強奪

「ふむ」

「何ぞ?」


 新しく持って帰ってきた博士の主人公補正をしげしげ眺めながら意味ありげに首を捻るものだから、思わず聞いてしまった。

「いえ、ね? 他の主人公補正達と比べて博士のだけ違うな、と」

「違う?」

「ええ」

「どう違うの?」

「何というか、これが本来あるべき主人公補正の形だなって感じで……」

「本来あるべき?」

「ホラ、あのSF作品、エセ主人公補正がめちゃめちゃあったじゃないですか。でもそれと違って、その、こう、強いっていうか何というか」

「……」

「で、こう、博士がシャキーンっていうか、その、えー……これどうやって一言で説明すれば良いんだ?」

「んもう、分かり辛いなぁ! ハッキリ教えてくんない!?」

「あ、そ、そうですよねぇ……でも、その……」

「何」

「いえ、やっぱり何でもないです」

「ええーっ!? ゆっくりで良いから教えてくんない?」

「そ、そんなのはとてもとても!」

「良いよ、そんな遠慮しなくたって! 良いから早く! 余計に気になることするぐらいなら教えてよ!」

「……良いんですか?」

「良いですよ」

「じゃあ言いますけど」


「兎に角てんこ盛りなんですよ、これ。情報量が多過ぎる」


「へぇ! あの話に当たりが混じってたってこと?」

「そうですね。まず一つ目は、知能強化。運命神のアイディア力がそのまま詰まったみたいになっています」

「ほへぇ。道理で巨大ロボをあんなに量産できた訳だ」

「あの浮遊大陸も若しかしたら彼の発明かもしれませんね」

「ロマンだなぁ」

「では次。二つ目は幸運補正が少しながらかかっています」

「RPGとかパチンコゲームでいうところの『ラッキー』とか『幸運』の数値がちょっと上がっていると」

「主の『異世界ファンタジー』の補正が無ければ、一瞬で消し炭だったでしょう」

「ひぇ」

「そして次」

「ん?」

「第三なんですが」

「……ちょっと、多いね?」

「先程言いましたがね。――で、第三ですが、どうやら体力にも補正がかかっていたみたいですね」

「そうなの?」

「あれだけの無茶苦茶な量を生産するのにどれ位の時と体力が必要か。工場もないのにどうやってやったというのでしょう」

「た、確かにな」

「そして、第四」

「え、ちょ、ちょ、ちょっと待」

「運動神経にも大分補正がかけられていますね。まぁ、いつも座ってばかりの博士が突然宇宙空間で巨大ロボのパイロット――そんな夢みたいな話、ストリテラでも聞きませんよね」

「な、何か怖くなってきたな」

「では第五」

「まだ続くの!?」


 ――、――。


「そして次に第三十八」

「……」

 途中から聞くのが辛くなってきて、ソファに仰向けに寝転びながら天井を見つめる時間の方が長くなってきた。

 一体いかほどの密度で詰まってやがるんだ、この補正。

 こんなの、ドーピングだドーピング。


「そしてラスト! 極めつけの五十ですが」

「フがっ!」

「……寝てました?」

「れれない、れれない」

「呂律回ってないですよ?」

「ひゃんっ」

「さっき大いびきかいてたし」

「ひゃん……」

「正直に仰いなさいな。寝てましたね?」

「……、……ひゃん」

 僕が小さくなりながらちっちゃく頷くとマモンはにこりと笑んだ。

「よしよし。正直で大変よろしい。正直者の罪は一旦水に流してあげましょう」

「マモン……!」

「では

「マモンンンンンンンンンンンンンンンンー!!」

「第一にぃー」

「それはさっき聞いた!! もう良いから、もう良いから次の作品の概要を……!!」

「知能が強化されててぇー」

「もう、もうお腹いっぱい。お腹いっぱいでございますからお願い許してっ、許してくださいお願い、許して」

「多分浮遊大陸はぁぁぁあああー」

「ごっ、拷問だ! 新手の拷問だこれは!!」

 鼻水垂らしながら縋りつくけど全然止まらない。

 ああああ僕が悪かった! マジで思いますごめんなさい!!

 謝れど謝れど止まない拷問。

 もうこうなったら実力行使……! そう思って飛びかかろうとしたその時。


「それじゃあ最後の要だけ聞いてけよ、座敷童ィ」


 肩に誰かが顎を乗せ、そっと囁いた。

 その生温かい吐息と感触にぶるりと身震い。

「ひょぁぁーっ!?」

 思わず腰を抜かし、前のめりに膝から崩れ落ちた。

 慌てて振り返るが誰もいない。

 い、今のはっ!?

「どうしました? 主」

「え、や、その……誰か居た気がして」

「誰か? 結界を張っているのに?」

「だ、だよねー? だよねー?」

「そうですよ。主の守護、そして敵の目から主を隠す為に専用でこしらえた結界です。七つの大罪レベルの上位悪魔が本気出して作ったんです。そうやすやすと破られるなぞ」

「だっ、だよね! だよね!? じゃあ僕の思い違いだよねっ!? びびっ、びっくりしたなぁ、も――」

 そう言いながらマモンの方を見上げると


 見知らぬ髭親父がマモンの後ろに立っている。




「う」




「うわわああああああああああああああああああああああっっっっ!?」




 叫んだ瞬間、待ってましたと言わんばかりに背後から伸びてきた腕が巻き付き僕の体を持ち上げる。

 驚く間もなく次々起こる展開に頭がぐちゃぐちゃ!


「わわっ!!」

「御免!」


 それだけ短く言って、男はベネノを抱えたまま扉から外へと飛び出していった。

 刹那、マモンの頭をよぎったのはこの言葉。


 取られる!


「主!」

 自分に短剣を突き付ける男の隙を突き、針鼠に変身したマモン。

「あっ! 待てコラ針鼠!!」

 慌てて短剣を投げるが、ギリギリ当たらない。そのまま針鼠は外へと飛び出し変身を解除し――


 ――目の前の光景に絶句した。


 空を覆うのは天使の大軍団である。


 * * *


「マモン! マモン!! 助けて! 助けて!!」

「大人しくなさい!」

「嫌だ放せ! マモン! マモン来てェ!」


 目の前を物凄いスピードで駆けていくエメラルドの長髪男。その腕の中で無力な座敷童は必死にもがきながら助けを求めていた。首筋の紋様から武器として彼を召喚しようにも腕が両方とも男の右手にガッチリと縛られていてどうしようもできないでいる。

 やがて目の前の男は飛翔を開始。天使の大軍団の中に突っ込んでいった。

「うわーん!! マモーン!!」

「クソ!」

 彼も後を追おうと地を蹴るが突如せり出してきた巨大な岩壁が目の前を阻んだ。後ろを見れば先程の長い茶髪の親父。巨大な戦斧を軽々と肩に担ぎ弄びながらニタニタ笑んでいる。

 クックと笑う度、緩く結んだ長い茶髪が不安定に揺れた。


「強欲の悪魔……だったっけ? ナァ、俺と遊ぼうぜ」


「今はその暇無いんです」

「冷たいぜェ! 俺ァ強い奴が好きなんだ、大好物なんだ……な。戦えよ」

「……」

「悪いようにはしねぇからさァ……な? 愛し合おうぜ……」

 ……頬を染めるな。刃に唾液を絡めるな。

 血を見てはうっとり撫でまわすタイプの変態だろ、コイツ。

 思ったが、言わない。代わりに顔に出しておいた。

「おいおいー! そんな顔、露骨にされたらおいさん傷ついちゃうだろ!?」

「貴方、斧繡鬼ふしゅうきというお名前ですよね? 死神幹部一の実力者だ。そんな貴方がどうしてこんな真似を?」

 相手を無視して放った言葉を相手は嬉しそうに受け取る。

「お。よく知ってたな、俺のこと」

「お噂はかねがね。巨大な戦斧を軽々振り回す剛腕の持ち主。長い前髪に隠した右目に秘密があるとか無いとか、そういうのはよく聞いていました」

太好了見事だ!! よく調べたじゃないか」


「で? 秘密とは?」

「言っちゃえば秘密にならんだろ? そういうのは殺して盗るモンだ」


「……」

 いつまでもふらふら掴みどころのない目の前の髭親父。

 そこに先程ベネノを攫ったはずの男が静かに合流してきた。

 エメラルドグリーンの長髪に糸目、眼鏡。斧繡鬼と同様に着流しで、それに加えられた山高帽と肩から羽織った上着が洒落ている。――コイツも聞いたことがある。

「そちらの貴方は剣俠鬼けんきょうきだ」

「だったら何だと言うのですか」

 刹那の間に鞘から取り出した大太刀を一迅、振った。空気が割れて、音が鳴る。


「どうせ死ぬ癖に」

「……」


 く、と眉をひそめた。


「先程座敷童を守護天使達に預けてきました。予定通り『事』が運べば彼はやがて父の元に帰る。感動の再会ですよ、涙が出ますね」

「わざわざ敵にその情報を喋るんですか? 面白いお人だ」

「おーおー待て待て、聞けよ坊ちゃん。これはちゃんと実話だぜ? それにお話の良い所はこっからさ」

 ニコニコ笑いながら頬に長い人差し指をぷすりとさしてくる斧繡鬼。苛立ちを覚え手で勢いよく払ったが、彼は気にも留めていない様子。

「な? 剣俠鬼」

 そのまま相方に話を振った。

「ええ。聞いて驚くなかれ、これから彼は『神殿裁判』にかけられます」

「……!」

 何を大げさな、と正直思っていたが事態は想像の何百倍も重苦しかった。


 マズい。それは非常にマズい。


「その顔をすると思った」

 焦った顔を見て剣俠鬼が冷たく笑う。

「分かったでしょう? 私達が派遣された意味を」

「……」

「無論、貴殿の足止め。何ならあんな奴、殺して構わないとのお達しです」

「誰が」

「悪魔王様が」

 きっぱりと口に出されたその名前に嫌悪感を覚えた。こんな時に突然関わってくるということは狙いはたった一つ。愛し子としてのベネノの奪還だ。

 歯をきりりと擦り合わせる。


「……、……ほう。そうでしたか、なるほど。ディアブロが、ねぇ。それこそ、そう言うと思っていました。最初からああいう奴でしたから」


 言いつつ、空に大量の武器を顕現させるマモン。目の前の二人もそれに応じるように緩く、武器を構えた。

 凡そ二十数本。そこだけ一つの大きな壁が出来たかのような威厳。


「どうせ、突然気まぐれに現れて、主を強く欲したのでしょう。神様はわがままですから――彼なんかは、特に」


「だとしても。だとしても私はここで立ち止まる訳にはいきません。それは邪魔をする立場であるあなた方なら、よくよく分かっているはずだ」


「彼ら同様、私にもベネノの力が必要なんです」


 今は何より。何より早く。

 何より早くに、主の奪還を目指さねばならない。


 でなければ。

 でなければ私は――。


「そういう訳です。申し訳ないがこの場で即自的に死んで頂く」


 手を自分より後ろに向かって振るった。合わせるように武器の壁が空を後退し、構える。

 しかしそれに対して死神二名はやけに静かだった。

 こちらをただただじっと見つめて離さない。それはそれは、気味が悪過ぎるくらいには。


 だがマモンにとってはそんなの、些細な事の一つだった。


 ――この瞬間が来るまでは。



 背後で空気が僅かに揺れたと感じ、振り向いた。

 そこまでは良かった。良かったが、当然その瞬間、そこにソイツはいない。


 何故なら既に彼の背後に移動していたからだった。




 ド。




 その瞬間を表すにはその一字で十分だ。


 背後から撃ち込まれた守護天使・カルドの催眠弾が強く背中を打った。

 途端、力が抜けていく。

 空に威厳たっぷりに佇んでいた武器諸々も力を失い、落ちていく。


 これは。これはマズい……。

 かなりマズい!!


 体も頭も、


 動か、


 な


 い。


 ……。


 ……、……。


 ……、……、……。


(つづく)

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