不気味

「「――っわああああああああ!!」」

『二人とも!』


 瞬時に鎌から大きなクッションに変身したマモンの上に二人でぽよんと着地。お前、ほんっと何でも出来るんだなぁ。

「助かったぜ、サンキューな」

「ありがとマモン。今度寝る時は羽毛布団になってよ」

「嫌ですよ、貴方重いじゃないですか」

「そこまで言う?」

 元の姿に戻り、スーツの埃を払うマモンと冗談なんかを軽く飛ばし合いつつ、まずは城下町に帰ってこれたことに安堵。

「おっちゃん達、上手く脱出出来たかね」

「デヒムの回収さえ出来ていればきっと問題はありません。彼らにとって敵ではないですからね、ここまでの奴らは」

「そうだよ、きっと大丈夫だ。信じよう」

「……そうだな。ここで疑っちゃ悪いよな」

 そうしてよっこらせと立ち上がった時、マモンがふと首をこてんと傾げた。

「どうしたの」

「いや……変だなと思いまして」

「変?」

「あれだけ町の外の守りが堅かったのに対してこの町は随分大人しい、そうは思いませんか?」

 言われてみれば……。

 魔王城手前に終古谷に大森林にラーナ平原にと、これでもかというほどの敵がごろっごろ詰め込まれていたのに対し、この町は不気味過ぎる程静かだ。

「シナリオブレイクの影響?」

「何とも言えませんが……可能性だけならばあるでしょう。ラストダンジョンに強大な敵はお約束のはずです」

「だよねぇ。エリート騎士とか近衛兵とかいてもおかしくないだろうに」

「……嫌な予感がします」

「……うん」

「ほら、二人とも。こそこそ言い合ってないで行くぞ。ラッキーなんだ、俺達」


 ……本当にラッキーってだけなのかな。


 * * *


 暫く行って。

 疑問は確信に変わった。


 やっぱり妙だ。

 妙過ぎる。

 これだけ歩いても人っ子一人、というか虫に動物に犬猫、家畜、鳥の姿さえ見当たらない。

 あれだけの住民が皆避難したというのならまだ分かるんだけれど、家畜も虫も何もかもという訳にはいかないだろう。死体すら転がっていないのだ。

 夜ということもあって、何だか怖くなってきた。一体この町で何があったの?


 


「店の商品も金庫も何もかもそのままですか。不用心ですね」

 そう言うマモンの手には大量の麩菓子と大量の金貨。――っておい?

「何それ」

「麩菓子とお金です」

「……聞きたくないし疑いたくもないけど、一応聞くね。どこから持ってきたの?」

「そこの商家から」

「金庫開けたの?」

「あったので……」

 あったので……じゃねぇ!

「直ぐに返してこい!!」

「嫌です! 私が拾ったんですから私のです!」

「その思想、泥棒と同じだっつってんだろ、このクソ悪魔! 早く返しなさい!」

「嫌だー!」

「おいお前達! くだらねぇ喧嘩してねぇで早く来い! 生存者だ!」

「「え?」」

 僕らが情けないことになっている間に周囲をずんずん調べていたジャックが手招き。そこには息も絶え絶えの若者がぐったりと倒れていた。

「え!? だ、大丈夫なの!?」

「分からん……おい、兄ちゃん。どうしたよ」

「はや……げろ……」

「あに? 聞こえねぇよ。もう一度はっきり言ってくれ」

 聞き返すのとほぼ同じタイミングで若者が王城を震える手で指差す。

「王城? 王城がどうした」

「や……い、はや……げろ……」

「吐きたいんか」

「……がう! ……うに、に、げろ」

?」

 マモンがそう呟いた瞬間。

 若者の両脚に突然、どこからともなく現れた「陰」が巻き付いた。

「ああっ!」

 彼の両目玉が今にも零れ落ちそうな程ひん剥かれ、今までの様子が嘘のような絶叫を上げる。

「やめて助けて! 助けてくれ頼む、たす――ああああ!!」

「兄ちゃん!」

「……!」

「ああああああああああああああああ……!!」

 そのまま彼は王城内部へ一直線に引きずられていった。入口をよくよく注視すれば逃げ惑う人を次々に城が喰っていっている。

 ゾッとした。

 老若男女など関係ない。人が悉く見えない原因、彼が王城を真っ直ぐに指差した原因はこれだったというのか。

「マモン、何でこんな所に『陰』があるの? マモン何かやった?」

「やりませんよ。そもそもこちら側なのにやると思いますか?」

「……だよね」

「な、なな何だよ、その『陰』ってやつ」

「人の命を喰う化け物みたいなやつだ、さっきお兄さんを連れて行ったあのバケモノ粘液!」

「……! ちょ、マジかよ」

 胸板から染みて心臓を飲み込めば体は自分の物でなくなる。口腔内から侵入し、体全体の機能を乗っ取るのもいるらしい。僕の体を危うく殺しかけたミステリでのあの「陰」は後者の方だった。

 いつもなら操者の手によって操られる黒魔術の一種であるが……今回は何だ。城にでも巣食っているのか。

「じゃああれ? マモンじゃない別の誰かがあの城で『陰』使って悪さしてるってこと?」

「当たり前でしょう。『陰』は『ヒト』なしに存在は出来ないんですから」

「それじゃあ、あの黒魔術師とかが居るってことなの?」

 頭に黒髪の三つ編みをさげた魔術師の後ろ姿が浮かぶ。あんなのと戦うなんて、考えただけでもゾッとする。――とはいえモンタージュでしか見たことは無いのだが。

「それは分かりません。ある程度の戦い方の癖はあれど、『陰』のみでの判断は困難を極めます。出来るのは王たるディアブロ位でしょう」

「……」

 嗚呼、今いてくれればなぁ。

「ただ一つ。考え得る可能性としてラーナ国王が自ら『陰』を操っているかもしれない、ということを挙げておきます」

「ええっ!? どういうこと!? 何でそんな、いきなり突然」

「確か何かを贄に変えて悪い状況をわざと作っているんですよね? この物語は」

「そうだけど」

「捧げる相手は誰だと思います?」

「……もしかしてそれが『陰』?」

「まあ、一つの可能性ですけどね。ここでは王国中の一般市民を贄として喰わせたのでしょう、生命たるものは一つ残さず。ご覧なさい、この花も形だけで命はない。持っただけで崩れてしまう」

 そう言って元気そうだった足元のお花をつまんだマモン。その形は瞬間的に崩れ去った。他の木々も今は形を辛うじて保っているだけで、触れば崩れ落ちる。風の息吹さえないということは、そこに宿る生命さえ吸ったのだろう。

 命絶えゆく死の町。響きだけで体が震えた。

「マジィな、それ」

「ええ。仮説が正しければ王様はかわいいアマガエル、なんて訳はないでしょう。大蝦蟇オオガマ程の大妖怪を覚悟した方が良さそうですね」

「……」

 本当に、マジで何が起こっているんだ。

 冷汗が額を伝う。

 これは態勢を万全に整えていかないとヤバそうだぞ……。

「じゃ、じゃあさ、武器とか探そう? もっと強そうなやつ。僕はここら辺見るから二人は――」

 そう言って振り返ると、そこには既に誰もいない。

 え?

 気付けば王城入り口まで一直線。


 ちょ!!?


「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!」

「「ん?」」

「ん? じゃないでしょう! 危険なんすよ!? あの『陰』とゆーやつぁ! もっともっと強い武器とか探さなきゃ! このままで飛び込んでも命は無」

「ってか、この城下町にそんな殺意高めの武器なんぞあるわきゃねぇだろ?」

 グサ!

 ベネノくんに十のダメージ!

「というか、そういう武器は王城にあるものですよね」

 グサグサ!

 ベネノくんに百ぐらいのダメージ!


「ってかさ、城の外にあんだけの兵士と兵器が持ち出されてんのに城の中に残ってんのかね」

「まあ、先ず無いでしょうねー。あそこの狙撃部隊を襲撃して取ってみても、備え付けの砲台である可能性が高いですし」


 チュドオオオオオオン!!

 ベネノくん、情報だけで瀕死!


▶ベネノくん は まっしろな はい に なった!


「まあまあ、勝てば良いのよ。勝てば」

「そんなん出来るかどうか分かんないじゃないかー……」

「おやおや? 勇者の補正を取っておきながら今更慎重派ですか?」

「煩い」

 地にどうと伏せた僕にマモンがこっそり耳打ち。

「主。言っておきますけどその補正、勇なる者が身に着けることによってその真価を発揮するんですよ?」

「分かってるし、何となく想像は出来るけどさぁ」

「補正を取っておきながら主人公らしく出来ていないのも他と比べてその勇を示していないからなのかもしれません」

「煩いよ」

「もう貴方はモブではないのです。早く起き上がり、率先して話を進めなさい」

「……でもー」

「それかこのままここに残って先の若者のようになりたいですか?」

「それだけは絶対にヤダ!!」

 蘇るあの日の苦しみ! あれだけは絶対にごめんだ!


「ふふ、良いお返事! それじゃあ行きましょうか」


「ああー……」

 無気力のままずるずる引きずられていく。

 僕は完璧に態勢を整えてからラスボス攻略する派なんだよぉー、ラスボスは瞬殺する派なんだよぉー……。


 * * *


「入りますよ」

「おう」


 目の前にずおおと立ちはだかる城。見た目は普通なんだけど、内部の様子がよく見えないだけに不気味。「陰」特有のきつい臭いなんかも立ち込めていて、何ていうか……嫌。生理的に無理。

「ず、ずっと一緒に居てよ! どんなことがあっても離れないでね、マモン!!」

「それは貴方の握力次第です」

「頼む! 本当に頼むから!!」

「ったく、俺がいるってずっと言ってんだろ? だから心配すんなよ」

「ううう……いつも本当にすみません」

「全くー、頼むぜ」

 そう言ってけたけた笑いながら手を繋いでくれるジャック。優しい。

 前『騎士と勇者』でジャックと共演した時もこんなやり取りした気がする。あの時は火炎の鳥フェニックスだったっけか。

「大丈夫。何だかんだ言っていざって時はお前、出来る奴だからさ」

「そうかなぁ」

「いつも見てた俺が言ってんだ。絶対大丈夫」

「ジャックー……もう愛してる」

「はは。それに言っとくけど、自信もって言ってる訳じゃないからな」

「確信、なんでしょ」

「そ。だからしっかりきびきび付いて来いよ」

「うん」


「それでは入ります」


 そうして開けた重くデカい鉄の両開きの扉。

 高い粘性の「陰」が扉の開放に合わせて濃く太い糸を引く。


「ウ」


 きつい臭いが更にきつくなった。

 滴ることもなく、扉の間で網のように絡まり続ける「陰」。

 向こうにも、まだ、大量に――。


(つづく)

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