の揺れがやけにはっきり聞こえてきた。

 今日はやけに暖かい。


「ところで」


 マモンがふと切り出す。

 全員が顔を上げた。

「貴方のお仕事は確か……」

「『はらい者』、です」

 和樹がぽかんとした顔で答える。

「確か聞く所によれば妖と繋がる職であるとか……」

「それが、何か?」

「いえ、唯の可能性ではあるのですが……それまでに絆を紡いできた相手に何かあったとか、そういうのはありませんかね?」

 それを聞いてハッとなる一同。

「おいおい、ちょっと待ってくれよ! 何で誰かの為、ひとの為と頑張ってきた和樹がこんな危険な目に遭わなくちゃならねぇんだよ!」

「いえいえ! そんな恨みを買ったんじゃないかとか言ってるんじゃないんですよ! でも十人十色なんて言葉もあるように、他者から受けた好意を自分の私利私欲の為に使うような不届きな輩もいますから、ええ!」

 トッカに胸倉掴まれて、あわやぶん殴られる三秒前みたいな所でマモンが慌てて釈明する。

「だって、私達だってそんな特段恨まれるようなことしてる訳じゃないんですよ!」

「……」

「はらい者について知ることで何かほら、共通点とか見つかるかもしれないじゃないですか!」

「……、……」

「ね?」

 そこでようやくしぶしぶ手を離した。


「ささ。こちらの情報はお伝えしました」

 にこやかに言うマモン。

 ……伝えた情報、悉く嘘だけどね。

「教えてくださいな」


「貴方の秘密を」


(つづく)

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