生まれ変わった少女 眞
シナリオブレイク。
本来進むべき道から逸れたエンド。
恋愛は失恋しても恋が実っても、浮気をしても裏切られても何でもそれは恋愛小説というジャンルの対象になってしまう。
ならどうすべきか。
答えは意外と身近な場所にあった。
そう、それ即ち誰にも恋愛をさせなければ良いのだ。
マモン曰く、怜さんの「恋が遊びでも問題ナッシング!」でぴんときたらしい。
そうして逆に「恋というものの悪い所」を世間――特にこれから恋をする懸念がある主人公――に見せつけ、情熱を冷まし、恋する乙女の「一つの」未来を奪う。
やってることはちょっと酷いんだけど、その代わりシナリオブレイクは確定的な物になる。
その為のファム・ファタール。その為のあの酷い仕打ちだった。
何としても千草と先輩はくっつけてはならなかったし、それによる反動での浮気、及び自分に入れこませすぎるというのも無いように工夫せねばならなかった。
その為に壊れたシナリオの影響力を利用して藤森のキャラを根底から覆したり、あっちこっち走り回って証拠になりそうな現場を意図的に作ったり、それの写真をマモンに急いで撮ってもらったり、そしたら休む間もなく彼の言う事も適度に聞いて、千草とエンジェルの相手もして……と。
かなり大変だったが、まあ何とかなった方だろう。
演技、千草と同じでだぁいすきだし。
ふふ。実際はそこまで苦は無かったのかも。
……まあ、本音を言えばマモンの力が封じられたり、彼含めた群衆の目の前でああいう暴力沙汰の展開が発生してしまったりっていうのは正直予想してなかった。何故なら藤森が掲げる利己的な正義が善に見えてしまうし、今回のようにやられ過ぎて作品からオサラバ……なんてことにもなりかねない。
「殴りてぇだろ」
「……同感」
だから余計に。千草が目の前で暴れまくってるケダモノ野郎みたいに聞き分けのない人じゃなくて本当に良かった。
あの後甘え(る振りし)て藤森に抜いてもらった光の矢。それと(これまた買わせた)麩菓子のおかげですっかり元気になったマモンの力が千草に流れ込んでいく。
「殴りたい」という「欲」を叶えるための力。というよりかはぼっこぼこに殴らせる為の彼女に与える最後の力。
彼女は今、どうしても恋をしなければと焦る少女を飛び越えて、何やら色々学習した大人の女性に変じていく。
その為の「
「交渉成立」
「生まれ変われ、千草」
「あいつは取り敢えず僕達全人類の敵だ!!」
僕らは今、青春とはかなり遠い所でギラッギラに輝いている。
* * *
「行くぞ――」
そう言ったのを聞いたが早いか彼女は突然藤森の胸倉を掴んで窓から外に放り投げた。
「ヒッ!?」
しかも廊下側の、ではない。
外である。
もっと言うとここは三階だ。
繰り返す。
三階だ。
「無言で投げる女性、怖い……」
『良いですねー、良い感じに理性を見失ってますねー』
「褒めるとこなのかい!? マモンからしたら!!」
『理性による
「……」
『限界突破と言えば分かりやすいでしょうか?』
凄い……何だろう。ゲームとかの世界では美しく聞こえるそれも現実は目の前の千草みたいになってるんだって思うと改めて怒りのパワーは恐ろしいな、と思う。
だからこそ僕らは怒りのパワーを正しく使わなくちゃいけないし、何より、限界突破なさったおキャラクタのお皆様方々はもっともっと、丁重に、扱わなければ、なりませんね。
ね。
そんなことを呑気に考えている間にも千草がぶん投げられた藤森を追って窓から飛び降りた。そのまま壁を走りやがて飛翔するように姿勢を変え、藤森の後を追っていく。
――そういえばこんな高さからあんな落ち方したら流石に物語内だけど死んじゃうのでは!?
ちょ、死んじゃうのでは!!?
『追いましょう! 注意事項があるので、伝えます』
「勿論だよ、そんなのが無くてもこのままだと相手死んじゃうし!」
『焚きつけたのは貴方の癖に!』
僕らも窓を蹴破り、地面に真っ逆さまの二人を出来る限り空気抵抗のない姿勢で追う。
やっとこ追いつけたところでマモンが満を持して話し始める。
時間経過の矛盾は無視しておいてね!
『二人とも。よく聞いてくださいね』
「あい」
「……」
『これからの戦闘はエンジェルの代わりに私が二人分サポートいたします。ですが七つの大罪が一とはいえ、私とて有限の命を持つ悪魔』
そう言いながらよよっと泣く振りをするマモン。
「ほええ……マモンにも限界ってあるの?」
『そりゃあ、ありますとも!』
「へー」
『使い過ぎると眠たくなってきます』
「……可愛いな」
……それと、さっきから全然喋らないな、千草。
『なのでお二人には武器の節約をしてもらいたいんですね』
そこまで言った位のところで千草が突然速度を上げ、空中で地面すれすれの藤森のシャツを掴み――
――また投げた。
フィクションらしい吹っ飛び方して、フィクションらしい砂埃と擬音立てながら一階の壁に激突する。
まだ学校に残っていた教師や生徒達がその音と衝撃に驚き、窓から身を乗り出して何やらぎゃーぎゃー騒いだ。それでも千草はお構いなしの表情だ。
こ、こここ、これは人生のライフハック。
女のコは怒らせたらいけない……女のコは怒らせたらいけない……。
『ま! 良い投げっぷり』
「嬉しそうにするなよ」
『取り敢えず、そういうわけですから』
「どういうわけですから?」
『皆さんには使用武器はおひとつ程度に留めて頂きたいんですよねぇ。何せ私がおねむになっちゃ』
ジャキッ。
とか言った傍から大量の手裏剣を取り出す千草。(勿論無言で)
『……』
「……」
勢いよく、しかし無駄な動きなくそれを振れば手裏剣の数々は真っ直ぐ藤森の元へかっ飛んでいき、体すれすれの所に刺さる。それを藤森は怯えた顔で受けた。
……フィクションのありがたくも怖い所って、ある程度の大怪我だったらまだ軽傷範囲内って所。ダイナミックな戦闘を展開してもそれをずっと継続できるようにこの世界の住人は基本、読者の何倍も体が頑丈に、そして力も強めに作られている。
そのおかげで(? そのせいで)藤森はその限界を超えるまで気絶が出来ない。しかし痛みは読者と同じ程度襲ってくる、らしい。どっかで聞いたことある。
――とすると相当ヤバいし、怖いことしてんじゃないの? これ。
誰だ、焚きつけたの! あ、僕か。
『えー』
「……」
話しにくそうにマモンが切り出す。
『千草嬢、怒りで完全に我を忘れているみたいですね』
「言われなくても分かるや、これ見てたら」
『……』
「……」
『ま、そーゆーわけなんで……』
『主が何とかしてきてください!』
「突然の無茶振り!」
『とはいえ、マジのマジで呑気にツッコミしてる場合じゃないですからね!? マジ殺る気ですから、今の彼女! 被害が無関係な一般市民にまで拡大する前にささっと終わらせてきてください、彼女の魔力消費、今分かりましたけど結構えげつないんです!』
「わ、分かったよ!」
おかしいなぁ……ビンタぺちん! で済む程度に煽って静観を決め込もうって思ってたんだけどなぁ……。
誰だ、彼女に戦闘を学ぶよう焚きつけたの!! あ、僕か!
一瞬の隙なく藤森に向かって無言で苦無をぶんぶん振り回す千草。それを泣きそうな顔しながら何とか避けてく藤森。役者ということもあって運動神経だけは良いんだなぁ。ふむふむ。……早く気絶した方が絶対に楽なのに。
「マモン、僕らは援護に回る! ……振りしつつ邪魔する! 忍刀一本出して!」
『援護はどっちですか』
「勿論千草ァ!」
他の刀よりも若干短めの忍刀。千草の援護をする振りしながら彼女の攻撃も幾つか弾く。
それでも彼女の攻撃の手は止まなかった。
時に鉄双節棍で相手の頬をぱかんと殴り、時に苦無で傷をつけ、遠くに逃げようとしたときは直ぐに鎖鎌で足に分銅鎖巻き付け、自分の射程範囲内に引き寄せた。それが外れた時は直ぐに火縄銃を出してくる。どこでどんな弾の補充をしているのか全然分からないんだけど、めちゃめちゃ弾幕放ってくる。
この状況分析能力に、この判断の素早さに、どの武器がその状況に一番合っているかの知識の深さに。
……これが元主人公の底力。
こっわ。
その内、へろへろになった藤森が躓き、べしゃっと地面にこけた。
あ! こけた!
勿論千草はその瞬間を見逃さなかった。
素早く、無駄なく跳躍し、彼の所に突っ走っていった千草。
馬乗りになり、遂にはギラリと苦無を不気味に光らせた。
あ!! いよいよヤバイ!? スプラッタ!!?
「死ね」
「わああ……あああっ!?」
叫びすぎて最早声という概念が無くなっちゃってそうな藤森に眼光をぎらつかせた千草が一言そう言い、ギュンと苦無を振り上げた。
わあああ!? 早まるな、早まるな!!
ストップ、ストーップ!!
――と。
刃の先端は喉を切り裂いたりなんかしなかった。ちょっとだけ肌をへこませたまま、その姿勢で静止している。
「あ、あれれ……」
目が、覚めた……?
そのままずっと固まって動かない二人。
声をかけようと手を伸ばしたら同時に千草も話し始めた。
「これ位で勘弁しといてあげる。心を踏みにじられた女子が内心何したかったかだけ、その身に深く刻み込んでおいて」
瞬間、世界の所々にひびが入り始めた。それはどんどん周りを巻き込んで、外の世界の光を取り込んでいく。
「今度同じことしてたら許さない」
「ヒ、ヒ……」
「否、何なら今も許してないし、もう顔も見たくない」
「……」
「アンタがニセモノに心奪われてくれてホントーに良かった!」
「さよなら。目の前から消えてください」
そう言い放ち、スパンとビンタをぶちかましたところで物語の破壊は決定的なものとなった。
急速に力を失い、崩れていく世界。
「千草!」
僕はいきなりの体力消費に疲れてふらつく彼女の体を片腕で抱きかかえながら脱出口を目指した。
マモンじゃないけど、かなり眠そうだ。
「よく頑張ったね」
そんな彼女にそっと囁いた。
「君はこれでようやく『愛』することの前提条件を手に入れた」
「だって」
「『自分』を大切にできない人が『他人』を大切にすることはできないんだから」
朝日のような眩い輝きが僕らの帰還を待っている。
(つづく)
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