補正を取り戻せ

 けたたましい音が聞こえ、「陰」の津波と二人の小さな影が窓を突き破り飛び出してきた。


「マモン! 待ってた……!」

「遅れてしまい申し訳ございません、主。酷い目には遭いませんでしたか」

「大丈夫だよ」

「あの王が手を出さないとは、明日は槍でも降りますかね」


 冗談を言う位の余裕がまだある。

 勝負はこれから。


 * * *


「全く、いい迷惑です。折角しっかりしたお話で楽しく最後の主人公補正を手に入れようと思っていたのに」

「ほんと! 全くだね!」

「――と。主、補正はどうしました」

「え? ない?」

「盗られたか……」

「嘘!」

 満を持してマモンの背中に乗せてもらい、補正を探しながら一定距離を進む。

 眼下の雲間が懐かしい。これで身を焦がす程の聖光が無ければ最高だったけど!

「マモンはどこにあると思う」

「運命神も死神も悪魔王も持ってはいらっしゃらなかった」

「とすると、ヘーリオス様?」

「恐らく。我々は悪魔ですし、守らせる相手としては適任って訳じゃないですか」

「厄介だなぁ」

「とはいえ残らず余さず取り返しましょう。今回のシナリオブレイクは絶対的存在たる神を圧倒の巻なのです!」

「うん……!」


「負ける訳にはいかない」

「うん!」


 そこまで対話を重ねた時、下の方からわらわらと小さな影が飛び出し、こちらに向かってきた。

「敵軍?」

「先頭はテラリィでしょう」

「元気だなぁ」

「まあ、ホームグラウンドですしね」


「待てエエエエ!」


 ――と。

 後ろからもおでまし。

「悪魔王?」

「アイツこそよく生きてますね」

「ディアブロも悪魔サイドだから聖光には弱いはずだよね? どうしてあんなに元気なの?」

「老害ほどしぶといんですよ」

 物凄い偏見なのに納得してしまうのは何故。

「主、掴まって。急降下します!」

「はい!」

 墜落でもするかのような姿勢で垂直に落下していく。マモンが口元にこびりついた血を一息に拭い、その後地面すれすれの低空飛行に転換した。ルートはなるべく木蔭の下を選択し、頭上の軍団の目を欺きつつ聖光からも身を守った。

「これからどうする」

「天使の軍団が神殿から出てきたでしょう。あれはきっと天使長及び死神からの差し金です」

「はいはいなるほど」

「彼らの目的は我々の抹殺、そして補正の守護であると考えられる。とすれば我々を見失った際は補正を持つ者――即ちヘーリオスを中心として陣形を組みつつ探すはず。そこを狙います」

「了解した、黙っとく」

「それだけじゃなく、悪魔王の攻撃の対処も頼みました」

「何故!」

「彼が殺したいのは私、奪いたいのは主。主の命だけは絶対に奪わないはずです。なので壁をお願いいたします」

「そんな無茶な!」

「大丈夫。猛毒も上手く使って。その間に逃げ切ってみせましょう」

「……」

 もう心配だなぁ。こんな時怜さんとかそういうのがいればなぁ。

 あーあ!!! (大声)


「来た」

「早速だね」


 マモンの腹に手を当てて武器を引きずり出し、振り返るのと同時に王のサーベルを受け止めた。その瞬間胸倉をもう片方の手で掴まれる。掴んだその勢いに体が浮き上がりそうになり、慌ててマモンが腹を抱えた。

「帰ってこい、愛し子。お前が居るべきはここではない!」

「そんなのはもう分かってらぁ」

「なら何故ソイツと縁を切らぬ! 契約破棄をしろ猛毒少年!」

「絶対に嫌だ、お断り! 何故なら僕の人生だから! 決定権の全ては僕自身にある!!」

「ならお前ごと紙にしてやっても良いんだぞ!」

「ああもうじれったい、マモン、支えてて!」

 もうこれ以上話の通じないジジイとお喋りなんてごめん。マモンの体を支えにして奴の腹を思いっきり蹴り飛ばしてやった。

「ガハ……ッ!」

 彼が怯んでいる間に距離を稼ぐ。

「クソ……クソクソクソ、クソ野郎めが! 許さんぞ!!」

 あっという間に回復したディアブロがステッキを一振り。それに応じて地面から氷山のように盛り上がる数多の鋭い円錐が襲いかかって来た。

「マモン!」

「防御を!」

 ある程度距離を取ってから勢いよく振り返ったマモン。その手にいつの間に溜めていた小さな火球を前方にぶっ飛ばす。それが氷錐にぶつかった途端大爆発を起こした。あんなに脅威的だった魔術が一瞬で消えてなくなり、代わりに生まれた水蒸気で周りがよく見えない。属性の相性とかってやつだな? 前テレビでやってた。

「よし! これで――」

「逃げましょう!」

「えぇっ、逃げるの!?」

「彼に手を出してはいけない。ムカつくとはいえ今の我々が相手できるような神ではありません。あくまで我々の目的は絶対不可能とも思われるこの守りを潜り抜けて補正を取り返すこと」

「で、でも……また追いつかれちゃわない?」

「ここで奴にトドメを刺せば三界の均衡が崩れます」

 その言葉にドキっとした。

 三界大戦争……。

「反抗準備が整ってからアイツらをぶちのめしに行くのが吉です。ここは悔しいけれど耐えましょう。何より主人公の座を奪還しなければ」

「分かった」

 そうして粘着質な王の猛攻を振り切りながら天界の外周を何周かしていると天使達が僕らを見失ったらしく、うろうろと探す素振りを始めた。


 皆、天界の奥。庭園にぽつんとあるガゼボを背にしてうろうろしている。


 ――あそこか。


「マモン」

「承知です」


 なけなしの「陰」を王のまなこ目掛けて飛ばし、目くらまし。その隙に進路を変えて女神が待つガゼボ目掛けて飛翔を開始した。

 こうなると天使どもの真正面から突っ込むことになる。しかして仕方なし。


 もう僕らには時間がない。


「一気に突っ込みます。主、耐えて!」

「うううーっ!」

 最初に気付いたのはトゥルエノ。こちら目がけて突っ込み、彼を合図に他の天使達も進軍を開始した。

 もう戻れない。

「行きますよ!」

「はい!」

 トゥルエノの雷撃が目の前を掠めていく。滅茶苦茶に飛び回りながらマモンは全てをギリギリ避けて行った。

 バチバチとフラッシュのように眩い景色の中、一直線に庭園を目指していく。

 その時、空に浮かびて僕らを待つ一人の影を発見した。

 僕を攫ったエメラルド髪のあのひとだ。

 腰に提げたでっけぇ太刀に手をかけながら居合い抜きの姿勢でひたすら待っている。


「死神!」


「しっ、死神ですか!?」

剣俠鬼けんきょうき……斧繡鬼に次ぐ実力の持ち主です!」

 ふしゅうき、とは、誰だろう。

「主、絶対に離れないでください!」

「そんなやばいですか!」

「巻き添え喰らえば後ろの天使は軽く全滅です!」

 そう言われてから後ろを振り返ってみると二千、三千は居そうな天使の大軍団。

「ひょええぇ!」

 こりゃ逃げるっきゃないー!

 慌てて進路変更をし、彼の太刀筋から何とか逃れる。そこにテラリィがトゥルエノと共に突っ込んできた。

 闇を切り裂く剣と片手剣がかち合い、重みが腕にのしかかる。

 流石は、天使の最、強!

 何とか押し返すが一度押し返すと今度は別の方向からの斬撃が襲いかかる。これはトゥルエノだ。重みとかはないんだけど、兎に角速い。気付くと肌が切れていて、後から痛みが襲いかかって来ることもしばしば。

 そうして天使対策に現を抜かしていると、魔術がぶち込まれてくる。これは死神・剣俠鬼の仕業だ。彼の魔術も斬撃もクソ重い、かつ、クソ速い。戦闘一族と噂の死神。その名に恥じぬ戦い方だ。

 全てマモンが何とか避けてくれているから良いけれど、そろそろ頭がぐわぐわしてきた。早く補正を取り戻さないと……このままじゃ愈々本格的に命の危機!


 その時ふと思いついた作戦。

 有効性の検証とかは全くしてないできたてほやほやのやつだけど、無いよりはマシ! っていうかもう時間がない! 限界!!

 やるっきゃない!


「マモン、立ちながら飛べる?」

「ホバリングみたいなやつですか」

「そうそれ! 出来れば早く!」

「合点」

 再び腹の前に抱いてもらい、直ぐに両手を真ん前に突き出し、ぱんっと掌同士を合わせた。そうして力を込めていく。一気に放出した時、爆発的な威力を全方位に向かって放てるように。

 強キャラだったらここで何されるのかとかざわつかれるんだろうけど、そんなのおかまいなしな感じの追手一行。く、くそう。今度会った時にはビビり散らかしてもらうからな!


 行くぞ!


【猛毒、散布!】


 閉じた両腕を開くように振るい、勢いに乗せるように掌から無数の目玉を放った。それらは当たった天使の体に根を張り、苦痛激痛を与える。それに苦しんだ者達が次々地へと落ちていった。

 その様子はさながら蚊取り線香の煙にやられた蚊のよう。ひらひらと桜の花弁のように散っていく。

 大天使なんかにはやっぱり避けられてしまったがこれで天使の大多数を仕留めることが出来た。

 これで単純な手数は減るはず。


 逃げ切るならば今――!


「行けっ、マモン! 一路ヘーリオスの元まで!」


 テラリィの蹴りをクロスした両腕で受け、跳ね返したのち襲いかかって来たカルドの腹にグーパンチ。そうしてようやく攻撃の手が一瞬止む。その隙を狙い、ラストスパートを突っ切って行った。

せ!」

 剣俠鬼が太刀の切っ先をこちらに向けて、直後雷撃をぶち込んでくる。一か八か先程の猛毒の目玉を撃って雷撃とぶつけてやる。雷撃と猛毒はぶつかり弾け、相殺した。

 目標は目の前だ……!


「掠めるように飛んで行きます! チャンスは一度きり。ヘーリオスの手中からひったくって」






 そこまでマモンが言った時、突然周りがゆっくりになったと思った。






 何の気なしに右を見た時、彼はそこに確かに居た。

 細めを更に細め、見開いた瞳をスコープに押し当てる。


 茶髪にエメラルドの瞳。



 その若い容貌はよくよく見たことのあるものだった。


 直近では――SFでの狙撃。




 渋沢大輝。




「マモン!」




 彼に殆どぶつかるようにしてわざと進路をずらす。

 耳元を高速でかっ飛ぶ弾丸が掠め、濃い鉄の臭いが鼻を突いた。

 耳の穴に生温かいのが垂れてきて気持ち悪い。


 そうして意図せずして落ちた先。

 ヘーリオスの右手が僕ら目掛けて伸ばされていた。


 その先に集まる、聖光。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る