探偵逝き、探偵現る
今日は天気が大荒れ、ということでパーティの客は館に泊まることになった。突然の宿泊客にもばっちり対応とのこと。
この展開、この余りに完璧過ぎる対応。流石はミステリ小説。
「怪しい。バチクソ怪しい。あの気取ったア……ナンチャラって奴」
「アウァリティア、だね」
「あばらぼね」
「それ、もう違う単語だろう」
「あばらぼね! あんな奴、あばらぼねで十分だ!」
「……好きにし給え」
廊下を客室まで二人歩く影。
普通はあり得ない構図。主人公と一番最初に死ぬモブがミステリーの世界で一緒に歩くなど。ここだけで設定が色々ぶつかり合ってる。
しかし、今回ばかりは仕方ない。
きっと奴は主人公を狙っていて……それと、考えたくないけれど僕が運命管理局からの差し金だってことも多分、分かってる。
だからああやって煽ってきたんだ。二人いっぺんに。
そして挑戦してきたのだろう。――お前の目の前で探偵の「主人公補正」にちょっかいを出してやるぞ! といった具合に。
『丁度いい所に。俺からも連絡する所だったんだよ』
先程ファートムに怪しいあばらぼねの話をしようと通信をしたところ、彼からも情報があった。
「何ですか? こっちも早く話したいんですが」
『……それ上司に対しての言葉遣いなんだよな?』
「良いから早く話してください。時間ないんですけど!」
『あ、は、はい』
突然まごまごし出す上司。本当に上司だろうか。
『実はな、物語の破壊においてもう一つ共通点が発見された』
「共通点、ですか?」
『ああ。派手好きの他にな、もう一つ。「主人公補正」がバグ起こしてるんだよ』
「は?」
『や、言ったまんまだよ。「主人公補正」が、バグ起こしてんの』
「……前々から思ってましたけど、この小説メタ過ぎませんか? 本当に」
『そーゆーの今は良いから。時間ねぇっつったのお前だろう!』
「しかも題名でネタバレしてるし」
『おい、話を聞け! こういうやり取りが一番長いし無駄なんだよ、この作者の話!』
「でも最初に話ずらしたの」
『しつこい!』
このままこのやり取りが永遠に続くので、概要を説明すると……。
箱庭の中では普段から物語の破綻を防ぐ為に幾つかの措置が設けられているのだけれど、その内の一つに「主人公補正」というのがある。多分文字だけのこの話だと分かり辛いと思うけど、虹の頭の上に今ぴかぴか光って浮いてるのがそれ。それが「主人公補正」。所謂小説のデバッガー……みたいなもの。
どんなピンチに遭ってもバッドエンドや、主人公死亡展開に辿り着かない限り死なないとか、必ずヒロインと結ばれるとか、そーゆーの。余りにメタ過ぎる話だけど、シナリオを保持する為にはとても大事。
「で、何でデバッガーがバグ起こしてるんですか」
『それは……分からん』
「……無能運命神」
『今何か言ったか?』
「いいえ! 何にも」
『……』
ちょっと沈黙が流れてからファートムが続ける。
『ってか普通、こういうのはあり得ん訳よ! 普通「主人公補正」に干渉することは不可能だ。何せ四神で整えた一級品な訳だからな! 水は温度が上がれば蒸発してなくなるように、食い物を食わなければ生き物の大半は生きていけないように、「主人公補正」もバグを起こさない』
「絶対ですか?」
『人間じゃあるまいし。誰に言ってるん』
「……ですよね」
『で、本題なんだけど』
ようやく本線に戻ってきた話に姿勢を正す。
そして――。
「それで君の相談役が僕を注視せよと言ったんだね」
「ええ、そうです。ちょっとおかしな話ですけど、虹さんも被害者になる可能性があるって」
正しくはどうしてバグが起きてるのかも併せて調査してこい、とのこと。
「ふふ、おかしなことを言う。無差別殺人が起きたら誰もが被害者になる可能性がある。他の犯罪だって然り。でも立ち向かうからこそ、その探偵に『勇』有りとされるんだ」
いや、「運命の書」的にはアンタに死なれると困るんですってば。
そう言いたかったけれど、それだけは避けねばならないので取り敢えず
「ファン、らしいです。だから死なれちゃ嫌って」
と言っておいた。
「ありがとう」
それに虹は素直に感謝し、微笑を零す。
それがアイツを思わせて、ちょっと辛い。
僕はアイツを、親友を助けられなかったから。
せめて、せめては。
「それじゃあお休み。また明日」
「ちゃんと部屋中の戸締り確認してくださいね!」
「君に言われずとも」
「どんなに緊急の事思い出したとしても今晩は絶対に貴方の部屋には行かないんで! 絶対に部屋の戸、開けちゃダメですよ!」
「今晩限りは遵守するよ」
「頼みますよ! マジ死なれたら困るんですから!」
「はいはい」
そう言って別れた二人。
翌朝、黒山虹の「人形」が発見される。
* * *
嘘だ。
あり得るはずがない。
「イヤアアアア!!」
第一発見者はかおるさん。皆、彼女の悲鳴で目が覚めた。
……おかしいと思ったんだ。
だって散歩の為に館の周り十三周もしたのに犯人と思しき野郎が来ないんだもの。結局疲れ切って館の外で寝てしまい、悲鳴を聞いて起きたという訳だ。おかげで風邪気味――とかそんなこと言ってる場合じゃない。
真逆、そんな。
その一言に尽きる。
「ああ、そうだな。本当に真逆だよ。一番先にコイツが殺られるとはなぁ」
天気がマシになるのを待って畑中警部参上。虹のいる所に畑中の文字あり、畑中のいる所に虹の文字あり。言うなればこのシリーズになくてはならない人だ。厳しくも人情に溢れ、犬が好きな五十代。因みに五十肩。一人娘の愛ちゃんは虹の幼なじみで、家族ぐるみの付き合いを良くしていたという。
それがこんな形で再会することになろうとは、警部も思ってはいなかっただろう。
動じることなく静かに手を合わせ、警部は現場検証を始めた。これから暫くして、館内に居た人全員に事情聴取が行われるのだろう。
皆の顔に影が落とされる。ここから全員が全員に対して疑心暗鬼になるミステリ小説お決まりのパターン。いつもなら「頑張ってねー」ぐらいの気軽さで見ていられるけれど、突然渦中に、しかも容疑者として放り込まれると緊張の度合いが半端ない。
皆意見は当然同じだ。
「それでも自分はやっていない」
突然の探偵の死に、証拠の少なさに警部は珍しく序盤から頭を抱えている。
「ってかアイツはどうなんだよ!」
「わ、私ですか!?」
金造に指摘されてびょんと飛び上がったのは尉二太さん。
「誰も彼もライバルだの何だの滅茶苦茶言って……この探偵のこともそうだと思って始末したんじゃねぇの!?」
「そんな訳無いじゃないですか! いつ私が言いました!?」
「俺見てたからな、この書生に向かってキレてたの!」
「だっ、だとしたら貴方はどうなんですか! そうやって言うってことは貴方だってその探偵のことライバル視してたんじゃないですか!? 言葉は自分の心の裏返しだの何だの聞きますしね!」
「ハァ!? それこそいつ言ったんだよ、俺がライバル視とか言ったの!」
「だったら私に対するその言葉も取り消してくださいよ!」
「まあまあ落ち着いて、二人とも」
一男さんが慌てて割って入るが、当然
「「それどころじゃねぇに決まってるだろ!」」
と鬼の形相で突っぱね返されてしまった。
「何だよ、一人だけ良い顔しやがって」
「そうですよ、自分だけかおるさんに惚れられてるからって調子こいてるんじゃないんですかぁ?」
「そんな訳は!」
「それともアレか? お前こそ怪しいな、一人余裕ぶっこきやがって」
「何を言ってるんですか!」
「ちょっとずつ邪魔者消していこうとか考えてるんですよね、きっと。あーあー、そういう人でしたか」
「っていうか、さっきから黙ってるそこの書生」
――ええっ、僕!?
「何か隠し事でもしてんじゃねぇの?」
「ど、どうして!」
「そういえばさっきから妙に静かですよねぇ、昨日廊下で探偵と最後に話してたのもアナタでしたし」
「え、え! え!?」
「おいおい、動揺ばっかりしてんじゃねぇの? 犯人さんよぉ」
「僕は犯人じゃないってば! 昨日の夜は館の周りをぐるぐる散歩し……ぶえっくしゅ!!」
「何の為だよ!」
「意味あるんですか? その行為!」
「何なら窓から押し入ったとかあるんじゃねぇの?」
う。
どうせ一番に殺されるから、意味ありげな場所で死のうかとか考えてたなんて言えない。明日からどうやって黒幕追っかけるかーとか考えてたら十三周もしてたなんて言えない。
全部メタ過ぎて逆に言えない! しまった……! モブ最大のぴーんち!
「どうして言えねぇんだ?」
「聞いてみたいですねぇ、そこんところ」
一方、さっきまで責任の押し付け合いみたいなことしてた二人は水を得た魚のように生き生きとしている。
それだからモテないんだよ……。
とはいえ困った。
別に一番最初に死のうとも調査の為にどうせ転生するから、そこは別に心配していなかった。
だが犯人のミスリードとして島から追い出されるとすれば話は別だ。何故なら生きているから。
ファートムは登場人物として登場する以外は基本的に運命の書でしか物語に干渉できない。だが物語の破壊が連続的に行われている以上、書き換えが出来ないのが現状。警察のお世話になっている時に下手な動きをすれば更に拘留期間は増えるだろうから通信も下手に出来ない。
どうしよう……!
そう思った時だった。
「コノヒト、ハンニンジャナイネ」
突如後ろから肩に手を置かれ、薔薇の香りが鼻腔を覆う。
何か嫌な予感がして、ちらりと振り返ると……
「マドモワレテナイ、ロープカケラレルバショ、アトモナイ、ナニヨリキノウ、コノコ、オモシロカタネ」
「あばらぼね!!」
「ん?」
(つづく)
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