門田町 立石神社

 門田町。

 世界一怪奇現象の起こる町。

 子どもが怪異に食べられることがある町。星と共に天使が降って来る町。天狗が子どもたちと夜明けを眺める町。

 精霊を信じる町。


 ダイダラボッチの通り道。


 そんなこんなで怪異だらけの町なのであるが、はて、どうしてそこに怪異が集まるようになったのか。

 それについては幾つかの説がある。

 例えば妖怪の類が集まりやすい磁場か何かがあるだとか、この世とあの世の境界がこの近くにあるだとか、龍神の巣がそこら辺にあるだとか。その他色々。

 でももう一つ。一番有力かつ、僕もそうなんじゃないかと思う説がある。


 即ち山草家の本拠地であるから、というもの。


 あの家はどうしてか怪異の類を呼び寄せる。


 * * *


「わぁーっ! 思いがけずいい天気ー!」

「露が陽光に反射して綺麗ですね」

「本当だねぇ」

 雨上がりの涼しい風を受け、思い切り息を吸えば洗われた世界の匂いがする。下を見れば行儀よく建ち並ぶ民家が見える。

 まだ朝も早い、午前五時くらいだろうか。朝霧が今だ深く冷たく森を湿らせていて、夏なのにどんな眠気もばっちり覚めそうである。

 ここは門田町。明治街や湯羽目村の近くにある町で、世界一怪奇現象が起こる町として有名。

 飲食店やコンビニもあるにはあるが……ちょっとね? みたいな、ほどほどの田舎町。ちょっと顔を上げれば山ばっかりだ。

 舗装されてる道路はどこかひび割れてて当たり前。そんな田舎町。バスはマジで四、五時間に一本、しかも町の外にはめったに出ない。そんな田舎町。

「それで? 確認だけど、これから僕らが行くのってあそこ――立石神社なんだよね?」

「そうです。あそこが目的地」

「ふむふむ。そうしたら、えーっと? そこに行って、まずは物語に書かれていた通りに彼らと合流して、話を聞いて、台詞はこうで、そしたらついて行って、ここでも喋って、台詞は今度はこれで、後は、えっと……、……あああ久し振りに物語に関わるけどやっぱ面倒臭ーい! やめたーい! 自由ばんざーい!!」

 マモン所有の運命の書をばたむと閉じて、うだーっ! と一叫び。

「メタいですよ、主」

「そんなん言ってらんないよぉー! やっぱりさ、こう、無視できないの? 『運命の書』にちょちょーっと書き足すなり何なりしてさ」

「無視、ですか?」

「だって僕達、シナリオブレイカーなんだぜ!? だからさー、ほら、シナリオブレイカーらしく物語と反対方向に突き進むみたいなさ。何か出来ないわけ!?」

「うーん。補正が敵の手に渡っていて、しかも物語全体に作用してる限りは無理ですね。物語に名前が記名され、秘密裏に潜入というのが出来なくなった以上、このシナリオに乗っかる他方法はありません」

「えー!? そんなぁ! 何とかならないのぉ!? マモえもーん!」

「えーじゃないですよ、ベネ太くん。最初から壊す気マンマンでぶち当たってったらまず運命神に阻止されますし、何より補正を奪う前に追い出されてしまいます」

「……」

「そのまま出禁になるよりかは大人しく従っておく。それが最適解ではありませんか? ね?」

「……むぅー」

 そうだけどさー。

 うーん、何て気の利かない世界なんだろう。

 そう思いつつ頬を膨らませているとふと、気付く。

「でも……あれ? よくよく考えてみるとさ」

「はい」

「そうするとシナリオブレイクにはならないんじゃないの? こう、物語に逆らわず素直に居続けるんだとしたらさ」

「そこら辺はご安心ください、隙を見てシナリオのレールから逃げ出します」

「出来るの?」

「まあ状況によりけりですが、彼の物語には必ず穴があるというもの。そこから事故を装って物語から脱出すれば後はやりたい放題」

「そしたらそこでシナリオブレイク?」

「そうです」

「それこそどうやって?」

「……」

 そこら辺はまだまだ考えていないらしい。

 おい?

「取り敢えず、取り敢えずです。物語によれば我々は通りすがりの協力者。そしてこの物語の補正を求める者。彼らの補正を共に取り返すふりして最終的に我々が頂いちゃえば良いんじゃないでしょうか」

「そうかぁ、彼らに返すはずの物を僕らが奪いとっちゃうんだもんね」

「そうですそうです」

「なるほどなぁ。ちょっとベタ過ぎるし、SFでも同じことやったような気がするけど……そっか、僕達に関しては『協力者がどーたらこーたら』みたいなことしか書いてなかったもんね、あらすじ」

「ええ。好きにやってしまいましょ、書いてない部分に関しては」

「そだねぇー」

 そんなことを言いあっている間にも眼下に小さな神社が見えてきた。

「それでは高度を落とします。さも偶然通りかかったかのように装って頂くモン頂いちゃいましょう!」

「ほい!」

 ダイレクトに立石神社――ではなく、近くの森に着陸する。そんな「親方! 空から男の子が!!」みたいなことはしない。

 今だ寝ている住民達(特に山草和樹)を起こさないよう、慎重に地面へと近付いていく。

 ふかふかの地面にそっと降り立つとそこには――鹿がいた。


 ……。


 ……、……。


「ふぇっ! し、しかっ!!」


 思わず大きな声を出してしまったことでびっくりさせちゃったらしく、木々に紛れて見えなかった色んな動物達がぱーっと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「しええぇぇー」

 これが門田町……。

 何か得も言われぬ感動が胸に押し寄せ、森の端っこへ。

 そこから外を覗くと、これまた感動する程の一面の田んぼ、田んぼ、田んぼ!!

「ひょわぁぁああーっ! 田んぼだ!! しええぇぇー!」

「主。変な声出てますよ」

「だって! 鹿に田んぼだよ!! ド田舎じゃん、思ったより!!」

 ん。

 そこまで言ってから、また気づく。


 ……、……。


 ……あれ。


 町か? ここ。


「湯羽目村と間違えてないよね?」

「ないです」

「本当に町なんだよね?」

「町です」

「じゃあ何で鹿が」

「門田のモデルとなった町にも普通に出ますよ? 鹿とか熊とか狸とか」

「じゃ、じゃあこの田んぼは?」

「……田舎知ってます? 主」

「……、……え、そういうもんってこと?」

「そういうもんってことです。――さ、行きましょう。こんなん続けてたら日が暮れてしまいます」

「そういうもんってことなのかぁ」

 ささ、こっちにと案内された先。立石神社は小さな山(丘?)の中腹辺り、町を見守るようにぽつんと建っている。

 参道に沿うように、大きな針葉樹がどっしりと何本も立っていた。

 上を見上げると風が吹く。昼頃は木漏れ日が美しいのだろうと思わせる景色。葉っぱがざわわと揺れている。

「ここが立石神社?」

「天狗が修行をしてそうな山と木々ですね」

「へー。祭神って天狗か何か?」

「なんでも夏休みのはじめの日、一番最初にこの神社に来た子どもの願いを三つまで叶えるとか」

「ほー。粋だ」

「ね。ロマンあふれる神様ですよね」

「話してみたら案外悪戯好きだったりして」

「ふふ」

「今から楽しみだ」

「本当ですね」

 そうやって談笑している内にもう鳥居の前。

 鳥居は石造りで、「THE 田舎の神社」って感じ。

 二礼、二拍、一礼できっちり挨拶し、神社の更に奥の方にある山草家を目指――したいところだけど、一応偶然というテイなので境内をぶらぶらすることにする。


「それじゃ」

「入りますか」


 全く危機感も持たず、遠慮なく足を踏み入れ――




――ようとした所でマモンが突然僕の体を抱きかかえ、後ろに退いた。




 もうもうとした土埃の奥、目の前に二体の影がある。


 あれは……河童と、天狗?


 * * *


流水穿敵りゅうすいせんてき!!】


 直ぐに河童が瓢箪から水の弾丸をぶち飛ばしながらこちらに迫ってきた。

「うわわっ!」

 後退しつつ避けながら紋様からサーベルを取り出し、弾丸を弾く。

「何をするんだ!」

「それはこっちの台詞だ、!」

 河童が言った言葉にハッと目を見開く。

「ま、待って、シナリオブレイカー? どういうこと?」

「とぼけるんじゃない!」

 水の刃を取り出し、サーベルと切り結ぶ。水飛沫が飛び散り、金属と水流とが拮抗し合う。

「お前、和樹に脅迫状出しただろ」

「脅迫状!? そんなの出してない!」

「とはいえ、タイミングが絶妙すぎるんだよね」

 そこに天狗も合流してきた。

「何が」

「ここまでくりゃ分かんだろ。!」

「トンデモないって――!」

 そこまで言われてようやく悟る。


 ――ある日、和樹の「補正」が盗られてしまったところから物語は始まる。


 これか?


「それってアレ!? 補正が奪われたとかってやつ!?」

「「ほらあああ、分かってんじゃないかああああ」」


 う、うううげげええっ、しまった!!

 ドンピシャらしく、益々攻撃の手が激しくなった。

「何してんですか、主!」

「でもでも、そういうことでしょ!? 要はさ!」

「まあそうですけど!」

「じゃあいずれはバレるじゃーん!」

「そうですけども!」

【瀑泉!】

「「どぅわわー!!」」

 大きな滝が空中より現出し僕ら目掛けて降って来る。

 互いに横に移動すればその真ん中を穿つように暴れる水が通り過ぎた。その時の水を風で新たな武器に成形し直し、天狗が自分の武器にしてこちらに飛び込んでくる。河童は天狗から受け取った武器を片手にマモンの方へと飛び込んで行った。

 打撃一つ一つはそんなに重くないのだけど、兎に角速い。防戦一方だ。

「さあ、そろそろ白状して補正を返しすんだ! 使!!」

 ――ん。

 天狗がぽろっと言った言葉が耳に引っかかる。


 ん、んん!?

 それ、僕らの敵じゃんか!!

 真逆、エンジェル……いや、でも彼女は……

 あ、あれ!?


「ちょ、ちょっと待ってよ、それってどういうこ……」

「問答無用! 分かってる所が益々怪しい!」

「ぎゃああああ!」

 ズバッと振って来た水の刃に伏せて避けるも、髪の毛が何本か散った。

 しかも相手は素早いのに伏せちゃったもんだから全然起き上がれない。


「何なら無理矢理取り返すまでだ、天使の隠し子!」

「うぇうぇ! そ、それは困る!」

「困る?」

「そっ、そういう意味じゃ!!」

「もう隠せないね!」

「お終いだあああっ!」


 もうどうしようもないぞ、これ……!

 思わず目を瞑った。


 どうしよう、どうしよう!

 このままじゃ……!


「お覚悟ォー!!」

「うわああああああああああっ!!」


 ――その時。






「止めて! 夢丸、トッカ!!」






 ――え。


 向こうの方に、少年が立っている。


(つづく)

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