すれ違い-8(「天使の隠し子」と「悪魔の愛し子」)

 * * *


 ――この対峙より十数時間程前。


「おいで、ベゼッセンハイト。私の愛し子」


 玉座に座った悪魔王の膝に甘えるように頭を乗せ、その男は

「はい、お父さん」

と粘っこい声で言った。

 その顔には満面の笑み。

 自身の独占欲を王で満たせてとても嬉しそうだ。

 それを怜とファートムは遠くから見ている。

 ファートムに至っては冷汗が止まらなかった。


「悪魔の愛し子」、その正体は「最悪の黒魔術師」と称される執着の化け物だった。


 初めて知った。今でも悪寒が止まらない。

 彼はファートムのであり、永遠の宿である。


 こんな奴と大事な「息子」を共闘させるのかと、考えるだけでくらくらしてくる。


「ベゼッセンハイト、そろそろ命と眷属に飢えてきた頃だろう?」

 頭をかき撫でながら我が子に問う。

「私は女神が欲しいです」

「例の『無償の愛』か?」

「ええ。だからヘーリオス様と死神のお姫様を私に下さい、お父さん」

「……それは自分で何とかするお約束だったな」

「それじゃあ今回は何を下さると言うのですか」

だよ。『猛毒』の属性を抱いている、私の元・愛し子だ」

「弟!? 欲しい!!」

「……! それはもう欲しがらないって約束だったじゃないか!」

 予想通りの王の言いぐさにファートムが噛みつき、それに反応してベゼッセンハイトがゆっくりとこちらを見た。

 空洞のような虚ろな瞳に恐怖を感じ、本能的に怜の後ろにさっと隠れる。

「……冗談、だよ。忘れておくれ、ベゼッセンハイト」

 ニヤついた笑みを零しながらそう言うディアブロ。

 いいや、これは絶対わざとだ。絶対わざと。

「アイツ、冗談って言われたって絶対聞きやしないんだ。そしてそれを王も分かってる――悪いがベネノはお前が注視していてくれ。絶対に強奪しにかかるはずだから」

「分かった」

 自分の子は冷静で本当に助かる。

「その代わり五千円な」

 ……自分の子はがめつくって本当に困る。


「本題に入ろう。ベゼッセンハイト、そして怜とやら」


 べたべた甘えたままのベゼッセンハイトを起こしながら悪魔王が話し始める。


「お前達には我々のジョーカーとしてシナリオブレイカーの討伐に出て欲しい」


「その命はお前達の好きにすると良い。――ベゼッセンハイトにとっては良いご飯になるだろうな」


「但し、ベネノには傷を付けてはならない」




「必ず無傷で連れ帰ってこい」




 ――、――。


「え、この三つ編みの人と組むの?」

「そ。大富豪ではジョーカー二枚が一番強いだろ理論でそうなった」

「ふーん……」

「ってことはお父さん、相棒となる彼に呪いを植え付けても良いってことですか?」

「それは駄目だ、ベゼッセンハイト。というか無理だ、ベゼッセンハイト。そいつは絶対に死なん、故に眷属にもできん」

「へぇ……益々欲しいなあ……」

「聞いてたか? ベゼッセンハイト?」

 四人の会話が錯綜する。

「それで? ……もしもの話だけどさ、王様」

 怜がこちらを物欲しそうに眺めるベゼッセンハイトを横目に問う。

「何だ?」

「俺が――天使の隠し子が一人で対応できそうならそれでも良いんだな?」

 じと、と額に汗をかいている彼にファートムはハッと目を見開く。

「……どうして? 我が子がそんなに嫌か?」

「や、断じて嫌ではないし、おいさんはできるだけ誰とでも仲良く主義だから別にそこら辺気にしてもいないんだけどさ」

「……? それじゃあ何故」

「うーん。何故って言われるとなァ。なんつーか……」


、って」


「……?」

 二神が二人して首を傾げる。少なくともファートムの期待した答えとは違った。(寧ろ予想外過ぎて驚いている)

「ど、どういうことなんだ? 怜」

「……杉田は感じない? このの脆さ」

「少年……? コイツが?」

「少年でしょ」

 問いに答えているか答えていないか分からないこの飛び抜けた独特な感じは怜の特性である。

 ここに彼の二つ名を思わずにはいられない。

「この少年は俺達が思うよりもずっとずっと、脆い。そこには底なしの悲しみがあるはずだ。それが『執着』という衝動を掻き立てているんだろう。そこに脆さがあり、強さもある」

 言いながらバッグの中から出したいちごのロリポップを与え、頭をなでなで。

「おすわり」

「おて」

「おかわり」

「おまわり」

「よしよし良い子。キャラメルあげようね」

「わん」

 全部言う事を聞いた。

 落ちた。(なついた)

「ええ……」

 真剣な話の途中で思いっきり手懐けにかかる辺り、この人らしい――が、相手はらしくない挙動を繰り返している。

 本当に本人か?

 ファートムの開いた口が塞がらない。

「しかし我が子はお前が思うよりもずっとずっと強い。だからそう簡単に折れるとは思えないが」

「それはごもっともだ」


「――最強であれば、な」


 また二神が首を傾げ、珍しく顔を見合わせた。


「良いか? 『大富豪』で勝負をすれば間違いなくジョーカー二枚は最強だ」


「だが『ジジ抜き』にルールが突如変わればどうなる?」




「ジョーカー二枚は唯のゴミクズだ」




 * * *


「さて……」




 黒魔術師自らの手で解き放たれた檻。


 そこにはの「癌」がいた。


「ベゼッセンハイト。アイツが今回のお前の獲物だ」

「強者ですか?」

「バッチバチに強いぞ。なんせ死なねぇ」

「へぇ……私と同じなんですね」

 そしてクスクス笑う。

「面白そう」

「……そうだな」


 対して相手の瞳はベゼッセンハイトから片時も離されなかった。

 そこにあるのは憎悪ばかり。

 自身の手に握られた大剣に「陰」の黒が染みていく。


 自身の負の怨念が、怨恨が、体の中の何かをかき混ぜていく。


 ――その時、ふと。


「あれぇ、よく見たら貴方、の!」

「……!」

 話しかけられたマモンが明らかに目を見開く。


「変異ベルゼブブ戦の時、以来ですねえ!」

「お前……」

「覚えてますよ。当時、一番子どもだった悪魔のこと」

 そこまで言って、彼の口元が三日月のようにニイと裂ける。


「良かったですね。貴方のご主人、!」



「っざけんなああああああっ!!」



 刹那、青筋を立てたマモンの周りに黒い武器の数々が出現。

 赤黒い閃光のようなものを纏わせながら一挙にベゼッセンハイト目掛けてぶっ飛んで行った。

「へははは!」

 それを全て津波のような「陰」の圧だけでへし折る黒魔術師。

 ちょっとした限界突破も覚醒も奴の前では涅槃の沙羅双樹と化していく。

 それが、ベゼッセンハイト。悪魔の愛し子ということ。


「ふふふ、変わってませんね。その見境なく武器を振るって当たれ当たれと願う所」


 気付くと肩に顎を乗せている。

「止せ、気持ち悪い!」

 慌てて剣を振るえどそいつは「陰」で出来た偽物だった。

 上半身と下半身がぱっくり割れてぐじゃぐじゃに溶けていく。

 刃にも粘度の高い液体がじっとりこびりついた。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!

「運が良ければ当たりますよ、そりゃぁ。質より量なんて言葉もあるぐらいですからね! ――今までは全部運が良かっただけだ」

「煩い煩い……!」

 再度刻むがそれも偽物だ。

「陰」のきつい臭いが鼻をつく。

 耳に纏わりつく悪口雑言に頭が痛む。

「でも量と質を兼ね備え、かつ貴方を上回る上位存在が現れたら? その時貴方の体に頭は付いているのでしょうか?」

「黙れ黙れ!!」

 次々と現れる奴の偽物が情緒やら理性やらを破壊してくる。

 同じ憎い顔が切り刻まれる度地面に転がり、その場で生首が口をぱくぱくさせながら呪いの言葉をぶちまけていく。

 憎い、憎い!

 どうにか黙らせたくて一つ一つ足で潰すが最早きりがない。


「ええ、そうですとも。貴方はとんでもない戦闘下手だ」


「あの時だって変な躊躇が


「今だって、あの死神一人にさえ苦心する」


「あんな、白蛇と䘀螽フシュウなんかに、フフフ……畜生如きに、ヘハハ、苦しめられて!」


「その癖、新世界の覇権を取る? 本気で仰ってる?」


「馬鹿みたい。の力に頼り切っているんですよね。自分一人じゃ何にも出来ないから!」


「くすくす……」


「くすくす……」











「――黙れェ!!」











 もう堪忍袋の緒が切れた。

 体のある者、転がる頭、全てを突き刺さんばかりの武器の雨を降らせ、強引に黙らせる。ぐちゃぐちゃと鳴る音さえ不快。ストレス。その正体を考えたくもなかった。

 早く視界からも聴覚からもいなくなって欲しかった。

 そうして辺りが赤黒い粘液でべとべとになった時。



「ほら。怖い顔しないで」



 女神のような美しい相貌でこちらを妖しく、艶めかしく見てくる男が。



「……!?」



 気付いた時には既に遅く、心臓の辺りに黒炎が盛る左手を思いきり叩きつけてくる。

「ギャ!!」

「怖がラないでヨォ」

 自分の胴に腕を巻き付け、せなに頬をすり寄せてきた。

 先程までの偽物の集団とは明らかに何かが違う。

 また違うタイプの偽物か――本物か。

「ガ、ゲホゲホ、この……野郎!」

 薙ぎ払うように剣を振るえどもうそこにはいない。


「うふふ! ねえ、考えたことありますか?」


 激しく暴れる動悸を抑えつつ振り返り、頭上を見ればに変色した空の中でゆるりと構え、こちらを見ている。

 まるで王の余裕。

 ――今、武器をぶっ飛ばせば当たる。

 その確信はあったが、同時にそれら武器は当たることは無いと思った。

 何か、不思議な強制力のあるその声と瞳に意識が吸い寄せられ、体が痺れたように動かなくなる。


「王とは国の舵を取るもの。即ち国とは船。一カ月先の航海、若しくはずっとその先の運命さえ見据えておかなければ簡単に船は沈んでしまう」


「今のこの状況下でさえ自分の保身で手一杯なのに、どうして自分に王が務まると思いますか?」


「ふふ、そんなに王の素質が欲しいなら今、受け取れば良い」


「もっとも、死ななければ、の話ですが」






「ねぇ? 






 その瞬間。

 黒魔術師が手を叩き、モノクロームの世界――時の止まった世界――を解除した瞬間、マモンの左方向直ぐ横に物凄い形相で迫る人物があった。

 その手に握られていたのは散弾銃。

 こちらを睨む、エメラルドグリーン。


「……!!」


 こいつ、としてないか!?


「ヤバッ……!」

 ショットシェルから飛び出した無数の弾を「強欲」でギリギリ払い落し、後退。

 そこにナイフを構えた怜が単身突っ込んでくる。

 ピッピッと風を切る音が自身の鼻の前でやかましい。

 それを剣で払えば今度は後ろから黒魔術師が重い一打を叩き込んできた。

 そうやって怜から距離を取れば今度は銃弾が飛んでくる。

 世界一厄介なコンビネーションだ。完全に劣勢。

 自分の足下で地雷のような衝撃が爆ぜた時、流石に自身の命の危機を感じずにはおれなかった。

 ……退くも勇気だ。悔しいが一時戦闘からの離脱を目論む。

「グ……!」

 煙幕の代わりに自身も地中から「陰」を膜のように引きずり出し、逃走開始。突っ込もうとしていた怜の行く手を阻み、背は見せないように後ろを向きながら後退。

 と、その「陰」の隙間から銃を構えている怜の姿がつと、見えた。


「……!」


 またしても自分の足下をしつこく狙ってくる正確無比の銃弾。装填弾数が少ない筈のリボルバーでどんどん攻撃をぶちかましてくる。

 そこに黒魔術師が「陰」や「黒炎」を叩き込んでくるのだからいよいよ分が悪い。

 アイツに銃を握らせるのだけは避けねばならんのだ。

 それが風のように脳裏をよぎった。

 そうとなればもう迷っている暇などない。もう時間がない。

 最早動けていることすら奇跡、どこから湧いて出てくるのかも分からない体力を滓ほども残らぬ程絞り切り、痛みを永遠に抱える不死に「感謝」なんかしつつ怜の懐に飛び込んで行く。

 それを視認した怜。

 シリンダーに通常時の金の弾丸五つと魔物の心臓を射貫く銀の弾丸を一つ、込めた。――「不死」に対する唯一の有効一打。

「愈々来たな、強欲」


「ようこそ! へ」


 遠くから迎えるように手を広げた怜の堂々たる微笑に対し、マモンの胸底から溢れんばかりの言葉が口を突いて出てくる。


「主をッ……! ベネノを……!」


「ベルゼブブ様を返してくれ!!」




「そしてもう二度と、私たちに、構わないでくれ……!!」




 喉を破壊しかねない悲痛たる絶叫を空に吸い込ませながら、彼は最後の剣を取り出した。もうこれ以上はいくら「怠惰」の力があったとはいえ出せない。

 消耗が激しすぎる。

 主とコンタクトできない時間が余りに長すぎる。

 更に言えば先程から強烈な吐き気が止まらないでいた。


 ここで幾ら回復を、と麩菓子を貪ったところで直ぐに吐き戻してしまうだろう。

 これが、これが本当に最後になるかもしれない。


「陰」をふんだんに纏わせ、更なる硬質化を図る。

 後は一人ずつ潰して、敵の手中からベネノを取り返すのだ……!


「……良いよ。ここで俺らに勝てればそれこそ大したものさ。運命を超越した者達にこれ以上構う理由も最早なくなる」


「さ。最後の戦いの余興をご用意したよ。存分に楽しもう」


 怜が五つの「金」の弾丸、そして一つの「銀」の弾丸が込められたシリンダーをルーレットでも回すようにぐるぐる回した。

 キリの良い所で銃身の方へ押し戻し、装填完了。

 正面から飛び込み、真剣勝負を挑んできたマモンの胸に向かって鋭く構える。


「――さて、運は次もお前の味方かな?」


 * * *


 一発。

 放たれた弾丸を黒い刃は弾いた。

 そのまま間合いを詰め、袈裟に一迅。刃先は彼のシャツのボタンを掠めたが避けた際の自分の体の動きをそのまま活かして少しく後退、またも投げナイフをこちらに向かって飛ばしてきた。

「ウッ! クソ……!」

「強欲」で何とか払いのければ今度は彼お得意の銃撃が飛んでくる。

 一発は弾いた。しかし次の二発が利き腕と腹を掠めた。

「ギャ!!」

 思わず剣を取り落とした。止まった瞬間の反動がえげつない、足が棒のようになって動かない!

 温かくぬらぬらとした血が右手を朱殷しゅあんに染めていく。

 動き続けなければ、動き続けなければ……。

 剣を左手で持ち直す。それを杖のようにしてよろよろと立ち上がり、改めて相手を睨む。

「まだ立てるのか? 気絶してた方が痛みなく逝けるだろうに……」

 ――銃弾はあと二発。五分五分の確率で自分に致命傷を与える弾丸が飛んでくる。

 それを上手く弾けるか、どうか。「強欲」が上手く機能してくれるか、どうか。

 歯を食いしばり、構え直した。

「勝負するか?」

「する」

「上等」

 ゆるりと構える彼の銃口。一度撃ち込めば十中八九外さない、ならば銀の弾丸が放たれる前にそれを真っ二つに出来れば良い。

「強欲」に全神経を注ぐ。指先がぴりぴりしてきて、霞んでいた視界がクリアーになっていく。


 右足が地面を蹴っ飛ばした。


 彼の指がトリガーにかかる。

 その先、瞳とこちらの心臓が一本の線で繋がる。


 今だ!


 右足を軸に思いきり踏み込み、慣れないながら左方より大振りに振る。

 そして予想通りの軌道を描き、ぶつかってきた弾丸は――






 ――超硬質化されていたの自身の剣をビスケットのように砕いた。






「ぐゎ!?」

 衝撃波に思いきり吹っ飛ばされ、地面を滑った。口の中にマズい、湿った土が入り込んでくる。

 それは思考を置きゆく刹那の出来事。空白の時間が追ってやってくる。

 自身に残されたのは物凄い衝撃を受けたとしか思えない手中の瓦礫と、過集中の外側で轟いた爆発のような光と音。


「おいさんの使ってるナガン改はね、ナガンM1895をモデルに自分で作った銃なんだ。――知ってる? ナガンM1895。リボルバーにしては珍しく消音器(サプレッサー)が使えるんだぜ? 格好良いよな」


 親しみやすい満面の笑みを浮かべ、自身の愛器を嬉しそうに語る。

 しかしその実は「強欲」を打ち倒さんと送り込まれた「殺し屋」である。

「特別な銃って、浪漫じゃん? だけど如何せん制約も多かったからさ、どうにか汎用性を持たせたくって」

 シリンダーから空になった薬莢をバラバラと落としつつ、こちらにゆっくり歩み寄ってくる。

 思わず後退りした。

「で、作ったのがこれ。じゃーん! .38スペシャル弾が使えるんだ! 凄いだろっ。――んまぁ、結局修理が俺にしか出来ないってことで汎用性もクソもなくなっちゃったんだけどね。タハハ……」

 そこで苦笑いをひとつ零した後、ふっと我に返ったかのように冷酷な光をその目に宿した。


「.38スペシャル弾。約9mm口径の弾丸。これ位は知ってるよな? 世界で広く普及しているリボルバー用の弾だ」


「それとは別に、マグナム弾というものがある。大口径の弾丸で威力が高いというのが広く知られる特徴だな。――ここまできたらもう分かったか?」


 シリンダーから落としたとある二つの薬莢を怜がそっと拾った。

 それを並べて縦に持てば、異なる長さの薬莢がそこにある。


「.357マグナム弾」


「.38スペシャル弾と同口径の弾として有名だ。違いは……威力、火薬の量、そして薬莢の長さってところかな。よってこのマグナム弾が入れば.38スペシャルも入ることになる。――仕組みは分かった?」


「単純だけど、威力は充分でしょ? マモン」

「嘘だろう、お前……」


 きっとこの時に武器が尽きると分かっていた。

 これは分かっていた顔だ。

 何て奴。

「ほら、あと一発だ!」

 撃鉄をこれ見よがしに起こして、今度こそ心臓に向けて一直線に構えた。

 ヤバイ!

 逃げ出そうとしたところで足に一本の強靭な「陰」が絡まる。

 ここでアイツか!!

 しかし切る為の道具も能力も力も残っていない。

 慌てて針鼠に変身、自身の体に登り巻き付こうとしてきたそれらから無理矢理脱出する。

 そこに向こうからかっ飛んできたのは投げナイフ。

 鼠から狸に変化し、脚力を活かして必死に走る走る。

 もうこうなったら仕方ない、主の元へと急行せねば。

 それまでは兎に角、兎に角銀の弾丸を撃ち込ませてはいけない!

 じゃないと、本当に――!











「キへっ」











 息が、苦しい。











「エヘヘ、捕まえたァ……」






 しまった油断した……!

 コイツ!! わざわざ首を掴みやがって!


「小っちゃあい、可愛い! ――欲しい」


 涎をたらたら垂らしながら頬を染め上げる黒魔術師。その背中から蜘蛛の節足のような巨大な「陰」をずるりと引きずり出した。

 変身の解除を阻まれ上手く抵抗できないその体にそれらは容赦なく振り下ろされる。

「きゃああああああああああ!!」

「あひぇあ! あへぁへぁへぁ!」

 地中から暴れ溢れ出す溶岩のように周囲の地面から「陰」が溢れ出す。蔓のように伸び、それは遂に「強欲」の体を捕らえた。

「骨を折ろうか……じっくり命を吸おうか……」

「おいおい、あんまり残酷なのはいかんぞ。読者と約束してないんだから」

 舌なめずりしながらわくわく考える彼の肩に怜が手を置く。

「大丈夫、ぼかしますから!」

「そういう問題じゃない」

「でも」

「有終の美。な?」

「……」

「二人でお父さんに褒めてもらおう」


「これからフィナーレなんだ」


「――な? 強欲」

 ようやく変身の解除を許され、心身共にズタボロにされたマモンの元に怜が近付いていった。

 その手には先の銀の弾丸を残したナガン改。

「大丈夫。ベネノのことはこちらがきちんと責任を取るよ」

「信用、ならない……必、要以上、に心を傷つけてる、奴らに、なんか!」

「それだけあんたらの絆が固かったってことさ」

「……」

「だって、固い結び目は手でほどけんだろ」

 更に言い返そうとしたところで「陰」が喉を締め上げた。


「今、楽にしてやる」


 空気を吸おうと大きく開いた口にまだ熱を仄かに宿す銃口を捻じ込む。


「大丈夫、一瞬だ」


 一瞬が何だ、冗談じゃない! ……などと思っても腕さえきつく縛られ動かせない。抵抗はおろか、意志表示すらできないままではされるがままだ。

 どうしよう、どうしよう……このままでは……。


 このままでは!


「御霊よ、紙の姿になってもどうぞ安らかで」


「神々のご加護がありますよう」


 ……ごめんなさいごめんなさい。

 もう、もう愈々無理だ。


 ごめんなさい、ベネノ。

 ごめんなさい、不幸に喘ぐ者達よ。


 ごめんなさい、皆……。




 ごめんなさい。


 ベルゼブブ様。




「刑を執行する」




(つづく)

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