神殿裁判-6(新世界の王)

「ぅわっ!!」




 足下にぶっ刺さって、周りの奴らを衝撃波で弾き飛ばす。

 そのはこう呼んだ。




「光済の、杖……」




 ――、――。


 それをどう呼称すれば良いだろうか。

 奇跡、希望……。


 兎に角、目の前で淡く輝くそれを手に取れば力が流れ込んでくる。

 誰からも使い方を教わってはいないけど、どうしてか既に僕の一部になったような何か懐かしさがあった。


「エンジェル、だろ?」


 杖は答えない。が、応じるように一段と輝いた。

「マモンを助けに来たんだろ」

 またしても光り輝く杖。

「馬鹿、天使側の癖に何てことしてるんだよ。全く」


「……」


「でもいっか」


 心に余裕と高揚感と興奮がどどっと押し寄せてきた。まるでドーピング。

 これが、これこそが「強欲」だ。

 一瞬敗北を覚悟したが、一気に消し飛んだ。

 面白くなってきた。

 メジャーリーガーが草野球に代打で入ったかのような余裕さで杖を掲げればそれは弓矢に早変わり。


 ――そうだ。


 光済の弓矢。


 呼称するならこんな名前が良いだろう。

 コイツも何だかんだでやる気なのだ。

 ならば「神の加護」というよりかは、神に挑みかかる「英雄の武器」ような名前が良いだろう。

 この、反逆的武器にぴったりだ。


「よっしゃ行くぜ、エンジェル!」


 悪い顔をして顔いっぱいの血を拭えば口元に「陰」がこびりつく。

「この野郎め!!」

 さっき弾き飛ばされた死神共が地を蹴り、こちらへ飛んでくる。しかしもう気にしない。何より向こうでマモンに釘付けの野郎共に一発お見舞いしてやりたくて仕方なかった。

 弦を掴み、めいいっぱい引き絞れば光の矢が現出し、鋭く放たれたそれはひょうどっと気持ちのいい音をかき鳴らしつつ飛んで行った。

 大風を含みながら一直線にマモンを焼く魔法陣へと向かっていく。


 そのまま――




 いつだったか言ったな、悪魔王。

 良薬か劇薬か。どちらを自称するのか、と。

 今ならば答えられよう。良薬でも劇薬でも、ましてや猛毒でもないぞ。


 それさえも超えたものになる。




 俺は――




「見ろ!!」


「俺は新世界の王だ!!」




 物凄いガラス質な音を響かせながら彼を縛る魔法陣をぶち破った。


 驚いた顔のあいつらが一斉にこちらを見た。――見ろ、あの驚愕を! 見ろ、あの恐怖を孕んだ表情を!


 嗚呼、いい気分だ!

 高揚感が、堪らなく気持ちいい。


 イキそうだ!!


 * * *


 瞬間、当然飛んでくる運命神と悪魔王の一撃を潜り抜けるように跳躍。伸ばした右手でぐったりしているマモンの襟首を掴み、飛び去った。

 そのままエンジェルの飛翔に乗り、彼を小さな烏に変身させる。そしてあの時みたいに服の中に丁寧にしまった。

 手に持った光済の杖で雲を引き、下界の様子を窺うそのさまはさながらイタリアの飛行機。

 その瞳はこちらに飛んでくる守護天使の姿を捉えた。

「大鎌を!」

 姿が僕の注文通りに変わった途端切り結ばれる刃と刃。暴れる火花を盛大に散らして金属の暴力をぶつけ合う。

 先程までは片手武器と両手武器が生む時間差に苦しんだが、今度は「強欲」を多分に含んだ光済の杖。

 負ける気がしねぇ。しかもお前達が大好きな天使属性だぞ!

 隙を見てエンジェルから借りた能力「魔法陣」を次々守護天使共に飛ばしていく。これで簡易的な封印が完成する。誰かに破られる、若しくは自身の力で抜け出すまでは彼らはその身動きが取れなくなる。

 壊れた玩具みたいにどんどん地に転がる天使の軍勢。勢いよくすっ飛ばしながらヘーリオスに真正面からぶつかった。

 途端に放たれたにしては堅すぎる守護に刃を食い込ませても破れないそれ。突破口を考えていれば手の空いた者達が邪魔をしてきた。

 最初の守護天使も続々封印解除されている。

 だがこのピンチさえ心地よい。

 崩れぬ興奮、高ぶる心臓、湧き上がる狂気。

 刃の軌道が魅せる光線を空間に残しながら回転斬りをして全員薙ぎ払った上で、杖を結界の至近距離で散弾銃に変身させた。

「覚悟しろ、ヘーリオス!」

 SFで判明していたコイツの「貫通性能」。

 見せつけるようにしてヘーリオス目掛けて弾をぶち撒けた。


 遂に粉々に砕ける結界。


 その美しい顔面を醜くしてやろうと振るった光済の短剣を「陰」で縛った者がいる。

「愛し子よ、それ以上は止せ!」

「――クッ!」


 だろうなと思ったよ、このストーカーキング!


「何度も言わせるな、お前が懐にしまった悪魔はこの物語のバグだ」

「……」

「そのバグは長年のらりくらりと神々の視線を潜り抜け続け、罪を幾つも重ねた上その身に幾つもの命を溜め込んだ」

「だから何だ。物語の結末を変えて救われた命もあっただろうに」

「そう思ってるだろうがな、ベネノ」

 途端話しかけられ、振り返ると父・ファートムの姿が。

 思わず口をつぐむ。信じて良いのか、信じたいのか未だ分からないままの彼。

「お前達はあくまで役者、物語の改変は俺達作者の仕事なんだ。役者が台本にないアドリブを好き勝手しだしたら舞台が死ぬ。お前は舞台に生きる役者なんだ、いい加減分かってくれ」

「だとしたら貴方がた作者っていうのは最悪な生き物ですね。物語の為、読者の視線を集める為なら命なんて何より軽いんだ」

「違う! それがひいては物語を――」

「守る、ですよね? 聞きました、もう聞きましたし、聞き飽きました!」

「……!」

 突然怒声を浴びせられたファートムが固まる。


「じゃあ何でベルゼブブ様は死んだ!? どこに必要性があった!? どうして彼を選んだ! 何でジャックの心をアンタらは軽々しく殺した!! そこに何の美学があった!!」


「全部、読者の目線を集める為か! どっちが『強欲』だよ、全く!」


 ――この言葉を聞いた、から。

「僕達キャラクタが生きる為には読者の目が必要だ……頁を開いてもらって空気を送って貰わないと僕らは窒息して死んでしまう。だから皆に読まれる作品を作る。その理屈は分かるし、『皆の為』がひいては『自分の為』になるっていうのも分かる」

「な、なら尚更、どうして」

「でも僕はだからって『誰かの為』に亡くなる命があるのはおかしいと思ってる。ただそれだけだよ、そうだよ! 物語は誰かの人生だ……誰も彼もが自分の人生に責任をもって生きている。なのに誰かを引き立てる為にある死だとか、物語をよく魅せる為にある死だとか……本当、ちゃんちゃらおかしいよ、虫が良すぎるよ! そういうのは、読者達の世界には無いんだろう!?」

「そりゃ、あっちの世界とこっちの世界は違うからな……」

「違うなら今から変えれば良い。僕が言いたいのはそれだ。何なら僕らが変えてやる、そういうことだ!」

「いいや、それは許されない」

 再び悪魔王が言葉を繋ぐ。


「やろうとしてみろ、後悔するのはお前含めて全員死んでからだ」

「それが分かるのも全てが終わってからだろ。何で今からそれが言える!?」

「そりゃ分かる。毎日全員が死ぬ危険と戦い続けているからだ」

「……」

「物語世界はそれだけ脆い。私達を生む『本物の作者』が筆を折ればそれでもうお終いだ。息を吸うことも許されないまま、皆飢餓によって死んでいく」

「だからって命を天秤にかけるのか。物語のあり方を変えようともせず、簡単に人を殺すのか!」

「そうだ」

「……!」

 今度はこっちが息を呑んだ。

 何て、余りに淡々と言うのだ、この王は。

「だからどうしても読者の目が必要になる。お客が求める展開を提供し、その代わりに確固たる世界観と命とを貰うのだ。――我々が大きな群像劇の中に生きるのはその為だ。少しのバグも許さないのはその為だ。それが我々の住む世界だからだ!」

「……それを古い価値観に囚われた愚かな盲信者というんじゃないのか」

「世界の守護者と言って頂こう。好き勝手いじってどうにかなるのは『悪魔の愛し子』と『天使の隠し子』だけだ。そんなに物語をどうにかしたいというのなら懐にしまった烏を殺して私の元へ戻ってくれば良い。そうして私の加護を享受すれば良い。その烏は結局その思想に関係は無いのだし、そうすれば幾らでも好きなように人生を書き直せるんだぞ。私がお前を勧誘するのはその為なんだ、いい加減目を覚ませ我が愛し子よ」


 ……、……。


 また自己中なことを。


 ここまで言葉を交わし合って、余計に「彼らとの相容れなさ」が際立ってきた。

 彼らがやっていることはどうせは「とかげのしっぽ切り」。

 最終的には僕らが泣き寝入りをするしかない。


 とんだ害悪価値観。

 やはり革命家が必要だ。


「分かった。色々分かった。分かったよ……お前らと僕らが相容れないことも、理不尽な世界のルールも、マモンの目的の真意も、ベルゼブブ様の無念も、お前達の頭の固さも何もかも」

 怒りはそのまま力となって光済の杖に更に注ぎ込まれていく。並みの悪魔が触れれば即絶命するような眩い光が溢れ出す。

 それに僕の腕を縛る「陰」が焼かれ始めた。伴って悪魔王の余裕が揺らぎ始める。

「死神! 来い!!」

 困った時の戦闘一族と言わんばかりに呼びつける王。

 ファートムも運命の書に色々書き始めた。また僕らに不利な設定がごまんと付け足されていくのだろう。


 なんなら何もかもを超えてやろう。

 ここでこの実力者共の何かを奪い取って、玉座に片脚乗っけてやるのだ。


 そうだな。


 王の素質か何か。

 新たな「補正」を奪ってやるのだ。


 元々そういう話だったろ!

 呪うんならそういう案を出した自分達を呪うんだな!!


 完全に焼き切った「陰」を腕で払うようにぶち切って改めて後方に大きく跳躍した。そこに死神共の魔術の暴力がぶつかる。そうして彼らの攻撃を全て避け、改めて光済の弓矢を取り出した。

 眩い光を集約し、ガゼボのあのケースに向かって貫弓わんきゅうする。


「……!! 本格的にヤバイ!」

「誰かアイツを何とかしろ!!」


 中身ごとぶちけば全ておじゃん。目標を達成するまでに犬死するような真似だけストリテラの破壊は何としても避けたい。

「エンジェル、蓋だ。蓋だけを壊すんだ」

 了解の意志を示すが如く、また体を光り輝かせた弓。矢に更に力と集中力が注がれていく。


 この時は蓋とケースの継ぎ目すらよく見えた。




「業突く張り共め! これで終いだ!!」




 ――ドッ!


 骨にまで染みる威力と衝撃波が空気を揺らし、矢が器用に蓋を掠め、その中身を空気中に吐き出させた。

 そこに単身突っ込んでいく僕と杖は補正を鷲掴みにし、頭に乗せ、次いで悪魔王に向けて引き絞った。

 頭髪を乱した王の隠れていた左目が見開き、血走る。

「何をする! いい加減惑溺わくできするのはやめろ!」

「見りゃ分かんだろ、老害ジジイめ!」




「お前の代わりに俺らが王になってやるんだよ!」




 血が噴き出そうな程の絶叫を相手に吐き飛ばし、直後彼の脳天を光の矢でぶち抜いた。




 血潮が吹き飛ぶかと思えばそうではなく。




 その頭は「主人公補正」と同じ形・色の「何か」を吐き出した。




 それは物語に干渉する為に必要不可欠なもの。

 これを失すれば王は取り返しでもしない限り二度と物語に関われなくなる。



「やめろ!!」

「奪え! エンジェル!!」



 王と僕とは同時にスタートを切り、その「権限」に向かって走り出した。






「運命の書」が選んだのは――こちら側。


(つづく)

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