すれ違い-2(交錯)

「ジャ、ック……」

「ねえ、ベネノ」


「どうして俺と出会ってしまったの?」


 ジャック……。


 ようやく僕に腹を見せたと思ったら……。

 そんな顔しないでよ。


 * * *


「お願い! もうこれ以上殺させないで!」


 真っ直ぐ振り下ろされた大剣を強欲の鎌で受け止めれば火花が散る。

 流石は大剣一つで勝負をしてきた主人公。絶え間なくぶち込まれる斬撃は重く速く、鎌を振るう隙のひとつも得られない。

 右に左に大振りに振られた一発一発の威力に手が痺れて鎌を落としそうになる。それに何とか耐えながら顔をしかめながら彼の攻撃を受け続けた。

 殺させないでって言うのならどうして! どうして武器を振るうんだよ!

 僕は君のことを裏切りたくない……戦いたくない……。


 戦いたくないってのに!!


『この馬鹿野郎! 馬鹿野郎!! 親友のこともっと信じても良かったんじゃないのか!! 何で正体を隠してたんだよ!!』


 頭をよぎる彼の言葉。

 第二話の最後の方で貰った言葉。真剣な顔して怒られた。

 あの時は焦って焦って仕方なかったのだけれど、同時にコイツが親友で本当に良かったと思ったものだった。

 なのに……。

「じゃあ、あの言葉は嘘だったって言うのかよ! 殺すのも死ぬのも怖いって、初めて会ったあの物語で言った言葉は……! 親友のことをもっと信じろって言ったあの言葉は!!」

「……」

「僕のことは信じてくれないの!? ねえ、ジャック!」

「……」

「皆の為になりたいって、勇者は皆を救うためにいるんだって、言った言葉は嘘だったって言うのかよ! 皆でたらめか!」

「違う……違うよ」

「だったら下ろせよ! 頼むから武器を下ろせよ! そして話し合おう……! 僕ら親友だから絶対に分かり合えるはずだ! そうだよね……!?」

「……」


「僕は戦いたくないよ!」

「俺だってそうさ!」


 彼はほぼ被せるように叫んだ。


「でも……そうしたら君は、君は……!」

 そこまで言ってまた悲しそうな顔になるジャック。

 鎌を大きく弾いて、ちょっと後退。

 苦しそうな表情に合わせて手が震えた。


「君は崩壊までの道を歩んでいくんだろう!? として世界を崩すんだろう!?」

「……!」

「君はどんな言葉をかけられてもどんな人から説得されても揺るがなかった。唯ひたすら自分の行くべき道を見据え、周りの景色の変化も何も見ずに突き進み続けた。そうして最後の世界に君は辿り着いた。……だったら俺の言葉さえ最早何の意味も無いだろうね」

「ジャック……」

「でも俺……」


「俺……君を助けたいんだよ……皆を助けたいんだよ、ベネノ」

「ジャック……」


「だからお願い、俺に勝たせてよ! この物語から居なくなってよ!!」

「ジャック!! お願いもうやめて!」


 ほぼ泣きそうな顔で大きく横に薙いだ大剣。それに勇者特有のドラゴンの炎が宿った。火炎の曲線、揺らめきを残像に残し必殺技でも打ち込むかのようなオーラを纏い彼は跳躍する。

 必死に走って避けようとするが地に打ち付けられると同時に発生する爆発の衝撃波が体を後ろから強く押す。

「ぅが!!」

 どべしゃっと顔から突っ込んだ。

 草地に混じった小石に鼻が当たってジンジン痛む……。鼻血は、出てない。

 しかしジャックはそれでも攻撃の手をやめない。

 指の背は既に傷だらけ。頬にも先程赤い筋が入った。

 今後どこに傷を負うのか分からない。彼はこんなにも躊躇しない人間だったかと思ってはまた心が痛くなった。

 ――と、ふと。


『戦わないって選択肢だけは無いと思いますよ、主。この世は意外と冷酷。友情も利用する為、愛情も支配欲を満たす為。敵意を剥き出しにしてきた者を愛すなど愚かな行動です』


 マモンが口を挟んできた。多分僕がいつまで経っても武器を振るおうとしないから痺れを切らしたのかもしれない。

「そ、そうかもしれないけど」

『主には申し訳ありませんが、相手は既に主を物理的・精神的に傷つけました。――使い魔の立場的には許されるものではない』

「……! だったとしても絶対にジャックの元へは行かせないから!」

『分かっています。酷い時だけにしますから』

「そういう問題じゃないよ……何があっても傷つけてはいけない相手だ」

『とはいえ主。戦場ではそれは優しさではありません』


『甘えです』


『相手は既に敵なのです』


 そうだけど……!

 やりきれなくなって思わず言い返しそうになった瞬間――




 ――耳鳴りがして、周りの景色が一気にモノクロームに変わり時が止まった。




「……!?」

 苦い表情のまま固まるジャック。マモンが変身している強欲の鎌さえ動きを止め、手を離せば宙に浮いた。

 何、これ。


『辛いな』


 頭にガツンと響くのは――怜さんの声。

 姿は見えない。きっとお決まりの「脳内に直接」とかいうやつだ。


「……怜、さん?」

『ベネノ。マモンに加担する訳ではないが……悪いが相手は本気だぞ』

 その声色はとても静か。子どもに語り掛けるかのような微かな優しさがこもっていいる。――勿論、相手を自分の計画の内に収めようとする恐怖と威圧も、少し。

「……」

『彼は本気で思っている。世界の崩壊に呑み込まれ、死体さえも残らぬ結果になる位ならお前をここで倒した方が良い、と。お前にもう一度やり直すチャンスを与えてやりたい、そのためにはお前を一度この物語から退場させる必要があると、本気でな』

「そんなこと……」

『言わないと思うか? だって、? それがストリテラだ。お前もよく知っているだろう』

「だ、だとしても殺しなんて――!」

 言いかけてちょっと戸惑った。

 確かに。確かに彼なら言いそうだ。それが皆の為になるなら自分は心を殺してでも君を殺す、とか。

 どうしても想像だけは出来なかったけれど、いざという時や究極の時にはそんなことを言う事もあるだろう。その時はきっと今みたいに泣きながら刃を振るうのだ。

 ――そう、今まさに目の前で起きているのと同じように。

 何故だかそう思った。

『良いかい、ベネノ。もう耳にタコが出来る位聞いたとは思うがな。彼のこの行動からも分かる通りお前のお父さんはお前を本気で殺そうだなんて思っていない。寧ろベネノがこの物語から早急に退場し、自分のいる温かな巣に無事に帰ってきて欲しいと願っているんだ』

「どういうこと」


『どういうこともこういうことも無いだろう? 至って単純だよ。一番悪いのはなんだ。奴はお前のことを利用して自分に都合の良い世界を作ろうとしてる』

「……え」


『ベネノ。俺は




『世界の崩壊しか望まぬ、狂った暴走機関車から――』




 * * *


 余りに衝撃的な内容に思わずハッと目を見開いた。

「そんなこと! な、何かの間違いです!」

『じゃあ何でアイツはお前に親友を殺させようとしている?』

「う」

『答えられないのかい』

「そ、それは」

 痛い所を突いてくる。

『なあ、ベネノ? 俺がどうしてこの時間を用意してお前にだけ語り掛けていると思う? どうしてジャックを召喚したと思う!』

「……」

 どう、して……。

『簡単だ、お前が人質に取られたりしないようにだ。二人の前でこんなことを大っぴらに語ってお前をこちら側に引き込もうとすればアイツは絶対にお前の命を盾に強行突破を仕掛けてくる。それだけは避けないと――』

「う、嘘だ! 嘘だ嘘! マモンは絶対にそんなことしない!」

『ならお前は証明できるのか!? 自分が絶対に安全であると!』

「できる。僕らはお互いの過去も未来も、なんなら気持ちも志も……すべてを共有している。僕らは光と影、二人でここまで歩んできた! その関係が今更嘘だなんて、そんなのあるはずがない!」

 前のめりになって重ねてきた怜さんの問いかけに同じく前のめりになって答えた。

 しかしそれに返ってきたのは感嘆の息ではない。

 負を孕んだ溜息だ。

『甘い……甘いよ。そんな主観の論は証明になどならない。客観的な意見、現状の再確認をしてみろ。それでアイツが本当にお前を利用していたらその時はどうするつもりだったんだ。それで世界が滅びたらお前はどこで悔やむつもりだったんだ! お前を心の底で信じている仲間の存在は、お前に本心を浴びせられぬ苦しさに身を焦がす者達の気持ちは! どうするつもりなんだよ!』

「そ、そんな事言われても……!」

『困るな、前を見ろ! ――良いかベネノ、お前は利用されているんだ。それを皆は止めたがっている。それこそ殺そうとしてまで……敵対してまで! その痛みがどうして分からない!!』

「……」

『“今”から目を逸らすな!』

 彼の必死の叫びに思わず自分の親友の苦悶に満ちた顔を見た。

 マジマジ見つめれば思い出す。


 あの日、ジャックが僕を殺したその日のことを。

 悔しさに身を焦がし、二人で苦しみ続け、互いに互いの許しを欲しがった、熱望してやまなかったあの日のことを。


 あんな事件はもう二度と起こしてはならない。

 ジャックの為にも、この世界の為にも。


 そう誓った。

 だから僕は立ち上がった。

 シナリオブレイカーと当時呼ばれていた彼の手を取って。


「――な? だからベネノ。そいつから逃れて俺の元へ来るんだ。そうして家に帰ろう、お父さんの待つ温かい我が家へ帰るんだ」


「それが目の前にいるジャックの為にもなる。もうこれ以上彼を苦しめなくて済む。お前も彼を連続殺人鬼にしなくて済む」


「こんなバカげた遊戯で自分の命を落とさずに済む」


 いつの間にそこにいたのか、温かな体温を孕んだその両腕は僕の体を後ろからそっと抱きしめた。


「俺もお前を殺さずに済む」


 そっと囁かれる吐息がひたすらに甘く、くすぐったい。

 この体をまるで蛇が飲み込むかのようにその人はぐわ、と覆いかぶさってきた。少し上体をのけぞらせればそのまま丸呑みしてしまいそうな、そんな危うさに締め上げられていく。


「な、ベネノ。頼むからもう殺させないでおくれ?」


 突然。

 その言葉とほぼ同時に彼の組まれた手が腹を底から突き上げた。

「グぼッ――! ゲホゲホ!! おええ!」

 喉の奥から粘膜を吐き出しながら崩れ落ちた体を押さえつけるように自身の全体重をかけてのしかかってくる。


「ハハ、ハ……可愛いね。真逆の一発だ! 嗚呼、弱々しくって、ちっこくって……まるで巣から落ちた雛だ……こんなに脆けりゃ、そりゃああの悪魔も手放したくは無いだろうなァ。ハハ……俺もだよ、座敷童ちゃん……」


 密着する熱と、このまずい状況と、甘言と、汗ばむ前腕が……。

 本当、まるでに……。


「欲しかったんだよォ……キミのこと……初めて会った時からずっと、ずっと……ハハ……色気があるね。益々気に入った」


 首筋の紋をなぞるように口先が滑り、体中から冷汗が一気に噴き出した。

 くらくらする頭を押さえて何とか抜け出そうと必死にもがくがもう遅い。

 ガッチリ抱きすくめられてて動けない!

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!!


 真逆、本当に「悪魔の敵」だったってこと!?

 そんな、嘘だ!! きっと悪い夢! 悪い夢!!


 お願い、早く覚めて!!


「……ああそうだ。ここに良いものがあるんだよ。ハハ……今までのこと全部忘れちゃおう? ベネノ……嫌なことも楽しいことも皆リセットして、俺の物語においで。そこで楽しく暮らそうよ。俺の眷属にしてあげるよ?」

「けっ、眷属って――」

「美味しいお菓子もいっぱいあげるし、願いだって何だって叶えてあげる。おもちゃもご馳走も何だって出してあげる。勿論、俺を受け入れればの話だけど」

 そう言って取り出したのは生白い色をした掌サイズの小さな――銃。


 コッ、殺される!!


「やだやだ!! 死にたくない!!」

「死なない! 死なないよ、大丈夫。安心して。ちょっと、マモンのこと忘れちゃうだけだよ」

「そんなのムリ!」

「ムリじゃないよ。やってみれば分かるさ、俺の方が良いよ? ナ。俺のことで頭いっぱいにしても良いじゃないか。……生まれ変わろうよ」

「ヤダヤダお願い! 誰か助けて!!」

「……静かにしようか」

 喉が枯れ果てるまで騒ぎ暴れ続ける僕に流石に苛立ったのか広い掌が唐突に口を塞いだ。

 耳元でダイヤルを合わせる音とキシキシ笑う音がする。

 心臓が耳元でバクバク言って、脳が冷たくなって、涙が溢れてきて、過呼吸が止まらなくって、彼の重みに骨がきしんで……兎に角怖くて怖くて堪らなかった。

「ホラ。おいさんのお目目をよく見てごらん。怖くないからねー」

 逃げようとする体を無理矢理押さえつけながら仰向けに転がされた。

 口を塞がれて呼吸がし辛い中、ぼやける視界で彼の顔を見れば――






 ――そこにあったのは






 ……!!


 !!


「んんん!!」

 怜さんじゃないって分かった途端、突然体が動き出した。

 口と右手首を抑えてニヤニヤ笑いながら馬乗りしてくる奴の背中を思いきり蹴り飛ばし、口を塞ぐ手も噛んで、慌てて拘束から逃れる。

「ハア、ハア、マモン来て! お願い早く!」

「待ってヨオ!! 良い子ダから!」

 奴が僕の体に飛びつくのと強欲の鎌を取り出すのがほぼ同時だった。

 瞬時に羽交い絞めにして鎌を叩き落そうとするその腕を刃で切り裂く。

 ずるり、べちゃ、という音がしてが地に落ちた。


 やっぱり……!


 だとすると――そうだ。

 瞬間、パズルのピースが組み上がっていくみたいに次々と脳裏に浮かんでいく言葉たち。


 崩れ去るモノクロームの景色の奥から迫ってくるジャックの腹をさばくように鎌の刃を振るえばさっきの「偽・トッカ」の時のように紙で出来た白い蝶がざあーっと飛んで行く。


 肩で息をしながらどんどん崩れ落ちていくこれまたニセモノの怜さんに向かって指差し、こう言う。

「ジャックはな、シナリオブレイクについて知ってるんだ……『皆の為』なら良いかもねって言ってくれた……思い出したよ! 全部全部!」

「……」

「記録も残ってる。嘘だと思うなら確認してみろ! これは決して主観的な意見なんかじゃないぞ」




 ――「そっかそっか。皆の為か。じゃあ良いんじゃないかなぁ」




 確かに彼はそう言っていた。

 そうだ。どうしてあの時、僕を殺す選択をするジャックの姿が想像できなかったか。無論、答えは一つに決まってる。


 彼は絶対に悪い方の選択をしない。


 彼は「本当に」皆の為になる選択を絶対に選ぶはず。「仕方ないから」こうする、なんて選択肢は彼の中には最初から存在しない。

 それが勇者だから。


「それに――」




「アイツは物語の主人公やってる時以外は必ず僕のこと! 勉強し直せ!!」




『……』




『……フヘヘハハ。後悔する。きっとこの選択を貴方は後悔することになる』




『そうなっても私は知りませんよ……ヘハハ』




 フフ、ヘハハと笑いながらニセモノの怜さんは遂にどろどろの陰の山になった。

 それを見ながら汗を拭い、森の奥を見据えた。


 開けた所に緩く構えたナナシが微笑をたたえながら待っている。

 時折片手でちょいちょいと挑発なんかもしながら。


 ――今度はホンモノか?

 思わず脳裏をよぎる文言。

 なるほど、見極めが重要っていうのはこういうことか。


 鎌を握り直し、歩を進めた。


 大将怜さんまでの道のりは、まだまだ遠い。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る