ファム・ファタールⅡ 人気のカフェ

 この格好の破壊力ったらなかった。


 物理的にじゃない。精神的にだ。


『凄い凄い、主! 主凄い!』

「それ以外の語彙を失ったわけ?」

『強欲としては堪らんですなー、男の視線を独り占め! 何人かから声かけられて逃げましたもんねー!』

 その時の余りのしつこさに焦りすぎて人ん家の屋根上っちゃったのは流石にマズかったと今でも反省している。

「化粧は化ける為によそおうなんて言うけどね……」

『やっぱりその女優オーラ主人公補正の影響も強いでしょう! そのオーラに完璧に合わせたファッションで補強が上手くなされ、最大限にその魅力が発揮されているのだと思いますよ』

「……何語?」

『お馴染み龍淵語です』

 ……未知の言語かと思った。

『それで? カレシはいつ頃の到着でしょうか』

「今は九時半だから……もう直ぐなんじゃないの?」

『……早く着き過ぎてしまったでしょうか』

「とはいえ迂闊にぶらぶらも出来ないよね」

『まあ。見つけてもらわないと困りますもんねぇ』

 その時。


「おーい」


 あ!


「君一人ー?」


 ――あ、違う、別人だこれ!


 * * *


 きょろきょろと周囲を見回し、藤森を探す。

「藤森いる?」

『気配でお探ししましょう……ですが彼の今までの行動から察するにもうすぐでしょう』

「だよね……取り敢えず、なる早で頼むよ」

『承知です』

「ねえねえ、一人?」

 僕とマモンのヒソヒソ話に無理矢理割り込んでくる陽気な笑顔の糸目の男性。顔に貼り付けた笑みが何か、怪しい。

「何してるの?」

「何してると思います?」

 時間稼ぎの為にわざと焦らしてみる。

 首をちょっと傾けて目をじっと見つめ、相手の様子を窺う。

「んー、観光? ――あ、としたらここ初めてなんじゃない? 人も多いし道も入り組んでるからさ、良かったら僕が案内しよっか? ね!」

 ぺらぺらとまくし立て、すっと手を重ねてくる男性。

 ……こいつグイグイ来るな。

 そうねぇとか言いつつ軽くあしらってると


『あ、カレシの気配発見です!』


 マモンからの報告アリ。

「どこ?」

『かなり近いですね。あと数分、下手したら一、二分で来ます』

「……なるほど」

 そこでニヤリ。

「どうしたの?」

 首を傾げる彼に改めて向き直った。

 わざと体をすり寄せ、彼の腕に自分の腕を絡める。

「優しい人。実は人を待っているんです」

 粘っこく囁き、肩に寄りかかる。

「でも一人でずっと待つのは寂しいなぁ」

「ずっと待ってるの?」

「一人なのを良いことに、何人かから追いかけられたわ」

「……キミ、綺麗だからね」


「ふふ、知ってる。だから貴方に守って欲しいの」


「……」

 ごくりと唾を飲む音が聞こえた。

 読み通り。

「あ、そうだ! じゃあカレが来るまでお話ししましょうよ! それが良い!」

「えっ、か、カレ!?」

「一人は寂しいの。それに貴方の案内、是非聞きたいわ。貴方の言う通り、ここは初めてなの」

「あ、でも」

「何なら貴方が一時の彼氏として何か買ってくれても良いのよ」

「……」


「それともビビった? 貴方の方が素敵なのに」


「浮気って、美味しくない? 蜜の味がして」


 耳元で囁かれた甘言に細い目を見開き、その奥のエメラルドグリーンがこちらを見つめた。

「お名前は?」

「大輝」

「千草よ。よろしくね、

 肩に甘えるように頭をくっつける。

 表情の変化を確認。


 落とした。


「――ねえ、カフェ・プリリエーってどんなお店?」

「あ、ああ、あのパンケーキ専門店かい? あそこは超人気店だよ。日本全国にその名が知れ渡ってる」

「へぇ」

「予約は一年先まで埋まってるみたいだよ。――これから行くの?」

「行くわ」

「何食べるか決まってる?」

「それが……何があるのかも分からないの。貴方は行ったことある?」

「勿論ないさ! 修学旅行生とか何年も待ったカップルとかで常にいっぱい。並べば列だけで地球を一周するだろうね」

「あはは、そんなに?」

「や、推定だけどね。でもおススメは知ってる」

「人気があるの?」

「そう。ハッピーハニーパンケーキっていうんだよ。アイストッピングをするのがお決まりみたい」

「へえ……!」

「ふわっと口の中でほどける生クリームが絶品との噂だよ」

「素敵! 今から楽しみだなぁ」

 あ、でも、と付け足すように言ってまた彼にくっつく。


「次行くときは貴方と一緒の方が良いかも」


 囁けばすぐに体を震わせて。

 面白い。


 ――と、丁度その時。


「千草……?」

「あ! 藤森先輩!」


 大輝さんからぱっと手を離し、藤森の腕にぎゅうと抱き着く。

「待ってました! 早く行きましょう!」

「……あの男は」

「昔馴染みです。たまたま駅前で会ったので、これから行くお店について聞いてたんです」

「くっついてた、ように見えたけど……」

「やだなぁ! そんなことするはず無いじゃないですか! 一途ですよ!」


「それとも、嫉妬……ですかぁ? 私には先輩しかいないのに」

「……」

「嫌いになって欲しくないです、こんなに好きなのに」


「……だ、だよね。ごめん、勘違いだったかも」

 紅茶の瞳にちょっと影が落とされる。

 良いねえ良いねえ。良いねえ。

「それじゃあ、またね! ! またここら辺のこと教えて!」

「あ、う、うん。また、ね!」

 極めつけを放つ。

 藤森の手が僕の体を強めに引き寄せた。


 * * *


「今日行くカフェ・プリリエー、凄いお店だって噂なんですよね!」

「千草は行くの初めて?」

「初めてです! だからすっごくすっごく楽しみです……! 予習もしてきたんですよ! ハッピーハニーパンケーキが美味しいんですよね!」

「そう! あそこの人気ナンバーワンだね」

 嘘こけ。さっき集めた情報じゃないか。

 ヘアピン、ぼそっと思う。

「でもそれはスタンダードで初心者向け」

「え!? そうなんですか!?」

「やっぱり通はごろごろフルーツ。はちみつとたっぷりの生クリームに豪華なフルーツをふんだんに盛った特大パンケーキが魅力といったところかな」

「わわわ、美味しそうです!」

「ふふ、あの店については何でも聞いてよ。食べ飽きる程食べたからさ」

「本当頼りになります、先輩! 予約もさぞかし大変だったんじゃないですか?」

「そうでもないよ。があれば」

 パパ……?

 マモンの意識がそちらに持っていかれた。

 ベネノも勿論反応する。

「あれっ初耳! お父様、もしかして凄い人なんですか?」

「うん、社長だよ」

 会社名を聞けばなるほど、超有名企業というわけだ。

 とすれば藤森は……お坊ちゃま? 一年先という予約の埋まり具合と矛盾したこの予約の速さは彼の家の権力の強さを表していたのか。

 あれだ。少女漫画とかでお決まりのイケメンは御曹司的なあれだ。

「えっ、凄い、本当に凄いです! それじゃあ……例えばあのお店なんかもいけちゃいますか!?」

 思い付きで指してみた店、その他ネット記事に上がっているような店。聞けば殆ど全部の店長社長と知り合いだとか。彼のアルバムにもそういう関係の写真が山ほど入っている。

 ――ほう。

「すごーい……」

「ふふ、びっくりした? 君だけに特別教えることだけどね」

「え、え……それじゃあ、例えばですけど、そこのダイヤが欲しいとか言っても?」

「勿論だよ。今更金に糸目をつけたりはしないよ。欲しいの?」

「えー!? うっそぉ! 今買えちゃうんですか!?」

「ああ」

 自信満々に言ってにんまりする藤森。

『じゃあ買って貰っちゃいましょ! 宝石っ! 宝石っ!! はい! 私サファイアが良いです!』

「勿論そのつもり。だけど今は待って」

『何でですか! 心変わりしちゃいますよ!』

「良いんだ、これ位焦らした方が。――それに」

 大興奮のマモンを小声でなだめつつ、絡めた腕に力を込める。

「でもっ、お買い物よりもまず先は!」

 おっきな声で藤森の注意を引き、噂のカフェ・プリリエーを指差した。


「先輩の完璧なデートコース、じゃないですかっ?」


 * * *


「お待たせしましたぁ、ごろごろフルーツ特盛のお客様ぁ」

「わーっ! きたー! 良い香りー!」

「さあ、うんと召し上がれ」

 当然のように一番高いパンケーキセットをメニューも見ずにさっさと頼んだ藤森。ハッピーハニーパンケーキのアイストッピングもちょっと気になってはいたのだがここはぐっと我慢。

 に気を配らなきゃ。

「いただきまーす!」

「はいどうぞ」

 切るのも食べるのも大変なぐらいのフルーツをかき分け、何枚も重なったパンケーキをナイフで慎重に分ける。溢れんばかりのはちみつと溺れそうな程のクリームと、ちょっとのいちごを切り分けたその小さなパンケーキに乗せ、フォークで持ち上げて藤森の口元に持っていく。

「はい、先輩。あーん」

「良いよ、俺は。食べなれてるし」

「違います。私の幸せのおすそ分けです」

「……」

「一緒に食べましょ? 同じ幸せを」

「……じゃあ遠慮なく」

 大きな口で頬張った藤森の口元に予定通りのホイップ。

「あ、先輩。付いてます」

「ん?」

 ぽかんとしている内にさっと人差し指で掬って口に入れた。


「私が貰っておきますね。先輩のおすそ分け」

「あ」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、そこから言葉を繋ごうとした――


 ――その時。


「マモンさん、私達そろそろ限界です」


 またあの声が背後から聞こえてきた。


 * * *


「主!」

「――ああー、はいはい! 分かってた、何となく分かってた。富士子でしょ!?」

 世界がモノクロームになったのをしっかり確認してから席を立つ。

 案の定、そこには予想通りの二人組がいた。

 ずっと表情は変わってないんだけどちょっと眉間に皺がよってるエンジェルと、思いっきり「気持ち悪い!」って顔してる富士子。

「ねえ、アンタさ」

「アンタじゃなくてベネ子なんだけど」

「……うわ名前ダッサ」

「うっさいわね!!」

 勢いで巨大な鎌を取り出すと、一瞬たじたじっとなる富士子。

「う――じゃ、じゃなくって!」

 めげずにこちらにびしっと指差してきた。

「アンタさ、いい加減私の名前使って好き勝手やらないでくれる!? もういい加減気持ち悪いんですけど!」

「……言われなくとも顔に出てたし。一々言わなくっても顔だけで意思疎通出来ちゃうんじゃないの?」

「何?」

「単純馬鹿って言いたいのよ、たーんーじゅーんーおーばーか! そーゆー快不快が全部顔に出ちゃうってさ、相手に気を遣わせる原因になるんじゃないの!?」

「ハァ!? 話逸らさないでくれる!?」

 そのままぎゃいぎゃい言い合いになる。

「……マモンさん、あれ、全部あの子の作戦なんですか?」

「外枠だけは私が考えたんですけどね……」

「じゃあ、才能?」

「……いやぁ、正体は定かじゃないんですが、兎に角見違えましたよ。爽やか好青年がどんどん狂わされてってる気しかしないんですよね。真逆本当にファム・ファタールの道をずんずん歩むことになるとは」

「マモンさんも苦労してらっしゃるんですね」

「おや、あなたも?」

 ちょ、ちょ!


「「二人で主人の悪口を言わないでくれる!?」」


 ……!

 ウゲ最悪、こんな奴と台詞が被ったよ!!

「真似しないでよ!」

「そっちこそ!!」

「アンタが真似したんでしょ!? 私は心の底から言ったわよ!」

「どーしてこんなくっだらねぇこと真似しなきゃいけないんだよ!」

「知らないわよ!」

 またぎゃいぎゃい。

「あの二人、実は気が合うんじゃないんですか?」

「あー、あるかもしれません」


「「それこそ気持ち悪いこと言わないでよ!!」」


 ……!

 また被せてきた! アイツ!!


「もー今度こそ許さない。ここで勝って、彼に全てを話すの! そうして最後はヒロインが勝つのよ!!」

 そう言いながら鎖鎌をジャラリと構えた富士子。

 ……少しは様になってきたか?

 でも。

「させないよ! シナリオブレイクはもう一ステップで完成するんだ! それに今の物語のヒロインは僕だ。君みたいな恋愛小説のひよっこモブキャラが今更出る幕じゃない!」

「あら! 私を今までの『私』と混同してもらっちゃ困るわね!」

 そう叫んでひゅっと鎖を振った彼女。


 瞬間後、窓を突き破って自分の体が外に放り投げられていた。


「――!?」


 こいつ……!


「もうひよっこだなんて……」


「絶対に言わせない!」


 雛鳥が風を掴んだ!


(つづく)

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