奇妙なお客様

「さ、どうぞ」

「お、お邪魔しましゅ」


 通された大広間は美味しそうな良い匂いと楽し気な歓談で満たされていて、これぞパーティって感じ。

 僕はかおるさんの家で住み込みをさせてもらっている書生で、今回の金田かねだ氏主催のパーティには彼女の紹介で来た、という設定だ。一応言っておくけど、デレデレとかはしていない、断じて!

「凡太郎さん。まずは皆さんに挨拶をしましょう。それが社交界のマナーですよ」

「は、はい」

 嗚呼、かわい――ぐふん。えー、デレデレは、していません。

「一男さん、ご紹介します。こちらは私の家で住み込みで勉強している凡太郎さん」

「ああ、君が噂の凡太郎くんだね。西田です」

「平、です」

 にこやかに固い握手を交わしてくるこの好青年は西田にしだ一男かずお。勉強スポーツ何でもござれ。更には哲学だかなんちゃらだかが得意科目で家庭教師もこなす万能大学生なんだとか。因みにかおるさんの想い人……キーッ! 悔しー!!

「かおるさんから話はよく聞いているよ」

「ああ、そ、そうですか」

「江戸川乱歩とかに詳しいんだってね」

「谷崎潤一郎とかもイケる口です」

「はは、面白い! それじゃあ、また後で話そう」

「えあ!?」

 は、話すんですか?

「よろしくね」

「よ、よろしくです」

 勝手に確約されてしまった……。これだからリア充モテ男は! ムキー!

「もう、何ですかァ? まぁたライバル登場ーとか言うんでしょ。あーやだやだ」

「こちらは伊治いじ尉二太いじたさん」

「どうも」

 名前通りの神経質さに瓶底めがね、坊ちゃん刈り。彼ほど名前がしっくりくる男性も中々いないんじゃないか?

 そんな尉二太さんはかおるさんのの婚約者だ。伊治家と今村家――かおるさんの実家――は仲良しで、結構早い段階から彼らの婚約は決まっていたらしい。だけど、一男さんだったり、とある乱入者の登場で隅に追いやられ始めているというのが現状だ。

 ううう、お前とは何か仲良くなれそうだよ。

「どこの馬の骨か知りませんけど、もうやめてくれませんか? そういうアピール。これ以上は流石に禿げますよ、責任取ってくれるんですか?」

「いや、あはは……僕は一介の書生でぇ」

「ええええ!? じゃあかおるさんと一つ屋根の下で暮らしてるってのはアータの事ですか!」

「え、え! え! え!?」

「手とかも握ったんでしょ!? 手ーとーかーも握っちゃったんでしょぉ!!」

「あ! あ、あ……すべすべ、もちもちでした」

「アアアアアア、やっぱりね! もう二度と口効くんじゃねぇ、この野郎メェェェェエアアアア!!」

「ひ、ひぃ!」

 いきなりキャラ変わった! ちょ、な、何なんだよ、もー!!

「おーやおやおや! また騒いでるんですか? セレブの社交の場ではもっとお上品にするモンですけどねぇ」

 胸倉掴まれかけた所で会話に割って入ってきたのは金田かねだ金造かねぞう。今日パーティを開いた有蔵あるぞう氏の息子で、いわゆるお坊ちゃま。欲しい物や望みは全てお家のお金で解決してきた為、こんな性格になってしまったという。

 何というか、うわー。

 申し訳ないけど生理的に無理ってタイプです。ごめんなさい。

「ケッ、すみませんねぇ」

「いいえー。ただBGMの邪魔だけはしないでくださいね、誰も彼もい・ち・りゅ・うのプロ! なんでね」

「そしたらここに呼ばれた彼らも可哀想ですねぇ。なんせ、金を積んで奪った女性との婚約発表なんですから」

「何を!? 無礼な!」

「だって事実でしょう!?」

「ちょ、ちょっと」

 一男さんが慌てて止めようとするが、既に後の祭り。口から一度出たものはもう戻らない。

 そう、これは有蔵氏主催の婚約内定発表を兼ねたパーティ。彼らは表には出していないが、借金を抱えている今村家に金を積んでかおるさんを「買った」のだ。言い方は少し悪いけれど。

 所謂ジュリエットとパリス伯爵の関係のようである。尉二太さんを呼んだのも一男さんを呼んだのも嫌味なのだ。(僕だけは違うと思う。変化球だよね、多分)

「それにこの人形館、変な噂もありますよねぇ?」

「ちょっと、尉二太さん。かおるさんの目の前で――」

「もし本当にかおるさんを大事に思ってるんなら、こんな所でパーティなんかしないでしょう! !」

 ……!

 出た。

 これが「人形館」事件の噂であり、概要である。世界中の人形が並ぶ、言い換えれば不気味な館。それが人々の間ではこっそり噂になっていた。都市伝説とかも出来ているのだろうか。(あ、設定が大正から昭和とかって話だから都市伝説は出来ない、のか)

 ――キャッチーな話題故に、乗っかる者が出てくる。それが今回の見立て殺人に繋がったという訳だ。

 これから何人かの人間が「呪いの傀儡師くぐつし」の予告状と共に一人ずつ人形に変わってゆく。恐らく動機は「かおるさんの存在」によるもので、彼女を守る・救う、あるいは奪う・奪い返す為に行われた犯行。よって、容疑者は僕を含めた、一男さん、尉二太さん、金造さんの四人。――否、三人か。僕が担当する役は百パーセント一番最初に死ぬから。

 そしてこの事件を被害最小限に抑え、「呪いの傀儡師」を捕らえんと奔走するのが今回の主役――

「へぇ、人が人形に変わるんですか。面白そうですね」

 黒山くろやまにじだ。

 ドラコニア生まれの母と日本生まれの父の間に生まれたその青年は、一介の大学生。しかしとても頭のキレる奴で、これまでに数多の小さな事件、そして大きな事件を二つ解決してきている。謎を解く時、今まで茶色に見えていた瞳が金色に輝く為「金色の獅子」という二つ名が付いた、兎に角かっけぇ奴。因みに助手が付くのはこの次の話からで、運命の書ではそこから人気に火が付き始める、との記述がある。

 きっとシナリオブレイカーはそこを狙ってこの話に侵入した。何としても阻止せねばなるまい。

 握った拳に力が入る。

「何か伝説とかあるんですか?」

 虹が尉二太さんの目の前の高級そうな椅子に座って、話をするように促す。

「何か伝説がって、貴方は知らないんですか? お付きのメイドが人形に変えられて、有蔵氏の自室のクローゼットにバラバラに分解されて入ってたって噂!」

「メイドが?」

「ええ。それにこの島、元々はご神体だったそうで――」

 そこまで言って話が盛り上がってきた頃だ。


「ヘーイ! オモシロソウナハナシ、シーテマースネェ!」


 何やら奇妙な客がやってきた。尉二太さんの座る椅子の背もたれに手をかけて後ろから彼の肩に顎を置く。

 皆々がぎょっとしてそちらを向いた。


 こんな展開、台本運命の書にあったか?


 早くもシナリオブレイクの兆しが見られるこの状況に冷汗が垂れた。

 突如乱入してきたその男は金髪の長い髪を腰まで垂らした紳士風の男。虹と同じように外国にルーツを持っているのだろうか。

 服装は兎に角ハデハデ。金持ちが着てそうな毛皮のでっかいコートの下は真紅の高級そうなスーツ、目にはでっかいセレブ風ギラギラサングラス。革靴もぴかぴかで、下手したら鏡だ。

 まず時代設定に合っていない。

 何だ? コイツ、くさいぞ……。

「だ、誰だアンタは」

 自分より金持ちそうな男の突然の登場に珍しくまごまごする金造。勇気を振り絞って聞いた。

「ホヮット? ナンデスカ?」

「だーかーら! あーたは何者かって」

「ホヮット?」

「だからっっ」

「良い、僕に貸して」

 イライラし始めた金造を押しのけて前に出たのは虹。流石の風格だ。

「貴方は一体どこから来たのですか?」

 箱庭の自動翻訳で彼のペラペラの外国語がこちらに伝わってくる。運命局の特権。

 すると彼も流れるような外国語でその問いに返した。

「ファーブラ・プエリーリスからです」

「古の文化や街並みを残す、良い国ですね」

「ふふ、恐縮です」

 話し振りだけ見るとかなり紳士らしい人だな。カタコト語とのギャップが凄すぎて何だかムズムズする。

「お、おい。奴は何て?」

「御伽噺が息づく国、ファーブラ・プエリーリスの出だそうだ」

 歓談に夢中の虹の代わりに一男さんが説明する。流石秀才、何か悔しい。キーッッ!!

「それって凄いのか?」

「ここ珠叢の離れ小島に旅行でたまたま来た貴族だそうだ」

「ゲ! 貴族!」

 流石に貴族ではない金造が分かりやすくタジタジする。……こいつ、何気可愛い所があるじゃないか。

「へぇ! 人が人形に変わる! 中々素敵な館に迷い込んでしまったみたいですね!」

 金造の顔に青い縦筋が何本か入った所で、遂にその話題が出た。

「とはいえ、こんな小さな島を上空から見つけられて、わざわざ立ち寄られるとは。貴方もタダモノではないようですが」

「そうですか?」

「荒波に揉まれ、港に一つ船が付ければ良いようなこの小島。例え月明かりに照らされていたとしても見つけ辛いことこの上なし」

「レーダーで見つけました。今の世は便利ですね」

「だとしても。この小さな島にどうやって降り立ったのですか?」

「……」


?」


 虹が追及している。

 間違いない。探偵の彼さえ登場に強い違和感を覚えたのだ。この男は怪しい。シナリオブレイクの影響を濃く受けたか、或いは張本人であるか。

 緊張が走る。

「パラシュートというのがあるんですよ」

「風圧で飛ばないシルクハットとサングラスとは。お目にかかれて光栄です」

「懐にしまうなどして持ってきたんですよ」

「なら具体的な方法をお教えください。今やって来たんですよね?」

「……」

「今やって来たのなら当然、説明出来る筈です」

「……」

「船で来たという情報は受けていませんから、上空から来たというのは間違いないと思います。ですがその格好で空を滑空してきたと言われると……ちょっとおかしいですよね。安全のためのヘルメットとかも無いなんて」

「……」

「恐らく何等かの目的を以てして合流したんだと思います。しかし、何故誤魔化さなければいけないのか。僕はそこが気になるんです」

「……」


「どうしてですか?」


 そこまで虹が言った時、目の前の貴族は肩の辺りまで両手を上げて、降参のポーズを取った。

「参りました。私の負けです」

 突然、僕らと同じ龍淵りゅうえん語を流暢に喋り出し、ぎょっとする。

「アンタ……」

 僕が言いかけた所で相手は上げた右手の指をパチリと鳴らした。

 途端に時間が止まり、モノクロームになった世界から僕と虹と男の三人だけが取り残される。

 そして彼は舞台に立つ役者のように手を広げ、恍惚とした表情でこう言った。

「貴方がたに会いに来たんです」

「何?」


「楽しませてくれますよね?」


 その瞬間サングラスを下げ、覗いた瞳。


「黒い蛇の瞳」。


 ――ドクン。


 その色に思わず目を見開き、喉をヒュッと鳴らした。


 最悪の黒魔術師が持つとされる瞳の色。

 世界に未来に、災いをもたらすとさえ恐れられる瞳の色。

 ファートムの永遠の宿敵……。


「ワタシ、ニンギョウニカエラレナイヨウニシナイトー!」

 ハッと気づいた時には男と世界は元の調子に戻っていて、シャンパンのボトルを開けにふらふらと向こうに行く最中だった。

「待って!」

 呼び止めた声に振り返る。

「名前だけ。名前だけ教えて」

 それに彼はふ、と微笑を零し、言った。


「アウァリティア」


 ――強欲マモンという、意味だ。


(つづく)

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