化ける
それから約一週間後。
様々な計画、作戦をフル活用した結果。
「マモンマモン! 遂に来た!」
「聞いてましたよっ! おめでとうございます、主!」
二人手を取り、るんるん踊る。何故こんなに喜んでいるかについてはもう読者の皆も薄々気付いているだろう。
そう!
「休日デートキター! 待ち合わせはカフェ!! 作戦第二段階ー!!」
「万歳ー!」
* * *
某日。朝六時。
「遂に来たか」
「お願いします。――主、ほら」
「う、うん……」
男性にしてはちょっと長めの髪を後ろでぴょこんと縛った怜さんにマモンが軽く会釈。僕もマモンの背中からそっと顔を覗かせた。
ああ……似合ってますね。エプロン姿も新鮮とかいうやつですね。
「お、べんべんいらっしゃい。対面は久し振りか?」
「ア!? ア、そうでしゅね……」
「会いたかったよ」
「ヒ!!」
だめだ! やっぱ無理!
凄いスピードでまた隠れた。
それにマモンがじとっとした眼差し。
「……主は狡猾な魔性の女なのかポンコツうぶちゃんなのかどっちなんですか」
「分かんないよー……兎に角顔が見れないんだよ……」
「……フムなるほど。ファム・ファタールはあっちで、この座敷童はその後光を浴びているだけなのか」
「ち、違うけど! 全部自分で考えた作戦だし!」
「じゃあ顔を出せば良いじゃないですか」
「ヒ、ヒー!? 何てことを言うんだ! 今はちょっと無理だよ待ってよー!」
「……」
第一段階は放課後、「貴方だけに見せる表情なんだからねっ!」作戦。
作戦名だけ見ればかなりくっだらないが、意外と効果があった。最初からある程度惚れてくれている状態だったので、後は貴方が好き好きムーブを彼の前で繰り返すだけ。自分達は両想いなのかも? と彼に思わせられたらその次は「自分のことを共有作戦」。貴方にしか話さないことなんだけど、みたいな相談を持ち掛けて庇護欲を刺激。またはわざと黙ってみせて相手から情報を引き出したりもした。帰ったら全てメモに取って、彼と好みも趣味もその他etc.完璧に合う女に。
そうして彼から先輩らしさが取れてきたらあともうちょっと。
「ね、千草。来週の週末暇?」
――その言葉を待っていました!
「なるほどねぇ、俗悪たぁ面白い。良い作戦じゃないか」
「だそうですよ、主。良かったですね」
「小さいです、主。今何て?」
「……」
「黙ってばかりじゃ時間を作ってくださった彼に失礼ですよ」
「……」
「――もう、主、ホラ!!」
「わわわーっ!!」
背中から引き剥がされ、また猫みたいに抱えられた。
「お願いしますは!」
「おねが……します……」
それに怜さんが大笑い。
「こりゃ旦那も惹かれるわけだな。まるで小動物だ。――な、顔見せてよ」
「主」
「……」
ふるふると首を横に振る。
無理です。無理無理無理……。
「主……! いい加減になさい! 約束の時間もあるんですから!」
「ヤダムリー!!」
隠れる物が無くなり、両手で顔を隠した僕の腕をマモンが力ずくで御開帳してこようと必死。
それに力ずくで抵抗。
「貸してごらん」
と、そこに怜さんが近付いてきた。顔を隠す右手に熱い手がかけられる。
わっわっわっ! やめてっ! 見たら死ぬ! きっと死ぬ!! 触られただけでもう瀕死なのに! 見たら眼球弾け飛ぶ!!
死んでしまうー!!
「べんべん、久々の対面じゃないか。可愛いお顔を見せておくれよ」
「見たら死にます……」
「何を?」
「顔」
「誰が」
「僕が」
……。
……、……。
「ぶわはははは!! 死ぬか! そーか死んじゃうか!! だははははは!!」
「死んじゃいます……」
「ならもっと見たくなった。見せて」
「死んじゃいますって!」
「お前をそれで殺せるなら本望だよ。今はどう
「……!」
「ほら。それとも俺以外の男には見せて俺には見せてくれないの?」
「……」
「意地悪」
どっちが!
手を優しく差し込んでほぼ泣きそうな真っ赤な顔を露わにした。両手で頬骨の辺りを持って少し持ち上げる。
「うん、うん……恋をしている顔だ。綺麗になったね」
あううー、そんなこと言って頭をよしよししないでー!
「それじゃあ始めよう! レトロカメラ、木霊、おいで! ご挨拶」
後ろを向いて向こうの方でじゃれてる二人を呼んだ。
てけてけ走って来たレトロカメラさんと木霊というらしい片目を前髪で隠した少女。サッと怜さんにくっついて、こちらをじっと見つめてる。
な、何だアイツ。
「主? 嫉妬してるんですか?」
「してないーっ!!」
「そそ、そんなに大きな声出されても……」
* * *
「はい、紹介します。まずは助手のレトロカメラくんー!」
『どうも!』
また半紙に書いてる。しかも今度はサッと取り出せるように前もって準備しておいたのか、可愛い男の子の絵が描いてある。
これなあに? と聞いたら今私を置いてけぼりにしている彼の主とのこと。
レトロカメラさんにも主が居るんだなぁ……。
「因みにその主は今何してるの?」
『死神退治に行きました』
わ、わお……。
「コイツのお仕事は鏡係、くしやはさみ等の道具調達、メーク道具のセレクトに運搬、服の生地の調達及び服作りのお手伝い、休憩時のバタークッキー、紅茶、木霊のお世話にご機嫌取り、場所取り、金勘定、後は掃除、雑務……」
止まらない彼の業務内容。彼は一体いくらで雇われているのだろうか。
「そしてこっちの女のコが、っと!」
「やめてよ怜!」
「最近余計な一言で恋に破れて絶賛意気消沈中の
「一々煩いのよ! そろそろ噛むわよ!!」
「お前こそ扶養されてる身の癖に」
「……」
さっきの僕のように猫が如く持ち上げられる木霊。あのがめつい怜さんに何と扶養してもらっている二人のうち一人だという。神秘的にも見えるその美しさに何でかムスッとなってしまった。どうしてこう、右を向いても左を向いても美女ばっかりなんだ! ここいら辺ってのは!
「嫉妬ですか?」
「嫉妬じゃなあああああい!!」
「さ、さっきよりも煩い……」
「そいで!」
言いながらこちらにぴょんぴょんスキップしてくる怜さん。
僕の肩を不意にわしっと抱き
「こっちがべんべんでー、こっちがもんたん! はい、仲良くすること!」
「私、もんたんなんですか……?」
「そ。良いだろー」
ふふ……やーいやーい!
何だよぉ、その絶望みたいな目はァー。
やめとけよぉーやめといてやれよぉー。
「それじゃ、おいで。ベネノ」
……からの本名呼びはヤバいって。
不意打ち反対ー!!
「ふふ。やーいやーい」
棒読みで言いやがって、覚えてろこのクソ悪魔!
「で、べんべん。今日はどこ行くの?」
「彼が選んでくれました。明治街 波野町のパンケーキのお店。朝十時の待ち合わせです……」
「へぇ、人気店じゃねぇか」
「予約が取れたって」
「ほぉ。そりゃあうんとお洒落してかないとな」
「……はい」
「とはいえ、ウィッグを直接いじるってのも変だけどなー」
「あはは」
「取っても良いか?」
「勿論です」
ずっと見慣れていたウィッグが取れて何だか頭がスースーした。今見ると自分の本当の姿の方が何故だかちょっと変な感じ。
「お前の正体を見るのもこれが初めてか」
「えへへ、そうでしたっけ……」
「うん。こうしてみるとやっぱ男の子なんだなって思うよ。凛々しいね」
「へへ……」
「さて、どうするか。丸顔は活かしていきたいから、頬は出して……」
隣の首だけのマネキンに被せたウィッグをとかす怜さん。本当だ、ちょっと不思議な感じがする。まるで自分が見習いになったみたいな。
「いつもはどんな感じで彼と接してるの」
戦闘でちょっと荒れた髪の毛とかを切りつつ整える。
「え!? え、えと……」
「大変身です、情報屋。あざとかわいい女子になりきって彼を翻弄してます! そいつ、魔性の女してるんです!」
「ま、マモン!!」
「わぁーはっはっは!! マジか!! 見てぇ見てぇ、それは見てぇ。皆でついてくか」
「やめてくださいっ! ――もうー、マモンが余計な事言うからー!!」
「何ですか? 事実じゃないですか」
「そうだけど……ぼっ、僕が言う所だったんだよ!!」
「ふーん?」
「疑うな!!」
そう言ってくるりと前を向いた時――。
「……あれ、嘘だよ」
木霊がぼそりと言った。
マモンの目が見開く。
「嘘?」
「あの子、恥ずかしがってる。怜に対して良い顔見せていたいって。変な子。煙草臭いだけのがめつい親父なのに」
「分かるんですか?」
「まあ……嘘が分かるのよ。それだけ」
嘘が分かる……。
目の前の少女の意外な秘密に胸を打たれたような衝撃が走った。
とするとこの少女の姿も偽りの物か?
自分には分からないことだが。
全く。あの情報屋自身も含め、彼の周囲はとんでもない。
少しだけ、彼女を知りたくなってきた。
「……、……失礼ながら恋愛での余計な一言というのも」
「ううん、それは相手も承知だったの」
「……」
「守りたかっただけだった。それがね、こう……ちーの心を傷つけてしまったの」
「……」
「貴方もそんな経験したことある? 守りたかったのに傷つけてしまったこと」
「……言ったって悟られてしまうのなら言いません」
「今も苦しい?」
「……しかし、これが主と私を引き合わせた」
「悔いてないの?」
「世界が変われば気にしている余裕もありません。悔いも苦しみも」
「そう。……私も思い切って違う世界でやり直せたら良いのに」
「きっといつか、貴方の望みは叶います。読者の目がある限り、私達は生きていられるのですから」
「……ありがと」
ぽつぽつと会話している内に向こう側からでけたー! と能天気な二人の声が聞こえてくる。
本当に憧れている主の楽しそうな横顔に口元がほころんだ。
あの頃、私もあんな顔をきっとしていた。
私達はあの日、七人で最強だった。
「どうだー! やっぱ可愛い女子にはこんな髪型してもらいたいだろ!」
「ポニーテールも良いけど……おおお、これもそそられますなー!」
「な!」
真っ黒な髪でゆるりと編んだ三つ編みツインテール。フィッシュボーンみたいに頭の所から編み込んでるけどふんわりさせてるおかげでとても可愛く見える。一見するとおさげ髪に見えるこれに白いリボンとお花をちょこっと付け足してくる辺り!
「三つ編み=幼いイメージ云々はもう古い! 他のアレンジに使えばアクセントになるし、何より俺の好み!」
「怜さんの好み!」
良いこと聞いた! ――じゃないじゃない。
ごほんごほん!!
「じゃ、早速被ってみて。必要なら微調整する」
「アレンジ、崩さないかな……」
「その為のさっきのスプレーよ。ガッチガチに固めておいたから安心して被って。終わったら全部元に戻してあげるからここに帰ってきなさいよ」
「はい!」
「良い返事だ」
いざ被ってみると自分じゃないみたいでとてもどきどきする。アクセサリーとか付いてる分、頭がちょっと重い。
……誰だこの人。
「可愛いよ。俺が嫁に欲しいくらいだ」
「お嫁さん……か」
「ん? 何だって?」
「何でもありません!!」
不発弾はやめて!
「んー? んー、まいっか。――よし。それじゃあ着替えだ! 一旦ウィッグも服も脱げよー。さあてどうしようかな……デートだろ? すれ違う男共軒並み振り返らせたいよな……」
そうして二人で用意された服の中からチョイスしたのは体型の特徴を隠せるゆるめのニットにチェックのAラインスカート、茶色いロングブーツ。この落ち着いた雰囲気に合わせ、アクセサリーは金の土台にパールをはめた可愛らしくもどこか大人っぽいもの。まだ春で良かった。もう少し遅ければ筋骨隆々たるこの腕を出さなければならなくなるところだったのだ。
「ベレー帽あっても良いか?」
「ベレー帽は秋の方が良いんじゃないの? 今は春だし、それで十分だと思う」
「確かに。木霊ナイス」
「……お小遣い増やしといて」
「それはお断り」
さて。
服も髪も整った。
でもウィッグ、何で被らな――
「後はお化粧だな」
「おっ、お化粧!」
――忘れてた!!
「予告しといたよな。……やったことある?」
「な、無いでしっ」
「そうか。意外とお時間頂くぞ? 覚悟は良いな?」
言いながら慣れた手つきで前髪を上げていく怜さん。
「どれくらい……」
「場合によるけど……まあ今回は丁寧にしっかり整えていきたいから……一時間程度? かな……。余り濃くはしないつもりだが紅は当然さすし、まつ毛も上げるぞ」
「ひょええ……!」
い、一時間は……心臓が……持たないのでは……。
「化学製品とかのアレルギーは大丈夫か」
「あ……多分……?」
「多分か……。一応パッチテストしてくか」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「あ、それと」
「ひゃいっ」
「りらーっくす。デート中顔に出るぞ」
に、と優しく笑んで頬を揉んでくる。
あ、あわわ……。
「ひゃ、ひゃい……」
「じゃあ先ずは顔を洗おうー」
「ひゃい……」
「レトロカメラ! メークセットとタオル! 泡洗顔料、使ったことある?」
「無いでし……」
その後のことは基本頭に残っていない。
兎に角、近かった。近かったのだけ覚えてる。
後は煙草のかおり。
鼓動の数で寿命が決まるって学説をどこかで教わったけど……。
間違いなく今回のだけで人生の半分は持ってかれた。
* * *
「完成ー!」
「おおー……! 主、見違えましたね!」
「本当、アンタ手先だけは器用よね」
「おい木霊ちゃん、どういう意味だそれ」
『すごいすごい!』
何分経ったか覚えてないけど……。
気付いたらそこに美少女がいた。
「化けたな、べんべん」
怜さんの微笑が僕の顔を見つめ、いつもみたいに頬を撫でた。
(つづく)
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