前進

 その後、更に聞いたこと。


 牢屋に入れていたのは実力あるとこちらが判断した者達のみ。僕達以外はこちらに内通している所謂「間者」であるそうだ。

 その後、僕らが強引に開け放した牢屋以外も悉く開いているのを見て、事実を嫌でも痛感した。鍵穴にこじ開けた跡はない。相当の手練れによるものだった。きっとだけど、僕らがああやって強引に突破せずとも隙を見て脱出していたはずだ。

 ――そしてもう一つ。


 今回の襲撃は最終決戦のつもりだったが敗退してしまったということ。


 厳選し、訓練も重ね、ようやく呪縛から解き放たれるはずだったのに、結果は残酷だった。

『お前達も見ただろう。襲撃が各所で相次いでいるというのに、あの賑わいを見せる王都、平和過ぎる風景。次は自分かもなどとは思わぬのだ……最初から己らに「敗北」の二字が無い事を知っておるからの』

 確かに……これから魔物達と戦うっていうのにちょっと平和過ぎるとは思った。あれが全ての始まりならばまだしも、もう既に何度か襲撃は受けている。しかしそういうものだと思って疑わずにいた。

 だがこれだ。

 小さな違和感の正体は大きな陰謀のほんの一端でしかなかった。

 あの時僕らは既に物語が見せる矛盾の中に取り込まれていたのだ。

 もうこちら側には後がない。

「分かんだろ、この後何が起こるか」

 ジャックが空っぽの牢屋の前で拾い上げた針金。絶妙な具合に曲がったそれは大抵の物は開けられるのだろう。しかも針金はどれでも構わないからこうやって使い捨てられる。

「奴らは勇者救出とかいう名目を立てて、この遊戯のフィナーレを飾りに来る」

「遊戯……」

「デスゲームなんてのを、モヤシも知ってんだろ。要はあれと同じ。一定の額を払って人の生き死にを娯楽として眺めるってヤツよ」

「……」

「どうせそこの画面の向こうの奴も同じだよ。誰かが死んで誰かが勝つのを待っている。望むらくは俺達『悪』の全滅ってとこだろ」

「そ、それは分からないよ! 違う人は絶対に違う。応援してくれてるさ!」

「分かんねぇだろうが。読者はいつでも安全な場所から見てやがる。俺達がピンチになったところで助けてくれたか?」

「でも僕らが息していられるのは読者のおかげだ! 彼らの目が無くなれば生きていけなくなること位君も知ってるだろう! ふざけるのも大概にしろ!」

 僕がカッとなってそう言うと、ジャックの目が途端に厳しくこちらを睨んだ。

「わ、きっつ」

 そして彼はそう言うだけ言って、ふいと背を向けた。


 それ以来話しかけてくれない。


 ……。


 ……ごめん、気にしないで。


 * * *


『ジャック、ベネノ。戻ったか』

「おうよ。戻ったぜ、オッサン」

「ただいま戻りました」

 地下牢の状態を確認し、戻るとそこには見慣れぬ四人組と一人のフードの男がいた。四人組の方は、一人は金髪ツインテールの小さいお嬢様、一人はスリットの入った黒いドレスが妖しい黒髪お姉様、一人は白くぴしりと整った顎髭を蓄え、マモンと同じようにモノクルをかけた細身の老執事(と勝手に思っておくこととする)、そして最後の一人が金髪に王子様風の服を身にまとい、薔薇を常に持ち歩く男。ずっと鏡を見ているので多分ナルシストとかいう人だと思う。僕は好きだよ、ナルシスト。だって自己肯定感を常に高くして生きていきたいじゃないか。人生楽しいよ、きっと。辛くあるよりその方が良い。

『ここにいる四人は俗にいう四天王という奴だ。左から順にチフ嬢、ノーチェ様、ツァイト氏、ローサ王子』

「よろしくネ、猛毒の少年。ボクはローサ! ボクのことは王子で良いよ」

 紹介が終わった瞬間サッと来てアピールする辺り! 好きだわぁ、好き。薔薇ありがとう王子。

「チフ」

「ノーチェ」

「ツァイトで御座います」

 他三人は主語すら出さない。この温度差は何だろう。

『四人にはお前達の援護をしてもらう』

「援護?」

『さよう。我々はこの戦力を以てして本当の最終決戦に挑む』

 ……!

 興奮と緊張と驚きとで目を思わず見開いた。

 うわぁ……遂にって感じ。

「ラーナ国軍は既に準備を整え、こちらに向かってきているようです。用意が出来次第すぐに向かいましょう、時間は大して残されていない」

 謎のフードのお兄さんが魔導書を抱えつつ淡々と話す。

 む。この人の紹介だけまだだな。

「マモン、誰? あの人」

「魔導士デヒムです。『天の欠片』で作られた体に魂を込められた人造人間。悪魔側でありながら『聖人』のお一人である唯一の男です」

「へえ! 絶対黒の方だと思ってた」

「ふふ。前髪を長く伸ばしていて今は見えませんがね? 相当の強者つわものですよ。今日はフルーフ殿の懇願により参戦です」

 にこりと笑みながらとんでもない事を仰るマモン。

 ふええ……。こりゃぁ本気度が違う。

『道はデヒムが導いてくれよう。主らは戦闘に専念し、今日こそ王の元へと向かえ。歯向かう者は塵芥とて残すでないぞ!』

「わーお! フル様かっこよい! あたしの爆弾が火を噴くよォ! どーん!」

 チフ嬢がきゃっと笑んでぴょんこと飛ぶ。

「勿論よ。こんな戦い、もううんざりなんだから」

「無論」

「このボクがいればずぇーんぶ大丈夫だよぉ! 任せておきな! 勇者ァ!」

「いや、アンタが一番心配なんだわ」

 薔薇の花弁をぱっぱぱっぱ撒き散らした王子にチフ嬢が威圧感強めのツッコミ。

 何だろう。まだ彼らの実力を知らないけれどすっごく頼もしい。

『それではな。勇者、そして悪魔の愛し子よ。よろしく頼んだぞ』

「任せなよ、オッサン。が何とかしてやっからよ」

 強気にそう言って、自身を自身の親指でビシッと指すジャック。

 背中をこちら側に向け、絶対に振り向かない。


 ――いつもそうだった。別に今回だけが特別そうという訳ではない。

 だけど。


『パーシーは掃除が上手いんだなぁ』

『パーシーは俺の後ろに居て!』

『危ない!』

『パーシー……ずっと、ずっと忘れないよ。いつまでも……』


『なあ、俺達世界の果てまで行こうな』

『俺がいつか連れて行くから』


 ……。

 お前との思い出、背中ばっかり。


 * * *


「それでは出ます。皆さん、準備は良いですか」

 デヒムがこちらを振り返り、最終確認。

 僕は強欲の鎌を取り出し開眼済み、ジャックは釘バットにサングラス、改造学ランにボンタン、おまけに風船ガムと、かなり手の込んだヤンキー姿。……え、本当にその格好で行くの。

「悪いかよ!」

「あ、あ、悪くないです悪くないです」

「ケッ、クソダリ」

 ……これは、多分さっきのことまだ引きずってるな。

 ううー。

 そして四天王は皆一様に身軽。というか王子の薔薇以外、何も持っていない。

 皆して魔術特化型的な感じなのだろうか。すげー。

『儂のみ自由に動けず……面目ないな』

「王様は安心してなさいよ。私達だけでちゃちゃっとやっちゃうから」

「どーん! 楽しみだネ!?」

「王はどうぞごゆるりと休まれてください。我々ならばだ」

「ボクがいるからどぅわぁーいじょうぶ! むぉわーかして!!」

「煩い。一々」

 ツァイト氏の台詞に王子が被せて、そこにチフ嬢が先程のハイテンションと打って変わって辛辣な言葉の一撃。(王子の時だけ態度変えてる?)

 益々頼もしいし、仲が良いんだなって感じ。

「では大丈夫ですね」

「もぉっちろん!」

「煩せぇっての、この金髪馬鹿」


『それでは頼んだ』

「行ってきます」


 心を込め、彼の王の目を真っ直ぐ捉えて言った。


 ジャックは相変わらず背を向けたまま。


 * * *


「出ます」


 先ずは下がるように手だけで合図をし、正面大扉を蹴り開けたデヒムさん。

 その瞬間、魔導書のページを高速で繰って左手から小さな黒を前方に飛ばした。

 ――直後。

 物凄い爆風と轟音が駆け抜け、向こうの方にうじゃうじゃいるラーナ国軍を吹き飛ばす。


 ズガガ……!

 道がちょっとえぐれた。


「うわわわ!」

『主、しっかり』


 地が揺れ、獣達が慌てふためき逃げ惑った。向こうの方でもざわめいてるらしい。パニックになったアリみたいな動きしてる。

 一発目、印象づけと最初の攻撃はバッチリ。――これで少なくとも歩兵部隊は麻痺状態になったはず。

 行くならば、今!

「進軍!」

 デヒムさんの声で全員が一斉に走り出した。

 向こう数万に、こちら七(マモン含めれば八)の少数精鋭で挑みかかる。

 いざ、尋常に勝負!

「勇者、愛し子。よく聞いておきなさい」

 走りながらツァイト氏がこちらに話しかける。

「ウス」

「はい」

「城までの長い道中、多数の敵が出現すると考えられる。彼らの目的は勇者奪還と魔王の首。しかしどちらも取らせる気は毛頭ない」

「そりゃそーだ」

「そこでお前達は城までの戦場ではサポートに徹せ。ここは我々が引き受ける。本番の実力は城の中まで取っておくのだ」

「分かりました」

『ということでここで覚えておきましょう、ベネノ。四天王それぞれの能力です』

 ここでマモンがツァイト氏から話を引き継ぎ、解説を始めていく。

「うん」

『まずは階級・先鋒の王子。いつも持ち歩いている薔薇は実はサーベル。また、強大な敵には通用しませんが、刺突に精神攻撃を兼ねています。花弁を散らして多人数を翻弄、刺突・精神攻撃を戦法の得意としているみたいですね』

「精神攻撃って?」

『彼のことしか考えられなくなるみたいです』

 おお……それは戦意を削がれそう。

「じゃあつまり、翻弄や精神攻撃が効かない相手が来たら……」

『彼は戦場に立てません。敵を薙ぎ、直ぐ救出しましょう。――それでは次です』

「はい」

『次鋒、お姉様ノーチェ。夜という意を冠する名の通り、相手を闇に引きずり込むことができます』

「闇! 何か凄そう」

『彼女の持つ闇は「暗黒」たれば全てが干渉の対象に入ります』

「というと」

『一番身近な例は影法師。他、こじつけでもノーチェ様に認識さえされれば何でも「暗黒」の対象となります』

「とすると……誰かの影をうっかり踏んじゃった兵士とかはノーチェ様の支配する闇に引きずり込まれるってこと?」

『その通り。他、成功率は先程のよりも少し劣りますが自ら闇を引きずり出して纏めて取り込むというのもあります』

「スゲー!」

「ふふ。ありがと」

 隣で聞いてたノーチェ様がウインクをしながら一言。

 おおー、益々かっけぇ!

『彼女の最大の強みは影が濃くなるという利点から光属性の魔術に頗る強いということですが……』

「読まれやすく対策もされやすい。だからぼくちゃんは翻弄するのよ?」

「わっ、分かりました!」

「分かればよろしい」

 うう……お姉さんの破壊力やばい!

 集中しろー、集中!

『それでは三人目。中堅、チフ嬢。彼女の得意は範囲魔法、属性は火。特に爆発系を好むそうですね。好きなものは肉片』

「グロが大好きお嬢様?」

『みたいですねぇ。自らが指定した範囲を爆破し、吹き飛ぶ様を見て楽しむ。まさにグロ大好き少女です』

「怖い……」

『爆発で散らせますから多人数戦向きの能力ですね。しかし範囲を狭めればそれだけ威力は上がりますのでタイマンも可能です。ほぼ向かう所敵なし! ――と言いたいところですが』

「何?」

『こういう魔術は魔力の消耗が激しく、終盤になれば正気度を持っていかれてしまうこともあるようです』

「正気度?」

『読んで字の如し、理性を保っていられなくなることです。暴走と言えば分かりやすいですか?』

「……!」

『そう。それ程強大であるということです。頑張り過ぎることもあるみたいなので、よく観察してあげることが重要です』

「チフ嬢はよく見ろ、と」

『それでは最後。大将ツァイトのご紹介です』

「待ってました」

『彼は「時の番人クロノス」使い』

「クロノス?」

『チフ嬢と似ていますね、凄く簡単に言うと「時」に干渉した範囲攻撃です』

「詳しく」

『チフ嬢と同じく範囲を指定した後、その範囲内に居る敵の動き、攻撃、更には体まで支配するという大技です。最大限まで彼らの時間を早くすれば負荷に耐えきれず体が千切れます。逆に遅くすれば足止めになりますし、敵の攻撃を避けることも』

「なんと!」

『しかも彼、魔術は最初から別にストックしている物を使うんですね。それがあの懐中時計』

「えっと……つまり、日々こつこつ貯金してきた魔力をいざという時に解き放つ……こんな感じ?」

『ええ。なので戦闘中に限り、彼のみ他の人の二倍の魔力を使えるんですね』

「へー!」

『しかし。弱点もきっかりあります。即ち「時の番人クロノス」と通常技とで使う魔力が違うんです』

「……ん?」

『つまり、「時の番人クロノス」を使うには彼は必ず懐中時計を使用しなければならず、それは普段持ち歩いている方の魔力でまかなうことはできません。それにもかかわらず「時の番人クロノス」には大量の魔力を消費します。更には時計に負荷をかけすぎれば魔力を消費しきる前に時計が壊れ、一時休眠を余儀なくされます。そうなってしまえば通常技を用いながら時計の回復を待つほかはありません』

「使いどころを選ぶってことだね」

『使えば確実でもあるので、兎に角彼をピンチに追い込まないということです』

「ふむふむ。因みにデヒムさんは?」

『魔力の消費を最小限に抑えつつ、強大な魔術を放てます。……全てはあの瞳のおかげですね』

「おおー」

『しかし彼は完全な人間ではなく「人造人間」。体を構成する「天の欠片」を魔術に変換する必要があるため、何度も撃つことはできません。彼こそ使いどころを選ぶ必要があります』

「失くした体はどうするの?」

『欠片で満たした浴槽に浸かるか時間経過ですね……しかし後者に関してはカタツムリより遅いです。慎重に』

「――っと、タイミング良く敵集団のお出ましだぜ」

 本当に丁度良く。

 マモンの説明が終わったところで目の前に伏兵の集団が現れた。

 予想より随分と早い遭遇。僕らが通る道を予想し、一番初めのような攻撃が来ても良いように隠れていたらしい。


 敵は歩兵が数十名。大将と思われる騎馬兵が一人。

 それらを一瞥してからノーチェ様はこちらを見やった。


「さ、ぼくちゃん。腕の見せ所よ。今まで貰った情報をよくよく思い返し、考えるの。ここは誰を出すべきか」

「ぼっ、僕が決めるんですか!?」

「ふふ! 主人公の座を横取っておきながらその台詞はないんじゃない?」

「……」

 ですよな。


「さ、決めなさい。誰に命を委ねる?」


(つづく)

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