すれ違い-4(龍の魔導士)

「良いかい。の持ち主を攫って連れてくるんだ」


「一緒に居る奴に関しては容赦しなくて良い。君のご飯にしなさい。――でもこの髪の毛の持ち主だけは駄目。覚えたかい」




 ――それは一瞬の出来事。




「……!」


 マモンが何かを察知した。


「主、御免!」

「え、え!? 何、何々何々……どゎ!!」


 僕を抱き締め、一気に後退すれば眩い光が辺りを包む。


 直後、轟音が轟いた。


 ――、――。


「繰り返すが、傷はつけるな。生きたまま連れてこい」

「仰せのままに。ブレイカー」


 くるりと背を向け更に奥へと消えていった怜を横目に紙芝居屋はフードと長いマントを羽織る。

 フードの頭部の辺りには黄色い硝子の目玉が付いていた。


「今度こそ滅びの時だ、強欲」


 デヒム、その人。


 * * *


「きいいいいいいいいっ!!」


 ばふん、と土煙から飛び出してきたのは親ダヌキと子ダヌキ――ならぬマモンとベネノ。強欲に比肩する動物の中には烏と針鼠の他にタヌキもある。口に咥えられて何とも可愛らしい。

 地面に綺麗に着地してマモンは変身解除。子ダヌキ(ベネノ)を抱えてそのまますたこら逃げ出した。

「きーきー」

「今は後です! 後ろ見て!」

「きー?」

「解除も後! 今は機動性重視で許してください! 頼むから!!」

 お腹丸出しで抱きかかえられたふわふわが後方をくるっと見やると、土煙やら黒煙やらの中から気性の荒い大型ドラゴンが……!


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「きああああああああああああああああああああっ!!」


 あんなのもう、ゴ○ラじゃん! ゴ○ラ!

 それかガ○ラだ!!


 口から火と一緒に咆哮を撒き散らし、そこら一帯の草がどんどん燃える。時折火球なんかもぶっ飛んできて、弾けた際の熱が熱いのなんののレベルじゃない。

 炭。炭です炭!! 焦げる通り越して炭化する!!

 大きな尻尾はどんどん木を薙ぎ倒したりするし、何気足速いし、何より迫力がえぐいし!

 にゃっ、なるほどっ、そりゃ無理だ! 人間サイズの子ども抱えたまんま走って逃げるなんてっ! ソリャ無理だ!!


 無理だ――アアアアアっっ!? 熱ぅぅーい!! 尻尾焦げた!


 そんなこんなであちこちに大火事作ったドラゴン。ふとこちらに鋭いかぎ爪を伸ばしながら一直線に向かってくる。

 体を引き裂かれないようにとマモンは身を縮こまらせたがその爪は彼の背を素通りして何とに向かってきた。

「きょへっ……!?」

 変な声が出た。

 目の前で大きく開く黒光りするかぎ爪。

 スローモーションになる景色。

 ぐいぐい迫る死の予感。

 身に迫る恐怖に小っちゃくなることしかできなかった僕を庇う様に身を翻し、マモンはまたも

「御免!」

と言いながらその足に向かって衝撃波をぶちかました。

 物凄い音をくうに響かせながらありったけの「チカラ」が解き放たれ、余りの衝撃にぐらっと揺れるドラゴン。

 そこでようやく攻撃の手が落ち着く。

 呼吸を整えた。

「きゅはー……きゅはー……」

「主、落ち着いて。尻尾がまだぼわってしてますよ」

 だって戻んないんだもん! 戻んないもんは戻んないんだもん!!

 そうやって必死に反論していた――


 ――その時。




「おや、酷いことをなさる。……勇者から借りたドラゴンだったらどうするつもりだったんですか? お二人とも」




 突然背後から聞こえた声にぶるりと身震い。

 振り返るとそこには……。


「……魔導士」

「久方振りです、シナリオブレイカー」


 に、と口元が不敵に笑む魔導士。

 その腕の中にはぐったりしているナナシ。




 デヒム、さん……?




 また、かつての味方が。


 * * *


 尻尾が今だぼわっとしたままの僕をそっと上着の内側に隠し、威嚇するマモン。

「……何をしに来たんですか」

「今回の指令はシナリオブレイカーの抹殺。そしてこの件に関係ない者達の迅速かつ安全な避難です」

 冷静に言いながらナナシに治癒の魔法をかけ、光を纏わせるデヒムさん。その力のおかげか、彼はそのまま大空に向かって吸い込まれるように飛んで行った。

「それで全員の避難が終わったって訳ですか?」

「いや……和樹達はぎりぎりまでいる、と言って聞かないままです」


「友達を中に残したとかなんとか。今もここに侵入する為の活路を見出そうと頑張っています」


 そう言ってちょっと困ったように肩をすくめ、笑う。

 和樹……。


「――しかしそれは私にとっては関係のないこと。当然ながら彼らのそれを助ける義理も理由も存在しない。唯、彼らが言う事を聞かないのであれば危害が及ばぬよう努力するだけ」


 すぐに表情を戻し空中から取り出したのは、あの時の紙芝居劇場。

 瞬間、彼があの時の紙芝居屋だったと察する。

 物語はあの時から綿密に組み込まれ、仕組まれていたということなのだろうか。


「前回貴方を取り逃した、殺しそびれた。これは本来あってはならぬこと」


 掛け金を外し蓋を開けばその下から紙に書かれた魔法陣が現れる。


「ならば今度こそ仕留める」


「ただそれだけです」


 言いながら魔法陣に沿って指で円を描き出すデヒムさん。

 それを見てマモンが小さく「主」、と零した。

 な、何?

 問う間もなく突然針鼠にさせられる僕。

 すぐ上着のポケットに有無を言わさずぶち込まれた。


 な、何!?


「兎に角ポケットから頭を出さないでください。使い魔とのお約束です」

「きゅー」

 頭からぎゅむと押さえつけられ、変な声がでる。

 なっ、何すん――!


「焼かれないようにだけは心掛けますから」


 ……ん?

 焼く?

 あのこんがりほかほかで有名な焼く?

 ステーキやらパンやらの美味しいお料理でお馴染みの焼――




「行け、ジャーマ! あの悪魔のはらわた喰い破ってしまえ!」

「主! しっかり掴まって、隠れていて!」




 爆音! 轟音! 地響き!


 ――んなっ、何が起こってるかは分からないが、兎に角危ないことが起こってるってことだけは分かりました!!


 * * *


「ガルァ!!」


 後方に大きく跳躍し、火炎を避けながら数多の槍を召喚。

 向かってきたドラゴンの首目掛けて投げるも全て固い鱗に弾かれ、刃が欠けた。

 すぐに鋭い牙が自分の胴めがけて迫ってくる。

「嫉妬」で受け流し、辛うじてその場を切り抜けても次々召喚される大型種の群れ。

 取り出した瞬間たった一噛みで逝ってしまった大剣がもしも自分だったらと思うとぞっとする。

 暴走機関車のように大空を飛び回るそれらに思わず冷汗が流れた。


 ――あの自己犠牲を厭わぬ魔導士のことだ。

 どうせ今回も肉弾戦で向かってくると思っていた。


 しかしよっぽど前回の「暴食」が効いたと見える。

 今度は巨大なドラゴンの数の暴力で挑んできた。

 皮肉なことだが、そのせいで苦戦を強いられている。

「主」たるデヒムを倒さない限りあのドラゴンは無限に出されるのだから。


 ――説明しよう。


 奴らの凶暴性に手を焼いている、それは合っている。

 しかし今回の戦いはそれだけではない。

 ドラゴンだけが持つその「特性」が至って厄介なのだ。

 ドラゴンは絶滅危惧種。今ではドラコニアとサルト・デ・アグワのみに生息する希少な大型トカゲだ。

 そいつらは同時にあの勇者――ジャックのでもある。



『何で、あの子達を……』



 第二話でのジャックの言葉が記憶に新しい。

 デヒムは確かにあの日あの時、私達とジャックと共にそこに居た。

 それは如何にジャックがドラゴン一頭一頭を家族として大切に想っているかを知っているということ。

 それは如何にジャックを大切にするベネノにとってダメージになるかを知っているということ。

 ドラゴンに攻撃し彼らを落とすということは即ち主を裏切るということ。

 しかし当の本人達ドラゴン達はそんな事情知ったこっちゃない。目の前に敵が居たらやっつける。若しくは喰う。

 それだけだ。しかし「それだけ」のことがこんなにも厄介。


 奴め、本気で自分を殺す気なのだ。


 ――ただ。

 勇者から借りたドラゴンだなんだと言ってはいたがあの魔導士の事だ、どうせ奴らも「天の欠片」で出来ているに違いない。

 供給源はあの老害悪魔ディアブロでほぼ間違いないだろう。

 こんな絶滅危惧種かつベネノの弱点をぽんぽん出して心が痛まないのは奴だけだ。


 クソ、腹が立つ。


「陰」を取り出し目の前から大口開けて迫ってくる奴の顔面に思いきりぶつける。

 その勢いに押されて地面にぶつかった瞬間、そいつはばらばらに

 ……矢張りな。


 肩で息をしながらこれが運命か、と一人苦笑い。

 捻じ曲げてやると意気込んで飛び込んだ。その「捻じ曲げた運命」に苦しめられている。

 しかし活路もちゃんとある。多大な消耗はしてしまうが。

 どちらに転んでも希望と絶望が半分半分。

 嗚呼、本当に人生どうなるのか分からない。

 きっと、きっと。私があの傲慢二神を葬って、世界を半分ずっこなどではなく「幸福」で満たしてみせるのだ。


「きき?」

「だーかーら、出ちゃ駄目って言ったでしょうがッ!! すっこんでなさい!!」

「ぴゃ!」


 ……この座敷童もいつ何しでかすか分からないな。


 兎に角早く決着を付けてやらないとこの針鼠が外に出たがって仕方ない。

 それにあの黄色い目玉を見ていると彼の王を思い出して余計に腹が立った。




「魔導士! 逃げるな、戦え!」




「今度こそ喰い尽くしてやる!! お前の全てという全てを!!」




 喉の限りを尽くして絶叫し、「陰」の代わりに「黒い炎」を撒き散らした。

 上位互換に翼をもがれた者達が次々落下していく。


 * * *


「ウッ……!?」


 突然鼻を衝く独特なあの臭いを強く、濃く感じた。

 予感がして振り返れば予想通り、ドラゴン達が火に焼けた虫が如くぱらぱらと落ちてきている。

 その間を縫うようにして強欲がこちらに猛スピードで迫ってきていた。


「魔導士! 逃げるな、戦え!」


 ――望む所だ。

 マントを翻し、天の欠片で出来た「光の剣」を取り出し彼の刃を受ける。

 弾き、直後、大型種のドラゴンを地面から三体召喚。

「遊んでやりなさい」

 地をずたずた這いながら彼らは一直線に敵に向かっていった。


 自分にはやることがあるのだ。

 マモンの始末は


 しかしそんなに現実は甘くない。


 目の前に顔の半分を紅い血で濡らした強欲が再び迫る。


「勝負しろ、魔導士!」

 いつの間に!


 転瞬、振るわれた片手剣を光の剣で受け止める。

 刃を受け、滑らせ流せば火花が散る散る。

 右に左にと振るいながら一方的に攻めてくる彼の斬撃をひたすら弾き、先程彼に向けて放ったはずの大型種を思った。


 あの顔面の鮮血は何だ。

 真逆、あの座敷童の目の前でドラゴンを喰ったというのか。それとも殺した?

 彼らの残骸も残らぬ今、考えても致し方のないことではあるがこんなに早く突破されるとも思っていなかったので、どうしても彼らの行方についての考察が頭をもたげてくる。


 勿論、自分を以前食ったアイツの表情も。


 体をぶるりと震わせる忌々しい記憶を無理矢理追い出し、つかを改めて強く握り直した。

 深呼吸をして狙うべきを見定め、大きく振りかぶり――


「きっき。きっき」

「応援ありがたいですが、いい加減にしてくれますか、主」


 ――ようやくを視認した。


 見つけた!


 目を見開き、ごくりと唾を飲む。

 一気に後方へ跳躍。

 懐から魔導書を一冊取り出し、高速でページを繰る。

「奪いとれ!」

 水晶のように透明な無数の手が伸び、ポケットの中の小動物を狙った。


 ――マズい!――

 ――チャンス――


 二つの思いが交錯する。

 硝子質の手を粉々に破壊しながら小さな主を守るマモン。

 一方、その小さき主を何とかして強奪してやろうと躍起になる魔導士デヒム。


 しかしやり過ぎた。

「手」の勢いが急に弱まったと思えば自分の左腕が全て失していた。だらりと垂れた袖に背筋が冷える。

 肉体の欠損はそれだけの消費と力の衰退を意味する。

 事を急き過ぎた。

 一変、互いの立場・優勢劣勢が入れ替わる。


 ハッと気づけば向こうの方で手を粉々に砕く音がする。

 そしてそれは確実に近付いて来ていた。


 獣のように血を滾らせた双眸、鋭い牙。


 あの日の痛み。


 ナイフは真っ直ぐ、自分の核たる「硝子の目玉」に向かって振り下ろされていた。




「死ねェ!!」






 ヤバイ……!






 辛うじて残された右手で何とか身を守ろうとした。






 * * *


 ――刹那。


 これは青天の霹靂か。

 突如彼らの間に稲光が走った。

 戦いに割り込むように入ってきたそれは一本の大太刀。


 の血をその身に宿すあの男の持ち物。

 すらりと通った鼻筋に小さな金縁の鼻眼鏡、エメラルドグリーンの長髪に綺麗な黒い中折れ帽。黒い長襦袢の上に薄いクリーム色の長着を着流して、その上から黒いコートを羽織っている。

 糸目の下には黒の瞳孔を黄の虹彩が囲む「鷲の瞳」。

 その一族が有する特徴的な瞳。




「デヒム、ナナシとはらい者を連れて早く物語の外へ」


「確固たるシナリオのレールが軌道を外れた。事は急を要する。主人公のことは私に任せて早く」




 満身創痍の魔導士はそれに軽く礼をして向こう側へと走っていく。

 怒りに任せて追いかけようとする悪魔を太刀の一薙ぎだけで制した。

 その名は――。


「私の名前は剣俠鬼けんきょうき。黄泉様の使い、命紫めいじ様の用心棒」


「戦闘一族、死神はご存知ですよね? ゲス悪魔」


 切れ長の目、見開く。


(つづく)

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