神殿裁判-3(魔導士の目覚め)

「道のりは、どうやらそんなに甘くはないようですね」


 同時に攻めかかって来た三人に向かって大量の武器を放出。

 防御に転じている間に距離を稼いだ。

 今は一刻も早く、主の元へ急行せねば!

「待て!!」

「言われて待つ奴があるか馬鹿!」

 転瞬、目の前を不敵に笑むトゥルエノが塞ぐ。電光を纏い、目にもとまらぬ速さで振るわれた雷の剣を間一髪、腹から出した片手剣で受け止めた。

 火花が散る。

 電気の痺れが途端、体の隅々まで駆けて行く。

 よろけつつも第二の刃を受け止め、光線のように光る金属に汗の玉が弾けた。

 そこにダメ押しのようにカルドが突っ込んでくる。エネルギー弾をこちらに数多ぶち込み、そこをテラリィが叩こうと飛び上がる。

 何というコンビネーション。

 土煙を翼で引きながら光を纏わせ、剣を振り下ろす。


 ――が。


 土埃が完全に晴れたそこで――

 彼は腕を伸ばし、待ち構えていた。

 何と、悪い笑みなんか零しながら。




「ご苦労だった!」




「……!」

 瞬間気付き、防御の構え。

 彼の掌から飛び出したのはそのものだった。


「嫉妬」である。


「アギャ!」

 空中で爆発四散、天使の体が向こう遠くに吹っ飛んだ。

 五体満足のままでいられるだけ幸運だ。

「クソ!!」

 高速でかっ飛んできたトゥルエノの攻撃を軽々避け、指を鳴らせば剣が好き勝手に動き始める。抵抗を続ける彼の体をそのままカルドに向かって投げ飛ばした。


 後は南の守護天使エクラ。

 しかし彼女も簡単だ。


 七つの大罪を舐めるな。

「憤怒」と「傲慢」が血管という血管を駆け巡る。

 頭が冴えてきた。


 高速で神殿前へと突っ込み、待ち構える少女にぶつかるように先のエネルギー弾をぶつける。

 物凄い爆音と土煙。

 しかし流石は守備特化型、びくともしない。彼女の結界が破れない限りは神殿に入ることも不可であるということだ。

 だが、ダイヤモンドはダイヤモンドで削るもの。

 闇属性に光属性が打ち勝つというのなら、同じ光属性をぶち当てるのみ。

「怠惰」と「嫉妬」を組み合わせて彼女の結界と同じ硬質の槍を作る。

 右腕に更に「憤怒」を込め、槍には「強欲」を纏わせる。

 威力増強、操作性向上。


 これぞ七つの大罪フルコース。


 地を割る勢いで踏みしめ、目の前のゴールキーパーに照準を合わせる。

 上半身を反らし、直線的に矢のように飛ばした。

 直後、走り出す。

 予想通り槍を弾き返そうと結界を張った彼女の眼前で――


 槍と結界とがぶつかり合って相殺。ひびが入ったところにマモンの革靴が一気に突っ込んできた。


 ガラスの割れる音が豪快に響き、破片が散らばりエクラの体を衝撃が襲う。

「ヤアアアアッ!!」

 数秒後には、もうそこに居ない。

 エクラの配備場所をぶっ越えて神殿内部に一直線。

「やっ、やられた!」

 エネルギーがぶつかった反動で倒れた身を起こそうと藻掻けど三本のナイフがスカーフを床に繋ぎ止めていて上手く起き上がれない。

 い、いつの間に!


「ううっ! ヘーリオス様、先生、申し訳ありませーん!!」


 * * *


 殆ど飛び込むように神殿に入るマモン。

 日陰に入った。これで聖光はある程度防げる。

 そう安堵した途端、疲れがどっと襲いかかって来た。

 柱にもたれかかりながら息をゆっくり吐いて、吸って、呼吸を整える。


 そうして気付いた。目の前、謁見の間に十字架クロスに繋ぎ止められた力ない少年の姿がある。


 目を大きく見開く。


「主……」


「主!!」


 慌てて駆け寄ろうとして、直ぐに体をぐんと引く何かによって阻まれた。

 肘を固く縛るのは、縄。

 光の無い、暗い鷲の瞳がこちらを覗く。


「よう」


「待ちくたびれたぜ、坊ちゃん」


 ――死神、斧繡鬼。

 口の端を吊り上げ、ニヤニヤ笑ってる。

 ここでも邪魔をする気か。


「裁きの日だ。覚悟は出来てるかい? マモン」

「……何の」

「神殿裁判だよ」


 右腕を大きく広げるように振るうと鐘の音がけたたましく鳴り響いた。

 頭が、ぐらぐらする。


 ――、――。


「強欲」を使って何とか縄を解き、何歩か後退り。

 それに合わせるようにして彼も大股でどかどか歩いてきた。すれ違うようにマモンの横を通り過ぎ、十字架に縛り付けられた少年の横に立った。


「なぁ、この子。助けて欲しいよなァ?」


「……神はここまでするのか」

「テメェに出廷の意志が無いのがいけないんだよ。――どうだ、可愛らしいだろう」

 彼の持つ短剣が顎を持ち上げる。その表情は弱弱しく、胸をきつく縛るよう。

 痛めつけられてはいないだろうか。

 心無い言葉を浴びせかけられてはいないだろうか。

 変な物見せられて心を惑わされてはいないだろうか。

 ネガティヴな妄想ばかりが頭を席巻してしまって落ち着かない。

 あの悪魔王やこの死神のことだ。心ひとつ壊されていてもおかしくはない。

 嗚呼、早く下ろしてやりたい。そのまま抱き締めてやりたい。だが問題は真横にいる死神だ。いつでも主を攻撃できる位置を陣取りやがって。

 クソ野郎めが。下手に動けない。

「なぁ、強欲の悪魔さんよ。コイツに聖光なんか浴びせかけても面白いとは思わんか? 元・天界の座敷童であるが、その実、加護は悪魔王から頂いているというとんでもない経歴の持ち主だ……。拮抗し合うかね、それとも蒸発しちまうかね!」

「何が言いたい……」

「冗談だけど? ヒヒ!」

 肩を震わせながら常時笑っている。

 捉えどころのない人物だ。いかれてやがる。

「それか刻んでみるかい? アンタの絶望する顔が目に浮かぶな!? ゲヒャヒャヒャ……!」

「……それも冗談か?」

「んんー、さぁどうかねぇ。俺の言葉の本質はいっつも前者に来るからなァ、どっちがどっちやら、俺にはさっぱり!」

「からかってんのか!」

 叫んだ瞬間サーベルが斧繡鬼の眼前に飛び込んできた。

 何食わぬ顔で弾き返す。

「あんまり頭に血を昇らせるなよぉ! おっかねぇなぁ、『憤怒』か!? ――嫌なら戦おうぜぇ……な? さっきから言ってるだろ……」

「無力な者をいたぶって何になる! この外道が!」

「おっと、手が」

 短剣が音もなく顎の下に線を刻んだ。


「アァ……!」


 短く発せられた弱弱しい悲鳴に、顎から喉を伝った赫に、見開かれた彼の瞳に。遂に堪忍袋の緒が切れた。


「テメェ!!」

 大剣を構え、奴の喉笛目掛けて一直線に突っ込んでいった。






 それがいけない。






 突如、後ろで何者かの気配を感じた。

 ページのめくる音。

 何か羽ペンで書きこむ音。




 ――この気配は間違いない。

 今まで自分達の目の前に何度も立ちはだかって来たの気配。

 即ち、「天使長ファートム」。




「デヒム」




 小さく呟かれた声に応じるように、目の前の少年の体が少しく跳ねた。

「……!」

 驚きに身を硬直させている間にも彼は体をぶるぶる震わせ、首をだらりと前方に垂らした。


 そしてマモンを聖人の「白濁の瞳」が射貫く。


「アァーハハハ!! ダッ、騙されてやんの!! ご主人サマが居なくなって、焦ってやがるんだろ!! ヒャァーハハハ!!」

 尚もゲタゲタ笑い続ける彼に腹が立って武器を構えようとするが、直ぐ足下で魔導弾が弾けてそれどころではない。

 間一髪。

 もうコンマ一秒遅れていたらどうなっていたかは考えたくない。

 直ぐに跳躍して彼から距離を取る。

 あのむかつく死神はもう、そこにいない。

「チッ」


 やがて十字架に繋がれていたはずのその少年は、すっかり姿形を変えて彼の目の前に立ちはだかった。

 右中指の先を既に失し、左手に魔導書を持つ魔導士。

 名を、デヒム。運命神の召喚に応じ、ここへと単身やって来た。

 彼はマモンの死刑執行人の内一人。


「な、マモン。お前は勝手をやり過ぎた。『書』の執筆者お二人に目を付けられたら最後、逃げられねぇんだ」


 いないと思っていた死神が天井近くから静かに語り掛けてくる。

「被告は居なかったが、刑罰は決まった。お前さんは死刑なんだよ」

「それ、裁判としてどうなんですか」

「被告としての自覚がありながらおかしなことを言う。神はいつだって、良くも悪くも絶対だ。分かってんだろ?」

「……」

「だからさ? なぁ、マモン。死ねよ」


「俺の為に花を散らせ。その紅の薔薇をさ!!」


 彼の言葉を合図とするかのように、直後、デヒムが飛び出した。

 マモンの真似でもするように腹から天の欠片で出来た片手剣を取り出す。

 振るえば服を裂いた。腹に線がくっきり浮かぶ。

「グ……!」

 悲鳴を漏らす間もなくぶち込まれる斬撃一つ一つを切り結んでは受け流す。

 何という速度。何という重さ。きっとその撃の一つ一つに贅沢に魔術が込められているのだ。でなければ上位悪魔たるマモンがこんなにも苦戦するはずがない。

 やりきれなくなって腰から短剣を取り出した。彼の剣を受けながら何とか形勢を逆転しようと短剣を振るう。

 頬に爪の先でひっかいたような傷が付いた。しかし驚く程怯まない。今度はマモンが大切にしているモノクル目掛けて刃が襲いかかって来た。


 今度こそ駄目だ……!


 態勢を整えるべく後方に跳躍して、着地と同時に体内にあるだけのありったけの「陰」を召喚する。

「これならどうだ!」

 命令を施し、目の前の厄介魔術師目掛けて飛ぶように仕向ける。


 マモンは「七つの大罪」の能力をフルに活用した高火力戦が得意である。

 彼はしばしば武器や「陰」を大量に呼び起こして、弾幕を作る。そうして相手の行動範囲を限定させて、そこに打撃を叩きこむのだ。こちらの手数が莫大であるのと一つ一つに違う命令を与えれば何百もの攻撃を繰り出すことが可能である為、相手がこの戦い方に慣れるまではこれだけで大体押し切ることができる。


 マモンとしては何より早くに決着を付けたかった。

 聖光溢れる天界、ましてやその光源ともいえるヘーリオスの居住地が戦場となると悪魔には相当きつい。自分の全力の半分も出せないはずだ。

 更には光属性側の最高位「聖人」が殺す気で襲いかかってきているのだ。戦いを長期化させればさせる程こちらが不利になることは間違いない。

 主もまだ見つけられていないのに、こんな所で無駄に消耗して果てる訳にはいかなかった。


 あの時――大昔、「初めての主」の為にと誓ったあの約束の為にも。


「ウウ……おい、避けるな!」

「言っても無駄だよ、強欲さん」

「死神はだぁってろ!」


 流石は最高位魔導士。格が違う。

 彼は着実に攻撃を避け、こちら側へと突っ込んできた。まるで「陰」など無いかのように、彼のゾーンがそこにあるかのように。綺麗に彼だけを避けていくかのような鮮やかさで右に左に跳躍しながらこちらに再び刃を振るってきた。

 金属がぶつかる甲高い音がして、また火花が散る。

「陰」を操作しながらの切り合いは流石にきつい。こんな中、自分が圧倒的に有利であるのに、全く変わらない相手の表情も何だか不気味だった。


 どうする、どうする。ちょっと押されてるんじゃないのか、これ!


 左手で先程やったみたいに鎌を呼ぶが、直ぐに対策されてしまいそうな気がしてならない。というか軽々と相手されている時点でまずいだろう! テラリィの時だって、真逆あんなに早く破られるとは思っていなかった。

 こういう時ばかり自分が戦闘下手だった新人時代が悔やまれる。今までの戦闘は圧倒的な力で弱者を捻じ伏せているだけだったのだと、今更ながら気付く。

 第一話の時だって。第三話の時だって。

 相手の魔力量や体力が単純に自分より少なかったからゴリ押しで捻じ伏せられたのだ。しかし目の前の魔導士は明らか戦闘慣れしている。おまけに自分と同程度のずば抜けた魔力量、体力。加えて状況分析能力、戦闘力、攻撃力、防御力、その他諸々が突出している。――自分よりも。


 と。


 そんな考えごとに気を取られている内に切り上げた刃が再び肌を掠めた。


「クッ……! フウ、フウ……」


 ひっかき傷がジンジンと痛み、生温かい血が気になって仕方がない。

 目は。目は傷ついていないか。


 脂汗をかく。

 もう、兎に角必死だ。

 周りで見物している神々の視線が気持ち悪く、ウザったい。――いや、集中! 集中しろ、自分!


 何か糸口がどこかにあるはず……。


 何か、目の前の魔導士によく効くツボのような、決定的な弱点は。

 目の前のことで手一杯になっている頭に鞭打って必死に考える。

 相手の左中指がぴん、と弾くように動いた。瞬間、自分の足に高密度の魔導弾がぶち当たって弾ける。

 鋭い痛みが脳にガツンと響く。


「グ、アアアアッ!!」


 弱気になりそうだった。

 このまま幾つもぶち込まれて、ボロボロになりながら床にどうと倒れ伏せば転瞬の内に首が斬られることは分かっているのに。


 考えろ、考えろ……!

 耐えろ、耐えろ! ひたすらに耐えろ!

 そして見つけ出せ!



 解決の糸口を!!






 ――その時、ふと思い出した。


 あの作戦が、ここでも使えるかもしれない。


(つづく)

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