すれ違い-1(遊戯)
――「天使の隠し子」。
運命神直属の例外的シナリオブレイカー。
話では彼のことは「死神に抹殺を依頼したが不可能であったため、逆手を取って自陣に取り込んだ。そのために発生した役職」とされている。
――しかし。それは表向き。
運命というものは本来、悪魔の王と天使の長が互いに話し合って決めるものなのだが、時にどうしても一方にとって許しがたい展開に陥ることがある。
大虐殺、大戦争、理不尽すぎる不幸。
甘ったるいご都合展開、胸やけしそうなハッピーエンドの連続、敵対の無い“やさしい”展開。
――それがどうしても信念上許せない。
だから彼は誰にも知られぬよう、血反吐のような苦悩を抱える男に歩み寄り、こう持ち掛けたのだ。
『君の理想を叶える代わりに、私と契約をしてくれないか』
『物語の主導権を握る為、君には暗躍してもらいたい』
『その代わり君には特別を授けよう』
『君が千年かけて実現したかった夢物語を現実に引きずり込むんだ』
天使の隠し子。
運命神が運命という名の表舞台に「彼」を頻繁に出し、かつ、彼の本当を隠し続ける理由。
私が画面の向こうの貴方達にもまだ明かしていない彼らの秘め事、隠し事。
罪と罰と、痛みの味。
血の味がするやさしさともう二度と引き返せない片道切符。
彼らは最後の最後まで「幸せのシナリオ」を追い求め続ける。
その為にこうして誰かを傷つけてしまうこともある。
* * *
「な、何で、怜さんが……」
「イイヒトだと思ったかい? 座敷童ちゃん」
「あ、ああ……」
酸素を吸えなくなった金魚みたいに口をぱくぱくさせていた僕を見て彼はくすくす笑う。
「ごめん、言ってなかったけどおじさん悪者だから。人もいっぱい殺してきたし、いっぱい傷つけてきた。それこそ何百何千……ナイフで突き刺し、爆破で肉を爆ぜさせ、愛する人を恋人の目の前で射殺したりもした」
「皆みんな、赤子の手をひねるより簡単だったさ。銃火器も重火器も何せ扱う人によって意味を変えるんだからね」
「それでもまだ信じていられるのかい? 座敷童ちゃん」
瞳が、揺らぐ。
頬の辺りが痙攣している。
――「もうやめて」
一番言いたいそれさえ、声が詰まって出てこない。
世界に何の意味も無くなっていって、無力感が心に染み出してきて、涙だけが気付かぬ間に零れていて。
頭の中が白紙で真っ白。
まるで頭だけが……心が……死んでしまったみたいな。
「はぁ、愚か。愚かだよ。愚行、愚考」
ガツンと心が殴られたかのような衝撃。
「――いいかい? 耳が痛いと思うけどもう一度言うよ、座敷童ちゃん」
体の震えが止まらなくて、止まらなくて。
「死んでくれ、シナリオブレイカー。死んでくれ。この話に主人公は一人で十分。金魚のフンはもういらないんだ」
あとからあとから胸の底にいっぱい悔しさと悲しさと恐ろしさが込み上げてきて。
「憎めよ、ベネノ」
「俺はアンタを殺すんだぜ、シナリオブレイカー」
――でもどこか遠くの方でいつまでもいつまでも信じていたかった。
* * *
「とはいえ」
ぱん、と手を叩き話題を転換する怜さん。
「本当であれば君達が妖くん達と必死のバトルをしている間にでも、銃殺しちゃえばよかったんだけどね。……それだと物語もあっという間に終わっちゃうし、何というかつまらないだろ?」
「何が言いたい」
ここでマモンが庇う様に僕の前に立ちはだかった。
「何がって、別に? そのまんまの意味だし。それに――」
そこでちょっと沈黙。直ぐに物欲しそうな目をこちらに向け、
「俺はベネノが欲しい」
舌なめずりをした。
体中に鳥肌が立つ。
マモンが思わず僕の体をきつく抱き締めた。
「だから殺して取るんだよ、シナリオブレイカー。もう正攻法には飽き飽きだ」
「主は渡さない!」
「その子が特別であることはお前さんも分かっているだろう、とっくの昔に。俺の物語にはベネノの『命』が必要なんだ」
「それは私とて同じだ。元々志を同じくして結ばれた同盟関係、その付き合いの長さはとうに四十万字を超えた。後から入ってきた奴に主をそう易々と渡してたまるものか!」
「だから言ってんだろ? 殺して取るってさ。――そういうことだ。二人とも、ちょっとしたお遊戯をしようぜ」
そう言って後ろを向き、観音扉を開くように両の腕を横に伸ばせば彼の目の前にノイズが走る。直後、深く濃い森が現出した。
暗く不気味な闇が奥に垂れ込める、まるで夜の森のような雰囲気だ。周りはうだるような昼だというのに。
「遊戯……?」
「ああ、勝負をしよう。俺が負けたらお前達からは一切手を引く。しかし俺が勝ったらベネノの『命』は俺が頂く」
蠱惑的な瞳をこちらに向け、再度振り返ったその腕の中には見覚えのある革の本。
「運命の書」。
矢張り彼はシナリオブレイカーなんだ、と心臓が跳ねた。
そんな僕の思考はお構いなしに二人の会話が続く。
「何をする気だ」
「本当に、ちょっとしたお遊びさ。君達の決意の強さと心眼を試すゲーム」
言いながら運命の書から取り出したのは何枚かのタロットカード。
「今から数体、順次キャラクタを召喚する。勿論ベネノもマモンも見たことのある気のいい奴らさ。お前達はそいつらを退けつつ森の中を進んでいき、俺の元まで来い」
「……」
「あの森の奥にだだっ広い平原が広がっている。俺はそこで待ってるよ。そこまで辿り着けたら愈々最終決戦。後は分かるな? 俺を見事倒してハッピーエンド。お前達の勝ち。な? 簡単だろ?」
「確かにルールは分かりやすい……勝ち抜き戦ということですか」
「まあ、勝ち上がり戦とも言うだろうな。――但し」
「但し?」
「これはただの勝ち上がり戦とは少しばかり違う。獲物と答えはよくよく見極めることだ。迷いは時に毒、行き当たりばったりは明らかな早計よ」
「どういう意味だ」
「そりゃ見てれば分かる。これはちょっとした試練みたいなものだから」
『行くべき場所は、鬼が彷徨う大きな平原。大きな喪失、最後の試練』
怜さんのその言動にふと、紙芝居屋の言葉を思い出した。
喪失と試練って、これか……。
「それじゃあ早速始めよう。お前達の新たな旅を」
サッと取り出した一枚のカード。
地面にぱらりと落とせばノイズと一緒に一人の少年の姿が現れる。
あれは――。
「時は中世! とある国にひとりの男の子がいた」
「孤児院で暮していた少年にドラゴンからの迎えがあったのは六つの時だったか。その日より彼の家はレムレースの洞窟となり、日々勇者になるための特訓に励みながら明るく楽しい日常を送ることになる」
……この物語。
聞き覚えがある。
「だが彼らにも残念ながら別れの時はくる。ドラゴンが彼を引き取ったのは勇者として育てるため。世界の危機が訪れれば彼を世界へと渡さなければならない」
「そうして迎えた彼の十五の誕生日」
「彼はアグロワ神話の主神アドアステラの血を飲み、不老不死の体を得た」
「そうして旅立った」
「名前は――ジャック」
「アグロワ王家に慣習的に受け継がれるその名を元来持つ男」
「ジャック・アドアステラ」
目の前にはあの、よく知った金髪の少年。
僕の親友ジャックが立っていた。
青い目、背負った大剣、優しそうな表情。
全てが、彼そのものだった。
「ジャ、ック……」
「ねえ、ベネノ」
「どうして俺と出会ってしまったの?」
悔しそうに悲しそうに涙なんか浮かべながら、彼は大剣を振りかざしてこちらに迫ってきた。
咄嗟に強欲の鎌を取り出して受け止めれば重たい衝撃と火花が散る。
その重みに彼の本気を垣間見て、汗がどっと吹き出した。
ジャック……!
* * *
「さて、シナリオブレイカー」
「アンタは主人公の強い使命感を超越することが出来るかな」
(つづく)
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