神殿裁判-2(突入)

 やられた。SFの補正だ。


 一人天界の門までの道を走りながらマモン、思う。

 あれだけごちゃごちゃ詰め込まれた力の強い補正を持てば確かにそうだ。必然的に結界を内側から聖光が食い破る。隠せなくなる。

 更にはあの「補正の山」の奥の奥に「発信器」のようなものが仕込まれていた。きっと斧繡鬼ふしゅうきが言っていた「最後の要」とはこれのことだ。

 歯噛みしながら、腹から大剣を取り出す。


 眼前には門を守る守護天使、テラリィ。


 真逆こんなに早く敵対することになるとは。


 * * *


「来た!」


 テラリィが耳に手を当て、守護天使の皆々に通信を送る。既に東と西の荒野を守るトゥルエノとカルドはヘーリオスの神殿前、中央広場に集合していた。万が一突破されてもそこで防ぐことができる。

『門は任せたぞ』

「錠はかけておくけど……もしもの時はごめん!」

『もしもがある前提で話を進めるな、馬鹿! ごめんじゃなくて、守るんだよ!』

「ひ、ひぃ! だだ、だって宇宙空間で約六万字、ずっと飛び続けてたようなバケモノだよ!? 聖光浴びながらあっちこっち飛びまくっても死なないようなタフ悪魔さんを相手にするなんて俺には無理だぁー!!」

『じゃあ○ねば』

「カールードオオオオオオオ!!」

 しかしここでどれだけの時間稼ぎができるかは全てテラリィの右腕、「闇を切り裂く剣」にかかっている。

「陰」まみれの闇深悪魔を成敗する時がきた。

「ぃよっし……やるぞやるぞやるぞ……」

 覚悟を決めた。

 丁度その時、目の前で悪魔が大剣を腹から引きずり出し、跳躍しながら頭上に振り上げてきた。


 ギン!


 鉛みたいな鈍い音を響かせ、上から降って来た大剣と重力がぶつかってくる。火花が散り、目の前の上位悪魔と目が合った。

 黒い蛇の瞳がベゼッセンハイトを思い起こさせる。


 今彼は、何をしているのだろうか。


 ――って、いかんいかん!!

 慌てて雑念を振り払いつつ何とか大剣を押し返し、その勢いのまま懐へと突っ込んでいった。

「マモン、来たな!」

「どいてください、守護天使。私には彼が必要なんです! 返してもらいますよ」

「なら俺を倒していくんだな!」

「……」

「あの門は俺が施錠した。開ける為には俺をダウンさせねばならん」

「……」

「本当だよ! 疑いの目で見るんじゃないよ!!」

「……」

 どうやっても止まらないジト目ムーブ。

 痺れを切らしたテラリィが彼に向かって鋭く言い放つ。


「嘘だと思うなら俺を倒してみろよ!」


「マジで開くから」

「面白い」


 ニヤリと笑んだ。

 ゾクリとする。


 * * *


 片手で大振りに振られた剣の一発一発が重い。

 彼自身は比較的細身な方で、しかも大剣自体はあんなに重そうな見た目をしている。それがどうしてこんなに軽々振り回せているのか不思議で仕方ない。更には気を抜いていると遠隔操作されている大鎌がこちら目がけてぶっ飛んでくる。

「イィ!?」

 犬のように伏せた瞬間、頭上をかっ飛んでいく大鎌。

 た、たまたまそっちの方を見ておいて良かったぁー!!

 そう安堵するのも束の間、直ぐに大剣振り上げ、脳天貫こうと迫って来る。

「ああっぶなっ!」

 間一髪で大理石の門前広場を突き刺すマモン。それをものともしないかのように直後彼は突き刺さったままの大剣を引きずり突進してきた。

 もう何があっても驚かない。

 足下より振り上げられた青白い一閃を体を捻って避け、攻撃後の隙に剣をぶち込む。それを大鎌が弾いた。

「グ……!」

 鎌が邪魔だな! (ダジャレじゃないぞ!)

 そうして鎌の妨害を受けながら、何合も刃と刃とをかち合わし、少しずつ彼の戦闘のテンポに追いついてきたと思ったその時。


「人生のはなむけに称えましょう、その健闘」


「しかしもう遅い。体がようやく温まりました、一気に攻めます」


 ……温まった!?


 驚く暇など無い。直ぐに彼の後ろを壁のように覆う各種武器の数々。空中より出でて、その切っ先を全てテラリィの方へと向けた。

「主は返してもらうぞ、守護天使!」

「あんなのチートだろ!」

 弾幕のように隙間なく敷き詰められた空間の暴力。

 攻撃方向とは垂直方向に駆けて、何とか攻撃を避けるがその先でマモンが大剣構えて待っていた。


 彼の得意とする戦法である。


 振り上げた大剣を飛び込み、すれ違うようにして躱し、直ぐに剣を彼の首筋目がけて振るった。

 自分の持つ剣は彼の持つそれよりも小振りな片手剣だが、その分軽くて扱いやすい。何より攻撃をした後の隙が小さい。

 相手が防御に転じた所で一気に攻め込む。左、右、上、下と勢いに乗って剣を振るい、相手に反撃の隙を与えない。

 ――唯、このままではまずい。

 いつもの調子ならここで大鎌が何らかの形で邪魔をしてくる。攻撃転化が調子に乗っている今、相手に反撃の隙を与えない代わりに自分も防御が出来ない。そうすると外部からの攻撃に必然的に弱くなる。


 どうする。


 自分は元・下級天使という生い立ちで、まともに扱える戦力といえばこの剣しかない。扱える魔法も門を魔法陣で閉じてやること位しか。しかもかなり耐久性に不安が残る為、使い物にならない。


 それでも自分には「勘」がある。

 剣を握りしめ、感覚を研ぎ澄ます。


 その白濁の瞳が彼の控えている右手を捉えた。


 先程から何故、こんなにも軽々と大剣を振り回せているのか不思議でならなかったが、そう思うのも無理はない。

 それを今、悟った。

 この悪魔、「両手剣」を「片手」で操っている。


 ということは――。


 ――本人は気付いていないが、これは唯の「勘」とは訳が違う。彼は状況を見つつその場に合った戦略を瞬時に組み立てることに長けている。特に彼の場合はそれを無意識にやってのける、それを大神は見抜いた。故に最高位である守護天使のリーダーに彼を置いた。

 軍師を務めるならば必要な能力。

 彼のそれは天性であった。他に使えるのは戦闘一族「死神」幹部一の実力者「斧繡鬼」ぐらいである。


 テラリィの左腕が彼の空いた右腕を突如掴んだ。

 その瞬間大鎌の動きが止まる。

 マモンが顔を歪めた。


 矢張り!


 相手のリーチが長いので距離を詰めることに多少の抵抗はあったが、矢張りそれを狙っての武器選択だった。

 大剣は派手で大きい、振るだけで脅威。その為、大剣を振れば自然とその刃に目がいく。

 考えてみれば単純な事だった。しかしこういう場に突然放り込まれると、意外と見落としてしまう。

 よく考えられている。

 相手が嫌がるように右腕を無理矢理引き抜こうとするが、させる訳にはいかない。どうにかして彼の掌に自分の掌を押し付け、小さな魔法陣を張る。

「……!」

「封じた!」

 後ろでガランガランと大きな音を立て、大鎌が地に落ちる。

「クソ!」

 突然、大剣の切っ先が重たく地に落ちる。なるほど、彼の特性・能力が武器をコントロールしていたのか。そして、その出口をこうして封鎖した今、武器の扱いに支障が出ている。これではまともに戦えない。


 チャンス!

 一気に叩き込め!!


「闇を切り裂く剣」の刀身が白金に輝き、守護天使の体に力を注ぎ込む。

 濃く、深い闇を目前にした時にのみ発せられるこの輝きはあらゆる汚濁を浄化し、打ち砕く力を持っている。

 石畳を蹴った。

 真っ直ぐ、彼の体に向け――


 振るった瞬間、彼の姿が無い事に気付く。


「……!?」

 きょろきょろと右に左に首を回してみても見つからないマモン。

 ふと上を見上げると門の上に彼は立っていた。

 腰までかかる金髪をなびかせ、何故だか神々しい。

 だが、何故そこに。

「テラリィ、お見事でした。貴方は十分脅威だ、長く相手をすればするほどこちらが不利になるこの戦局。面白い。大神も運命神も貴方を気に入る訳です」

「何が言いたい!」

「普通に考えて分かるでしょう、貴方と戦っていては埒が明かないんですよ」

 門の上に腰掛けながらこつーん、こつーんと扉にかかとをぶつける。

 飛び越える気か……?

 そう察した瞬間、焦りが思わず口を突いて出た。

「やっ、やめろ、無駄だ! 門を飛び越えようったってそうはいかないぞ! 門の上にも結界は張られているんだ! 門も、門だって、天界関係者の手に依らなければ開かないんだぞ!」

「……」

「門の上から行くって方が無駄だ! エクラの守護魔法を舐めるなよ!」

「へぇ……」


の手によれば開くんだァ」


「……!?」

 彼の蠱惑的なねっとりとした声に思わずドキリとする。

 そうしている合間にも彼は天高くそびえる門の上から降りてきて、テラリィの正面に立った。

「な、何を――」

 首を巻くスカーフを思いきり引き、ぽかんとしているテラリィを抱き寄せた。

 突然の事態に抵抗しようとしたその首筋に冷たい刃が当たる。

 口づけも出来そうな程近くに寄った彼の顔。強い薔薇の香りが鼻腔をくすぐり、何より美しい。

 吸い込まれそうな瞳に見惚れ、息が出来ない。






「ご案内、どうもありがとう」


「また、愛し合いましょう」






「うわわ、わわわわっ!!」

 勢いよくテラリィの胸板を押し、マモンは彼の体を天界の門に押し付けた。

 羽がぱっと舞う程の強さで打ち付けられた体は咳込み、上手く動かない。

 そうこうしている内にも、の体に押されたその門は今までの戦闘が嘘だったかのような呆気なさで開いていった。

 ギギ、と重々し気に開いた先。その奥、遥か向こうの方に主が囚われているであろう神殿が見える。

 胸に何かがたぎった。

「しまった!」

 地を蹴り、堪らず走り出す。


「エクラ! トゥルエノ! カルド!」


 呼び声に呼応するかのように雷鳴が轟いた。

 すぐさま気付き止まった彼の毛先を稲光が焼く。

 その後も連続でいかずちが自分の周囲に落ち、まるで檻のように囲ったところで無数のつららが自分の頭目がけて降って来た。

 針鼠に変身して何とか雷の合間をくぐり、間一髪避けたマモン。

 そんな彼に声をかけたのはよく見知った顔だった。


「懲りずによく来たもんだ。お前の弱点しか揃ってない戦場に」

「昨日の敵は、今日の友なんてよく言ったものだよね」


 目の前に立ちはだかったのは東西の守護天使。片方は攻撃魔法使いのエリート、もう片方は大神の子の一人。

 厄介も厄介。攻撃特化である。しかも「土台」に関しては先のテラリィより圧倒的に良い。

 カルドは掌を、トゥルエノは雷の剣をこちらに向け、戦闘態勢を取った。

 次いで後ろで駆け寄り、剣を構える音が聞こえる。

 勿論。倒れてもいないテラリィが駆け付けない訳がない。そもそも彼のことは振り切って神殿に突入する予定だった。

 大幅に予定が狂う。ここでの長期戦は自分が圧倒的に不利だ。

 毒沼に浸かりながら戦っているようなもの。聖光が兎に角厄介だ。


「やれやれ……」


 先程と同様に武器を空中から取り出した。

 これだけ多くの武器を散らかしておきながら彼の腹から在庫が消えない理由は彼が呑んだ「怠惰」にある。


「道のりは、どうやらそんなに甘くはないようですね」


 構える。


(つづく)

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