第五話 神殿裁判
神殿への招待
天国十二丁目、交差点を右折でお馴染み「運命管理局」。
廊下を頭をかきかき歩いていたファートムは溜息を大きく零しながら、とある暗い部屋へと足を踏み入れた。
直ぐに部屋の隅のソファに直行。ゴロンと仰向けに転がった。
「カーッ!! たっぷり絞られたァ! 報告書を書けって言われちったよ」
「前のSFの件?」
暗い部屋と対照的に明るい画面に向かう男が振り返ることなく応える。
「そ。キャラクタに物語の外枠壊されかける運命神が居るかバカモノ、事前に私達に相談をしろ! ってさ。――どうせ即却下する癖に、頭硬いから俺らがやりたいこと分かんねぇんだろ」
「誰?」
「ディアブロのジジイ」
「あらー、それは大変だったねぇ」
のんびりとした声にふと違和感を感じたファートム。
「……今は? どっち?」
「大輝」
どうりでいつもと雰囲気が違う訳だった。
「そっか。……どう? タイトルは」
「ばっちりじゃないかなぁ。もう今頃、頭上辺りで反映出来てるはずだけど……。ほら、どう? ちゃんと変わってる?」
「んー……ん。良さげ」
「よしよし」
前回の話はベネノに「駄目だ」「散々だ」とめっためたに言われてしまったが――運命神とはキャラクタの命を預かる仕事。何の考えもなしにあんな物語を著す訳はないし、脆い物語を本気で世に出す訳もない。
言ったはずだ。きっと短命の世界になる、と。彼らがここに来ようが来まいが、それはこの物語が必然的に辿るであろう運命である、と。
実はあそこで確認したいことが幾つかあったのだ。
その為に誘導した物語。彼らは気付かず、見事に全て踏み抜いた。
まず第一に、「彼らの手口の再確認」。
序盤にて彼らはそれを自分達に示した。
にわかには信じがたいが彼らは主人公補正を他の主人公達と同様にベネノの頭上に保管していた。
「あれってナマモノなんでしょう?」
「うんん……」
「適合者以外がアレを持てば、数日以内に溶けて消えて、持ち主の元に戻るって話だったよね? 違う?」
「違くない」
「だからこれまでシナリオブレイカー――マモン――がアレコレやってもストリテラに障害は生じていなかった。そうなんでしょ?」
「……」
「じゃあやっぱりアレなのかな? ベネノは特別ってことで合ってるのかい?」
「……分からん。新たな能力を手に入れたってことなのかもしれん」
「でもマモンはどうしてもベネノを手放したがらないんでしょ?」
「……まあ、可能性だけはあるだろうな」
そして第二に「彼らの関係性」。
本当はベネノの怜に対する信頼、ネームバリューを上手く使って引き抜くつもりだったが全編に渡って効果は見られず失敗。
最初から最後まで彼らはお互いべったりで、突然物語に参入してきた怜の入る隙間などどこにも無かった。
「これはマズい」
「マズいねぇ」
ミルクシェイクをズコーッと吸って、大輝がこちらを初めて振り返った。
「もうこうなったら物理しかなくないかい?」
「実力行使?」
「そう。ベネノくんをがばっと誘拐! ――悪いけど得意分野。ずだ袋にリボンでもかけて送ってあげるよ。送料は君持ちで」
「……」
「で、その隙にマモンを殺す。杭を刺すなり、銀の弾丸でドタマぶち抜くなりして早めに決着を付けようよ」
「……つくづく思うけどお前ってさ、本当に悪い奴だよな」
「ふふふ、褒めないでくれたまえよ」
「褒めてはいねぇんだよ」
最後。第三に――「マモン本人について」。
「着実に力を付けてきているみたいだね」
「その上狡猾だ。七つの大罪の力を上手く我が物とし、自分の望む方向に物語を誘導しては確実にブレイクに落とし込む」
「……」
「さらには生き返った」
「やっぱり?」
「どうりで元気な訳だよ。生き返ったんじゃあなぁ」
「……」
「僕の一発は無駄に終わった訳ですね? あーあ」
認めたくない。
認めたくはないが、そうだ。
あの時大輝がライフルで放った小銃弾は確実にあの悪魔の胸をぶち抜いた。
あれで奴は即死するはずだった。
「それがどこに溜め込んでいたか知らない『命』で蘇りやがった。そんな暇も余裕も無かったはずなのに」
「……」
「主人公補正もあの瞬間は外れていた。不死の補正は効かないはずだった」
「……」
「――のに」
そこで暫し沈黙。
誰もが悟った答えを言う為に物凄い時間がかかった。
「これはぁー……神を超えたかい?」
「超えた」
「ってか命のやり取りをした時点でもう奴はアウトだ。そんなのたかが一人のキャラクタに出来て良い事じゃない」
「然らば『神殿裁判』かい」
「無論。そこで断罪だ。ベネノを奪い返し、マモンを紙にする。それがこの世界が存続する為の絶対的条件、あるべき道だ」
「どっちみち誘拐するんじゃない」
「奪還と言え。お前が言うと全部悪く聞こえる」
「でも、奴は不死の可能性があるんだろう? まるで執着の黒魔術師だけど、そんな奴をどうやって殺すというんだい」
「考えはあるんだよ」
起き上がり、サイドテーブルの上の冷めたコーヒーをあおりながら応える。一気に飲み干し、大輝に書類を手渡した。
「ディアブロ」
「ほぉー。威光をお借りする訳だね?」
「しかも何と! 今回はご本人様直々に参加したいとの申し出だ。過去……第二話辺りでけちょんけちょんにやられたお返しがしたいってさ」
「怖いねぇー」
「……そのままベネノを愛し子に引き戻そうとするかもな」
「それは杉田的には避けたいの?」
「避けたい。だって、俺の子どもだぞ? 子どもを取られてみろ! 苦しみ哀しみ怒り悔しさで腸が九回転する!」
「切れちゃう切れちゃう」
話は少し逸れたが。
要はこういうことだ。
過去最悪とされた「執着」の黒魔術師同様に、どんな攻撃をぶち込んでも自身を修復し、不死を手に入れた「強欲」の悪魔マモン。以上はSFにて滅茶苦茶に攻撃を叩きこんだにもかかわらずアイツが平然と生きていたことからも明らかだ。
更には加えて命の贈与も行われている。
これは所謂「越権」行為。
故に「神殿裁判」が有効となる。
そこで拐かされた座敷童を奪還し、罪びとマモンを断罪。神の総力を結集し、彼を紙にするのだ。
裁判に出廷し、審判を下すは三名。
天界を支配する、慈しみの女神ヘーリオス。
地獄を支配する、もう一人の「運命の書」記述者ディアブロ。
そして運命の守護者にして、数多のキャラクタの父ファートム。
裁判を行う神殿は悪魔の無力化を図って天界にて行う事とする。
概要は以上。
「だがマモンが大人しく出廷するとは考えにくいし、ベネノも素直にこちら側に戻ってくる訳は無いだろう」
「そうだねぇー。僕なら神殿裁判の被告にされてるって気付いた瞬間、隠れ家捨ててるだろうねっ」
「だから奇襲をかける。ベネノを神殿まで運べばアイツも自ら赴くだろう」
「嫌なことを考えなさる。道中、どうしたって命を大きく消耗するじゃないか」
「寧ろその方が良いだろう。そうでもしなけりゃ、奴は死なん」
「反論の余地がそこに無いっていうのが、この話の悪い所だよね」
そうは言いつつニヤニヤ笑んでいる。懐からリボルバー「ナガン改」を取り出し、がちゃがちゃとメンテナンスを始めた。
「で、杉田はリボン何色が良い? ずた袋の色も七色から選べるよ」
「いや、お前は行かせねぇよ?」
「……」
「……」
横っ風が二人の間を通り過ぎていく。
「……え? 僕はもういつでもオッケーなんだよ? 何ならアイツらに気付かれずにさらってこれるんだよ? ナイフも研いであるんだよ?」
「いや、能力の心配だけは端からしてない。寧ろそれだと困るんだよ、お前は一緒にマモンを惨殺しかねないだろ!?」
「え、だめ?」
「馬鹿、一番駄目!」
ガーン!
大輝しょーっく!
「やだやだぁー! 行きたい行きたいー!」
「駄目!」
「血が見たいー!」
「余計駄目なやつ!! 最早手遅れワードを恥ずかしげもなく大声で叫ぶな!!」
「うわあああああ!!」
まるで駄々をこねるガキだ――いや、「まるで」ではないな。こねてるな。
「や、そんなんしたってマジで行かせねぇからな! お前だけは天地がひっくり返っても、絶対に! ――代わりに守護天使と死神を派遣するんだ。お前は何かあった時の為に待機していてくれ。それが今回のお仕事だ」
「……やだ、不満」
「不満とか言うな。アイツらが逃げ出した時に撃ち落とせるのはお前しかいねぇんだからさ」
「……」
「な、な?」
「……、……仕方ないなぁ」
「よし。決定な」
彼の心が変わらない内に「運命の書」に役割を書いておく。
これで後出しじゃんけんはできなくなった。
――さあ。準備は出来た。
あとは実行するだけ。
「守護天使を呼べ! 緊急事態だと伝えろ!」
部屋を出て、近くに居た座敷童に大声で伝える。
数分もすれば天使達がここ「運命管理局」に来る。
その時が彼らの終幕の時。
審判の日は、近い。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます