神殿裁判-5(慈愛の女神・ヘーリオス)

「あっっぶなっ!!」


 慈愛の女神とは思えない顔でこちらを真っ直ぐ見つめるヘーリオス様。その掌には太陽と見紛う程の光が集まっていた。

 間一髪で避け、直ぐにマモンから大鎌を受け取る。直後振るわれてきた光の剣の打撃を薙ぐ様に受け流し、光柱による追撃をバク転で躱す。そのままガゼボにぽつんと置かれたガラスケースに目をやった。

 中でほわほわの補正がぽやぽや光ってる。

 あれだな。どう見てもあれだ。

「主、あれ」

「奪えば良いんだよね」

「なるべく急いで。奪還でき次第脱出です」

「うす!」

 二手に分かれ、各々ケースを狙う。


「お待ちなさい!」


 女神様が手を一振り。その瞬間ガゼボにバリアーが張られた。

「ぐげぼっ!」

「主!」

「くそー!」

 ちょ、鼻強く打っちゃったじゃないか!

「お怪我は」

「大丈夫」

 マモンに助け起こされて、ようやく立ち上がる。鼻血は出てない。

「行かせる訳にはいきません。強欲よ、自身の罪状は知っていますね?」

「……」

「なら分かるでしょう、貴方は死罪です。ともを殺し、世界を手に入れるなど言語道断。許されて良い筈はありません」

 そこまで言った時、守護天使四人が合流。僕ら二人を囲むようにして降り立った。

 四人が改めて武器と魔法を構える。マモンと僕は背中を合わせて相対した。あくまで反抗はやめないつもりだ。


「しかして私は慈愛の女神……」


「今ならばまだ猶予を差し上げましょう、マモン。これ以上罪を重ねず、座敷童を解放し、奪ってきた主人公補正をストリテラに返すというのなら。もうこれ以上世界に干渉しないと約束できるのなら。その時は最大限の慈悲を与えましょう、死罪だけは免除できるよう悪魔王と掛け合います」

「お断り申し上げる」

「……何故」

「私と主の、夢だからだ」

「これが最後のチャンスと言われても? 貴方に残るのは破滅のみだとしても?」

「覚悟の上です、女神様」

「……」

「私と主はこの物語の『主人公』として突き進み続け、いずれ世界の王となる。もう揺るぎないのです、今更ご干渉はお止めいただきたい!」

「……、……そうですか。お話するだけ無駄だった、と言いたい訳ですね」

「無論」


「なら」


 突然厳しい顔。




「貴方はここで死になさい!」

「警戒を! 主!」




 彼女の手に合わせて守護天使が一斉に突っ込んできた。


 ったく、誰がの女神だって!?


 * * *


 ヘーリオス様の手から眩い光が放たれ、散弾となって聖光が飛んでくる。それ自体を避ける分には全然問題ないんだけど、その合間を縫うようにして守護天使が突っ込んでくるから厄介。

 マモン曰く、一対一なら大したことないらしいのだけど、団子になって突っ込まれたならどうだろうか。

 考えている内にテラリィが剣を思いっきりかち合わせてきた。力いっぱい押し返して反撃を試みるが、それをトゥルエノに阻まれた。電撃が走り、思わず鎌を落としかけた。

「うぐ――ッ!」

「陰」を掌に出し、その粘性で何とか粘る。

 金属製の音が耳の奥に響き、目の前で幾つもの火花が飛び散った。

 ……皮肉だな、あの時の味方と刃を合わせることになろうとは。

 電撃による追加ダメージに耐えながら何合か交わし、直ぐに合流してきたカルドの魔法弾を猛毒で弾いた。

 その中で何度かケースに接触を試みようとしたけれど、エクラの守りが堅い上に結界を破壊しようとすれば直ぐ誰かの邪魔が入る。

 邪魔を何とか超えてもバリアーの完全破壊前に干渉してくる女神様。

 神を名乗るだけあって、中々手ごわい。致命傷になりかねない溢れんばかりの聖光が束になって襲いかかってきたかと思えば閃光弾のような眩い光で目くらましされたりする。

 更には時々守護天使に力を与え、能力の増強なんかもしていた。

 ちょ、まずいまずい! 一度タンマ!!

 堪らなくなって一旦前線を退いた。

「マモン! どうしよう! ゲームの負けイベントやってるみたいな気持ちになる、心折れそう!」

「え?」

 テラリィと交戦中のマモンに合流し、一緒になって押し返す。そこにヘーリオス様が光のエネルギーで出来た弓矢を構えてきた。マモンがすかさずバリアーを張り、事なきを得たが大きくひび割れてしまった。

 きっと「次」はないだろう。

 焦りが募る。

「どうしました、主」

「一人じゃ無理だ、ケースまで辿り着けない」

「一緒に行けとおっしゃる?」

「それかガゼボの至近距離まで飛ばして欲しい」

「……なるほど?」

 それだけ言って暫く考えこんでいたマモン。


「良いでしょう、主。後者でいきます」


「そしたらその間マモンはどうするの」

「彼らの狙いは元々私一人です。本来の姿に近い姿を取れば十分目を引くでしょう。主、貴方はその隙に」

「えっ! 本当の姿って、体は大丈夫なの!?」

「大丈夫……?」

 マモンがぽかん(ダジャレじゃないぞ!)としながら首を傾げる。

 その瞬間、思わずハッとなった。

「人間でいう所の下着一枚になる程度のことですが……」

「え? あ、そ、そうだよねぇー! だ、誰だ! 大丈夫とか言った奴!」

「主」

「でぇすぅよぉねぇー! よ、よし、行くぞー! 吉幾三ーっ! なんちって。――飛ばしてくれマモン」

「……」

 このひと本当に大丈夫かしらみたいな顔しながら僕の体に魔力を込めていくマモン。や、やめろ! そんな顔! それ以上やったら泣いちゃうからな!


 な!!


 とはいえ、何でそう思っちゃったんだろう。


 ちょっと考えちゃったけど……いや、今はその時じゃないな。後にしよう。


「主、タイミングを見計らって目的地に飛ばします。それまではどうか耐えて!」

「分かった!」

 途端、黒く巨大な鳥の頭を持つ悪魔の姿に変わり、獅子のような咆哮を吐き出し、黒い炎を撒き散らし始めた。

 う、うへー……! 契約不履行の際とかはあんな姿になって契約者を頭から食っちまうのかなぁー……!

 このド迫力を視覚的に共有できないのが残念!

「強欲!」

 彼の変身に反応して真っ先に飛んできたのはご存知悪魔王と運命神。彼が暴走でもしたのかと思ったらしく「鎮まれ、鎮まれ」と繰り返しながら数多の魔法で襲いかかる。そのどえらい騒ぎに守護天使達の注意が集中した。


 ――行くなら、今。


 ヘーリオス様の作った魔法陣が変身マモンに向かって放たれた直後、僕の体は宙を舞った。

『行ってください!』

「行きますとも!」

 脳で直接会話を交わし、こっそり移動を始めた。

 高波にでも乗ったかのような勢いで守りが手薄になったガゼボに突っ込んでいく。それを唯一邪魔してきたのが――


「させるか、猛毒少年!」

「ゲッ、あの時の親父!」


 襲撃の先鋒を担った、片目を隠した髭面の親父。

 しまった、コイツ、注視してやがったな!?

 大振りに振られた戦斧を受け止め、その重さに腕が軋んだ。

「グ……!?」

 押し負けそうになったところでマモンが僕の体を遠隔で引っ張ってくれた。

『主、ここは勝負せずに逃げることを優先して! この姿でもこの数はきついです……!』

「そ、そうだった」

 後方に「陰」やら猛毒やらを飛ばしつつ、マモンに誘われるままに逃げまくる。

「なぁ、戦えよ猛毒少年! ご立派な武器持ってんだろ!」

「うるせぇ髭親父!! こんな罠みたいな物語、早く離脱してやるんだ!!」

 もう直ぐ、もう直ぐケース!

 ――そこで。

「どわわわっ!」

 直ぐ目の前の空間を断ち切るかのように稲妻が走る。

 今度は剣俠鬼だ。

 く、クソ! このコンビは! ぶつかっても良い事何にもねぇな!

「マモン! もう思い切って飛ばしちゃって良いよ!」

『良いんですか!』

「良い!」

『分かりました……どうかご無事で!』

 体中に力が更に込められていくのを感じる。

 二人が団子になってこちらに武器を振るってきたのを大きく飛んで避け、ガゼボの屋根のふちに体操選手みたいに掴まる。

 二人がすれ違いざま、驚いた顔ですれ違った。

 へんっ、ここまでくればこっちのもんよ!

 どや顔なんか決めつつ、満を持してケースに手をかけた。

 へへーんだ。こんなとこから早く抜け出して、最後の補正を手に入れてやるんだ!!






 ――ん。






 あれ。


 は、




 。――外れない!?




 焦ってしまう気持ちを何とか抑えつつ丁寧に蓋に手をかけるがどうやっても開かない。それにもっと焦って焦って、心臓がバクバクいった。

 涙目の僕の後ろで濃い殺意の気配がする……!


「グアアアアアア!!」


 と、その瞬間背後で聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り返ると――


 マモン!


 ヘーリオス様と真正面からぶつかって押し負けたらしく、変身が解けている。そればかりか血が噴き出そうな勢いで喉を掻きむしり、息苦しさに耐えている。

 最早暴力的なそれに皮膚を焼かれ、力をどんどん吸われていく。

「マモン!」

 もう補正のことなんかどうでもよくなってしまって、彼の元に駆け寄ろうとしたが後ろから近付いて来ていた二人に捕まってしまった。

「やだやだ! 放せ!」

「大人しく彼の死罪をよく見ていろ! 使い魔の死を!」

「あれがキャラクタを殺すという事です、座敷童!」

「放せ、放せ!! マモン!!」

 しかしどうすることもできず、歯噛みするばかり。更にはこの中では彼の悲しい過去を僕だけが知っている、理解している。

 知っているだけに余計切ない気持ちになった。


 どうしても彼の姿があのひとに重なる。

 彼の大切なひと……ベルゼブブ様に。


 そこまで思ったらもう限界だった。


「何で! 何でマモンばっかりいじめられなくちゃいけないんだ!」


「よせよ! やめろよ!! 何にも悪くないじゃないか!! 彼のことは、彼の大切なひとはお前達が自分達の都合で殺した癖に!!」


「彼は何にも悪くなかったのに! 冤罪だったのに!!」


「そうやって、そうやっていつももみ消してきたんだろ!!」


 それでも表情筋一つ動かさない神々。

 少しばかり期待していたファートムでさえ。


「この野郎! 嘘吐き!! 権力者め!! お前らこそひと殺しだひと殺しィ!!」


 もうそこからは滅茶苦茶だった。

 頭も、情緒も、何もかも。


「物語に必要だからってばかすか殺しやがって、キャラクタのこと何にも考えないで!!」


「ジャックの時もそうだったじゃないか!! そうやって淡々とひとを殺して、心を殺して……物語だから良いってか!? ふざけんじゃねぇ!!」


「変えてやる……この運命、絶対に変えてやる! お前らより強くなって、絶対に見返してやる!!」




「あああああああああああああああああああっ!!」




 もう、喉も枯れ果てた。咳き込んで咳き込んで、でもまだ足りなくてもっともっと叫んだ。

 涙で滲んで、彼が今どうなっているかさえ分からない。


 嗚呼、もう、終わりだ。

 疲れて疲れて疲れ果ててしまって、ふとそんな言葉が頭をよぎった。

 さっきから聖光で頭がぐらぐらしている。


「マ、モン……」


 掠れた声でそう呟いた。

 涙が一粒、足元の雲に吸われていった。



 そんな時だ。



 天から光を帯びながらが降って来たのは。


 * * *




「ぅわっ!!」




 足下にぶっ刺さって、周りの奴らを衝撃波で弾き飛ばす。

 そのはこう呼んだ。




「光済の、杖……」



(つづく)

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