暴れる傀儡師、ポンコツ探偵
改めて調査をしても何の証拠も得られなかったその翌日。
今回も第一発見者はかおるさんだった。
* * *
「警察だ、どいてどいて!!」
人がどよめく部屋の中でカチコチに固まったその人形は、尉二太さん。昨日滅茶苦茶怪しいムーブをかましていた本人が、今度は傀儡師の餌食となった。
「お、俺は、俺はやってねぇ! やってねぇから!!」
「落ち着いて。何があったんですか」
当然一番に話を聞くのは金造。あばらぼねは嫌な顔をする警部を無視して、無理矢理同席した。強い。
「俺さ、毎朝ウォーキング行ってんの。マジだぜ? 昨日だって行ったし! マジだから!!」
「ワカッタカラ。ウルサイネ」
「それで今日も……朝の、五時に行ったんだよ。昨日隣であのヒステリック野郎が煩かったからさ、眠気覚ましにって館の周りをぐるっと何周かした訳。そしたら、そしたらさ、かおるちゃんの悲鳴が聞こえたから、慌てて部屋に戻ったの。そしたらさ……」
無数の人形と不気味な蝋燭に取り囲まれ、部屋の真ん中にぶっ倒れていたという。虹の時と同じく人形になって、床に。
まるで儀式の体だ。
「もう訳分かんなくてさ、だって、だって、昨日までギャアギャア隣で煩かったのがさ、朝、ちょっと目を離した隙に、こんな、こんなん……クソ、頭いてぇよ」
自分と同じ部屋の人が一瞬の間に人形に変えられ、こと切れている。そのショックたるや凄まじいらしく、震えながら同じことを繰り返すばかりだ。何だか体調も悪いみたいで、立っているだけでふらふら。今までの得意げな感じもなく、大人しい。逆にどうした。
「オウ、コマッタネ」
「一瞬の内にって、どういうことなんだ」
「っていうか、また第一発見者はかおるさんなんだね?」
「……」
「取り敢えず仏さん……かどうかはちょっと分からんが、彼を移動させましょう。不気味でならんし、仏さん自身もこのままで居たくはないだろう」
皆でガヤガヤ騒ぐ中、畑中警部だけは至って冷静で、部下の人達に指示してテキパキと人形を片付ける――
――と。
ポタリ。
人形から何かが滴った。
「ん?」
「何だ?」
それは紅色で、右腕と胴の接合部から垂れている気がする。不審に思ってその部分を特に調べ始めると、腕の外側、硬い部分がズルリと音を立ててズレた。
その内側にあったのは、人の――
「ギャアアアア!!」
「少年、見てはいけません!」
「わっ!」
ドロドロの椿みたいなものが視界の端に映った。血の池が出来た。
何人かが卒倒した。あばらぼねが僕に見せないように抱き締めた。さっきから具合が悪そうだった金造も遂に倒れて医務室に運ばれた。
中に入っていたのは尉二太さん本人の遺体。その詳細は余りに酷いのでここでは言わないが、唯一つ言えるとすれば、彼の腹に赤い血文字で堂々と
「次はお前だ」
と書いてあった事ぐらいだ。
死因は(まだ推定だが)毒殺とのこと。その後とどめを刺すように彼の体をこんな風にして、まるで人形のようにこしらえた、ということだ。
何とグロテスクな。
むせるような濃い血の臭いに酷い吐き気がした。あばらぼねが気遣って、部屋の外の空気が綺麗な所に誘導してくれる。
「大変な事になったな、これは」
流暢な龍淵語で、あばらぼねが呟く。
お前が言うのか?
* * *
元々この話は万人向け。つまりは子どもから大人まで見る物語。
なのにこんなシーンが出て来るようになるとは……。
「暴れてるな」
「アバレテルネ」
動機不純、目的不明瞭、正体不明の「呪いの傀儡師」及び「シナリオブレイカー」。
最初は人形を置くだけという何というか……ぶっちゃけ生温い感じだったこの事件。それでちょっとだけ、気が抜けてたんだと思う。
「ダンカイテキニ、ヒドクナルカモネ?」
「そんな、困るよ。これでも大分酷いのに」
虫眼鏡で部屋中をぐるぐる見始めるあばらぼねについて回る。こいつも居るだけ喋るだけで十分怪しい。
犯人は現場に帰ってくるってよく言うじゃん。
部屋の外ではこの一件でいよいよパニック極まったお客様方が帰せ帰せと煩かった。それを当館主の有蔵氏がなだめている。今もなお大波が館を取り囲み簡単には帰れない状況で、更には未だ有力な手掛かりが掴めていない。
簡単に帰す訳にもいかず、警察も有蔵氏も困っているのだ。
「どうしようか」
「アノ、イイデスカ?」
首を捻り、頭を抱える警部にあばらぼねが話しかける。
「煩い。探偵気取りさんはあっちに行ってるんだ」
「……」
どか、ばき。
「アノ、イイデスカ?」
「どうぞ」
TAKE2はあっさりだなぁ。(棒)
「イツモハッケンシャ、カオルサン。フシギネ」
「……確かになぁ」
警部の声に合わせて三人で彼女の方を見やる。一男さんと一緒に喋る彼女の顔は不安に曇っていて、兎に角守ってあげたくなる感じ。一男さんはそんなかおるさんを懸命に励まし、慰めていた。――嗚呼、憂えている女性って、どうしてこうも艶やかなんでしょう! 嗚呼! ご安心ください、かおるさん! わたくしめ凡太郎、全力を挙げて、かおるさんを(略)
「一応話を聞くべきか?」
「キクベキ。ハンニン、マワリイルカモダシ、ハンニンノカノーセイモ、アルネ」
「かおるさんが犯人な訳!」
「まあでも、そうだよなぁ。とっかかりもないこの状況のままだと、ガイシャが増えるばかりだぞ」
「疑うの!」
「タンテイ、ナニゴトモウタガウ。コレダイジ」
「……」
「それじゃあちょっくら行ってくるわ。お前達は早く自分の部屋に帰っとけ」
そう言って警部はさっさと語り合う二人の方へ歩いて行ってしまった。向こうで一男さんも僕と同じことを言っている。
「サ、コッチハコッチデ忙しいですよ」
二人きりになった途端、龍淵語に切り替えるあばらぼね。また虫眼鏡を構えて部屋中とことこ歩き回る。僕は彼の挙動に注意しながらついて行くことにした。必要あらば武具を取り出そう。
「ん」
「何?」
「おやおや」
「だから何」
「ふふ、内緒です」
「はぁ!?」
「――冗談です」
「む、ムカつくー!!」
「まあそれはさておき」
「さておくな!」
「彼、ご丁寧にも靴跡を残さないようにしていますねぇ……でも」
「でも?」
「彼をこの部屋に並べる時は流石に引きずった為でしょうか、微かに足跡が残っているみた――ア!!」
すいすいと推理を披露し、ものさしで測ろうとしたあばらぼねが突然叫ぶ。
「え! 何々!!」
「やっちゃった……」
「ハ? 何を」
「え、あ、いや……」
「こら、ちゃんと教えろ!」
「コレ、ワタシノ、ソノ……」
……。
……、……。
「は? ちょ、何。聞こえない」
「ワタシノ……アシアトネ」
「誰の」
「ワタシ、ノ……」
「私の? 私の、何」
「ダカラ、ソノ」
「アシアトデ、ショーコ、キエチッタッポイネ」
「ポンコツ探偵!!」
「――ッダアアア!」
勢いよく振りかぶった手刀が思いっきりあばらぼねのうなじをぶっ叩く。ドゴッと良い音がした。わあ、こんなに良い音が出たの、生まれて初めてぇ! (棒)
「何してんねん! ワレェ!! そこら辺もっと慎重にやらんかい!」
「やっ、そんな事言われましても! ア!!」
ぱりん!!
慌てて後退りしたあばらぼねの足が今度は何か硝子製の物を踏む。
ちらりと見れば粉々になった注射器。
おいおいおいおいおい? おい??
サーっと血の気が引いていく音がする。
「この野郎、あばらぼねええ!!」
「オオォッノオオオオオオ!!」
「ぶつばつぅうう!!」
「アウチ、アアアアアアウチ!!」
今度という今度は許っせん!! 卍固めをお見舞いし、そこら辺に放っておく。ふん、次は突壊棒出してやるから覚悟しろ。
古いゴムみたいにてろんと伸びきったあばらぼねの上にどっかり腰掛け、注射器のあった周辺をよくよく探る。幸いにも注射器が一つだけでなかったのが助かった。
「というより……」
寧ろあり過ぎだ。尉二太さんが使っていたベッドの下に二十数本、若しくはそれ以上の数が無造作に転がっている。布団で隠れて見えなかったのを見る限り、何者かがそこに隠したといえよう。
「全部使用済みでしょうか?」
僕の下からあばらぼねが聞いてくる。
「というと?」
「死因は毒殺と推定されるとのことでしたので」
「ああ。……んー、や、解析に回さないと分からないと思う」
「雰囲気づくりとかの可能性もありそうですよね」
そこで思い起こされるのは、以前交わしたあばらぼねとの会話。
『それを暗に仄めかしているんですね、あの注射器は』
「……一男さん?」
「相部屋になった彼もちょっと気になります。演技とかをしている可能性も拭えません」
「……!」
「ふふ。容疑者が絞れてきましたね」
息を呑む。
「ようやくミステリ小説らしくなってきました――旧版よりも」
「……その代わり死ななくて良い人まで死ぬ羽目になった」
「とはいえ面白くもなってきましたね」
「……お前、シナリオブレイカーだろ」
「誰がそう言ったんです?」
わざと核心に触れた質問をしてみたが矢張りさらりと流された。
なおも自分の下で格好悪く座られている彼。なのに雰囲気だけがどうも周りのキャラクタと違う気がする。
「私を勝手に重大犯罪者呼ばわりしないでくださいね。もしも私の出演予定が無かったというのなら、それこそ今の傀儡師の仕業かもしれないじゃないですか」
「……」
「言葉は慎重に選びましょう、座敷童」
「好奇心は猫を殺すとよく言うでしょう」
かおるさんの事情聴取が終わったとの報告を受けたのはその直後だった。
(つづく)
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