生まれ変わった少女 序
彼女が手を振ると横にずらりと並んだ苦無がこちらに向かって突っ込んできた。
「イィ!?」
慌てて伏せて避けるがウィッグの髪の毛がちょっと散った。
よせ!! 数少ない女の髪なんだよ!!
「ねえ、マモン! あれ『強欲』なんじゃないの!? 普通は一個だよね! しまえるのってさ!」
『そうですねぇ』
「サイジョウ先輩もお腹には一個しか入れてなかったし、テラリィさんなんか入れることも出来なかったんだよ!?」
『……』
「どうして千――違う、富士子が持ってんの!? アレ!」
『どうしてでしょう』
「マモンが何かやったとか!?」
『さあ?』
「さあ、って……アンタ、あれ、自分の力でしょ!? どうにかならんわけ!?」
『確かに、あれは力においてもその気配においても私の物ですね。コピーとかそういうのではないようです』
何を呑気なこと!
「じゃ、じゃあアレ!? 奪われたってこと!?」
『……だとしてもその能力を奪うにも私の「強欲」とかが必要ですよね』
「ま、まあ……そうだね……」
『ならばこれはどうですか?』
『彼女が「天使の隠し子」本人である可能性』
……!?
『「隠し子」のことを別人みたく言ってましたけど、わざわざそう言いそう偽って警戒心を解こうとしているとか。その上で運命神から何かしらの私に対抗できるものを与えられた、とか』
「んー……あり得るかも?」
僕でいうとこの累丸に聖水に聖書とか、そういうのだよね。だとすればそうだ。アイツなら用意しかねない。間違いない。
――いや、だとすれば、だけどね。
『まあ、だとしても何故私の能力を持っているかは謎のままということですが、可能性だけはありますよね』
「そうね」
『でも。本場物はこちらにアリです』
「勿論」
『負けることは無いですよね? 主人公サマ』
「ああ、勿論!」
またしても狂いなく飛んできた苦無を今度は刃の正面で受け止めた。その直後、手裏剣の大群が飛び込んでくる。走っていれば当たる物も当たらない。彼女から目を離さず、時折壁を走りながら攻撃を確実に避けた。
これから本屋に藤森と入るのに、血みどろとか怪しまれる格好だけはしたくない。……くそ、股間がスースーするんだよ! 早く終わらせるぞ!
こちらの動きに合わせて相手も場所を変えつつ、どんどん腹から忍器を出し、ぶっ飛ばしてくる。――なるほど。この身のこなし、ついでにあのメス発言は千草のものではない。彼女はどこかのタイミングであの天使と接触したことにより生まれ変わったとみえる。
しかし。しかしだ。
手裏剣のみとかならばともかく、苦無も何でも全てこちらに飛ばしてくるというのには違和感しか感じない。
武器がどんなに沢山あれど、その数は有限だ。それなのにこんなに単調に投げるばかりというのはどうしたことだ。
狙いが正確というのは認めよう、しかしながらその対策はこうして既にされている。それでも今まで通りホイホイ投げるのは唯の馬鹿だ。その他の使い道もあるのだからそこに力を割けばいい。なのにしてこない。
こちらは大振りの鎌、一撃必殺の武器。一度外せば普通の剣よりも使い物にならないが攻撃力だけはえげつない当たり外れの差がデカい武器。対して彼女は身軽で小さく鋭い忍器。加えて彼女が今投げている苦無は飛び道具の他に近接武器としても使える万能武器だ。ならば懐に突っ込んでくれば良いじゃないか。一度僕の鎌を避ければ何発も叩き込めるのだ。これ程戦いやすい武器の相性というのもそうそう無いだろう。
とすれば可能性は四つ。
一、「強欲」の性質を知っている為に迂闊に近寄れない。
一、大鎌にびびって近寄れない。
一、射撃能力への過信。
一、まず、「戦闘」や武器の長所・短所を知らない。
どれもあるだろうが、一番デカいのは四つ目か!
「イケる! 突っ込む!」
『はい!』
突然の進撃に目を丸くした彼女が焦って手裏剣やら何やらを色々飛ばす。どれも狙いは正確だ、動きを止めれば必ず当たる。脅威には違いない。
だがそれらが今目の前で全て弾かれているのだから、いい加減戦術を変えろ!
刃の先が彼女の喉元を掠めた。
後退し、防御に転じた彼女の動きはよく見ればどことなくおぼつかない。
当たりだ。彼女は戦闘のいろはを何も知らない。
「ほらほらどうした! かかってこいよ!」
「ウ」
加えてビビりだ。自分の知っている戦術以外を開拓しようとしない。
原因は「強欲」か。それとも
――「強欲」を手に入れるとその武器はまるで自分の手足のように扱えるようになる。それは今まで突壊棒ばかり扱ってきた僕がこれだけの武器を使いこなせるようになったことからも分かる事であろう。とすればこれは推測であるが、彼女はそれに酔い、頼り切るような忍と化した。
そしてお披露目会たる今、こうして裏目に出ているのだ。
「『恋愛』の主人公はこの程度か!? ちょろいな!」
「煩いな! 一々!」
そこで初めて横に苦無を薙いだ。
だが、遅い。隙だらけだ!
鎌の威圧と重さで数合交わし、足蹴一つで痺れた手から苦無を弾き飛ばした。
「キャ!」
態勢が崩れる。足蹴の為に持ち上げた足を地に落とし、踏ん張って軸とし、遠心力で刃を首に向けて振る。
が。
――ぴ。
頬を手裏剣の刃が切り裂いた。勢いが思わず削がれる。
金属が頬の肉を少しく抉り、紅が花弁のように少量散った。
……本当にコントロールだけは良いな。
すぐさま頬の汚れを袖で拭い、今度はもう少し小さく鎖鎌を取り出す。
決めよう、今すぐ。もう付き合ってられない。
重りの付いた先を振り回しつつ、また彼女の元へ飛び込んで行った。それにたまたま成功した先の攻撃で対処しようとする。
無能かよ。
「ア――!!」
富士子の足に遠距離から鎖が巻き付き、すっ転ばされた。重りと鎖が上手い具合いに足に絡まって取れないでいる。
その醜態の近くに滑り込んで座り、藻掻く手に抵抗される前にその柔な腹に左手を押し付けた。
「猛毒」
小さな目玉がぎょろりと開き、血管のような模様がじわりと小さく浮かび上がる。
目を見開いた。
「アアアアアアア!!」
腹を抱え、涙を流しながら痛がる彼女の足から鎖を外し、マモンを鎖鎌から元の姿に戻す。
「勉強し直しておいで。それじゃ僕には勝てない」
「ううう……覚えてろ! クソ野郎! ツツ……」
彼女の悔し涙を振り返りもせず、藤森の元へ戻った。
――弱い物いじめみたいで余りいい気分はしない。
だが、手加減もしなかった。
メス、撤回しろ。
* * *
「――ってあれ! 千草ちゃん、と、あ、あれれれ」
「ひゃ! 先輩、大丈夫ですか!?」
掴んでいたはずの彼女の腕が突然手の中からなくなり、その反動で倒れそうになっていた自分の体を華奢な彼女が支えていた。
「あ、あれゴメン! いつの間に……」
「いいえ、気にしないでください。それよりも怪我はありませんか」
「だ、大丈夫……」
「ああ、良かった……」
安堵の笑みを零すその表情にまた男の胸が音を立て、かき混ぜられた。彼女の見せる表情一つ一つに何故だか見とれてしまう。初めて見た時からそうだったが……今はそれよりも……。
「先輩?」
「ええっ!? あ、何だい?」
「休まなくても大丈夫ですか? 体調が悪いのをおしてまで付き合わせてしまうのは……その、悪い気がします」
「あ、いや、大丈夫。何ともないよ」
「でも、さっき突然倒れて……」
「大丈夫。無かったら困るだろ? ほら、行こう」
「……ありがとうございます、先輩。本当に助かります……! 先輩って本当に優しくって頼り甲斐がありますよね!」
「そ、そうかな……って、ちょっと待って。千草ちゃん、怪我してない?」
「ええ!? ――あ、気にしないでください! ちょっとしたかすり傷です」
「駄目だ。女優の顔に傷跡が残るよ。先に絆創膏を買いに行こう」
「でも」
「でもじゃないよ。今は僕が先輩だ、奢らせて」
「先輩……」
そうしてまた他愛もない談笑を始める二人。
余りの痛みに撃沈して呪いの言葉も吐き出せない富士子をエンジェルは慌てて抱き上げた。
「アジトに帰ったらすぐ治すからね、もうちょっとの辛抱」
「うう……いたた……」
それが出来るなら助けてよ……。
思ったが言わなかった。
こうなれたのは彼女のおかげでもあるのだし。
それよりも、悔しさと憎しみ恨みに体が焼けるように熱い。
今に見てろ……絶対に見返してやるんだから。
(つづく)
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