生まれ変わった少女 中

「もうひよっこだなんて……」


「絶対に言わせない!」


 足に巻き付いた鎖を剣に変身させたマモンで断ち切り、姿勢を崩しつつも何とか石畳に着地する。そんな僕をまるで見下すかのような冷酷な瞳。

 振り回す鎖の扱いは大したもので、本当に彼女が生まれ変わったであろうことを思わせた。武器がちゃんとあるべき姿で機能し、その武器が持つ利点を活かした戦法はそいつの魅力を何倍にも押し広げる。

 これが武器と使い手のあるべき関係といえるだろう。

「私はね、知っての通り最初っから何でも出来たんじゃないの。少しだけあった興味を何度も熱し、溶かしては叩き上げ、納得のいくまで何度も鋳て、壊して作り直して、道に迷いながらもそうして完成させてきた幾つもの上に立っている」

「……」


「勉強し直してこいって言われたからちゃんとしてきたわよ! 努力の鬼を舐めないでくれる!?」


 言いながら彼女はサッと腹から忍器の数々を取り出し、飛び込んできた。

 直ぐに手裏剣が三つ、いつも通り狂いなくぶち込まれ、刃で弾く内に苦無をきらめかせながら懐に飛び込んできた。

 苦無を弾きつつ攻め込めば仕込んであった寸鉄が受け止め、目玉を刺そうと迫って来た。

 慌てて避ければあの時より深く、ガリリと言いながら頬の肉が削れる。

 マズい――!

「マモン!」

『はいほい』

 そうして取り出したのは自分の身長に合わせたサイズの鉄の棒。感触は昔取り扱っていた「突壊棒」をどこか思わせた。

 まだこっちの方が経験はある!

 何合がかち合わせ、火花を散らしつつ相手の動向を探った。

「動けるように、なったな!」

「お陰さまで!」

 後退しつつ、向かってくる彼女の刃を受ける。

 勢いはとどまる所を知らぬが、苦労する程ではない。今は本質に触れ始め、その面白さを知り、貪欲に吸収している最中なのだろう。

 要は純真なる子どもだ。

 このままこの娘を放っておくことへの懸念がふと沸いた。

 前回の闇雲に武器を使っておけば良いという姿勢からは想像も出来ぬ身のこなし。ここから自分の得意を見つけ、妙技を身に着け、その才能を余すことなく武術に振れば間違いなく厄介な相手になる。

 もっと沢山の武器、武術をいっぺんに使いこなせるようになれば確実に化ける。


 なるほど。

 彼女の才能の本質は「女優」にあるのではない。

 その「努力」にあるのだ。

 どんな原石も磨き方を覚えれば美しく光り輝く。その磨き手こそ彼女の真の姿。


 見誤った……。


 それよりも先ず重大なのは今は男を手懐けている真っ最中であるということ。故に出来れば不審点など悟られないように美しく行動したい。しかしそれを目の前の戦闘が許さない。

 何のために大人しく可愛らしい、しかしその内にファム・ファタールを秘めた魔性の女をここまで演じてきたと思っている!


 戦闘の痕跡を残すのだけは避けたいのに!


「どうした! 早く向かってこいどろぼうねこ!」

「その呼称、いい加減やめてくれるかな!」

 今までの受け身の姿勢から瞬時に持ち替え、突然横に払う。不意を突かれた彼女の懐に今度は自分が向かっていった。

 ――突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀。

 知っているか!? 棒術が持つ魅力の一つだ!

 状況を見て、突き、払い、打ち等の様々をぶつける。目まぐるしく変わる攻撃に防戦一方の彼女。額に一粒汗が浮かんだ。

「コナクソ……!」

 手裏剣を構えんとするその手を棒で強く、激しく打った。手からバラバラと零れ落ちていく。

 ここまで詰められれば先のような手裏剣の攻撃も役に立たなくなる。近距離ではピストルよりもナイフの方が速い。

 それ位常識だ。

 まだまだ詰めが甘かったな、富士子!

「グ……!」

 このままではやられるとでも思ったか、大きく跳躍し、腹から縄鏢じょうひょうを取り出す。苦無のような鉄製の刃に縄を付けた忍器だ。

 一つ誤れば危険な武器も、「強欲」の使い手ならばどうということはない。使い方、利点不利点、全てを把握していれば猶更。

 めいっぱい振り回し、こちらに向かって鋭く一直線に投げた。軌道を読み、避けるが――

『……! 主、後ろ!!』

「どわっ!」

 慌てて伏せ、戻って来たやつを間一髪避ける。そうして立ち上がろうとするこの体目がけて手裏剣を投げつけてきた。耳を少し切った。

「ウ――!」

 転がり避け、飛び起きた所に苦無が飛び込んでくる。

『危ない!』

 瞬間、万力鎖に変身したマモンが自らその身を振り回し、ギリギリの所で苦無を弾き落とす。

 もう少し遅ければ頭蓋骨に穴を開けていたかもしれない……。

「ちょ、卑怯! それ卑怯よ!」

「戦いに卑怯もクソもねぇだろうが! 自分だって『強欲』使ってる癖に!」

 その瞬間、ハッとした表情でこちらを見る。


「何でそれを……」

「俺も同じ能力の使い手だからな!」

「嘘でしょ!?」

「嘘な訳、あるかいっ!」


 そう言い、手を振るえば数多の剣が空中より現出し、その切っ先を全て目の前のくノ一に向けた。

「もういい加減うんざりだ。早く終わらせるぞ!」

「ちょ、ちょ!? 気ィ、短すぎでしょ! 大体、まだ2000字にも至ってないのよ!? 私だってそんなに戦闘慣れしている訳じゃないしっ、それなのにそんなデカい攻撃ぶちかまして……私達を生かしてくれてる人達読者のこと考えてやってる!? 配慮足りてる!? 頭悪すぎ!」

「ごちゃごちゃうるせぇ! メタいこと言うんじゃねぇ!!」

 お前と長く喧嘩してるとこっちの予定が狂うんだよ! 面倒臭いことになる!

「逝け!」

 左手を目の前に突き出した。背後から勢いよく剣が飛びかかり、まるで派手なボス戦だ。

 それをあわあわしながら避けていくが、その足では追いつかれるぞ!


 ――と思ったが。


『富士子』

「えっ、エンジェル!?」

『飛ぶよ』

「とっ、飛ぶって何――うわわっ!!」

 それらの猛撃を全てによる飛翔で上手く躱していく富士子。

「……!? ちょ! お前こそ何だよそれ!」

「知らないわよ!」

 どんなにぴょんぴょん飛んでも棒が届かない! くそ! これじゃ狙われ放題じゃないか!!


「あー、なるほどねぇ」


 咄嗟に自分の有利を悟った彼女。

 先程の自分と同じように大量の手裏剣を取り出してきた。

 糸巻、十字、八方、六方、万字……何なら鏢刀ひょうとうまである。

 あんなの鉄の雨じゃないか! さっきのと威力が違い過ぎるぞ、もう少し考えろ!

「お返しよ!」

「お返しの度を優に超えてんだよ! ――どうしようマモン!」

『主、冷静に。私達と同じですよ』

「わ、私達と同じって……」

『彼女達も私達と同じように主従の関係を結び、従者の持つ能力を直接主に反映させているのです。だからあんな芸当が出来るんですよ』

「……」


『――とすれば、本当に叩くべきは?』

「……!」


 なるほど!


「確か天使と悪魔は互いの攻撃が弱点で、かつ――」

 言いつつ、紋様からいつかの拳銃を取り出した。


『互いの攻撃が会心の一撃となる!』


「行けっ、手裏剣の雨!」

 叫びと共に恐ろしい雨が降ってきた。

 ここは守りに徹したいところだけど――!

 スチャッと音を構え、大振りなその拳銃を真っ直ぐ彼女らに向けて構える。

「撃つよ!」

『いつでも!』


 ズバァン!


 派手な音を立てて細かな金属、所謂、射撃残渣が飛び散った。

 魔弾は一直線に飛び、時折手裏剣の猛攻を華麗に避けつつ、彼女の持つ多節棍の中心にぶち当たり、弾けた。

『キャアアア!!』

「えっ、エンジェル!? エンジェル!!?」

 制御を失った忍器ごとくノ一が落ちていく。

 飛んできていた手裏剣もその勢いを失し、次々地面に落ちていく。


 街路樹に二人揃って思いきり突っ込んだ所でようやくモノクロームが解けた。


 これは即ち彼女らの戦闘不能を指している。


 * * *


 突然自分達の足下に危険な忍器がどどっと現れたことに仰天する歩行者。

 更にはそのド真ん中に大型拳銃を持ち、立ち尽くしている傷だらけの少女が居るんだから大騒ぎだ。

 唖然とする者、何かを嗅ぎ付けてスマホを構える者、これに何かファンタジー要素を見出そうとする者、事件性を疑い警察に電話をし出す者。

 取り敢えず、何が起こったのか分からなかったが、それぞれが自分の本能に従って行動を開始した。


「千草!」


 様々いる中、あの男だけはこちらに一直線に飛び込んできた。


 ああ、やっちまった。


「突然目の前からいなくなったから心配したんだよ……! 何があったん――」


 仕方ないので止まる気配のない唇を疲れていながら無理に塞いだ。

 それに街路樹の葉の中から誰かさんが「ア!!」と反応する。

 ふん、聞こえねぇ。

「千草――」

「黙っておいて。貴方は何も見ていない」

「……どういうこと」

「女は秘密を纏って初めて美しく輝くの」

「どこかで聞いた台詞に聞こえるよ」

「兎に角私は大丈夫。でもとても疲れた……介抱してくれる?」

 彼の広い胸に頭を押し付ける。


 それに彼は困惑しつつも、それ以上追求はせずに「分かった」とだけ小さく言った。


 彼の細身ながら逞しい腕が体を持ち上げる。


 * * *


 それを歯ぎしりしながら見つめるしかない少女。

「何よ何よ……あの女の何が良いってわけ!?」

「富士子、落ち着いて。最後に勝つのは貴方よ」

「でもこんなに頑張ったのにまた勝てなかった!」

「……」

「一体、いつになったら私の物語は始まるわけ……!?」

 悔しさの滲む拳の振り下ろしをぱっと止めたのはエンジェル。

 驚き、思わず見つめた彼女に応じて静かに語る。

「それはまだ貴方の機が熟していないから。それだけに過ぎない」

 傷だらけの手を優しくさすりながら、こちらをじっと見つめている。

「……本当に?」

「ええ。まだ勝ち目はある」

「でも……もう直ぐ文化祭よ。そこで二人の恋は確実な物になる」

「……」

「先輩は私に告白するはずだった……」

 深い悲しみを帯びた声に、焦りと憤りとが混じる。


 それにエンジェルが一つ、案を授けた。


「ね。私にいい考えがあるの」


「舞台は文化祭」


「彼らの最高のステージを派手にぶち壊してやるっていうのは?」


「それも、告発で」


(つづく)

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