神殿裁判-1(悪魔王のご機嫌)

「強欲のマモン」


「七つの大罪を屠り、その後世界を渡ってはあらゆる主人公に手をかけてきた」


「この目の前の少年とて例外でなし。奴の鎌に貫かれ、胸から血と紙とをおびただしく吐いた」


 ――、――。


「で、君は死んだって訳」


 神殿の鐘が鳴り響いた。

 その瞬間、目が覚めたように我に返る。

 目の前に手錠で繋がれた我が両腕。その先に伸びている鎖の端を弄ぶのは少年の姿をした「厄災」。王様でも座るような立派な革の椅子にふんぞり返って良いご身分だ。

 名をディアブロと言う。俗にいう悪魔王。

 生まれた時は数百歳の老翁の姿をしていたが、歳を経て徐々に若返っているという。今はどうでも良い話ではあるけれど。

「どう思う?」

 しわがれた、しかし凛と張る王の声が神殿内にこだます。

「どう思う、と言われましても」

「まあ、そりゃね。コメントに困るでしょうよ」

 そう言って、彼は足を組んだままこちらにピッと人差し指を向けてくる。

 そして一言こう呟いた。


「だって、現に生きてるもんね」


「誰の加護も頂かない無力な座敷童が」

「……」

「あの時、『陰』を体内に取り込んで」

「……」

「尚も生きている」

「……」

「分かる? これね、あり得ないの。一般人が悪魔を召還した時に魔法陣を破ってしまい、頭からグワッ! と襲われたのにまだ生きてる的な? 要はそんな感じなの。あり得ない訳よ」

「……」

「ね。どうして? あの時何があった」

「……」

「ねえ。聞いてる?」


 ……一体何を言ってるんだ。

 自分でやったことじゃないか。それに一体、今何が起こってるというんだ。

 神殿? 聖光が眩しい。

 それにあの大軍団は。あの怪しい二人組は。

 何よりマモン――マモンは!

 マモンはどこ!


 少し、沈黙が走った。

 待ってみても反応を示さない。――否、頭が混乱していてそれどころじゃない。

 この後も十中八九そうであろうと判断した王は真っ赤な唇を湿らせながら微笑を浮かべ、

「じゃあ話を一旦変えます」

と高らかに宣言した。


 ……忠誠心でも量ったのか?

 どうしてあんなに嬉しそうなんだ。

 思ったが、言わない。

 下手に刺激したら何されるか分からない。


「それじゃあお二人さんはこの子、どうしたい」

 そうして話が振られたのはこのに同席する他二神。

「まあ、結果・処置云々は今は置いておいて……まずは何よりも先に契約の打ち切りって所だろうな。それが物語、ひいてはベネノの救済に繋がる」

 先に言葉を発したのは運命神ファートム。天使長であり、上司。

「ふむふむ。アンタは?」

「出来れば軽い刑罰で済ませてやりたい。あれはどうしても騙されたようにしか見えなくて」

 次いで述べたのは天界の支配者、ヘーリオス。慈愛に満ちた美しき女神。

「おお、お優しいっ! 流石はヘーリオス!」

 勢いよく立ち上がり、ディアブロはこちらへ歩み寄ってくる。

「でも。コイツ、犯罪者だから。騙されただの何だのより、最終的にやったかやらなかったか。加担って言葉、知ってる?」

 思いっきり首に手を回し、パッと見れば仲良しの兄弟だが、相手が悪魔王となるとその意味は途端に変わってくる。


「甘えと優しさの意味を履き違えないでね。コイツは既に四つの物語世界を破綻に追い込んでんの」

「……」

「分かってる?」


 肝が冷える。


「しかし、『陰』の特性の一つに『支配・被支配の関係を強制的に繋ぐ』というものがあるでしょう」

「あるね」

「とすれば、彼の意識外で犯罪行為をさせられているというのには」

「ならない。支配・被支配の関係が完璧に繋がれた時点で、相手の体は『陰』の持ち主の物になる。そうすればこうやって意識ばっちりでここにいることもないんだよ、どんだけコイツの肩を持ちたい訳?」

「……しかし、余りに酷いではありませんか」

「どこが?」

「例えこれまでの過ちが彼自身の意識によるものであったとしても、その発端は半ば強制的なものでした」

「……」

「それまではとても真面目な良い子だったじゃないですか」

「……そうやって、かばう元気があるのなら最初から無理にでも加護を与えておくべきだっただろう」

「……」

「それが下の者を守る義務というものだ。相手の意志を一々守ってやろうなんて温いことも言ってられないからね」

「……」

「出来ないのなら、死神の所へ送ってどこか別の物語世界に転生させてあげるべきだったんじゃないか」

「ええ、ええ。分かっているんです。本当はそうしてあげるべきでした」

「……」

「でも、出来なくて」

「ぬるいよ」

 零れる水晶の涙を隠すように顔を覆った。こうなってしまえば、流石の悪魔王でもこれ以上の言及は出来ない。苦い顔をしながらそこに立ち続ける運命神をちらりと見やって、深い溜息を零し、ディアブロは犯罪者に向き直った。


 ――いつも思うけど、コイツ、失礼って言葉知らないだろ。

 傲慢は、大嫌いだ。


「分かった、分かった。個人の意志云々をここで聞いた僕が馬鹿だった」

「ごめんなさい」

「なら、改めて汝ベネノに問おう」


 突然振られた言葉に動揺を隠せない。

 逃げ出しそうな体を引き戻すように鎖を引き、顎を持ち上げた。


「自分は良薬か、劇薬か」


「どちらを自称する?」


 目の前の瞳が言っている。

 お前は猛毒だ、劇薬だ、と。


 私の子だ、と。


 そう、言えと。


 気付かれないようにちらりと横目で後ろの方を見やると、の父親が暗い目で悪魔王をそっと見ている。


 嗚呼、そういうことか。

 そういうことなのだ。


「僕は――」


 乾いた口腔を唾で何とか湿らせながら、目の前で静かに待つ王の顔を正面から見据えた。


 さあ、言うべきか。

 言わぬべきか。


 * * *




「僕は……一体全体、何を聞かれているのでしょうか」




 一か八か、聞いてみる。


 質問に驚いたようにファートムが息を呑む。

「ほう。質問に質問で返すのかね」

 目の前のディアブロが微笑を保ったままぽつりと返した。

「質問の意図を明白にして頂きたい」

「いちモブキャラだった癖に、随分と強い自我を身に着けたんだな」

「僕は誘導尋問は好かんのです」

「そういうの、嫌いじゃないぞ」

「僕は貴方が大嫌いです」

「……何とでも言え。お前は私の子だ」

「違う、俺の子だ!」

 予想通り、ファートムが噛みついてきた。


 これはあれだな。

 複雑に事情が絡み合ってるとみた。

 何されてるかは分からない「とある本題」とやらがあって、その為に僕はマモンから切り離されてここまで連れ去られてきた。

 しかし目の前の王にはもう一つ目的がある。これは何となく分かる。

 即ち僕を奪還したいんだ。「悪魔の愛し子」として。

 で、それは困ると言うのがファートム。

 ファートムの方はその「よく分からん本題」の方を解決したがっていて、その為に多分この場を用意し、ここに他二神を集めた。だけど予想通り、ディアブロが自分の話をし始めた。

 コイツ……マジで昔から変わってないんだな。


「公正なる裁判の場に私情を持ち込むのは戴けないぞ、ディアブロ。コイツはお前の手元から離れた。子どもを本当に想う気持ちがあるのなら彼の好きにさせてやったらどうなんだ」

「そうやって管理を怠ったから今回の事件が起きたんだろうが。それに加護を与えたのは私だぞ」

「産んだのは俺だ!」

 そこまで論争が加熱した所で大きく手を叩く音が神殿内に響く。

 ヘーリオス様。

「静粛に! ――ディアブロ様、貴方様の思いは分かります。この裁判が終わればこの少年は天涯孤独の身となる。それを引き取ってやりたいというのですよね」


 ――ん。

 天涯、孤独?


「天使の癖によく分かっているじゃないか」

「しかしヘーリオス様!」

「ファートム。貴方の気持ちもよく分かっているつもりです。この子は貴方が頭を痛めて産み落とした子。それを他の者に取られたくは無いのでしょう。……愛ある親誰しもが持つであろう感情。それを思うのは当然ですし、力関係だけでそれが片付けられて良いはずもありません」

「……」

「しかし二人とも。考えを改めなさい、今は時間がないのです。この子の処遇、そしてこの後出廷してくるであろう『強欲』の処理について早く結論を出さなければ」

「処理……? マモンを処理って!? どういう事ですか!」

 思わず声を荒げ、問いただしてしまった。気付いたのは彼らが一斉にこちらを見た時。しまった、と思ったけれど不思議と誰も怒りはしなかった。

「そうだったな、ベネノ。お前にその説明をするのが先だった」

 一番逆ギレしてきそうなディアブロが優しく返してくる。

 不気味……。

「ベネノ、良いかね。君は今日限りを以てあの『強欲』と別れることになるのだよ」

「わっ、別れる!?」

然様さよう


「マモンはこの殿を以てして死刑となる」


「裁判という名称が聞いて呆れるだろうが、堪えろ。これは決定事項なのだ」


「彼は罪を犯し過ぎた」


 * * *


 彼の簡略ながら衝撃的な説明に、体中の血の気がサーッと引いていくのを感じた。ここでいうところの「死刑」とは即ち「紙になる」ということだ。

 僕がディアブロに救われなければ辿りかけた道筋。

 そしてベルゼブブ様が、辿ってしまった道筋。


 ストリテラからの、退場……。


「お前も見ただろう、ベネノ。あの日のこと、彼の過去を」

「……」

「己の思想を強く持ち過ぎたが故の過ち。ストリテラを作り替える等と……あんなものは復讐という名の心中・テロ行為に過ぎん」

「そんなの、貴方が仕向けた癖に!」

「何を言うか! これは私が決めたことではない、運命が定めたことだ!」

「それを書くのが貴方の仕事なんだろう!?」

「馬鹿を言うな、ベネノ! あの時の私にそんな権限など端から存在していない! 前任の運命神も前任の悪魔王も死亡している中、運命は一人歩き。誰も守護する者が居なかった」


「あの時の役職については説明があったはずだが聞かなかったのか? ベネノ」

「……」


 そう、だった。

 あの時点、ベルゼブブ様が刃に貫かれた時点では彼はまだ悪魔王ではない、補佐だ。とすれば何かしらの運命に無意識の内に従っていた可能性が高い。

「誰も守護出来ないというのは自由ということでもあろうが、不測の事態を誰も阻止できず、寧ろ彼らの手によって引き起こしてしまうということでもある。非人道的な殺戮に見舞われ、理不尽しかない世界を押し付けられる。主人公が死ぬ、物語が破綻する程の死人が出る。そんな出来事があそこに生きていたキャラクタ一人一人の小さな出来事によって引き起こされるのだ。想像できるか?」

「……」


「ベネノ、これをシナリオブレイクというのだ」


 シナリオ、ブレイク。

 今までやってきて、何人かには受け入れられてきたはずの「これ」が初めて重みをもった。

「人生の破壊者」。

 この名が正に相応しい。

「分かるか? 彼は大戦争が終わって以来初めての『残虐な犯罪者』に成り下がったのだ。お前が彼の活動に加担する前から彼は多く主人公に手をかけた。多くの物語が死に、幾つも姿を消した。キャラクタの命が潰えたこともあった。皆生きる場を失った」

「……」

「何より私の可愛い子ども達、『七つの大罪』が殺され、あろうことか奴の手足として今だ働かされている」

「……」

「ベルゼブブの死が仕方のないものだったとは言いたくない。しかし必然であった、物語はそう進むべきであった。だから私達はあの時、彼の体を貫いたのだ」

「そんなの、言い訳だ」

「だがベネノ。最終的には『やったか』、『やらなかったか』、この二択だ。それで全ては決まるのだよ。マモンはあの時、堪えきれず『やってしまった』。故に裁かれる。その時の心情がどうとか、その時の境遇がどうとか。善だ悪だ、そんなものは関係ない。それ以前の問題なのだ」


「私達が運命に沿って生きている以上、そこから外れることは先ずないのだから」


「……だから、殺すんですか」

「そうだ」

「……貴方の、子なのに」

 少しばかり沈黙が走る。

 コイツも、親だった。

「ベネノ。今や彼は神を超えかけている。いついかなる時も私に対する殺意をたぎらせ、腹に『陰』を溜め込み、いつ暴走してもおかしくない状況となっている。あの姿、あの状態を維持できている時点でもう既に奇跡。そのバランスが一度ひとたび崩れればストリテラは愈々崩壊する。だから我々が止めねばならんのだ」

 あくまで表情は変えず淡々と言う王。

 そして彼は改めて向き直った。

「――そう。お前を連れてきたのは、今までの罪を裁き今後の処遇をどうするか決する為だけではない。マモンをおびき寄せる為でもある」

「……!」


「この裁判で真に裁くのはお前ではない。マモンなのだ」


 最、悪だ……。


「そこで我々は神の力を結集し、奴を紙にする」

「そ、そんなの……そんなの酷い!」

「甘さを優しさと履き違えるなと言っている! ここで確実に絶たねば愈々この世界はお終いなんだぞ!」

「……!」

 体をびくりと震わせ、のけぞったのを見て彼は初めて声を荒げたのに気付いた様子。開きかけた口をつぐみ、代わりに深い溜息を吐いて元の席に腰掛けた。


「もう疲れた。いい加減この悪夢を終わりにせねばならんのだよ、ベネノ」


「分かってくれ」

「……、……嫌、です」

「……」


「分かり、たくないです」


「僕の、友達……だから」


 勇気を振り絞って絞り出した言葉に再び溜息を吐いたディアブロ。


「そうか。なら力づくだな」


 静かにそう呟いた。


 ――その時だった。




「ヘーリオス様、悪魔王様、先生!」




 ぱたぱたと誰かが神殿に走り込んできた。

 南の守護天使、エクラだ。

「審議の途中申し訳ありませんが、ご報告申し上げます!」

「何事ですか」

「テラリィからの報告です」




「マモンが、『強欲』が」




「接近中とのこと」

「来たか」


 ディアブロが腰掛けた椅子で足を組み、ニヤリと笑んだ。

 ……! マモン!


「至急対処は致しますが、どこまで削れるか……皆様はご準備を」

「駄目!」

 彼女に向かって駆けだそうとして、直ぐに転んだ。

 クソ……! この手錠とクソ悪魔が邪魔!!

「駄目、エクラ駄目! やめて! マモンを殺さないで!」

「耳を貸すな守護天使、たっぷりもてなしてやれ」

 真逆の意見にちょっと動揺してたが、

「わ、分かりました」

と言って下がる。


 やばい……マモン!

 マモン、来ちゃだめ!!


「マモン! マモン!!」

「マモンじゃないんだ愛し子よ、私を見ろ! こっちに来るんだ!」

「嫌だ!! 嫌だ!!」

「作者の言う事を聞け!!」

 全力を以てして拘束から抜けようと粘るが、駄目。相手の力が強過ぎて、抵抗しても抵抗してもどんどんひきずられる。無理に相手に逆らおうとすれば鎖を鞭のように跳ねさせ、当たった頬の皮を破いた。

「痛い!」

「……!」

 それにファートムが直ぐに反応する。

 もう我慢の限界だったらしく、駆け寄り抱き締め、相手が引く鎖を掴み必死の抵抗をした。

 驚いたのはディアブロ。計画と違う! と絶叫。

「何をするファートム! 最初からこういう筋書きだっただろう。餌を私が連れ、おびき寄せられたところを私がトドメをさす。今更裏切りはやめろ!」

「だったとしても俺の子どもに鞭を打つな!!」

「黙れ! ここでは私が法律だ!!」

「この子は生きてる、お前の道具じゃない!!」

「何を……」

「これ以上乱暴するのなら俺がこの子を連れて行く。それが嫌ならもっと丁重に扱え、この子の親を自称するのなら!!」

「黙れ!! 『運命の書』なしではまともに何もできない木偶の棒の癖に!!」

 苛立ちを隠せないディアブロ。運命神に対して暴言の数々を吐き捨て、何とか従わせようと鎖を引く。

 それをファートムが「大丈夫、大丈夫だから」と僕の肩をさすりながら必死に抵抗した。


 初めて、父の腕の中で震え、涙を落した。


 それに王は更に苛立ちを募らせた。




「私の手を煩わせるな、力も無い癖に!」




 瞬間、床をかち割り飛び出してきた大量の「陰」。

「ア!」

 それはファートムの体を縛り、僕から引き剥がした。

「ベネノ!」

「お父さん!」

 驚く間もなく勢いよく体は引きずられ、遂には王の手元に納まった。

「放して!! 帰して!! 僕、お父さんが良いよ!!」

「これ以上期待を裏切るな、運命神! 手筈通りにやれ!!」

「マモン!! お父さん!! 助けて!!」


 そのままベネノを抱え、奥へ姿を消す王。


「だからアイツは嫌いなんだ……」


 解放されたファートムは咳を二、三発吐き飛ばし、ぽつりと言った。


 入口付近が騒がしくなってきた。


(つづく)

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