疑わしき人々

「私は次の日起こしてくれって言われた人の所に行っただけなんです、本当です!」

「それに関しては僕が証人になれる。二人ともそう頼んでいたよ」


「これが彼らの証言、だ」

「ウソクサ」

「こら、かおるさんのことを悪く言うな!」

 いつの間に打ち解けたのか、警部とあばらぼねとティータイム。勿論落ち着いて出来るような環境ではないけれど、お客様の対応に兎に角疲れた。

 今までの事件の振り返りも兼ねて休憩といったところ。

「ジャアシンジレル? ニジ、カノジョニタノム」

「え、あ……それは」

「イジタモ、タノムカナ。カズオ、イルケド」

「うー……!」

 あばらぼねの言い分に全く言い返せない。確かにあの二人がかおるさんに起こすように頼むってのが想像できない。金造が相手なら別だけど、虹が相手となると……何だろう、ちょっと違うよ。やっぱ。

 うー。

「今回ばかりはアンタに同感だ」

 出された烏龍茶を啜りながら警部が言う。

「虹は確かに金持ちの家の出だけど、自己管理は自分で行っていた。絶対に使用人に頼るような奴じゃない」

「何でそんなこと知ってるんですか?」

「娘はそこに惚れたんだとさ」

 そこに見え隠れするのは父親の寂寞感。嘘な訳はないだろう。

「マスマスアヤシイ」

「うーむ……とするとなるほど、共犯か」

「どういうことですか?」

「ほら、今回の仏さん、アレだろ?」

 そう言いながら右手をはさみに見立てて、自分の左腕を切る真似をする。それだけで何を指しているか分かるから恐ろしい。元々そんな物語じゃないんだってば。

「女性一人がやるには大分骨が折れるんだよ、こういうのってさ」

「それを一男さんが助けたってことですか?」

「まあ考えられるのはそんな所だろう。まだ一つの可能性に過ぎんがな」

「でも……それこそあの二人がやるのかな」

「ダイイチインショーイイヒト、ダイタイソーデモナイ」

「酷いこと言うねぇあばらぼね!」

「アト、ズトオモテタケド、『アバラボネ』ジャナクテ、『アウァリティア』ネ」

「煩い! お前なんかあばらぼねで十分だ!」

「オウ、クリカエサナクテモイイネ……」

 何かショック受けてるけど何にも聞こえないや。

「シナリオとしては一男さんと共謀して虹や尉二太さんを殺害、それらしくしてから第一発見者を装い人を集めた。そんな感じか?」

「フムフム……ウーム」

「何かご不満か?」

「ソノセン、コイカモ。ダケドショーコモドーキモワカンナイネ」

「動機なら、かおるさんを取られたくないとかそういうのじゃないの?」

「ダッタラナゼ、ムカンケイノニジ、コロシタネ? カレ、カオルサンニナニカシタネ?」

「え、あ……それは、そっか」

「ううむ、信じたくはないが……もし彼らがそうだとするならば、その線は濃いだろうな」

「だけど初めましてなんじゃなかったっけ? かおるさん達とは」

「それじゃあアレか? 彼が亡くなった日の夜に、虹が、その……何かやらかして、抵抗した結果、死んでしまったとか」

「ダトシタラツヅケルカナ? モウレンゾクサツジンネ」

「だよな……」

「ショーコハ? アノチューシャキ」

「あ? あ、ああ、そうだったな。言うのを忘れてたよ」

 そう言って警部がコートの内側から使い古されたメモ帳を取り出す。

「聞いて驚くな?」


「あの注射器の中全てからとんでもない猛毒が検知されたんだよ」


「んなっ!?」

「ム」

「一本でも十分なのに、大量と来た」

「お、オーバーキル……」

「ハンニン、サイコパス?」

「踏んだとか聞いたが、お前達、その中身触ってないだろうな」

「勿論ですよ!」

「コワイネ」

 いつも余裕そうなあばらぼねの額を冷汗が通り抜ける。

「しかも全ての針から尉二太さんの皮膚や体液が出てきた。ご遺体にいくつも開いていた穴とかも、それだろうな」

「え、穴開いてたんですか?」

「言ってなかったがな」

「トスルトハンニン、マジヤバイジャナイ? ヤパリ」

「虹の体も今頃弄んでるのかね……クソ、許せんな」

 同感だ。至極同感。

 でも、あれ。

「何で尉二太さんの遺体はあんな風にしたのに虹の遺体は未だ出てこないんだろう?」

「……それなぁ。もしやと思ってあの後虹の人形調べてみたんだがな」

「ナカニナカタ?」

「無かった」

「フーム」

「だって、調べ尽くしましたもんね? 島中」

「真逆一人島から出されて、向こうの方で騒ぎになってるとかないよな?」

「そしたらいつもの記者さんやって来てるでしょ、流石に」

 いつもの記者さんというのは虹の名を世に広めた田村さんという方。「ドコデモバチバチ新聞社」所属の記者さんで、どこで嗅ぎ付けたのか、必ず事件の解決と同時にやってきて(もしくは事件が解決するのを待ち構えて)虹の事を記事にする。どこにでも行き、どこにでも現れる。地球の裏側だろうが、南極だろうが火山帯だろうが現れる。下手すれば魔界にも現れる。偶に冒険を共にすることもある、取り敢えず「猛者」とかいう言葉がよく似合う人。

 そんな田村さんお気に入りの虹の遺体が本土の方に流れ着いたとなれば黙っちゃいられないだろう。高波荒波乗り越えて、もう来てるはず。

「それに気になると言えば、金造さんが隣で寝ていたのによくもまあ堂々と部屋の中で殺したな」

「ええ!?」

「ドキョーアルハンニン、ズブトイナリキンサン」

「どういうことですか!」

「死亡推定時刻が出た。昨晩から早朝の……ええと、三時頃にかけてだそうだ」

「その間あの部屋から尉二太さんが出たとかは無いんですか?」

「彼が自分の足で出たってのはないだろうなぁ。あの後ベッドのシーツが無いことに気付いた奴がいてな」

「ほうほう」

「探してたら使われていない別館の浴室に投げ捨てられていた。刃物とフードと共に」

「うわぁ」

「仏さんをあんな姿にしたのも恐らくそこでだろうな」

「トスルト? ベッドノウエデドクサツシテ、シーツゴトヒキズッテ、オフロデニンギョーニシタ、テコト?」

「シーツを片付けるふりすれば、怪しまれにくいだろう」

「回りくどいことするんだね」

「人形にすることに意義があったとかじゃないか?」

「デモ、ダッタラドクサツイラナイネ。スグキレバイイネ」

「それこそ『悪魔人形』を意識したんじゃないの?」

「……ナルホドネ」

 そこで会話は一区切り。

 もう冷め切ってしまった烏龍茶を流し込み

「それじゃあ俺はもう一調査といくか。怪しい清掃係とか見なかったかの聞き込みをしないと」

と席を立ってしまった。

 忙しい人だ。

 それにしても……。

「では少年、我々も行きましょうか。彼の言っていた浴室、気になります」

「……」

「少年?」

「ごめん、ちょっと調べたいことがあって。また後でやる夕食会で落ち合わない?」

「……? そうですか?」

「その代わりこの後死人が出てお前が居なかったら、犯人として警察に突き付けてやるから」

「そ、そんなことで簡単に疑いをかけられても!」

「今ん所、僕の中ではお前が容疑者ナンバーワンだから」

「だから証拠も無しに簡単に人を犯罪者呼ばわりしないでくださいってば!」

「証拠なら百個ぐらい作ってやるよ、それぐらい!」

「少年の方が犯罪者じゃないですか、それじゃ!」

「首長くして待ってろよ! お前のことも訴えてやるからな!」

「……」

 それだけ台詞を吐いて部屋を飛び出した。


「まあ、楽しみにしていますよ」


 * * *


 その日の夕方。

 今日は館の庭で夕食会。

 お客様方は帰りたいムーブに満ち満ちているが、それを何とかなだめようと有蔵氏が急遽計画したのがこれだった。

 意味があるとは思えないけど、これがパニックの中で出来る有蔵氏の精いっぱいなのかもしれない。


『そうだな、お前の言う通りだよ』

「矢張り」

 食事の休憩のふりをしてこっそりファートムと連絡を取る。傍ではかおるさんがお客様方に熱い紅茶をご馳走している。

『ああ。普通モブが主人公の役柄を名乗るなんてのはあり得ない。あるとすればライバルが出た時や偽物出現時になるんだが……』

「相手が死んでるんじゃ意味ないんですよね」

『その通り。だがな……』

 ん?

「だが? だが、ってどういう事ですか?」

『お前、?』

「え、見てないですけど……」

『それと彼が死んだとされた時、どうして証拠が無かったんだと思う? っていうか、その人に決定的な変化が起きていながら証拠がないっていうのはどういう事なんだと思う?』

「え、それは……例えばですけど、虹を外に誘導して、殴るなりして拉致って、その後に意味ありげに人形を置いたとか……」

『そしたら物音ぐらいはするだろう? 殴られた時に血が出ていないとも限らないし、体液の一つぐらいは出るはずだ。目撃者もどこかに居るはずだし、何より二十代の「青年」とかいう大きくしっかりした体をそんな小さな島に隠し通しておけるとも思えない』

 え、それって。

「……じゃ、じゃあ、何だって言うんですか? 彼は生きてるって言いたいんですか?」


。証拠が無いなんてのは、


 ――え。


『第一、運命の書は危うげながらもまだ生きてるっちゃ生きてる。そこにはちゃんと真実が書いてある』


『虹はまだ生きてる。どこか知らぬ場所に拉致監禁されているか、それとも――』


「危ない!」


 ファートムがこれから滅茶苦茶大事なことを言いそうって時に、僕の所に一男さんが突っ込んできた。

 ドゴッ!

 その直後、目の前で大きな人形が地面に激突、大きな音を立てて壊れる。

 ヒッ――!

 僕を狙ったのか?

 恐怖で腰が抜けそうだが……そう呑気に言っている場合でもない。人形がわざと人の集まる場所に投げ込まれたのだ。

 まだ犯人がいる!

 顔を真上に向けて、未だ硝子の破片を降らせる窓に目を向ける。


 影と、目が合った。


「犯人だ!」

 叫んだ瞬間影が動き出す。

 迷いも躊躇も無かった。

 直ぐに合わせた掌から突壊棒を取り出し、棒高跳びの要領で窓の中に突っ込む。

 その視界の端で逃げていく人影。その背目がけて突進する。

「待て!!」

 部屋から出て左方、廊下の突き当りを左に曲がる影。意外と速ぇ……!

 相手を見失わないようにするのがやっとの状態をキープしつつ、人気のない館で追いかけっこを続ける。

 彼が向かうのは大広間らしい。

 ならそこに逃げ込まれる前に……! 次の廊下の角を曲がろうとする犯人目がけて突壊棒をぶん投げる。

「グ!」

 右肩を棒が強く打った。しかし止まらない。

 遂に大広間に逃げ込まれてしまった。

「逃げるな!!」

 大きな扉を勢いよく押し開けると、そこに怪しい人影は無かった。


 


「え……あばら、ぼね?」

「少年、良い所に! 早く大広間に繋がる従業員の持ち場を確認するんです! 早く!」

 問いただすよりも前に己が腕を掴まれ、そのまま調査に付き合わされてしまった。


 怪しい人影の出入りなど、誰も見ていない、らしい。


 ……。


(つづく)

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