シナリオの終着点
「――そうしてまんまと言いくるめられちゃった千草ちゃんは、あの子の思惑通り恋愛小説での恋をすっぱり辞めまして、代わりに目の前に突如現れた王子様に恋をしちゃいましたとさ。めでたしめでたし」
『遂に色気が出たか……まあ兎に角、元気そうで良かったよ』
「何やら楽しんでいるみたいですよー。アレのおかげでアレしてアレしましたから」
受話器のコードを指でくるくるしながら楽しそうに喋る男。傍では木霊がケーキをハムスターみたいにほっぺに詰め込んでいる。
全く仕事手伝ったんだからお礼しろとか言いやがって……まあ、旨そうに食ってるから良い……ってことに百歩譲ってしといてやるか。
談笑に花を咲かせながらも、そのケーキにかかった材料費のことをどうしても考えてしまう。
いくらかかったっけ……杉田に割増しで請求しちゃおうかな……。
『へぇー』
「けっけっけ、そうなんですよぉ、杉田サァン! 真逆アレにアレがアレしてアレアレのアレでアレなもんですからなぁー! ほんっと、おかしいよぉ! あははは……」
『……ははは』
「あー、楽しいねぇ! す・ぎ・た・さーん!」
『……ごめん怜。無料公開範囲が狭すぎてちっとも面白くない』
そう言った瞬間男がわざとらしく叫び出す。
「あ、あー!! あー!! そうだった、ソウダッタ! ゴメンゴメーン!! 口座番号教エテナカッタヤァ!!」
『……分かりやすい棒読み口調になりやがって。いくら支払わせる気だ』
「ドンペリと同じ位はまあ、最低?」
ドン、ペリ……!?
『ちょ、おまっ、ふ、ふざけんな、いつもの相場と全然釣り合ってないじゃないか!』
「こっちも今回は滅茶苦茶金かかったんだよ!! 二倍になって返ってこない限り俺は絶対動きませーん。非常食溜め込んで家の地下に温泉掘り当てて何年でも立てこもってやる」
『フウに怒られちゃう!』
「でもやだもん! ふんだ!」
コイツ……。
自分が今回の作戦の中でどれだけ重要な立場にいるかを分かっての駄々だな? これは……。
『はあ……分かったよ』
相手の男がぼそりと言う。
『ディアブロんとこの金庫からかっぱらってくる』
「はぁーい、言質頂きました! 毎度ありがとうございまぁーす! ボイレコもバッチリ記録――ちょっと待て。俺を殺す気か」
急に現実に戻って来る男。
『だってぇ、お前が望むだけの金を直ぐ用意できるところなんてそこしかないじゃんかよぉ……俺の給料じゃ無理だ』
「や、と、とはいえアイツの金の管理の仕方、俺と同じなんだろ!? 紙幣一枚一枚に発信器付いてるんだろ!? やだよ、そんなとこの金もらうのー! 俺の金ごと奪い返されるじゃんかよー!!」
『じゃあいつもの通り、居酒屋かなー』
「……! ぐぬぬ……」
暫しの長考。持ってる武器全部使って対抗するか、諦めるか。物凄い葛藤が彼の頭の中をぐるぐる巡る。
そして――
「……ケッ。お前の切り札本当嫌い。本当にきらーい!!」
『良いな? 良いんだな? よし』
「その代わり
『やだよ、アイツら酔ったら見境なく頼み始めるじゃないか!』
「あ、もうメール送っちゃったから」
『のおおおおおおおおっ!!』
「あ、昂から返信来た。『先生あざーっす、ごちそうさまでーす!!』だって」
『代読どうもありがとう』
「大登のもきたけど読む?」
『胃に悪いからやめとく』
「あらそー?」
ここまでがいつもの流れ。
交渉は一番先にはっきりさせておかないと、先程みたいに(心の)狭すぎる無料公開範囲とやらに邪魔されてしまう。
しかし仕事の質と速さだけは誰のそれよりも正確。それ故に気付けばコイツに仕事を頼んでしまう。
それに、コイツは――。
* * *
「それじゃあ、本題入りますか」
『1443字ぶっ潰してまでやる必要はあっただろうか』
「シナリオのいっちゃん最初にご依頼いただきました……えー黒髪の男の子の、今の名前、動向、所在、目的……及び協力者について、ですナ」
『そう。……どこまで分かった?』
「勿論、全部分かって御座います」
『さぁーすがぁ!』
「良いんだぜ? 十パーセント割り増しても」
『早く続きを話せ』
「えー、こほん」
「名前、ベネノ。猛毒の名を冠した座敷童。お前さんの推測通り、シナリオブレイカーとみて間違いないだろう。いくつもの世界を漫遊しており、今回ぶっ壊して出てった『恋愛』小説は彼の三つ目の世界だったみたいだ」
『全部その……ベネノの仕業か』
「その通り」
『目的は』
「目的。目的なぁ」
『……? 何だよ、早く話せよ』
「それを話す前にまず扱わなくちゃならんことがあってな」
『何だ』
「協力者がいる」
『いたのか?』
「いた」
「しかも重要指名手配犯だ。ホラ、シナリオから勝手に脱却し、命まで与えた、例の……」
『……!』
相手の喉がヒュっと鳴った。同時に嫌な予感が頭をぐるぐる巡り出す。
『真逆とは言わんが、七つの大罪の五番か!?』
「おや、存じ上げてたか! 流石は先生だ」
『おいおいおい、嘘だろ!? 最悪な有名人じゃないか!』
話題の彼については少し前、とある天使の少女と話したばかりだ。
ちょっと厄介な奴を放っておいてる。と。
行方知れずで探せない為に処理できず困っている。と。
その上、今、他にシナリオブレイカーが出てきちゃって、てんてこまい。
情報はかき集めている最中だが予想では間違いなくその行方不明シナリオブレイカーの影響がこれである。と。
そこまで話した途端彼女はこう言った。
「私に行かせてください」
「手遅れになる前に」
このように皆が皆、ソイツを紙に戻そうと躍起になっている。しかし最近その動向がめっきり掴めなくなっていたのだ。
なるほど……上手く身を潜めた訳だ。
点と点が線で結ばれ、少しずつ大きな絵画が出来上がってゆく。
『ベネノに影響は』
「残念ながらもう出ている。五番が呑んだとされる『傲慢』、『怠惰』、『憤怒』……特に今回は『色欲』と『嫉妬』の影響が色濃く出ていた。俺にべたべたっと甘えてきたよ」
『アイツが一番最初に呑んだアレは』
「『暴食』かい」
『そうそう』
「ありゃ最早、体の一部だな。随分こってりと彼の命に馴染んでいるご様子だ」
『……』
「だがその影響は何故だかベネノには出ていない。これからかもしれないし、もう彼だけの物になったのかもしれないし……そこは観察を続けていく必要があるが」
『ふうむ』
ディアブロに襲われて彼が悪魔の愛し子になったことだけは知っていた。故にその情報だけ怜に与えて調査をさせていた。
予想では迷子か何かになったベネノが行き当たりばったりに世界で演技をしていて、それで無意識の内に壊しちゃってたとか、そう言うのを考えていた。
だから彼を見つけ、更に人畜無害そうであった場合、怜に無理矢理にでも救い出してもらおうとかそう言うのを考えていた。
しかし事態は自分が予想していた物よりも大分根深く厄介複雑であるらしい。
何と。これまでのは全部意図的だ。
しかもおまけにとんでもない野郎をぶら下げている。
他の構成員を喰った七つの大罪の生き残り。ベネノにコンタクトを取ったのは悪魔王だけではなかった。
始めからシナリオを壊して回っていた五番。それが元・悪魔の愛し子という存在を味方につけ、上手く身を隠しながら、そして表向きは協力の姿勢をとって彼と一緒に活動を継続している。そうして彼らはミステリと異世界ファンタジーと恋愛の世界を破壊し、次の世界をもう定めた。
「このまま放っておけば間違いなくこの世界は崩壊する。そうだろ」
『土台を失った城のようなものだ』
「世界を変えるとか抜かしていた」
『それは愈々まずいなぁ。末期だなぁ』
この世界ではリフォームは許されていても無知な者による土台からの新築は許されていない。
『まあ、そうは言っても敵意剥き出しに近付けば五番を刺激しかねない。こちらが丸腰であることを主張しながらある日突然ベネノを奪い返すしか今は方法はない』
「そう言うと思いまして、ちゃんとコネクションは作っておきましたよ」
『……本当、お前の頭の回転の速さには毎度助けられてるよ』
「どーも」
「で? お次はどうするん」
『引き続き彼らを追ってくれ。そしてその目的や動向、そして五番の企み等にも着目しつつ今回のように情報を集めて欲しい』
「やむを得ず戦闘になった場合は」
『ベネノは残して五番は殺せ。紙に戻すのが一番の理想だ』
「殺しかい。……おっちゃんの中の美意識が嫌だ嫌だと泣いてるね」
『何なら次の話で事故のふりして殺害しても良い』
「怖い事を仰るなぁ」
「……まあそれだけの覚悟が必要ってことさな」
『分かってくれ。ストリテラは狭いんだ』
猶予はあと二話しかない。
「分かってる。分かってるさ。俺にも使命がある」
『……』
「その実現の為にアンタに力を貸して貰っている訳だし、今更嫌とは言えねぇよ。喜んでお手伝いいたしますよ」
『ありがとう、本当に』
「取り敢えずは彼らの拠点探し、かな?」
『そうだな』
「そしてそこを叩けば良いんだろう?」
『ああ……』
「しょーち」
『……本当にありがとう。助かるよ』
そこまで話して電話を切った。
ふうと目頭を押さえ、メンテナンスの途中だった銃器に手を伸ばす。
「誰から電話だったの?」
木霊が聞く。
「ん?」
「今の」
「ああ」
「飲み友達からだよ」
返答はそれだけにとどめ、ライトの下、黙々と作業を始める。
「ごめんな、べんべん」
シリンダーに銀の弾丸を押し込む。
(第三話 ベネノ、マドンナを目指す Fine.)
(To Be Continued...)
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