怪しい探偵と新しい助手(?)

「ジツハワタシ、タンテイネ。ダカラコノシマ、キタネ!」

「は……?」

「ヨロシクドウゾ」

 薔薇の香りが強い、ナンチャラって国の貴族、あばらぼね。突然の登場。


「アンタ、何を言ってるんだ」


 僕の震える声に奴はこちらをチラリと見やった。

 不敵に微笑んでいる気がする。


 * * *


「マズハシャシン! ミテネ!」

 色々文句を言ってやろうと口を開いた時、彼が突然持っていた写真をええじゃないかの要領でばら撒く。

「うわわっ」

「ゲンバケンショウ、スンデルネ。マズハマド」

「ちょ、おい外国のお人! 許可した覚えは」

「マズハ、マド」

 警部を無視したあばらぼねに肩を抱き寄せられ、言われるがまま印画紙を覗くと綺麗な窓。

「ガラス、ワレテナイネ? コノヤカタ、ジョウブ。ホカカラハイルナラ、モウトビラシカナイ」

「でも、窓開いてないね? これ」

「ソウ、ヤブラレタケイセキモ、ナシ」

 一男さんの確認に、にこりと頷く。

 要するに外から侵入はしていない、ってことだよね。

「でもッ、侵入した後に窓を閉じることだって!」

「カギ、コワサレタアトナイ。オトシカギデモ、ナイシネ。ソレニ、コノシャシンモ」

 尉二太さんの反論に返すように見せたのはベッドの写真。館のベッドはとても豪華で、何と天蓋付きである。

「コノハシラ、ロープツケル、サイテキ。ホカハ、ダメ。ヤテミタケド、ムズカシカタ」

「ちょ、勝手にいじったのか!!」

「アンタタチ、オソイモ、ワルイネ」

「何だとぉー!!?」

 畑中警部、渾身のカミナリ! しかし耳を塞いだあばらぼねにはノーダメージ!

「ジャ、アラタメテカクニン、シテミヨネ」

 ぷんぷん怒ってる警部をまた無視して写真確認会が再開した。

 すると――。

「跡、無いね」

「……」

 こーれは。

「ワカリマスカ? コレハミッシツ、ソシテ、マドノソトカラノシンニュウ、ムリナミッシツ。ソレニキノウ、コノコ、オモシロカタ」

「く、繰り返すなよ!」

「ズト、ズト、グルグルマワテタネ。オモシロカタ」

「煩い!」

「ズト、ズト、ブツブツイテタネ。ウミニモオチタネ」

「一回だけだよ!」

「デモオチテルネ、ダカラカゼヒクネ」

「煩いよ! へっきち!」

 気付くと口喧嘩になってる。でもあばらぼねは全然気にしていないようだった。

「ってか、アンタは探偵じゃないだろ、元々!」

「ソンナコトヨリ!」

「まだ続くのか!」

「ソウスルトキミ、ハンニントオモエナイ。ダカラ、コノコウタガウ、チガウネ」

「……!」

 輝く目でこちらをきらきら見つめながら胸を指でとんとんやる。

「ダトスルト、コレハオモシロイ。オモシロイミッシツ! ヨウギシャモ、ハイルスベモ、ショウコスラミツカラナイ!」

「うわ、うわわわ」

「コレゾ、『ボクノターン』、ネ!!」

 興奮したように部屋中を駆け回り、台詞をキメて、指をぱちりと鳴らす。

 もうその場はあばらぼねの独壇場状態だ。

「じゃ、じゃあさ、何だって言うんだよ、こいつの、その……」

「デス、デスカ?」

「ま、まあそれだ。証拠も何も見つからず、しかも密室だってんなら……じゃあ自殺だって言いてぇのか?」

 ここで金造氏、真逆の鋭い指摘。

「フフ、ソレハチガウネ」

 そう言いながら懐から取り出したのは白い封筒。キザなことに人差し指と中指で挟んでいやがる。

「コレヲミテ」

 その文面に書かれていたのは――例の奴からの「挑戦状」。

 ご丁寧に各社新聞紙の切り抜きで書かれている。


 ――――――――


 君達が居るのは呪いの館だ。そして私も呪いの力を持っている。

 君達もコイツみたいに人形に変えられたくなければ早く脱出することだ。

 さもないと、全員皆殺しにするぞ。


 ――呪いの傀儡師


 ――――――――


「えげつないね……」

「何だこれ。愉快犯か?」

「ソレカ、ナニモノカノウラミ、カモネ?」

「……! だ、だから私はやってませんよっ!!」

「まだ言ってないよ、尉二太さん」

「ヒィッ!!」

 またさっきみたいな口論になりかける。

「ちょ、ちょっと待ってください! このままじゃ」

「ハーイ、ストップストップ! コウロン、ダサイデスヨ。ナリキンサン」

「はぁ!? 俺何も言ってねぇし、成金って本気で言ってんのか!」

「フッフ! マア、イイタクナルキモチモ、ワカルケドネ」

「だから俺は何も言ってねぇっての! 伊治だよ、言ったのは!!」

 金造が叫ぶけどあばらぼねは更に無視。

 そして突然決めポーズをぶちかましたかと思うと――


「ダカラ」


「ココハ、ワタシトジョシュノカレニ、オマカセ!!」

 そう言いながら唐突に指差したのは僕、こと平 凡太郎。


 ……。

 ……、……。


 え?


「ワタシト、カレデミゴトカイケツ! 『オミセシヨウ』!」


 ……、……。

 ……、……、……。


「はああ!?」


 今度は僕の開いた口が塞がらない。

「ちょ、何言ってんだ、あばらぼね!! 全てが突然過ぎるんだけど!?」

「キミ、コウドウガアヤシマレガチ。ワタシ、ケイブニチョット、ニラマレテル」

「……」

「ナラ、ワタシトイッショニススンデ、イッショニジケンカイケツ!」

「……? どうしてそこからそこに飛躍するんだよ」

「ダカラ」

「はい」

「イチオウ、ワタシモヨウギシャ。キミモヨウギシャ」

「はいはい」

「ソシテソレハマワリノミンナモ、オナジ!」

「……うん」

「ナラ、テイアン! コレカラフタリズツペアー! ミンナ! ソシテカンシシアウ!」

「……」

「ソノウチノヒトツ、ペアーガボクタチネ」

「……ほう? なるほど?」

 一男さんが横でちょっと身を乗り出す。

 おいおいおい? 何か雲行きが怪しくなってきたぞ?

 僕はまだ納得してないぞ? 何で僕?

「ドウネ?」

「それは良い考えと思います」

「えっ、えっ、えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 話が急展開過ぎ――」

「じゃあ、俺はかおるちゃんと」

「そ、そんな! 私だって」

「キミタチハフタリデペアーネ! カオルサン、ツカレチャウネ」


 いつの間に僕抜きで話が進んでいく。

 え、え。

 僕、何の仕事してる童だったっけ。


 こうしてぎゃいぎゃい騒いでる群集を見ながら溜息を吐く書生と五十肩警部が部屋の隅にぽつんと残されたのだった。


 * * *


「……何故?」

「何故、とは?」

 廊下を歩き、調査に向かうあばらぼねに声をかける。


 あれから監視し合うとかいうペアーは

・あばらぼね、僕

・一男さん、かおるさん

・金造、尉二太さん

(以下略)

と決まり、それぞれが荷物を二人用の客室に移動させ始めた。普通ならここら辺で容疑者が固まり始めて、警戒すべきは数人のみとなるのだが、如何せん証拠が無さ過ぎる為、全員が同じように移動をする。

 上から見れば人間版「お盆最終日の高速道路」。当然、大広間では待たされているお客様達がイライラしたりしている。

 それを尻目に行動するのは何だか申し訳ないような感じがする。

 これが貴族と行動を共にするということなのだろうか?

「何故敵である僕を助手に?」

「敵? 敵視を勝手にしているのは貴方ですよね? 私は一介の探偵ですよ」

「……矢張り主人公の役目をお前が盗ったのか?」

「なんのことやら。語るだけなら自由でしょう? それに、本物の主人公ならもう答えを見出しているはず――否、

「……」

「何せ、犯人は申告制。それによって物語は組み立てられていくのですから」

「……」

「終わりまで付き合ってみなければ」

「……分からない、ね」

 またメタい話だけど、探偵は「推理力」――もそうなんだけど、個人的には「演技力」と「努力」なんだと思ってる。

 どうしてそんなタイムリーな知識を毎度毎度持っているかといえば、物語を面白くするために一極集中して情報をかき集めるからだ。どうして一瞬の内に物凄い情報を現場等から集められるかといえば、備えているからだ。

 探偵が犯人を運命神に申告した後は現場の簡単な情報が探偵に共有され、その後は運命神の気まぐれな物語の運び、トリックに対応するため、思いつく限りのトリック、先例等を調べ尽くす。

 そして彼はさも何も知らぬような顔をして現場に赴き、事件を見事解決するのだ。

 いつでも古くから新しきまでの情報を網羅し、あらゆる事件を調査し尽くす。


 だから僕はミステリの主人公を尊敬しているんだ、とっても。


 なのに。


「――まあ、この方がやりやすいんです。私の本性を一番よく知っているのは貴方だけですし、カタコトみたいな役、いつまでも続けてはいられませんからね。いずれボロが出る」

「……アイツが死んだからか? 面白がってんのか? 弄んで」

「真逆。物語の破綻が始まっているみたいですし、この死は最早必然でしょう。私が直接彼の死に関与したわけではない」

「……」

 ……コイツが殺したんじゃないのか? どうせ。

 思うけれど、言わない。まだ確証は無いし。でも特に注視しておく必要はあるだろう、確実に。

 それに物語が破綻しかけている今、物語はあっちこっち飛んでいってて、登場人物もどこか混乱しているようだ。見えないのは見せていないだけ。


 直せるものはここで直しておかなければ、ストリテラの明日はない。


 そう考えればこの突然の「助手」業というのも悪くはないのかもしれない。

「それで。これからどうするの?」

「調査をしたいところですが、貴方が犯人ではないという事しか分からなかった」

「そうだね」

「今一度現場を貴方と共に探ってみようと思っています」

「警部に妨害されたら?」

「ねじ伏せます」

 そんな合言葉みたいにすらっと言われましても……。

「……ところで、平さん。貴方、本当の犯人知ってますか?」

「突然何を言いやがってんの!? 知る訳ないでしょ!」

「じゃあ言いますけれど」

「僕、聞かないよ!」

「実は本当の犯人は西田氏なんですよ」

「かっ、一男さんが! 嘘!!」

「……ばっちり聞いてますね」

 ネタバレってするっと耳に入るもんだろ? ネタバレってもんは。

「それじゃあ今回も?」

「いいえ、今回は違うでしょう。今言っているのは、第一被害者が貴方だった場合を指しているんです」

「あ、そっか……」

「それに西田氏が犯人であった場合は部屋に割れた注射器が落ちていないといけないんです」

「どういうこと?」

「冒頭での会話を覚えていますか? 江戸川乱歩の話したじゃないですか」

「あっ、あーはいはい!」

「彼の書籍に『悪魔人形』というのがありまして。そこで薬を注入して君も人形にしてやろう、みたいな台詞があるんですよ」

「あー、印象的なやつだ」

「それを暗に仄めかしているんですね、あの注射器は」

「だからあの語りを持ちかけたってこと?」

「まあ、捜査のきっかけとなりますからね」

「ほう」

「更にはわざとらしく割って見せたことで硝子の破片が飛び散り、靴底に刺さってしまったみたいですね」

「ば……ば……」

「言って良いですよ」

「馬鹿じゃん」

「作者も頑張っているんですよ」

 アンタが言わせた癖に。

「それまでの人形に変化するパートで魅せるんですね、トリック自体は実にしょうもないもので、別館の地下に閉じ込めていたようです。彼は反省させようとか考えていたとか」

「殺意は無かったの?」

「最終的には良い奴だったってことです」

「ふーん。平和だなぁ」

「まあ、本格的に規模がデカくなるのは次作からですし、西田氏にかおるさんが惚れたというのもそういう人の好さからだったのかもしれません」


「でも、違うんだよね」

「ええ。今回は西田氏ではありません」


「彼より優秀で、かつ、狡猾であると言えましょう。先ず何より、黒山氏の行方が知れません」

「え!?」

「あの天気でしたし、とっくに魚達の餌となってしまったやも」

「やめて!」

「ご安心を。可能性がある、というだけです」

「でも、聞きたくない……」

「……失礼いたしました。忘れてください」

 今まで向けていた腹をくるりと向こうに向け、彼はすたすたと歩きだした。

「兎に角。今は調査です」


「黒山氏の無念を晴らす為にも」


 こいつ、つくづく謎だ。


(つづく)

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