すれ違い-3(傀儡の座敷童)

「へえ。よく乗り越えたじゃん」


「君の一番苦手そうなものをチョイスしたつもりだったんだけどネ? ――どうやら読みは外れたみたいですよ、ブレイカー」


 ぱらぱらと拍手しながら口元に笑みを浮かべつつ出迎えるナナシ。

 そのふらふらしていそうな構えからは想像できない程の何か圧のようなものを感じる。――彼と相対した時にいつも感じていた独特の空気だ。

「……本当に敵なんだ」

「手加減しないよ。全部君を救うための物語なんだから」

「そんな嘘ばっかり言って」

「ん? ハハッ、やだなぁ! ……ボクだって偶には本当の事言うんだよ?」

 長いまつ毛の下から覗く濁った黒真珠。

 そのままキシキシ笑い、彼は不意に短剣を取り出した。

「だからね、ホラ!」

 そのままガリ、と自分の頬を短剣で引っ掻く。

「……!」

 この世界の妖特有の青い血が飛沫のように飛び散った。――とても痛そうで思わず目を塞ぐ。


「紙の蝶は一匹も出ないでしょう?」


 白銀の残像を空に残しながら短剣を鞘に戻すナナシ。

 首ごと傾けたその笑みに合わせて垂れた青い血をちろりと舐めながら、楽しそうに彼は言った。


「そう、ボクは本物。人生の創造者天使の隠し子の創造物じゃない」


「だから倒したら本当に死ぬよ? 今度こそ」


「それでもボクを退けることができる? ベネノ」


 右の親指の腹で血を拭い、戦闘の構え。彼の背後に雷神の太鼓が如きの黒い魔法陣がまたしても浮かび上がる。

 喉が鳴った。腕は鳴らない。




「……本気で行くから」




 ぬるりと動いた後、即座に突っ込んできた。残像がその場に残り、コンマ一秒後には目の前だ。

 彼の手刀と刃がぶつかって火花が散る。


 どうして手と金属がぶつかって火花が散る!


 * * *


「ハァッ、ハアッ! クソ、キリ無いな!」

『主、今は走り続けて!』

「アハハハハ!! そうだ逃げろ、逃げろ! でないと死ぬぞベネノ!」

 背に向かってぶっ飛んできた座敷童の脚がそのまま僕の首に巻き付き、一緒に地面に倒れ込む。

「ヒャホォーイ!」

「グゎ!」

『主!』

 背中を強く打ち、一瞬呼吸が止まった。喉の奥から粘膜を吐き出し、身動きできない所を関節技で絞められる。

「そら、助けを呼べ! ベネノ!」

「うう、ああああっ!」

『おいやめろ!』

 そこに変身解除したマモンが突っ込めば彼は直ぐに跳躍しながら離れ、遠くからビームの弾幕でも打ち込むように陰を放出する。

「アハァーハハハハ!! 全員死ねェッ!! まとめて死んじゃえぇぇ、イノチを差し出せェェェ!!」

 瞬間バリアーを張って耐えるが、余りの勢いに体が数センチ後ろに滑った。バリアーにもひびが入り、今にも割れそう。

 マモンの額に珍しく大きな汗の玉が浮かぶ。

「クソ……! 何て奴だ!」

 大きく弾き、その時生じた一瞬の隙を見計らって弾幕の下に滑り込むようにマモンが走っていく。

「主! こっちに!」

「あ、うん!」

 腕を汚れの無い白い手袋が掴んだ。攻撃が激しすぎて付いて行くので精一杯。何度も足がもつれそうになった。

 息が上がるけれど贅沢を言えば死ぬ。置いていかれないように置いていかれないようにと、必死になって走った。

 しかし、だからといって攻撃の手が止むわけではない。

 大きく咳き込んだ。

 ……。

 ……何だか情けない。

 ここに僕が敵うだけの敵がいないのがどうも悔しかった。皆強過ぎる。

 これを怜さんが本気でやっていると考えると、また更に辛くなる。

 怜さん、どうして!


 どうして!!


「主、付いてこれていますか!?」

「な、何とか! だいじょ、ぶだよ! ゲホゲホ!」

「……」

 喉にたんが絡んで息が吸いづらい。目の前がぐらぐらするし、頭がざりざり言ってるし、足が棒みたいだし……どこまでマモンの足を引っ張らずにいれるかがちょっと不安になってきた――その時。


 腕が強く引かれ、同時にふわ、と体が持ち上がった。


 薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。

 マモンにいつの間にか抱きかかえられていた。


「うぇっ!? うぇえええええ!? ま、マモン!?」

「シフトチェンジです。主、これからは私が戦います」

 言いながら腹から抜刀。地を勢いよく蹴り、上空へ。

 鋭い刃のような風を切り、一路、狂暴座敷童の元へと向かっていく。

「ひ、ひぇ!? い、良いよマモン!」

「良くありません。良いから私に任せて。体重をこちらに」

「でで、でも」

「でも……何ですか? 納得できる答えでなかったら即叩っ斬りますよ」

「ひぇ!? ――え、えと……その……悪いっていうか、その……」

 そこまでもぞもぞ言った所でマモンが大きなため息。それに思わず体が震えたが、彼から返ってきたのは予想外であり、しかしながら予想通りでもある言葉。


「良いですか? ベネノ。私の主は貴方しかいない。そして私にとって貴方は必要不可欠の存在」


「使い魔如きが主の命も救えないでどうするというのですか? 影は光無しでは存在できないというのに」


「マモン……」

 表情から何か強い「決意」のようなものを感じる。

 心なしか背に回された手に力がこもったような気がした。

 ふと、微笑みかけられたその吐息すら温かい。

「だから主は兎に角死なないように私に身を預けていてください。貴方のことは私が命に代えてでも護り抜いてみせます」

「わ、分かった」

「離れないように!」

「分かった!」

 首にしっかりしがみつき、酔わないように体を出来るだけぴったり密着させる。

 怖かったので向こうは見れず、彼の肩の辺りに顔を埋めた。濃い薔薇の香りが更に広がる。

「ぶつかります!」

「はい!」

「陰」独特のきつい臭いが辺りに充満する。弾幕の量もえげつない。


 まるで殺しにかかっているかのような――。






 ――ギン!!






「そうだ、そうだよ……!! そうこなくっちゃ! そうこなくっちゃぁ!! アハハハッハハハハ!!」

「……」

「そうさ。キミがいなけりゃ物語は始まらない! 主人公だけで物語が成り立つものか! 敵役がいなけりゃ退屈な日常すらつまらない!!」

 ……ギリ。

 下唇を噛みしめつつ、向かってきた拳に刃をぶつける。目の前の狂気の笑み、「陰」、戦法。全てが「アイツ」を思い起こさせた。


 あの日、ベルゼブブ様を奪った奴。

 私達の平穏を奪った奴。幸せを奪い取った奴。


「幸せで平和な日常」から一番遠い奴!


「サア命がけで遊ぼうよ! キミが来なけりゃキミを殺せない――そう! さっさとこの物語から消えてそのイノチをボクに寄越すんだ!! 強欲!!」

「死ねェェエエエ!! !!」


 * * *


 その瞬間、人間が持ち上げられるのか不思議な程の大剣が何もない空間からその姿を現し、ナナシの腹を殴り飛ばした。

 悲鳴の一つも上げず、彼は回転なんかかけながらぴゅうっとすっ飛んで行く。勢いだけで雲を一つ散じさせた。

 しかし体勢を直ぐに整え、両手いっぱいに黒い炎を燃え盛らせる。

 あくまでも攻撃はやめぬつもりだ。戦闘狂の名に相応しい笑みをたっぷり顔面に塗り付け、空気を蹴ってこちらに直ぐに舞い戻ってくる。

 対抗するマモン。

 まるでマジシャンがトランプでも並べるかのように自身の前に種々様々の武器を取り出し、直後、左手を前面に押し出した。

「行け! 串刺しにしてしまえ!」

 全ての刃の切っ先が彼の命令通りナナシの方向を向いた。何と危ない弾幕。あんな数の武器に一斉に襲いかかってこられたら僕なら溜まったもんじゃない。

 しかしそこら辺は流石と言うべきか、厄介と言うべきか。一つ一つを丁寧に、かつ素早くさばきながらこちらに着実に向かってくる。

「ギャハハハハ!! その程度!?」

「……!」


 ――もう強欲では歯が立たない!


 脳を瞬時にその言葉が駆け巡る。

 ……そうか。

 嗚呼そうだろう。この物語では余りに力を乱発し過ぎた。彼の書運命の書はとっくに自分の特性を覚えたはずだ。それに対して「天使の隠し子」が対処をしない筈がない。

 ならばこの戦に勝つための方法はもう残り一つ。自分が吸い込んだ他者の力を使う他はない。

 しかしそんなことをしてしまえば……。

 思いつつちらりと自分の主の心配そうな顔を見やる。




 そんなことをしてしまえば……。




 ……。




 だが、と苦い気持ちを一気に喉の奥へと押し込める。

 迷いを見ないように真っ直ぐ前を見やった。


 そうだ。

 このまま自分が躊躇してやられてしまえば駄目になる。

 自分がやられても駄目、主がやられても駄目。

 二人とも生き残ることにこの物語の意味がある!


 私の生きる意味はそこにある!


「アアアアアアアアア……ッ!!」


 その瞬間ナナシの放った「陰」の散弾の内一つを眩い光が覆った。その他の弾丸が彼の服の袖やら綺麗な頬やらを掠め、傷つけていく。

 それでも眩く輝く左手でその弾丸を握りしめ、そのまま自身の体内に取り込んだ。


 今は耐えるとき。


 直後、苦しそうな顔をしながら彼は胸にその握り拳を祈るように押し当て、直後、目をかっ開きながら左手を前に突き出した。


「終わりだ!」


 スパン! と良い音をさせながら彼は指を鳴らした。

 物凄い轟音を鳴らしながらナナシの散弾がそのままそっくり彼の元へと勢いよく襲いかかっていく。


「暴食」と「嫉妬」の見事なコンビネーション。


 それに仰天したのは勿論、相手がたのナナシだ。

 慌てて自身の攻撃で相殺しようとするが、その攻撃さえも「暴食」の力によって寝返ってくる。

「クソ! こんなの聞いテない!」

 遠隔攻撃を一時中断し、捨て身の覚悟で突っ込んできた。

 手に青い光で出来た硬そうな槍が出現する。――いや、単純に槍と表現して適当かどうか。

 全てがエネルギーで出来ているかのようなその「槍」。刺突すれば肉を焼き貫き、薙ぎ払えば体を上下に真っ二つにするだろう。兎に角全体が刃のように鋭く尖って、かつ、熱を帯びていた。


 だが「七つの大罪」の力の全てを有した彼にもう怖いものなどない。


 先の「嫉妬」と「暴食」、加えて「怠惰」までフル稼働させ、同じものをそっくりそのまま腹から取り出す。

 もう相手の攻撃パターンも読めた。

 刺突と見せかけたフェイントにしっかり対応し、彼と同じように槍を振るってエネルギー同士を何合もかち合わせた。

 その度に力強い「熱」が周囲の空気を焼いていく。

 ここで初めて相手の座敷童の額から汗の玉が飛び散った。

「クソ、真似するな!」

「ズルいもん勝ちですよ、戦場と大人の世界ってのは!」

「ヤダヤダ! ボクが勝ってお前のイノチを貰うって約束しタんだ! 強者のイノチ!! ボクの物なんダ!! アアアアアアアアア!!」

 まるで子どもみたいに騒いで地団駄踏んで、彼が絶叫すればその背後から恐ろしい人影のような物が飛び出した。


「出た……! !」

「執着!? あれが!?」

「主、掴まっていて! 一気に仕留めます!」

「え、あ! はい!!」


 泣き喚き、ジタバタ暴れる彼をなだめるかのように「執着」の人影は、ナナシを体ごと包み込んだ。

 その瞬間、目から鼻から口から……あらゆる穴という穴から「陰」を吐き出しながらナナシが更に狂暴化する。

 ギシギシゲタゲタ笑いながら、両手に先のそれとは比べ物にならない威力の炎を宿し、陰の弾幕と同時にこちらに突っ込んでくる。


 もうそこに、彼本人の意識はない。


「寄越せェ、イノチイイイイ!!」

「ま、マモン……!」

「しっかり掴まっていて!」

 向こうから暴力の渦のような黒魔術。

 対してマモンも前面に突き出した手に「七つの大罪」が一たる「嫉妬」を宿し、相対した。

 足を肩幅に開き、地面に根を張るかのようにしっかりと踏ん張る。

 彼の攻撃が近付くにつれて僕の背に回された手にも力が込められた。


 ウミヘビレヴィアタンの固い鱗はどんな攻撃をも弾き返す。

 彼の防御力に頼り切った情けない作戦だった。


 しかし今の彼に敵いそうな能力もそれ位しかない。

 五指全てに力を満遍なく行き渡らせるイメージ。全神経を研ぎ澄まし、全精神力を掌いっぱいに注ぎ込んだ。






 ――ぶつかる――






 * * *


「良いかい。の持ち主を攫って連れてくるんだ」


「一緒に居る奴に関しては容赦しなくて良い。君のご飯にしなさい。――でもこの髪の毛の持ち主だけは駄目。覚えたかい」


 ナナシとマモンが巨大なエネルギー同士をぶつけようとしていた正に同時刻、同地。少し離れた森の暗がりにて。

 怜と並ぶようにそこに立っていた紙芝居屋。

 持っていた劇場に優しく語り掛けながら、中に代償として頂いていた髪の毛一本を沈める。


 直後、紙芝居と偽っていたのとある一頁から巨大なドラゴンが出現。彼らに向かって炎を撒き散らしながら暴れ馬のように襲いかかっていった。


 爆発音が轟く。


「繰り返すが、傷はつけるな。生きたまま連れてこい」

「仰せのままに。ブレイカー」


 くるりと背を向け更に奥へと消えていった怜を横目に紙芝居屋はフードと長いマントを羽織る。

 フードの頭部の辺りには黄色い硝子の目玉が付いていた。


「今度こそ滅びの時だ、強欲」


 デヒム、その人。


(つづく)

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