すれ違い-9(決着)

 * * *


 ……、……。


 ……、……け。


 ……、らけ、開け。


 ――開け。


 開け!


 開け!






 開け!!






 * * *


「開いた!」

「ああっ!?」


 絶対の封印であった筈の「山草の札」から突如ずるんと座敷童の体が飛び出してきたのは遥か上空でのことだった。

 かなり先の方にこの物語の出入口が見える。

 もう少しで飛び込めるところだったのに。

「こら! やめろ、こんな高さから落ちたら死んじまう!」

 一つの目標の為に飛び出した座敷童の腕を斧繡鬼が引っ掴む。

「放せ!」

 それを鬼気迫る表情でキッと睨んだ少年。彼が自分をかかえ込む腕に右手を荒々しく置いた。――瞬間、その腕に目玉が生え、激痛が襲いかかる。

「ギャア!!」

「斧繡鬼!」

「馬鹿野郎、ベネノを追え! ベネノを!! ――クソ!」


 ……。


 ……凄く苦しんでいるのが分かる。

 このまま僕とアイツとのコンタクトが取れない状態が続けばいつかは補正の影響が受けられなくなる。

 その時がじわじわと、かつ、確実に近付いてきているのが分かる。


 そうなれば彼は確実に紙になってしまう。――マモンがあの時見たベルゼブブ様の成れの果て、「設定資料集」の姿に。

 


 そんなの……!


「マモ――どぎゃ!」


 飛翔能力なんて微塵もないこの体で思いっきり地面に激突した。

 体の節々が痛むけど、生きてる。鼻血も出たけど、生きてる。

 補正があるから。

 この力をマモンに分け与えないといけないから。


 それが、僕の使命だから!


「マモン……マモン!!」


 よたよたと走り出した。

 それを後ろから全速力で死神二人が追いかけてくる。

「機械人形、執着! 座敷童が逃げた!! 強欲を復活させる気だ!」

 斧繡鬼からの通信に怜が即座に動き出す。腰巻からあの小さなショックガンを取り出した。

 小さな少年が最後まで抵抗した際の最終手段。


「この野郎!」


 飛翔ですいっとベネノを追い抜かし、戦斧の柄ですっ転ばせた斧繡鬼。

 きゃあ! と悲鳴を上げて転がった彼に飛びかかり直ぐに後ろ手に捻り上げた。

「痛い!! 放して!!」

「剣俠鬼、早く! もうこうなったら止むを得ん、腹を一発突け!」

「羽交い絞めにして。出来るだけ動かさないでください」

 太刀をすらりと引き抜き、柄を彼の方に向けて構えた。わざわざその場一番の鈍器でやる気だ。

「やめろ! やめろったら!!」

「あくしろ! 蛇! 時間がない!」

「只今」

 と、その瞬間だった。


【やめろ!!】


 ベネノの発した力強い言葉に死神二人の動きが一瞬間止まる。耳鳴りのような衝撃が頭に響き渡り、全身が硬直したようだった。

 その隙を利用して彼はするんとすり抜ける。

「……! 今のって!?」

「悪魔王が所持していた『』ですかね」

「……、……厄介なことになった」

「……」

 それでもだからといって諦める訳にはいかぬ。

 向こうからは怜が、こちら側からは死神二人がかの少年のあとを追う。


 ――これではまたいずれ追いつかれる。

 もう覚悟を決める他は無かった。


「マモン! 出てきてお願いマモン!」


 いつものようにソーテラーンの紋に拳を押し当て、マモンを武器として召喚しようとする。

 しかし今回はいつもの何倍、いや何十倍何百倍も固かった。

 向こう側でのベゼッセンハイトの捕縛のせいである。

「マモンー……!」

「いい加減やめろベネノ!」

【しつこいな、失せろ!!】

 紋章から陰を溢れさせながら何とか引き抜こうとするベネノ。先程発現したばかりの「言霊」を何度も放ち、抵抗を繰り返しながら力を籠め続けた。

 喉が熱い。血管がぶち切れてしまいそうだ。

「あうう……うううあああ!!」

 まるでひびの入った水道管のように「陰」が少量、飛び出し続ける。それに応じて少しずつではあるが強欲の鎌も紋章から姿を現しつつあった。

 もう少し、もう少し!

 額から滝のような汗が流れ落ちる。


 もう少し、あとほんのもう少し!!


「マモン、帰って、来て!!」


「マモン!!」


「お願い……!」






【帰って来てェ!!】






 そうして言霊は放たれた。

 いくら「悪魔の愛し子」であるとはいえ、「悪魔王の権限」には勝てない。

 武器ではなく生身で出てきたボロボロの彼が紋章を通じて飛び出した。

 息が浅い。

「マモン!!」

 横たわり目も開けない彼にぎゅうと抱き着くと仄かな光が彼らを包んだ。暫くしてマモンもベネノをきつく抱き締める。

 これがきっと、最後になる。


「僕らは光と影だよね、マモン」

「……」

 小さく語り掛ける少年の頬を優しく撫でる。

 その手を少年は取り、胸の前にやった。

 その温かみを感ずるように。

 自分達の生きている証をお互いに刻み込むように。


「取りに行こう、この話の主人公補正」



「この『物語』最後の主人公補正を」



 静かに頷いたマモンと額を突き合わせ、最後の覚悟を決める。

 そうして彼は強欲の鎌に変身した。


「よっしゃ行くぞおおおおお!!」


 ベネノ、左足を軸に置き思い切り振りかぶって投げた!

 鎌がブーメランのように回転をかけながら、一直線に怜の頭上目掛けてかっ飛んでいく。狙うはそこに漂う主人公補正。

 全ての物語の伏線を司るもの。


 その背後からは阻止せんと走る死神。


 向こうで拳銃を構える怜。


「いっけえええええええええ!!」



 ――その時だけは全て止まって見えた。



 ぴたりと的確に補正を狙う鎌。

 僕らの真の狙いに気付いた怜さんが拳銃を撃って無理矢理進路変更をさせようとするけれど、「強欲」の前ではその効果は無に等しい。


 そうして刃は補正と怜さんとを繋ぐ接続部を切り離し、世界を一瞬破壊。


「主!!」


 器用に鎌の柄で補正をこちらに弾いてくるマモン。

 それを僕がキャッチし、頭上に置いて物語を安定させたところで――











 ドスッ。











、応援誠にありがとうございました」











「おかげで死なずに済みました」











「ようやく、大願成就と相成りそうです」











 だば、ぼたぼたぼた。











 ――ベネノの胸を











 * * *


「フフ……ハハ、ハハハハハハ!! ハァーハハハハハ!! ――来い、ベネノ!」


 典型的な黒い笑いを唾と共に吐き飛ばし、強欲は小さな少年を抱え込んだ。

「いけない、止せ!!」

 それに怜とベゼッセンハイトが同時に突っ込む。

 愛し子は低空飛行で突っ込みつつ、地面の下から大量の「陰」を展開。隠し子の方はナイフの青白い光を空に残しながら人質解放に向けて走り込んだ。

 そこにマモンの一振り。

 何やら黒いバレーボールのサイズの球体が怜の胸に勢いよくぶつかる。

 それを無言で彼は受けたが、直後、様子が一変した。


 大量の赤茶をだばだば吐いてぶっ倒れる怜。


「レイ……!?」


 黒魔術師が彼の異変にすぐさま気付き急停止して彼の元に駆け寄ると、けいれんを繰り返しながら白目を剥いている。


「レイ? ――レイ!? どうしちゃったのレイ!? レイ!!」


 一心不乱に名前を繰り返し叫ぶその姿は、青年の姿かたちでありながらまるで遥か昔に自我を置いてきた子どものようだった。

 一気にパニックに陥り、「無敵」の怜さんに泣いて縋りつく。

 いや、正しくは無敵「だった」、であろうか。

「ンなことしてる場合か!」

 そこに後ろから合流した死神二名。

 ベゼッセンハイトの腕を掴んで無理矢理立たせ、共に強欲の元へ突っ込もうと背中を押す。


 しかしそれもすぐに阻まれた。




「動くな!」




「これ以上動いてみなさい。貴方がたの大事な大事ながどうなっても知りませんよ」




 首筋に短剣を突き付けられ、微かな声を上げたその姿に総員の足が止まった。


「……貴方がいけないんですよ? ベネノ」


「良薬が劇薬に染まったりなんかするから」


 * * *


「ど……して?」

 弱った少年が強欲の腕の中で問う。

 それに本人はやや嘲笑気味に笑って言った。

「おや。あれだけの人数が散々伏線を張っておきながら当のご本人はまだ気付いていらっしゃらない? ――頭上をよく見て御覧なさい」

 言われた通り見ても、今まで集めてきた補正がそこにあるだけ。

「違う。違うんです、そうじゃないんです。……良いですか? 主人公補正は、本来

「あ……」

「言われてましたよね、第一話で散々。貴方のお父様から」


「そう。貴方は元々『良薬』として私と対峙し、物語を護る筈の人間だった。その過程で主人公不在の展開を作らない為に、そして主人公補正を確実に魔の手から護る為に貴方は『主人公補正』を一時的にがあったんです」


「分かりましたか? ベネノ。――貴方の主人公補正の正体は、『一時的に他の物語の主役の主人公補正を預かる』というもの」


「貴方はこの物語――即ちだったんですよ」


「それをテメェは最初から分かって……!」

「ああ、そうですとも!」

 怒号を放った斧繡鬼に凛と返す。

「完璧の名の下に物語の中で無残にも紙にされてしまった我が主の仇……取る為には各種物語の核となる『主人公補正』がどうしても必要だった!」

「……」

「だから一風変わったこの物語に忍び込んだんですよ。この子の補正と魅力を使えば計画の達成は確実ですからね!」

「……!」

「良い働きをしてくれましたよ。真逆、悪魔王や隠し子をこんなにも効果的に倒してくれようとは!」

 そう言って大笑いするベネノの目が見開く。

 その視線の先には黒魔術師が縋りつき泣きじゃくる動かない体があった。




「お願い動いて! 目を覚まして!! 誰か助けて!!」


「やだ! やだやだやだやだ!! 死んじゃヤダアアアアア!!」


「レイー!! うわあああああ!!」




 座敷童の中で何かが、崩壊していく。




「おまけに悪魔王から力を奪ったのはこの少年自身」

「全部テメェが仕組んだことだろうが!」

「黙れ! この物語で読者が選んだは私達の方だ!」

 怒りに任せて再度手を振れば彼らの足下で黒炎が火柱を噴き上げる。

 それに後退する他はなかった。




「嗚呼、ここに宣言しよう。今から私はこの座敷童の補正を使って、このストリテラを作り替える!」


「そうして新世界を創造するのだ!!」




「――万物の、王となって!」




 それは第一話からずっと言っていたこと。

 彼は遂にベネノの頭上から全ての主人公補正を取り上げ、その力をどんどん吸収していった。

 もうこうなってしまっては誰も彼には敵わない。

 いつベネノを傷つけられてしまうかも分からないこの状況下で、彼らはどうすることも出来ないまま、目の前の強欲の暴走を止められずにいた。




「ははは……さようなら、旧世界の皆さん。この子のことは私が預かっておきます」




「そして先ずは全ての序章として『重要キャラクタ』である貴方がたをこの物語ごと葬り去ってやる」




「――! 待て!!」

 死神二名が彼を追おうと飛び出したが、一歩遅かった。

 こちらに引き寄せた物語の出入口である扉から退出、そしてその戸を固く閉ざしてしまった。

 押しても引いてもびくともしない。


「クソが!!」


 後には妙に静かな世界と泣き喚く黒魔術師の声ばかり。


 * * *



「ええい、遅い! どけ!!」



 瞬間、外側から天空を黒炎の爆発で破壊した悪魔王。そこから物語に侵入、その後ろからなだれ込むように運命神も降ってきた。


「怜!!」


 遥か下の方では斧繡鬼が懸命に心肺蘇生を試している。

 その傍で放心状態になっていたベゼッセンハイトはディアブロに連れられ、物語崩壊の時間稼ぎに向かっていった。

「しっかりしろ、怜!」

 ファートムが動かなくなった体を抱き締め、治癒を施そうとするが何故か上手くいかない。

 こんなこと、今まで……。

 そこで予感がしてシャツの胸元を開くと、酷い悪臭を放つ巨大な猛毒の目玉がそこを席巻していた。

「クソ……!」

 怒りに任せて叩き潰せど彼は一向に目覚めない。その後も試したが矢張り治癒は効かなかった。

 突如予想だにしなかった現象にぶち当たり、自分の中の何かが大きく揺らぎ始める。


 息子が……息子が、死にかけている。


 手先が震える。


「なあ先生! コイツどうなんだよ!」

「……」

「なあおい、先生!」


 昨日まであんなににこにこ笑ってた子が――



「おいオッサン!!」



 斧繡鬼に激しく肩を揺さぶられてやっと気が付いた。

「この情報屋はどうなるって聞いてんだ!」

「このままだと、確実に、死ぬ……」

「……!」

「この子を不死たらしめる重要な器官があるんだけど、それを先の数秒で全部食い潰された……」

「じゃあ直ぐに治療に回さねぇと!」

「でも出入口が閉ざされたままですよ!?」

 剣俠鬼が焦ったように口を挟む。

「……そう。そうだ……鍵が要る。鍵で開ければ何とかなる。だから俺達は空ぶち破ってお前達を助けに来た……!」

 拳を固め、震わせる。


「でも」


「鍵を作るのには時間がかかる。『運命の書』で物語に干渉しないといけない」

「……」

「だから怜を治癒して、復活させて、手伝ってもらおうと思ってた……怜も、貸し出しという形にはなるが『運命の書』の保持者だから」

「……」

「なのに……!」

 悔しさに身を焦がし、自分を傷めつけるように足を何度も何度も殴り付けた。

 そうして喉の奥から飛び出したのは、彼の焦り。怒り。慟哭。


「起きないじゃねぇかよ!!」


「……」

「クソ! クソクソクソ!」

「……」

「この子がいないともう、愈々駄目だ……」

「駄目なもんか」

「駄目なんだ! この本はアイツから――強欲から干渉を受けている!!」

「……」

「アイツ……この子を本気で殺す気なんだ」

「……」

「分かるか!? 皆の大切な、大切な息子を見せしめに殺す気だったんだよ、最初からその気であの攻撃を放ったんだよ!!」



「あああもう愈々お終いだ! お終いなんだ!! もう俺は死ぬしか――!」

「いい加減にしろ! いつまでも甘えてんじゃねぇ!」



 自暴自棄に陥りかけていた運命神のすぐ傍に戦斧を思い切り突き立て、斧繡鬼が怒号を飛ばした。

 その余りの勢いに驚愕、泣きそうだったのに思わず涙が引込んだ。

「シュウ……」

「おい聞くぞオッサン」

「え、あ、何」

「俺の魂、コイツに突っ込んでも問題は無いな?」

 そう言って真っ直ぐ指された怜の体。

 その意味にファートムは直ぐに気付いた。

「……! そんな! お前の命を犠牲にするなんて!」

「うるせぇ! 取り敢えず問いに答えろよ!」

「ぇあ! ――あ、あ、うん。願ってもない幸運だよ……延命になるから……」

「言ったな? 言ったな?」

「あ、言った……」

「よし。……この時のツケはきっちり支払ってもらうからな、情報屋!」

 一瞬苦悶の表情を浮かべつつも青い炎の欠片自身の魂を胸元から取り出した鬼。それを願いを込めつつ、彼の胸元に注いだ。――死神特有、かつ、最終手段の治癒魔法。

 微弱ながらも心拍の音が聞こえ始める。


「だから絶対に死ぬな! テメェを倒すのは俺なんだ、あの強欲じゃねぇ!」


 その姿勢に背筋が伸びる思いだった。

 ――そうだ、危ない。

 自分は未熟ながらも運命神である。

 このストリテラ全員の運命を定め、導く者。


 自分に出来ることをしなければ。


 キッと唇を引き結んで前を向いた。

「剣俠鬼、斧繡鬼手伝ってくれ」

「何をすれば」

「あの扉に出来る限り沢山のダメージを。その間に開錠を急ぐ!」

「なるほどな、ダメージ量で時短を図るって訳だな」

「そうだ」

「ほう、扉をぶっ壊すと。妙案ですね」

「そうと決まったら行くぞ」

「承知」

 ぐったりしたままの怜を背中に紐でくくりつけ、剣俠鬼と共にその鬼は扉に向かって突進していった。

 直後、轟音が轟き響く。

 その隙に汗の玉を浮かべつつ自分は「運命の書」に向かっていった。

 書いた傍から「強欲」の妨害により文字が消えて行く。

 それでも必死に食らいつき、手首が痛くなった所で扉が完全に破壊された。

「やった……!」

「早く! 脱出を!」

「ディアブロ! 愛し子!! 急げ!!」

 出入口の開放を知った二人が物語の保持をやめた瞬間、世界の崩壊速度が急激に上がる。

 向こうから闇がずおおと迫りくる。

「急げ! 二人とも!!」

「貴様になぞ言われなくとも! ――ベゼッセン、急げよ!」

 扉の後ろからも闇が迫ってきた。

 もう本格的に時間がない。


「早く!」

「良いからお前は先に出ていろ!! ファートム!!」


 そして――。


 最後まで物語内部に居た三人はほぼ押し出されるようにして物語から脱出した。

 この物語が位置していた崖際にぽーんと放り出される。




 そうして彼らが見た光景は




「何だ、これ……」




 大量の「陰」に覆い尽くされていく、荒れ果てたストリテラの姿だった。


 * * *


 目の前で「星の龍」が「陰」に呑まれ、喰らい尽くされていく。

 友の丘の雪に黒が津波のように伸び拡がっていく。


 ファートムはこの光景に何となく見覚えがある。

 即ち、三界大戦争の時。


 あの時はまだのほほんとした、いち天使だった。


「……! 姫様。姫様のいらっしゃる御殿は!?」

 突然慌てたように言う剣俠鬼。彼が用心棒を務めている小さな死神の姫は今だ御殿に残ったままだ。

「こりゃ分からんな……」

「そんな! 私、行ってきます!」

「気を付けて行け!」

「はい!」

 そうして残された五人。


「ファートム」


 悪魔王が徐に聞く。

「これからお前、どうしていく気だ」

「……」

「物語の裁量権はもうお前しか握っていない」


「止められるのはお前しかいない」


「それとベネノだ」

 悪魔王の言葉に重ねるように斧繡鬼が言う。

「もしもあの子がアイツの手元で生きていたならば、あの子にもまだ可能性がある」

「そう、だな……」

 しかし正直迷っていた。


 本来であれば、マモンをこちらサイドが散々にいじめ抜き、結果として倒すことによりベネノを迷妄から脱出させる――そういう手筈になるはずだった。

 それで結果的にベネノの復讐の対象がベゼッセンハイトや怜、自分や悪魔王になったとしても、それが被害最小限の最良の形になると。

 時間をかければきっと目を覚ましてくれると。

 そう思っていた。


 ――が。


 今更になってそれで本当に良かったのか、分からなくなってきた。

 物語内で怜が言及していたように、彼らの絆は既にとても固いものになってしまっていた。その場合、無理矢理引き剥がして正しい事実を教えてあげることが重要であろうと自分は考えた。

 固い綱の結び目は、素手ではもうほどけない。


 だけど、だけど……。


『でも、杉田。子どもは恋人じゃないよ。会いたくなったから会いに行くんじゃないんだ、子どもってのはさ』




『親は最高の恋人じゃなくて、最後の砦、隠れ家であるべきだと思う』




『じゃなきゃ、簡単に死ぬよ』


『寂しいと死んでしまう、兎みたいに』




 ……、……。




「ガハッ! ゲホゲホ!!」




「先生!」

 瞬間、再度怜が血反吐を吐き戻す声にハッと我に返った。

 そちらを向けば苦しそうに咳をしている怜、それを心配そうに見る斧繡鬼、背中を撫でるベゼッセンハイトがいた。


 ……もう迷っている暇はない。


 すぐさまDr.Schellingの元に電話をかける。

 一コールで直ぐに出た。

『もしもし?』

「Schelling!」


「俺達の『息子』が……!!」


 ほぼ泣きそうな声で言われたそれに相手は直ぐに事態を察した。

『早く僕の研究室まで連れてきて!』

 そう言い捨てて通信は一方的に切られた。

 斧繡鬼が事態を察し、彼の研究室まで怜を運んで行く。


 ディアブロとベゼッセンハイトもマモンの暴走を食い止めるべく、先程出発した。


 崖の上にたった一人残されたファートム。

 恋人が吹かせたであろう風を顔に受け、斧繡鬼の後を追っていった。




 ――それを遠くから見つめていた人影が、


(第六話 「天使の隠し子」と「悪魔の愛し子」 Fine.)

(To Be Continued...)

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