ご登場

「ここは……」

「……」


 気持ち悪い程よく晴れた青空の下、緑の匂いが濃い草原。

 遠くに山は見えるものの、そこに辿り着くまでがしんどそうな程その平原はだだっ広かった。


 ――鬼火平原。


 その四字が直ぐに頭に浮かんだのは僕だけではないはず。


 * * *


 件の座敷童は少し離れた先、背を向けて立っていた。

 無音の蒸し暑い世界。それに不釣り合いな学ラン(学ランは僕も同じだけど)、きらりと光る水色の耳飾りの光沢が黒に良く映えている。

 細かく観察ができる程、世界の無音が際立つ程、彼は微動だにしなかった。

 先程までの暴れ方が嘘のように落ち着いていた。


「ナナシ」


 口がぽつ、と無意識の内に動く。

「黒耀は。和樹は。二人をどこへやったの」

「ベネノがはぐれただけでしょ」

 首だけ振り返りながら彼はそう答えた。

 そのままこちらに向き直り、虚ろな黒真珠の目でこちらを見る。

 何だか無機質で……なんというか、不気味。

「君達だけがここに辿り着いてしまった。本当に来て欲しい人を一人置いて、君達だけがここに来て……非情な子」

「非情って」

「今までもそう。勿論今も。招かれざる客なんだよ、君達は。あらゆる物語を破壊して、自慰行為に一人だけ満足している。そんな君達が世界を良くしたいだなんてちゃんちゃらおかしいね。全く反吐が出る」

 無表情でそう続ける彼の言葉にちょっとムッとした。

「な、何を根拠も無い事をべらべらと! そんなの分かんないだろ!?」

「分かんない?」

「そうだよ! だって、だってジャックは――」

「煩いなぁ、そんなのジャックだけだろ」

 ぴしゃんと割り込まれたその言葉に体がピクリと反応した。

「ねえ、ベネノ。自分の殻に閉じこもったりしないで、もっと外の世界に目を向けてみて。賢い君ならもう分かるでしょ、二人の幸せな時間を余計なお世話で崩したこと。世界の民が歓喜した新世界を握りつぶしたこと。ファンタジーにおける平和の象徴を貶めたこと。世界のバランスを崩していること。自分の役割を越えて暴れ過ぎてしまったこと」


「神も天使も、普通のキャラクタでさえ誰も誰も君の味方をしてくれないこと」


「多くの人生を踏みにじったこと」


 休みなくぺらぺらと発し続けられる呪いのような言葉。

 今まで恐れていた物を改めて突き付けられたようで体が震えた。


「……分かるでしょう? 君だって。あの子が――和樹がどれだけ良い子で、この世界にとってどれだけ重要な存在であるか」

「……」

「ボクらはね、彼を殺させるわけにはいかない。この世界を破壊させるわけにはいかない。……だから決めたんだよ、ここで決着を付けよう、って」

 そう言いながらふと、自身の右手をゆっくりと前方に突き出してゆく。


 そして――。


「ね、トッカ」


 瞬間、左方。

 ナナシの手の動きに合わせてトッカの体が後ろ向きに大きく反り返った。


 * * *


「と、トッカ?」


 そう、恐る恐る声をかけた瞬間。

 突如ぐるん、と前方に返って来た体。


 彼のひょうたんから水の弾丸が飛び出してきたのはその直後のことだった。


【流水穿敵!】

「とっ、トッカ!!」


 体を捻って何とか避けるものの、自分の学ランの背中部分がちょっと破けた。

 って、うぉおおおおいっ! マジかよ!


 慌てて鎌を取り出し殴りかかってきた彼のひょうたんを受けとめればその虚ろな瞳にドキッとする。


 ――操られてる!?


 ……ナナシは言った。

 僕らに味方は残されていないと。

 僕らのやってきたことは全て無駄であったと。


 だけど、こうやって誰かを操って攻撃させるというのは果たして正しいと言えるのか?

 そんなひとの言うことを信じても良いのか? ――いや、そんな、なんて言ったら悪いかもだけど。


 自分の中で正義やら決意やら色々なものがぐらぐら揺れ始めた。


 一体敵方は何を考えているんだ!


「クソ! 目を覚ませよ!」

 ひょうたんから鋭く飛び出す水の刃をしゃがんで避け、相手の隙を突いて足を蹴りで薙ぎ払う。

 こけた所に飛びかかって押さえつけようとしたけれど、河童特有のぬらっとした肌のせいで素早く抜けてしまう。

「コナクソ!」

 このままだと埒が明かない。両手武器から片手武器への変更が必要だ。それで速度を上げ、間合いを詰め、一気に仕留めるのだ。

「ナイフ!」

『はい!』

 鎌を短剣に変え、姿勢を低くしながら風を切り、一気に相手の背中に近付く。そして彼のうなじに向かって手を伸ばし、短剣を振り下ろ――




 ――そうとしたところで瞼の裏に明るい笑顔の和樹が映った。




 ドクン。




「……!」

『主!?』

 振り返りつつ振るわれたひょうたんの殴打に頬を強く打つ。

 受け身の姿勢を取り、直ぐに襲いかかって来る散弾を辛うじて避けた。


 短剣を鎌に戻す。

 ちょっと唇を噛んだ。


『主、何を考えているんですか! 絶好のチャンスだったじゃないですか!』

「……」

『殺されちゃいますよ!? そんなことしていれば!』

「そ、そうだけど……!」

 そうなんだけど――駄目。

 どうしてもできない。怖くて出来ない。

 僕のことを信じるって、友達だって言ってくれた人の大事な使い魔を殺すなど!

 だって、裏切ることになるじゃないか! そんなの!


 そしたら……そしたら僕は……。

 誰にも顔向けができなくなる。

 和樹にも、セレナにも。


 ジャックにさえ。


 その基準で考えればナナシだって同じ。元は仲良くしてた黒耀の双子。

 彼のことを考えるとどうしても倒すことが出来ない。

 しかしそんなことで戦いを躊躇えばマモンの言った通り、殺されてしまう。

 でも……でも……。

 そうやって躊躇してる内にトッカの水の弾丸がもろ体にぶち当たった。

「グア!」

『主! ――くそ、よくも我が主を!』

 盛大に吹っ飛ばされた僕を庇う様に手の中から変身解除したマモンが飛び出す。

 もういい加減堪えきれなかったらしく、腹から片手剣を取り出して真正面から相手とぶつかる。

 マモンの斬撃は速い。水の散弾もも全て自身の刃でぶった切り、直後には相手の懐に飛び込んでいた。


 ――! でもそんなことしたら!




「駄目だ、マモン! 殺すのだけは!」

「そんなこと言っている場合ですか!!」




 ……!









 直後。


 ザシュ。









 嫌な音がした。




 * * *




Braviブラーヴィ! 全く見事だ! 生も死も存在しない幻想下の人形を真逆、使い魔様の方が見破るとは。いやはや、大したもんだ」



 ハッと振り返るとそこにはいつの間に人が立っている。

 狐の面を被った……男だ。

 声はくぐもっていてよく分からない。

 肩から羽織ったジャケットが着物の羽織りにも見えて、少し雰囲気が合っていると思った。


 誰。




「てっきりトラウマみたいになって勝手に自滅するのかと思ってたのに。まあ、それも運命のお導き、予定通り。ここではまだ、君はくたばらない」




「だから目撃する。死の美しさ、儚さ」




「蝶は死と再生、復活の象徴。よく聞くだろ」




 その瞬間、トッカの体が紙のように真っ白になり――いや、実際「紙」だった。しかしそれは普段から言っている「ストリテラでの死」を意味する紙とは違う。

 弾けるように彼の体は「紙の蝶」になって散った。

 それを「狐面の男」はこちらに向かって歩み寄りながら、虚ろな言葉を並べながら見ていた。


 


「そう。ここは現世と来世の狭間にある世界。死神お得意の異空間ってやつだ。ここには我々の誰も予想のしない世界が広がっている。昔も未来も、上も下も、善いも悪いも何もない。ただじっとりと薄気味悪いあの夏が生死の境で続くだけ。……ナナシ、おいで」




 僕らの横を通り過ぎた時、の匂いがふわっと香った。

「……!」

 作中ではしか纏わぬその匂いに思わずその後ろ姿を振り返った。


 真逆……。

 真逆!


 その予感に頭がぐわんと重たくなった。

 マモンのベルベッドのスーツにしがみつき、ショックで立ち直れない体を無理に起こした。


 体の震えが止まらない。




「何故、番人は居るか。何故、人生にはある程度の正しき道というものがあるか。ベネノは考えたことがあるかい」




「俺は考え疲れてしまったよ」




 が歩く度、景色はうらうらと揺れ動き、変化していく。

 ある時は秋に、ある時は夏に、ある時は冬に。

 春だけは訪れない。

 ――物凄い影響力。

 今までのキャラクタ達とは比べ物にならない「格」の違い。


 やがて彼は立ち止まり、こちらを振り返りながらいつの間に現出した廃車に静かにもたれかかった。腰の辺りにナナシが甘えるようにくっつく。

 その頭から静かに補正を外し、自身の頭上に置いた。

 それはさながら使




「久しいね、。――そうだ、改めて自己紹介をしよう」




 おもむろに狐の面を取ったその男。

 面の下から姿を現した茶髪、無精髭。

 Yシャツと、肩から羽織ったジャケット。

 長い脚。

 そして意味ありげな深いエメラルドグリーン。


「俺の名前は小沢怜。明治街に住む、情報屋。――そして」


「キャラクタの運命の守護者。人はこれを使なんて呼んだりする」






「死んでくれ、シナリオブレイカー。この話に主人公はで十分だ」


「怜、さん……?」


(つづく)

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