野球神コンビ

「行け! ぶちかませ!」

「ッシャアアアア、オラアアアアア!!」

「うああああああああああ!!」


 勢いよくぶんと振られたバットの芯が打点を捉えた!


 カッキーン!


 硬式の球打った訳でもないのに凄い良い音!


 ひゅううう……


 クソ重たい岩が綺麗な放物線を描きながらかっ飛んでいく。

 一直線、あの大臣の元へ。


「うわああああああ!」


 ドシーン!


 あとは言わずもがな。


「あ、あ……」


「指揮がやられた!」

「どうしよう!」


 突然のことに皆々が慌て出す。彼が凄い人ってことしか知らない新人や若者とかは特に大暴れだ。

 よっしゃ!

 本物の軍師とか総大将とかが出てくるまでの時間稼ぎにはなったでしょ。


「ナーイスバッティーン!」

 ノーチェ様の拍手で一気に緊張がほぐれる。

 ああ……やり切った……。

「ふーん、麩菓子でねぇ」

 ジャックがすんすんバットの匂いを嗅いでくる。

「え、え!?」

「さてはおめぇ……」

「え!? え、何!?」

 ぎろりとガンを飛ばしてくるジャック。

 ひぃぃー殴らないでー!






「「野球の神か」」






 ……。

 ……はい?

 思わずカギカッコ二重にして行間も開けてめっちゃ強調しちゃったじゃん。

「おい聞いてんだよ、おめぇ野球の神か?」

「え、え、あ、いやー……」

『はい、そうです! こちら野球の全てを統べる王の中の王! 通称野球神で御座います! 崇め奉れ!!』

 ちょ、こら、マモーン!!

「ばっばばば、バットが喋った!! うわかっけぇ、これも野球神の力ですか!」

『勿論です!』

「すげー! モヤシにこんな才能あったとはなぁ!」

『ほほう、貴方かなり見込みがありますね! 麩菓子食べますか?』

「くれんの!?」

『大丈夫、バットに使った奴ではないですから』

「おー、サンキュー! お前、めんどくせぇド真面目教師タイプかと思ってたけど意外とスゲー奴なんだな! 気に入った、俺ジャック!」

「あ、ああ、ども……ベネノ、です」

 一応城下町で購入済みのサングラスのおかげでバレないでいるけれど……実は知ってるんだよ、君の名前。

 そこは物語進行の支障になりかねないので、敢えて伏せておくけれども……まあ、さっきの挽回は出来たかな。

「お二人、話は後に回して。今の内に畳みかけてこのエリアの敵を立て直す暇もなく駆逐します。行きますよ!」

「おうよ!」

「は、はい!」

 デヒムさんからの要請。

 麩菓子バットはしまい、紋様から改めて鎌を出し直した。

「うわうわうわ、超カッケー! 何だお前、男子の夢か!」

「え!? そ、そうかなぁ」

「や、マジ超かっけぇじゃん! ずるんって、ずるんって! 鎌ずるんって! マジ、ボーイズ・ドリームかよ!」

『おおー! 分かってますねー! 麩菓子いりますか?』

「また喋ったー!!」

 ……本当コイツ良い奴だなー。

 良い奴だなー!

 突然やる気やら元気やらが漲ってきた。この調子でいってやろっかな!

「二人は私についてきてください。全体攻撃を放ちますから漏れた奴から順番に駆逐を!」

「とは言っても最初からお前は本気だろ」

「まあ手加減する義理は最初から無いですよね」

 デヒムさんの指示で、四天王とは別の場所に行く。

「なあ、駆逐ってことはさ! 頭バーンで良いんだな!?」

「それはお任せします」

「え、え!? 血とか出ない!?」

『チフ嬢はああ言ってますが、残酷描写はありません。倒れる時は風船が破裂する、または霧散するような感覚です。王子サマが刺突をしても誰も血を垂らしていなかったでしょう』

「た、確かに」

『なのでこれはゲーム感覚で行きましょう! ね!』


『……というか勇者のリハビリ物語なのにそんな描写をぶち込むわけないじゃないですか、あの神が』


 最後付け足すようにぼそりと言った言葉にハッとなる。

 ……そうだった。これはジャックをファンタジーの世界に戻す為に用意された物語で、歯車の潤滑油でしかない。

 ……。

 自分の決意に益々力が募る。

「二人とも、達成目標は殲撲せんぼくです」

「殲撲?」

『簡単に言うと全滅よろぴこって感じですね』

 おお、殺意マシマシ!

「よし、野球神!」

「ベネノでお願いします」

「野球神ベネノ!」

「……へぇ、何ざんしょ」


「俺の背中は頼んだぜ!」

「……!」


「うん!」


 * * *


「作戦開始!」

 デヒムさんの声に合わせて二人で左右から飛び出す。

 魔導書を先程のように繰り、五指の先を陣を固めた兵に向けて広げる。直後落ちたのは広範囲を焼く雷撃。馬は暴れ、逃げ惑い、幾つもの人影が向こうで弾けた。

 しかしここまでくれば兵士達の中にも動じない強者が混ざって来る。

 白馬を走らせデヒムさんに一直線向かってくる一人の騎馬兵。見た所大将クラスの者のようだ。コイツだけが残った。

 デヒムさんを見れば先の攻撃で左手が丸ごと消失してしまったらしい。失した手の分袖がだらりと垂れ、ちょっと顔をしかめている。

『ヤバイです、主! 魔力の消耗が!』

「分かってる!」

 急いで向かって鎌を振るえど相手の馬の繰り方が上手い。全て避けられ、更には速射の弓から放たれた木の矢がばしばし打ち込まれる。

 いて、いて! いていて!

 くっそー、やんのか!

『主、麩菓子!』

「おう!」

 がじがじかじってヒットポイントを回復! ――ってここはゲーム小説とちゃうからね!

 いつものように首の紋様から中二病全開なでっかい弓矢を取り出す。

『名付けてブラックボウ!』

「そのまんまだね!」

 ホーミングを持つ特別な矢を移動しつつ引き絞り、お馬には悪いけどお馬のケツに向かって一気にどうと放つ。

 ヒヒィィイン!

「うぐ、くそ!」

 暴れ馬の蹴りをもろに食らい、結構痛そうな感じ。

 でも残酷な描写がないということは、それだけ傷や怪我に対する抵抗力があるということだ。よろけつつも直ぐに立ち上がり、すらりと大剣を抜いてきた。

「コナクソ!」

 直ぐに鎌にチェンジ、体の回転による遠心力をふんだんに使い、数十合刃をかち合わせる。

 左に薙ぎ、右に薙ぎ、正確に首を狙うが――やっぱり上手くいかない。鎌はどちらかと言えば一撃必殺の武器。一度外せば普通の剣よりも使い物にならないが攻撃力だけはえげつない当たり外れの差がデカい武器。一度不利側に落とされれば自分の力量で何とか押し切るしかないが……まだ王から頂いた力は上手く出せず、全部物理でやり切るしかない。

 時には黒魔術の出し入れを練習しようと何度か右手を眼前に突き出すけど、無力感ばかりが走るのみ。行き場を失った集中力が右掌から抜けて自分の使えなさとかが頭をもたげる。物理の方の自信も少しずつ指先から抜けていく。

 閉まりの緩い水道のように、ちょろちょろと、とめどなく、限りなく。

「ぐ……結構強いな!」

『刃こぼれとかは気にしなくて良いですから、どんどん攻めてください!』

「分かってる、けど! ギャ!」

 カシン!

『きゃー! 主ー!』

 しまった!

 マモンが柄にもない声出しながらぐるんぐるんとぶっ飛ばされた! 青白い閃きが眼前を通過する。今度こそヤバイ!

 ――と。


「邪魔するぜ! 野球神!」

「ジャック! ――ベネノだってば!」


 釘バット振り上げ、背後からぶん殴って来るヤンキー勇者。荒々しく打ち込まれた釘の先端が大将の頬を掠める。

 ジャックは殴った勢いそのままに僕の前に立ち、オラオラ威嚇を始めた。大将からしてみればとんだ乱入者に違いない。

「グ! 何だお前!」

「何だテメェとは良い度胸だな! 敵だよ、テメェの最期の敵だよ!」

「そうだそうだー!」

『同調の前に私を回収してくれませんかー主ー』

「墓場の写真は俺らが撮ってやるよ! この野球神コンビがなぁ!」

「そうだそうだあー! それと僕はベネノだあー!」

『主助けてー』

 よーし。

 辛うじて避けられただろうけどこっからは僕達の時代だぞ!

 ようやくマモンを回収し、殴りかかったジャックの援護に回る。彼が払われ、突かれそうな時は僕が鎌を振るって邪魔をした。逆も然りだ。

 息ぴったり。徐々にあの時の「パーシー」の感覚が蘇ってくる。

 二対一は卑怯かもしれないけど、それが悪役だもんねー!

 やがてジャックの大きな右振りの一発が大将の頬を殴り飛ばした。

「げぼっ」

 大きく吹っ飛ばされ、仰向けに転がる大将。――立ち上がりが遅い。

 チャンスだ!

「行くぞ野球神!」

「もう野球神で良いや! 分かったよジャック!」


「「叩き込め!」」


「「りゃあああああああ!!」」






 最後の一撃を放った時には、周りは瓦礫と焦げ臭い臭いが立ち込めているばかりでただただ静けさがそこにあった。

 眼下で大将の体がサーッと霧散していく。

 目の前には終古谷の出口。


 ここは、終わったか。

 それに気づいた瞬間の脱力感がやばい。


 * * *


「お疲れちゃーん!」

「あ、ノーチェ様」

 肩で息をしながら泥と汗でべたべたの額を拭っていると向こうから緩く手を振りながらノーチェ様登場。

「ぼくちゃん達、可愛かったわよぉ。仲良しさんみたいでねぇ」

「前世からの因縁でもあるか!? どーん!」

「そんなんねぇよ。……それよりアンタ達は大丈夫だったんか」

「舐めないでくれるぅ? 観戦してたのよ? 私達」

「子どもの足掻き程美しい物もない」

「「こっ、子どもじゃないし!」」

「……ふふ、何でそこハモるのよ」

 随分余裕そうな四天王に比べてダメージがデカいこちら三名(withマモン)。多分だけどこのエリアのボスと対峙してたよね、僕ら。

「さ。先進みますよ。大臣があそこまで読んでいたという事は何か対策をされている可能性が高いです。急がなければ」

 すたすた先を行くデヒム。姿の見えなくなった左手が何か痛々しい。

「ちょっと待ってー! どーん!」

「次は……ああ、森か」

「でもそこ抜けちゃえばもう城の真ん前だぞ、爺ちゃま! どーん!!」

 チフ嬢もツァイト氏もすたすた付いて行く。

 僕らだけぼろぼろだ。それを気遣いノーチェ様が待っててくれる。

 や、優しい! やっぱお姉さん最高!

「ほらほら大丈夫? お姉さんが回復薬とか作ってあげようか」

「え、あ! ダイジョブでしっ! ――あ」

「ま! 噛んじゃって、かーわいい」

 まだまだ余裕そうな四天王。


 ――しかしその表情さえ歪むような光景が目の前に広がっていた。


「おやおや。主! いらしてくださーい」

「な、何!? ってかいつの間に鎌から戻ったの」

「体ばきばきなので――じゃなくてそれよりこれです」

「……!」


 そう言って指した先で待ち構えていたのは――竜騎兵の群れ。


 世界にとって禁忌とも言われる龍を従えた兵士達。

 それがどうしたなんて言われるかもしれないけど、この世界にとっては意外とヤバイこと。何故なら絶対的な法則に彼らは抗っている。


 ドラゴンを従えることが出来るのは勇者ジャックのはずだった。


「何で、あの子達を……」


(つづく)

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