「真逆」の展開

「ヘイヘイヘェイ! 夜露死苦仏恥義理ィ!」


「ちょ、こんなんジャックじゃないよ!」

「貴方がやったんでしょうが」


 * * *


「だって、立てちゃいけない指立ててんじゃん!」

「貴方がやったんでしょう」

「腰パンだよ!」

「貴方がやったんでしょう」

「釘バット持ってる!」

「貴方がやったんでしょう」

「だ、だけど……」

「オウヨォ、来週リーゼント決めるからァ、夜露死苦ゥ」

「やっぱジャックじゃないよ!! こんなの!!」

「だーかーらー、貴方がやったんだろうがァ!! えぇ!?」

 な、何なんだよ! 何なんだよ! どうして紳士も好青年も皆でヤンキー化してんだよ!!

 そんな感じで混乱している僕をよそに勇者が不意に立ち上がり、真逆の腰パンのままでのしのし歩き出した。

 え、ちょ!

「ま、待てよ、ちょ、待てよ!」

「アン? 木村○哉の真似してんじゃねぇぞオラァ」

「してないよ! ――じゃなくて! そうやって城の中で勝手に行動されますと非常に危ないと言いますか、だから一緒に行動して欲しいかなって思うと言いますか」

「アンアンアアン? 俺に指図すんのかァ? ひょろながモヤシの分際でェ! 良い度胸だなァ? オイ!」

 う、うああ! 会話する度オラつかれちゃ話が進まないんだけどー!

「い、いや、そういう事じゃなくて、ですね? だから、その、つまり……」

「アアン? もごもご言うんじゃねぇよ、ひょろながモヤシ!」

「うああぁ! マモンー!」

「まもんんんー、まもんんんー」

 悪意たっぷりの下手な口真似で更に追撃。

 ちょ、ちょっとちょっとちょっと! これ、進行不可ってやつなんじゃないの!? どうするわけよ!!

「落ち着きなさい、主。相手が話を聞いてくれないのならまずは聞く姿勢ですよ」

「聞く、姿勢?」

「そうです。相手の話を満足するまで聞いてやれば、自然とこちらの話を聞きたくなります」

「そーゆーもん?」

「ええ。見ていてください」

 柔和な笑みを浮かべつつ向こうでまだオラオラ言ってるジャックに近付く。


「こんにちは、ジャック」

「ウルセェ、ハゲオヤジ」


「……」

 にこにこ。


 ばきっ!

「ぐぼっ!!」


 ちょ、マモオオオオオオオン!!


「オイオイオイ! お前の沸点ヘリウム以下だな! 何殴ってんだよ!」

「うるせぇ! 上位悪魔、しかも七つの大罪で黒い蛇の瞳の所有者に向かってその口とは良い度胸ですねェ、このクソガキめが! その腐った性根を叩き直してやりますよ!」

「おう、良いじゃねぇか! やってやんよ、ワレェ!」

「ちょいちょいちょい! どっちがヤンキーだよぉ!」

「「うるせぇ! 部外者は首突っ込んでくんな!」」

 ひい!

 それからというものの、僕は蚊帳の外。目の前で展開されているのは漫画でよく見るあの殴り合い。

 鼻血とか出し合いながら互角の戦いを繰り広げ、何故か分からんが背後に夕陽を背負っている。

 魔王城の中なのに。

「や、やめなよ! もう!」

 こ、こういう時って、こう言えば良いん、だっけ?

「うるせぇ! これは俺とアイツとのおとこの戦いなんだ!」

「そうだ、お前は口出しすんなよ!」

「でも!」

「良いからほっといてくれ!」

 いつの間にか顔が劇画調になり、眉も筋骨も目力も、ついでに鼻筋と唇も物凄いことになっている。

 そうして日も沈む頃、二人は地面にばさりと仰向けに倒れ込んだ。

「おめぇ……中々やるじゃねぇか」

「アンタこそ……中々良いパンチだったぜェ」

「……」

 これ、何の小説だったっけ? 何? これもシナリオブレイクの影響なの?

「良いよォ。認めてやるぜ……アンタ、名は」

「マモン。ディアブロ高校の烏とは俺のことよぉ」

「マモン、か……。ヘヘ、俺はサルト・デ・アグワの龍ことジャック・アドアステラ。よろしくな」

「へへ。ジャックだな? よろしく……」

「これからはダチってわけだ。ヘヘ、くすぐったいぜ」

 よたよたしながらもガッシリ固い握手を交わす両者。もうその顔に垂れる鼻血は漢の勲章となっている……らしい。

 ……。


「と、いうことで!」


「主。語り合いとはこのようにやるんですよ」

「そうだぞ、ひょろながモヤシ」

「やってたか? 会話やってたか?」

 すっかり仲良くなってしまった二人が肩を組み合いながら僕にハチャメチャなことを言ってくる。

 もう何とかしてくれよ、コレ。

「さて、マモン。ダチとしておメェに紹介したいものがあるんだ。付いて来いよ」

「ありがとうございます。是非お供させてくださいな」

「ひょろながモヤシ。お前も特別に連れてってやろう」

「ぼ、僕はひょろながモヤシなんかじゃないよ!」

「うるせぇ、へなへなモヤシ! 黙ってついて来い!」

 そう言ってまたずんずんと、しかも奥の方へ進んでいく。

「え!? ちょ、どこ行くんだよ!」

「ん? 聞きたいか」

「聞きたい」


「フフン。ちょっとした反抗期ってわけよ」


 ……説明になってねぇよ。


 * * *


 撤回する。撤回する。

 前言を撤回する。

 よぉく分かった。よくよく分かった。状況だけは分かった。

 目の前に控えているのは本来、一番最後の局面で対峙するはずの

 ゴテゴテの闇の鎧を纏い、溢れ出る闇のオーラをその鎧の隙間から吐き出し続け、王の椅子に座り君臨し続ける総ての元凶。

 兜の奥からギラギラと覗く眼光が体に突き刺さる感じがする。

 こ、これは。この方は――。


「な、なあジャック」

「おうよ」

「目の前の方は……魔王様ぞな?」

「おうともよ」

「もしかして。……もしかしてだけどアンタさ」

「おうよ」


とかって言いたい?」

「ピンポーン! ちょっとは分かってんじゃねぇか! へなちょこモヤシ」


 いたずらっ子の笑みでとんでもないことをさらりというヤンキー勇者ジャック。もう設定から滅茶苦茶じゃねぇか!

 どういうこと?

『それは儂が話そう』

 その瞬間頭にガツーンと響く声。

 これの主は多分……。

「おう! 説明してやってよ、魔王のオッサン!」

 お、お!? ちょ、魔王様だよな!? このお方!

「あちら、名を『フルーフ』。我々と同じく黒い蛇の瞳を頂く者でして、その属性は『呪い、呪詛』。お忙しい中ではありますが、この設定を活かすためだけにこの物語に参加してくださいました」

「優しい魔王様なんだねぇ」

「言葉や行動、儀式、憎む心等は時に呪いとして人の途を縛りますが、それは捉え方次第では優しさに転換することもある。――貴方の猛毒が良薬に変わることがあるように、私の強欲が豊かさに変わることがあるように」

「へぇ……」

「そういった転換を果たした者は一転、聖人となり『黒い蛇の瞳』が『白濁の瞳』に変わります。幼い天使の生え変わりの羽毛を一箇所に集めた時、真ん中に現れ出でる希少かつ小さな色、それが白濁ですね」

「へぇ」

「因みに逆も然りです。『堕天』とか、よく聞くでしょう。一応基礎知識ですので覚えておいてくださいね」

「う、うん」

 マモンのちょっとした豆知識が済んだ頃、魔王様が小さく咳払い。

『話しても良いか』

「ええ、どうぞ。私は引きます」

『かたじけないな』

 ――あれ、何だろう。フワハハハとか言って高らかに笑うあの魔王イメージとはかけ離れているな?

 何というか……謙虚。


『勿論だ、少年。儂はお前に助けられたのだから』


 ……ん?

 詳しく説明してくださいませんか?


 ――、――。


『まず問うが……』

「はい」


『この世界においてお前はどちらが「善」、どちらが「悪」だと思う?』


「どちらが、と言いますと」

『「魔王」か「王様」か、ということだな』

「そ、それは前者が『悪』で、後者が『善』……ですよね?」

 その瞬間、ハッとか言いながら話に割って入ってきたのはジャック。

「馬鹿言うんじゃねぇ! 正義の味方気取りしながら子ども一人を敵陣に突っ込ませる奴が『善』だァ? 笑わせんな」

「え、あ? それは……」

「大体さ、木の棒一本持たせて保険の紹介もしないでサア行ってこい! ってのはおかしいんじゃねぇの? そーゆーのに嫌気が差したんだわ!」

「えええ……」

 ま、まあそれはそうだけどさ。

「っていうかさ、見比べてみろよ」

「何を?」

「魔王城とラーナ城とをさ。何か気付かねぇの?」

「え、と……魔王城は邪気に満ち溢れていておどろおどろしくていかにも悪そうだなぁ、みたいな?」

「ケッ、アンタマジか! どう見たって魔王城の方が!」

 え、え? え??

 どんどん頭が混乱してきた。

 何、何?

 魔王城は呪いにかけられてる? 王様達は薄給で勇者雇ってる?

 ん? ん??


 ん???


『やめんか、ジャック。これは長きに渡って刷り込まれてきたいわば呪い。混乱しても仕方ないわ』

「……」

『良いか。ファンタジーとは即ち因縁の歴史。王城と魔王城、それらが持つ軍隊の戦いの歴史なのじゃ。しかしながらその発端は我々ではなく、一人の外部の人間。そやつめがもたらしたのじゃ。お前も聞いたことはあろうな。……即ち「作者」じゃよ』

 ……突然メタい話入ってきたな。

『ハハハ、まあそうだな。メタいな。しかし我々にしてみれば大問題。何故なら呪いをかけられ、勝手に「悪」に仕立て上げられてしまったのだからな』

「……! ど、どういうことですか!?」

 勝手に?

 何の話だ。

『物語を盛り上げる為に必要なのは読者が信じて疑わない「正義」と「悪」の存在。故に作者は片方に力を授けた。何かを贄として、もう片方を悪とすることができる力を……』

「それら贄には大抵世界の平穏や姫、財、王国の平和が選ばれた。そしてそれを捧げれば、こっちの魔王のオッサンは魔力のこもった城に理由もなく封じられる」

「主、ちょっとご想像ください。封じられればそれを解く為に誰しもが必死になる。これはお分かりですね?」

「ふむふむ」

「だからその呪いを解くためにあっちの王城に軍を派遣してたってわけよ! それ踏まえればどっちが『善』でどっちが『悪』かは分かってくるだろう?」

 おお、おお……話が見えてきたな。

『しかしそれは毎度都合よく扱われてしまうのよ。何せ、本当に侵略してきた魔王軍という汚名を残すことになるのだからな。話をそこから始めれば魔王軍進軍が全ての元凶へと変わる』

「……」

『先手を打つさかしき者達はその痕跡を残さない。まこと悔しき話だ』

 ……。嗚呼。

 嗚呼、本当によくできた話だ。魔王軍の必死の藻掻き足掻きは読者側からすれば都合の良い悪役の降臨になってしまう訳だ。

『儂らはどんなにこちらの攻略に勇者が時間をかけようとも、油断を見せていても絶対に王の居城を陥落させたりすることはない。勇者の帰る場所がなくなってしまうからだ。――だがどうだ、彼らの対応は。最後まで援軍を送らぬあの傲慢な態度、十分な資金繰りさえしてやらぬ』

「そんなの酷くない!?」

「それを分かっていても、俺と魔王のオッサンは口出しが出来なかった。シナリオは絶対だったからな」

『それにその方が面白い、のだそうだ』

「現実世界に持ち込めば軽く燃えそうだ」

 肩を少し震わせてケケッと笑う。楽しくて笑っているというよりかは、嘲笑だ勿論。


「しかし今は違う、そうですね」


 マモンが僕の肩を抱きながら凛、と言う。

『ああ。それこそ儂が礼を言う所以じゃよ』

 魔王は身を乗り出してきた。

「ヒヒッ、面白ぇ」

 ジャックがあぐらかきながら笑う。その瞳にはこれから何かやってやろうという気概が満々に詰め込まれている。


「何故なら根底からシナリオを覆したキャラクタがいる」

「……!」


「猛毒の属性持ちが物語を病気にしたんですよ」


「これからは我々『病原菌』の時代です――良い意味で」


 真逆……真逆の展開だ。

 まぎゃく、でもあり、まさか、でもある。


(つづく)

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