四天王-2

 今を生きるドラゴンは半分がサルト・デ・アグワに、もう半分がドラコニアにルーツを抱いている。しかし世界がその始祖を全て失してしまった今、ドラゴン達を手懐けるというのは至難の業となっており、ドラコニアの龍使いの他には一人しかその技を継承する者はいない。


 ――はずだった。


「何で、あの子達を……」


 ジャックの悲痛な横顔が、辛い。


 * * *


「なるほど。こう来ましたか」


 すっかり夜になり、暗くなった森の奥。

 空を飛びながら、地を行きながらずんずんと進軍を続ける竜騎兵達。

 凶暴なのもいるにはいるが殆どが大人しい種類。閃光を浴びせられただけでびっくりしてしまうだろうに。

 それがこうして戦場に駆り出されている。

「ドラコニアの龍使いを拉致ったか、それかぼくちゃんのペンダントを違法コピーでもしたんじゃないかな」

 ノーチェ様が親指の爪を噛みながら言う。

 彼のペンダントはドラゴンと心を通わせるのに使う大事な道具。

 その力をコピーされて使われているというのなら、この状況にも得心がいく。

 ……どこまでもいけ好かない野郎共だ。ここから考えられる未来はジャックが突っ込んでいって捕らえられるか、戦意喪失か――ドラゴンや僕達の全滅か。

 本当にいけ好かない。

「潰す為なら何だってする……そういうことか?」

「そんなの最低だ。ドラゴンは皆俺の家族なのに!」

「ほんっと! サイテー!! どーん!」

 ジャックがいつも連れているフレディのことを思い出す。移動する時もラスボスとの対峙の時も傍には必ずフレディがいた。同じ木の実を食べ、共に雨に濡れ、同じ寝床で寝る。おかげで勇者の癖に宿屋を知らない珍しい奴だった。

 そんな彼の目の前でこれだけの数のドラゴンが生き死にをかけた戦いに投じられる。殺しの道具として。

 ジャックの瞳に炎がたぎった。釘バットを握る手に余計力がこもる。

 足が一歩、前へと出ようとしたのを止めたのは左手を失したデヒムさんだった。

「放せよ!」

「やめなさい。貴方を奪い返す為の罠に自ら飛び込んでいく馬鹿はいません」

「でも!」

「でもじゃない。ここでは貴方は進軍してはいけない、他の人に任せ、城の方へ向かってください」

「じゃああの子達に死ねって言うのか!」

「貴方だってアイツらの手中に落ちるんだぞ! 我々の目標から考えればそちらの方が一大事なんですよ!」

「構うもんか! 俺の命の一つ二つ!」

 デヒムさんの胸倉を掴みつつ放たれたジャックの叫びが空気を震わせた。


「俺ばかりのうのうと生きて……もう大切なものをこれ以上失いたくないんだよ! これ以上!!」


 目に溜まる涙。

 そこにこれまでのヤンキーみたいな荒っぽさは感じられない。

 いつも背中を追いかけてきたジャックの優しさばかりが溢れてやまなかった。


 僕の頭蓋をかち割ったあの時と同じ、目。


「……」

 迫力に押されて一瞬声が出せなくなるデヒムさん。でも絶対に離さないように残った右手に力を込めた。

 彼にも意地がある。


 その間にもドラゴン達は僕らの方に向かって迫ってきていた。木々が打ち倒され、炎が葉を焼き、動物達が逃げ惑う。森の木々、瓦礫に紛れて今はバレていないだけで、もう少し経てば視力の良い種類から攻撃を開始するだろう。

 時間がない。

「状況を見てください! 最悪何かに封じてでも貴方を守り抜きます。絶対に行かせはしません」

「これは俺の戦いだ、アンタには関係ない!」

 どちらも一歩も譲らない。


 ――その時だった。


「ねーえ。ドラゴンちゃん達には一指も触れずにあの人間達だけどうにかすれば良いのよね?」


 ノーチェ様がジャックの肩にその両手を置いてにこりと笑んだ。

「は? そうに決まってんじゃねぇか。だから一人一人ぶん殴ってってだな――」

 自分の正当性を主張せんと声を張り上げようとするがノーチェ様はそれを己の細長い人差し指だけで塞ぎ、指を鳴らす。


 そして僕らの視界に溢れたのは森の木々が作った「影」から伸びる無数の手が竜騎手達を取り込んでいく瞬間瞬間だった。

 手綱が千切られ、彼らが轡から解放されると同時に正気を取り戻していく。


「あ……」

「これで満足? ぼくちゃん」


 大人の笑みの中、彼女はその狐のような目を細く開き厚い唇からこんな言葉を吐き出した。


「分かってるかしらね。今ここにいる人間どもに痛い目遭わせたって、元凶をなんとかしない限りは止まないのよ。ゲームだってクリアしても敵は結局全滅しない。電源からぶち切るなりデータを抹消するなりしなければ敵は消えないの」

「何だそれ」

「意味は直ぐに分かるわ、だって向こうにも竜騎兵達はいるからね。ここですり減らしに時間を割いたって意味はない、物語が続く限り無尽蔵に出てくる」

「……」

「ああでも、貴方のその恨みつらみを否定する訳じゃないってことだけは承知しておいてくれる? 寧ろ肯定しているし、その悔しさも分かるの」

「……分かるもんか」

「あら。貴方だけのものじゃないのよ、哀しみは。勘違いしないことね」

 悔し涙を滲ませるその瞳を真っ直ぐ射貫くように顎を持ち上げる。妖艶な香水の香りが鼻腔を覆う。

「悔しさが貴方の心をぐちゃぐちゃにするっていうのなら、だったら貴方は原因の方を何とかしなさい。賢者とは今ではなく未来を見据えて行動するもの。ここら一帯のドラゴン達は私達下っ端に任せれば良いのよ」

「……! そんなの……!」

「無理だって言う? これを見ても?」

「……」

「言い逃れはさせないわよ? 貴方の前で実演してみせたんだから」

「ううう」

 ちょっと悔しそう。心配なんだろうな。

「良い? ジャック。戦場で優しさは毒よ。もっと荒く、残酷に使いっ走りなさい! それが今の貴方の仕事、仲間に対するせめてもの行為でもある」

「……でもそんなのできねぇよ。俺は弱いんだ」

「ふふ。そんなこと、最初から知ってたわよ」

「んが――っし、失礼な!」


「だって私、強いもの。それ以外に理由ある?」


 自信満々に言ったな。

 何か、格好いい。

「でもね、私の強さと貴方の強さはきっと違う。私じゃその強さには敵わないから貴方を送り出すの」

「……」

「良い? 何も言わず胸を張って、堂々と歩いて行きなさい。指示は最低限で良い、何なら何も言わなくて良い。後は私達だけでやれるから――ね? 他全員異論ないでしょ?」

「もちだよ! あたしはお姉様と一緒に残るんだ! どーん!」

「私は彼らと共に行こう。奴らは絶対に最後まで抵抗を続ける。消耗の激しい魔導士だけでは心配だ」

「かたじけないです」

「ぼ、僕も行くよジャック!」

「ベネノ……」

「ぼ、僕、僕はねッ、君を救うって決めてここに来たんだ! それまでは諦められない。今更足踏みとか絶対に許さないから! だから、だから僕も一緒に行くから! どんなにお前が駄目って言っても絶対絶対ぜぇーったいに行ってやるからな!」

 手を取り目を真っ直ぐ見つめ言った。胸が熱い。目頭も熱い。

 助けになれるのが嬉しかった。ただそれだけだ。

「皆……俺の為に……ごめん」


「ばかね、それを『信頼』っていうのよ」

「……」


「皆、信じてるんだから。今更謝る義理は無いわ」


 風がざぁっと吹いた。

 彼の胸元に光るペンダントに惹かれて寄ってきたドラゴン達がジャックの頭をはむはむと口でこしょぐる。


「そら! 向こうから第二陣だぞ、勇者!」

「凶暴な奴が多いじゃーん!? どーん! やってやるよぉ!」

「これが最後のチャンスになります。あの援軍が来るまでに、早く!」

 ジャックの拳が握られた。今度彼の瞳に宿った炎は先程とは違う色をしているに違いない。

 横顔が見せる決意が、先程の何もかもと違ったから。


「さあ行きなさい、少年! 振り返らず、立ち止まらず、ただ進み続けて。貴方の大切なものは私達『仲間』が絶対に守り抜く!」

「……」

「だから貴方の背中は任せなさい。あの邪知暴虐の王は貴方に任せるから」

「……死なないで、絶対に」

 たまらなくなったらしいジャックが言うとノーチェ様はふっと微笑み、すらりと言う。


「ふふ。Never say Goodbyeよ、ぼくちゃん。私達に不可能は無い。でしょ?」


 ジャックが力強く頷き、後に残してゆく二人に背を向けた。

「フレディー!!」

 指笛を高く鳴らし、首から提げていたペンダントを高く掲げ、そう呼ぶとどこからともなく彼の愛竜フレディが飛んできた。

「乗れ!」

 ジャックを先頭に撲、デヒムさんが搭乗。ツァイト氏は飛べるので不要だそうだ。

「フレディ、お前の力を貸してくれ!」

 そう言って頭を掻き撫でると一声低く鳴いた。

「一路王城まで!」

 翼はためかせ風を切り、フレディは真っ直ぐ城下町の方まで飛んで行った。


 * * *


「これからどうすれば良い!」

「この先の大森林を抜ければ城下町に着きますが、それまでに難所が二か所。一つが先程から出てきている竜騎兵、対峙自体はしていない為実力が未知数です。我々の想像以上の強さを持っている可能性すらあります」

「そんなもん全て避けてやる」

「あと一つは城下町入り口の鉄の門。門をくぐるか町をも囲む高い城壁を越えていくかの二択になるのですが、前者は文字通り鉄壁の守り、後者については狙撃手達が厄介です」

「腕が一流なの?」

「一流だけで済めば良いですね。ホーミング弾やレーザービーム等の使用も最近導入されました」

「弾幕になるということか?」

「ツァイト氏、お見事です」

「厄介だな」

 弾幕……鬼畜シューティングゲームでしか聞いたことないぞ、そんな単語。

「要は全部避ければ良いんだろ?」

「まあ、当たらなければどうという事は無いですからね」

『前方! 竜騎兵、二体の確認!』

 鎌になったマモンが叫ぶ。

「フロッドにサミュエル……皆大人しい子だな」

「分かるの」

「あの子達が教えてくれるんだよ」

 ほへー。勇者すげー。

「行くぞ! お前ら掴まっとけよ!」

 騎馬兵の中でもエリートと呼ばれる人が竜騎兵になるのだろう。皆、あの大将と同じかそれ以上の腕前で圧倒してくる。

 しかし「ドラゴンの扱い」という点で長けているのはこちらの方だった。

 フロッドが噛みつきをしようと大口を開けて迫るがフレディの方が単純にスピードが速い。ひらりと避けた上でジャックの釘バットが丁度良い具合に手綱を引き千切った。

 突然正気に戻り、自分の背中に勝手に乗る人間に不快感丸出しだ。

「ああ! 何しやがる!」

「うるせぇ! ドラゴン達はおめぇの玩具じゃねぇんだわ!」

「なにっ――わ、わあああああ!」

 暴れたフロッドに振り落とされ、騎兵は真っ逆さま。その余りの暴れようにサミュエルも手綱を繋がれていながら正気に戻った。サミュエルも騎兵を振り落とし、轡を外そうと必死。

「大丈夫」

 ジャックが外してやると嬉しそうに身を躍らせ、帰っていった。

「さあ、次だ」

『前方! 十時の方向に大軍ありです!』

「突っ切る!」

 炎を吐く個体で構成された軍。火炎放射が如く吹き出される火柱をすいすいと避け、宣言通り突っ切った。

「ヨシ!」

『左方!』

 と、その瞬間、マモンの言った通り、左方に突然気配が現れる。逃走時、狩猟時に周りの景色を鱗に映すことで姿を隠す種、ハミリオンだ。

「グ――!」

 突然の出現には流石の名騎手でも太刀打ちが出来ない。牙が尾の先を鋭く噛み千切り、悲痛なる絶叫がこだます。

「フレディしっかりしろ!」

 首の辺りを叩いてやり、何とかなだめる。しかし直後、直下より飛翔し足に食らいつこうとその牙を剥き出しにしてくるハミリオンに精いっぱい。

 前へ進めない!

「う、クソ!」

「――恨むなよ、勇者!」

 このままではやりようがないと判断したデヒムさん。催眠弾を右手の人差し指から放ち、ハミリオンに浴びせかける。

 途端に体をぐらつかせ、地に向かって落ちていった。

 地響きのような音を響かせ、幾つかの木から鳥達が飛び立つ。

「……仕方ない。最良の選択だったんだ」

 この攻撃が森林の竜騎兵地帯の最後となる。整備された道が現れた。向こうに石で出来た要塞のような町がある。

 後ろで爆発が起き、夜の手が逃げようとした竜騎兵を掴んだ。

 二人から遠ざかっていく。

「これより城下町に侵入する! 狙撃を回避するため、まずは低空飛行。それから

一気に上空へ上がり、城壁内部へ侵入! 振り落とされるなよ!」

 ジャックの腹を抱き締めさせてもらった。先程よりも更にスピードが上がる。

 地面すれすれを飛びながら草の匂いを嗅ぎ、所々点在する木々の下を縫うように進んでいく。

「一人に見つかれば芋づる式でバレます。狙撃が始まったら臆することなく突っ切っていってください! 最悪の場合、奥の手を出しますから心配しないで」

「頼りにしてるぜ、魔導士の兄ちゃん!」

 そうこうしている内に広い野原に出た。視界を遮るものが周りに何一つなく、いつ見つかってもおかしくない状態だ。

「一気に突っ込むんだろう?」

「その積もりだ……!」

 僕の問いかけを起点としてフレディが最高速度に達した。ここからはスタミナのことも考え、短時間で決着を付けなければならない。

「頑張れフレディ!」

「急上昇を開始してください!」

 一瞬ホバリングをし、直ぐに体勢を地面と垂直に変更、翼で空を切りながら物凄いスピードで急上昇を開始した。

 じ、Gがかかるーっ!!

「耐えろベネノ!」

「う、うん!」


 と。


「おわっ!」

 すぐ傍の石壁をホーミング弾が破壊した。予想外のスピードと威力、フレディが失速しかける。

「負けるなフレディ!」

 先程デヒムさんが言った通り、一つ撃ち込まれた後は魔導弾が次々弾幕のように発射される。中には直上方向の瓦礫を破壊し、落とした上で更に狙撃もしてくる高技術の狙撃手も居た。お、おい! アンタ、マジどこ生まれだよ!

「クソ!」

 ジャックの操縦ではギリギリだ、先程ビームがフレディの翼を掠めた。焦げ臭い臭いが鼻を突き、見るからに苦しそう。

「耐えろ、フレディ! あと少しだ!」

 しかし根性論ではどうにもならないような攻撃。

 最後にはどんな結束をしたのかしらんが、一斉に魔導弾を散らし、逃げ場を失くさせる手法まで取ってきた。

 や、ヤバイ! 愈々ヤバイ!!

 流石に観念して目を瞑った――その時。






 ツァイト氏とデヒムさんの手が一緒に動いた。






「クロノス・極!」

「重力操作!」






 特大の範囲を指定し、狙撃手の時間を全て止める。

 そこで作られた僅かな時間を利用してデヒムさんがフレディから飛び降りながら両腕を突き出した。

 僕とジャックの体が淡く発光し、浮き上がる。


「魔王様の仇、頼んだぞ!」

「デヒムさ――!!」

「っりゃあああああああ!!」


 自らの魔術の流れを利用し、僕らを勢いそのままに城壁内部へと放り投げる。


「デヒムさん! ツァイトさん!!」


 叫び声を届ける間もなく、僕らの体は城下町の方へと吸い込まれるように落ちていった。


 * * *


 直後、肩から先、両腕を全て失したデヒムの体が後ろにぐらりと倒れ込む。

 飛翔にすら自らの体を犠牲にする彼の足もまた既に足首まで消失していた。

「魔導士!」

 先の一撃で懐中時計が壊れてしまったツァイトがデヒムの体を回収、フレディを連れつつ弾幕の中から辛くも脱出した。

 ようやく攻撃が収まった時点でほうと息を吐き、自分達が撤退したその更に向こう側、魔の領域をちらりと見やる。


「……生きて帰れよ、少年」


 森の上空ではかなりきつい臭いが立ち込めている。

 彼女達は無事だろうか。


(つづく)

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