四天王-1

「さ、決めなさい。誰に命を委ねる?」


 目の前の敵は歩兵が数十名に大将と思われる騎馬兵が一人。本当に序盤の敵って感じ。中堅・大将の二人はまだ出すには早いだろう。それじゃあ先鋒・次鋒ってことになるんだけど……ここは開けた地。彼女の使える影はない。

 行ってもらうなら王子だろう。

「王子!」

「ナイス選択、猛毒の少年! ボクに任せてよ!」

 青く美しい瞳をきらっきらに輝かせ、突っ込む王子。彼が持っていた薔薇を振るうと花弁の嵐がごうごうと巻き起こった。

「な、なんだ!?」

「何が――」

「あっははぁ! ボクのとりこになりなよっ!」

「うっ!」

「おが!」

 突然のことに気を取られた歩兵達が混乱している内に王子が背後から次々ぶっ刺していく。

 蝶のように舞い、蜂のように刺すとはまさにこのことかと思う程華麗で鮮やか。

 流石四天王。先鋒でも十分な高火力!

「あたし、あの技苦手なのよね。うざいしウルサイし」

 ……チフ嬢は相変わらず辛辣だけど。

 そうして気付けば騎馬兵もろとも虚空を見つめ、戦意喪失。

 明らかな勝利。

「フフ、楽勝だったね」

「次行きます!」

 後ろでローサ様、ローサ様! と口々に叫ぶ兵士達の声。

「皆、ありがっとーう!」

 彼らの夢は暫く覚めないだろう。

 この調子のまま敵をばっさばっさと切り倒し、数万枚の薔薇の花弁と王子ファンを作ったところで第二局面。

 魔王城前の大きな谷、終古谷しゅうここく。永久の意を持つ「終古」を冠する名の通り、ひたすら続く谷。その長さの秘密は曲がりくねった道で作った迷路にあり、魔王フルールが人間の侵攻における時間稼ぎの為にこしらえたものだ。直線的に行けば数十キロで着きそうな道を敢えて伸ばし伸ばし、罠もいっぱい仕掛け、道筋も複雑にし、二倍以上の長さになるようにしている。

「だけどボクらはその魔王の配下! こんな所でボクは迷いはしなぁいっ! ということでボクのとっておきのショウを皆にお見せしちゃ」

「とはいえ、流石にこの谷を全て抜けるには長すぎです。抜け道を用意しました。極力戦闘を避け、最後まで体力魔力、共に温存していきましょう」

 デヒムさんの華麗な割り込み。

「賢明な判断だ」

と、ツァイト氏。

「ま、夜まで時間を稼いでくれれば私が全員闇に引きずり込んであげたんだけどね」

と、ノーチェ様。

「そこまで待てねぇよオバサン」

と、ジャック。

「口の利き方をわきまえなさいね、勇者のぼくちゃん」

「ちゃんを付けるな、ちゃんを!」

 喧嘩が始まった。

 一人ぽつりと置いて行かれた王子。

 暫し格好いいポーズで考え、一人フフッとキザったらしく笑った。

「なるほど……そう来たか。――フッ! 悪くない。今は力を溜めておいて、後にボク主演のショウタイムを開演するってことだね!」

「うわキモ」

 ……。

 ということで。

 最終的には満場一致となり、早速デヒムさんの用意した抜け道に転がり込み全速力で走っていく。

 予めかけられている松明の灯りだけが頼りだけど……暗いなぁ。

『デヒム、この道を抜けるとどこに出るのですか』

「およそ半分の地点まで。そこまで直線的に突き抜けていくイメージです。これで敵襲のほとんどは回避出来るはず……」

「へえ、詳しいのねぇ」

「仕事デキる奴! どーん!」

『いえいえ。彼も間者ですよ。こちらに入られた代わりにこっちも入ってやった結果です』

「スパイなの!?」

「スパイ! やべぇ! どーん!」

『因みに王からの信頼は絶大で、風呂での垢すりから行政まで……あらゆる物事において彼が責任者を務めております』

「これであの地獄の職場から解放ですね。記念と言っては何ですが、こき使ってきた奴全員、皆殺しにしてやりますよ」

 にっこり笑いながらとんでもない事を言い出すデヒムさん。

 職場で何かあったのか、それとも悪魔サイドだからってことなのか。

 全員頼もしいけど全員何か怖いよ。

「そろそろ着きます。準備を」

「今度もボクかい? 猛毒の少年」

「敵にもよりますが……」

「偵察に使えば良いんじゃなーい? 出しゃばりだし、万が一いなくなっても一人ぐらいならこっちは困らないしー」

「ひどいなぁ、チフ嬢。でも、それが愛だってこと、ボクは知って」

「ハァ!? もうマジでうざいんだよ、この金髪馬鹿! ホラちゃっちゃと行って自爆してこい!」

「あ、ちょ!」

 止める間もなく、チフ嬢はジャックばりの暴言を吐きながら回し蹴りで王子の背中を蹴打。

「わああああー!」

 情けない声を出す王子が大砲の弾みたいに勢いよく飛び出した。

 デヒムさんがこしらえた出入口となるダミーの岩をドガンと破壊し、遠くにかっ飛ぶ王子。着弾したその先でそのまま待ち構えていた騎馬隊に取り囲まれ、慌てて目くらましの花弁を放っていた。

「わーい! アイツが進んでおとりになってくれたよー! どーん!」

「助けてェェェ!」

 チフ嬢……恐ろしい子。

「仕方ない。彼には悪いですがこの好機を利用させてもらいましょう。ノーチェ、チフ、出番です!」

「オッケー」

「どーん! アイツの頭の上に岩落とそ! 岩落とそ! どーん!」

 今度はデヒムさんの指示。

 女子二人が飛び出し、王子に気を取られている騎馬隊に飛びかかる。

「お嬢さま! 頭上のあの岩をよろしく!」

「ふきとべー!! キャハハーイ!!」

 ノーチェ様がびしりと指されたその先、大きく突き出している岩目がけてチフ嬢が爆破をぶち込む。

 ズドガガ!

 予想通り転がってきた幾つもの岩に慌てふためき騎馬兵達が逃げ回る。何人か(+王子)は岩の下敷きになった。

「わぎゃあああああ!!」

 王子イイイイイイ!!

「逃がさないわよ! 覚悟しな!」

 豊かな胸を揺らしつつノーチェ様が左手を右方から大きく振ると、岩が作った大きな影から赤黒い恐ろしい見た目の手が何本も伸びてきて、逃げ惑う馬や兵士を掴み、闇に引きずり込む。

 ひょええ……! これが次鋒、夜闇のノーチェ!

「すっごい! ノーチェ様かっこいー!」

「ふふ。気を取られたあの子達が悪いのよ? 皆にはじっくりゆっくりと私の栄養になってもらいましょうねぇ」

 ほんの二、三手で付近の敵を一掃した二人の元に集まり、皆が賞賛の声。

 そこでマモンがふと疑問。


『ところで、王子サマはどうするのでしょう』


「アイツは……四天王の中でも最弱」

「やられても仕方ないって所かしらね」

「せいせいしたー!」

 やっぱ怖いよ、この人達!


 ――と、その時。


「……! 警戒!」


 デヒムさんが鋭くそう言った瞬間、崖上から何人もの兵士達がわらわら現れた。気付かぬ内に潜んでいたらしい岩影の伏兵に、王宮お抱えの魔法使い達。更には崖上から投石器が頭を出す始末。

 皆で背中を合わせて真ん中に縮こまった。

 さっきの騎馬兵達はおとりだろうか? だとしたらまんまと嵌められたわけだ。

「ワァーハッハッハ!」

 綿でも口に詰めたような、くぐもった声。太った人の特徴的な声だ。

「私達がお前らの隠し通路に気付かぬとでも思ったか! そこで下敷きになってる奴らと同じ目に遭わせてくれるわぁ!」

 そう頭上で叫ぶのは大臣と思しき人。指揮をするついでに今回の戦闘の見学に来たらしい。

 クソ。明らか戦う気のない腹の出し方しやがって。軍師達が必死に練った作戦の手柄を横取りするんじゃないよ。

「チッ、やばいわね」

「肉片ー、肉片ー、未来の肉片ー!」

「おうおう! 殴り甲斐のある雑魚どもだぜぇ!」

 若干二名ヤバイ奴らがいる。

「ねー! 爺ちゃま爺ちゃま! 爆破! 爆破していーい!? どーん!」

「落ち着け、チフ嬢よ。まだその時ではない」

「えー!? 何でー!」

「アイツはステーキの方が旨い」

「そっかー!」

「だから焼こう」

「そだねー!」

 訂正。三名。黒焦げは嫌だから火力は抑えめとか言ってんじゃないよ!

「えぇーい! 死亡フラグ付きの不吉な歓談しやがってぇ!」

 そこに痺れを切らした大臣が乱入。

「楽しい歓談も今の内だわ! 者ども、かかれぇ! アイツらの物語を直ぐ終わらせてやるんだァ!」

 鬨の声と共にぶち込まれてくる大岩。

 兵士達も一斉に飛びかかってきた。

 マズい!


「クロノス!」


 だがしかし! こっちの切り札は四天王だ!

 先発に懐中時計を掲げたツァイト氏。岩と兵士達の動きがゆっくりになる。

「爆破!」

「闇夜に墜ちな!」

 その隙に大部分の岩を二人が破壊、吸収した。

 良いぞ! 瞬殺だ!

 クロノスが切れた頃には岩は殆ど消えている。

「何があった……!」

「クロノスでしょう……だからこの岩はアイツの時計が壊れた時にと言っ」

「ウルサーイ!」

 一つクロノスによって空中に浮いたままの岩。それが勇者の眼前に運ばれてきた。

「それ! ジャック、ベネノ! 二人がかりで打ち返せ!」

 ツァイト氏が叫ぶのと同時にジャックが吹いていた風船ガムがぱむと割れる。

「おぉうけぇーい」

「わっ、分かりました」

 殺意マシマシの釘バットを構え、緩く投げられてくる大岩に狙いを定める。

 さてこっちは――。

「ちょ! 何でこのバット麩菓子で出来てんだよ!」

『特性「麩菓子バット」!! 麩菓子の癖に凄い硬いので岩も打ち返せます!』

「硬い硬くないの問題じゃないだろ! 常識はどこに置いてきた!」

『ユーモアですよユーモア! 良い匂いで皆幸せ! 打点が麩菓子になる特典付きですよっ!』

「あああもう分かった、打つよ!」

 もうこのヒトはダメだ。

 フォームを整え、その時に備える。

「おい、あれって真逆……」

「私は逃げますぞ!?」

 上の大臣達も気付いたらしい。

 だが遅ーい!

「狙うのはあのでぶちんか?」

「勿論。アイツ、一番腹立――失敬、彼らの作戦の要なので彼を先に潰しましょう。そしたら敗走・最後の抵抗しか残されないはず。上手く打ち返してホームランを」

「よっしゃァ!」

「が、頑張ります」

「……足引っ張んなよ」

「わ、分かってるって! ……見せつけてやるから」

「ホウ? 期待しないで見といてやるかな」

 歯噛みした。

 ……やってやるよ。

 やってやる。

 僕だって、伊達に補正は取ってないから!


「行け! ぶちかませ!」

「ッシャアアアア、オラアアアアア!!」

「うああああああああああ!!」


 勢いよくぶんと振られたバットの芯が打点を捉えた!


 カッキーン!


 硬式の球打った訳でもないのに凄い良い音!


 ひゅううう……


 クソ重たい岩が綺麗な放物線を描きながらかっ飛んでいく。

 一直線、あの大臣の元へ。


「うわああああああ!」


 ドシーン!


 結果はいわずもがな。


 まだまだ前半戦だ。


(つづく)

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